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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第1章:壊れた日常と最悪の出会い

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【Part 4】鎧の奥に隠された素顔

「おや。随分と自由だね、君たちは」


開け放たれた扉の向こう、廊下の奥から歩いてきたのは、先ほどの社長と、テレビ局のプロデューサーらしき初老の男性だった。

その姿を見た瞬間、レッスン室から出て行こうとしていた三人の足が、ピタリと止まる。


「あ、社長。ちわーっす」


陽斗が軽い調子で右手を挙げるが、隣にいるプロデューサーへの挨拶は一切ない。

透は舌打ちを飲み込むようにそっぽを向き、ルイは眉間に深い皺を刻んだまま無言で立ち尽くしている。

初老のプロデューサーの顔から、営業用の笑みがスッと消え失せる。彼の眉間が、明らかな不快感に歪むのが見て取れた。


「……社長。お宅の新人、随分と教育が行き届いているようだね」


嫌味をたっぷりと含んだ、ねっとりとした声。

その言葉の矛先が自分たちに向いているというのに、三人はどこ吹く風だ。

社長の顔からも笑みが消え、その冷たい視線が、三人の後ろでオロオロと立ち尽くす私へと突き刺さる。


「水瀬君」


地を這うような低い声に、ビクッと肩が跳ねる。


「彼らの手綱を握るのが、君の仕事だと言ったはずだが。……次はないと思え」


背筋に氷の柱を突き立てられたような悪寒。

プロデューサーに愛想笑いを浮かべながら立ち去る社長の背中を見送りながら、私はその場にへたり込みそうになるのを必死で堪える。


(……終わった。初日から、盛大にやらかした)


「っせーな。行くぞ」


ルイが苛立たしげに吐き捨て、今度こそ廊下へと歩き出す。陽斗と透も、それに続く。

私はもう、彼らを呼び止める声すら出せない。

重い防音扉が、バタン!と無情な音を立てて閉まる。

広いレッスン室に、私一人だけが取り残される。


(……最悪だ。本当に、とんでもない問題児たち)


ため息をつきながら、冷たい壁に背中を預け、ずるずると床に座り込む。

フローリングの硬い感触が、私の無力さを容赦なく突きつけてくる。


「私、何やってるんだろう……」


両手で顔を覆う。

やっぱり、私にアイドルのマネージャーなんて無理だったんだ。保育士の資格が役に立つなんて、どうかしていた。

彼らは言うことを聞かない。反抗的で、自己中心的で、他人の都合なんて少しも考えていない。


(辞めよう。今ならまだ間に合う)


頭の中で、逃げるための言い訳がものすごいスピードで構築されていく。

どうせ住む場所なんて、ネットカフェでもなんとかなる。あの冷たい社長の目や、ルイの威圧的な態度に毎日怯えるくらいなら、その方がずっとマシだ。


そう決意して顔を上げた、その時だった。


完全に閉まったと思っていた防音扉が、ほんの数センチだけ開いていることに気がつく。

その隙間から、廊下にいる彼らの話し声が微かに漏れ聞こえてくる。


「……ルイくん、ちょっとヤバくない? さっきのプロデューサー、音楽番組の偉い人でしょ?」


陽斗の声だ。先ほどのヘラヘラした軽い調子とは違い、少し上ずって、不安げに揺れている。


「知るかよ。媚び売ってまで出たい番組なんてねぇよ」


ルイの吐き捨てるような声。

私は立ち上がり、足音を忍ばせて扉の隙間に近づく。

廊下の様子をそっと覗き込むと、壁に寄りかかって自動販売機の缶コーヒーを睨みつけているルイの横顔が見える。


怒りで肩を震わせ、親指の爪を苛立たしげに噛むルイ。

その目は、さっき私を威圧した時の冷たい刃のようなそれではない。

周囲を威嚇しているようでいて、どこか何かに追い詰められているように、小刻みに揺らいでいる。


壁際で膝を抱え込み、さらに深くイヤホンを押し込んでいる透。

目は虚ろで、誰の声も届かない場所へ逃げ込もうとしているように見える。まるで、世界中のあらゆる音や言葉から自分を守るための、分厚い殻に閉じこもるように。


そして、陽斗。

さっきまであんなにふざけていたのに、今はルイの顔色を窺いながら、行き場のない両手を所在なさげにポケットに突っ込んでいる。

一人になった瞬間の彼の顔は、迷子になった子どものように酷く心細そうだ。


(あ……)


胸の奥で、何かが小さく跳ねる。

虚勢、逃避、孤独。

彼らが纏っているあの鋭い棘は、私を攻撃するためのものじゃない。


傷つかないように、誰にも期待しないように。

これ以上、大人たちに裏切られないように。

必死に自分を守るための、あまりにも不器用すぎる分厚い鎧。


(……この子たち、全然大人なんかじゃない)


私は、扉のノブから手を離す。

理不尽な態度も、冷たい言葉も、すべてが別の意味を持って私の目に映り始めている。


「……仕方ないなぁ、もう」


呆れたようにこぼしたその声には、不思議と怒りは混じっていなかった。

冷え切っていた私の手のひらに、ゆっくりと熱が戻ってくるのを感じる。


絶対に情なんて持たない。これはただの仕事。

そう決めていたはずなのに。


私の足は、逃げるための出口ではなく、彼らのいる廊下へと続く扉に向かって、迷うことなく一歩を踏み出している。


「はい、そこまで! 休憩終わり、スタジオに戻るよ!」


私は防音扉を勢いよく押し開け、廊下に響き渡る声でパンッと手を叩く。

ビクッとして振り返った三人の顔に、思わず吹き出しそうになる。

陽斗は目を丸くして口を半開きにし、透はイヤホンを片方外して瞬きを繰り返している。あのルイでさえ、予想外の生き物を見たような顔で完全にフリーズしている。


「な、なんだよお前……泣いて逃げ帰ったんじゃねぇのかよ」


ルイが眉間に皺を寄せ、警戒するように一歩後ずさる。


「逃げるわけないでしょ。私の仕事は、あなたたちのマネージャーなんだから」


私は彼らの前に立ち塞がり、両手を腰に当てる。

怯えはもうない。彼らが纏っている威圧感が、ただの「虚勢」だと気づいてしまったから。


「さあ、動く! 次のスケジュールまで時間ないよ!」


私がパンパンと手を叩いて急かすと、三人は顔を見合わせ、毒気を抜かれたような顔で渋々スタジオへと戻っていく。

その背中を見つめながら、私は小さく息を吐き出し、ギュッと拳を握りしめる。


(よし。まずは第一関門、突破)


こうして、私と『問題児』たちとの、長くて短い一日目が終わった。

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