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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第8章:境界線の溶ける温度

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【Part 2】深夜のハイウェイと、助手席の体温

時刻は深夜十一時を回っていた。

都内での長時間の撮影と、立て続けに入ったネット番組の収録を終え、私たちは事務所のマイクロバスで帰路についていた。


「……んー、むにゃ……」


ルームミラー越しに後部座席を覗き込むと、陽斗はシートベルトに縛られたまま、窓ガラスに頭を押し付けて幸せそうに爆睡している。

その一つ後ろの席では、透が首にネックピローを巻き、イヤホンをしたまま静かに丸まっていた。二人とも、完全に夢の中だ。


(今日は本当にハードだったもんね。お疲れ様)


心の中で二人に労いの言葉をかけ、私はハンドルを握り直す。

深夜の首都高速。オレンジ色の街灯が等間隔に車内を照らし、通り過ぎていく。

タイヤがアスファルトを擦る静かな走行音と、微かなエンジンの振動だけが、心地よい子守唄のように響いていた。


「……代わろうか」


不意に、すぐ隣から低い声が落ちてきた。

ビクッとして横を見ると、助手席に深く背中を預けていたルイが、窓の外の夜景から視線を外し、こちらを見つめていた。


「ううん、大丈夫。ルイくんも疲れてるでしょ? 少し寝てていいよ」


「俺は別に。お前こそ、朝からずっと走り回ってただろ」


ルイは少しだけ身を乗り出し、コンソールボックスのドリンクホルダーに置かれていた、温かいブラックコーヒーの缶を私の手にそっと押し付けた。

さっきのパーキングエリアで、彼が「ついでだ」とぶっきらぼうに買ってきてくれたものだ。


「……ありがとう。でも、運転は私の仕事だから」


「またそれか。仕事仕事って、お前は本当に可愛げがねぇな」


ルイは呆れたように息を吐き出し、再びシートに背中を預ける。

でも、その視線は窓の外ではなく、ずっと私の横顔に向けられているのが、肌を刺すような熱で伝わってくる。


(見られてる……)


ただでさえ、今日のスタジオでの『間接キス事件』のせいで、彼をまともに直視できない状態が続いているのに。

暗い車内、オレンジ色の光が彼の彫刻のような横顔に深い陰影を作り、その色気を何倍にも増幅させている。


「……ねえ、ルイくん。あんまりじっと見られると、運転に集中できないんだけど」


私が前を向いたまま耐えきれずに抗議すると、ルイはフッと低く笑った。


「見とけって言ったのはお前だろ」


「それは、ステージの上のあなたたちを、でしょ」


「俺は、ステージ降りても四六時中、俺だけを見ててほしいけどな」


「っ……!」


ハンドルの上で、無意識に指先がギュッと硬くなる。

心臓が、エンジンの振動をかき消すほどの爆音で跳ね始めた。


「からかわないでよ……っ」


「からかってねぇよ。俺はいつだって本気だ」


ルイの大きな手が伸びてきて、シフトレバーに置かれていた私の左手の上に、そっと重ねられた。

ビクッと肩が震える。

彼の体温はいつも通り高くて、その熱が、私の皮膚から血管を通って、直接心臓へと流れ込んでくるようだった。


「……ル、イくん。運転中……」


「手くらい繋いだままでも運転できるだろ」


彼は私の手を払いのけることを許さないように、長い指を私の指の間に滑り込ませ、ギュッと恋人繋ぎの形にホールドした。


「〜〜〜ッ!」


完全に、キャパオーバーだ。

頭の先まで一気に血が上り、顔から火が出そうになる。

後ろには陽斗と透がいるとはいえ、彼らは完全に熟睡している。この暗い運転席と助手席の空間だけが、まるで世界から切り離されたような、危険で甘い密室になっていた。


「……お前、手が冷てぇな」


ルイは繋いだ私の手を自分の膝の上へと引き寄せ、もう片方の手で包み込むようにして温め始めた。


「……っ、ルイくんの手が、熱すぎるだけだよ」


震える声で精一杯の強がりを言うと、ルイは私の耳元まで顔を寄せ、吐息混じりに囁いた。


「お前が俺を、そうさせてんだろ」


「あ……」


「お前のその、誰にでも平等に優しい『保育士』みたいな態度、マジで気に入らねぇ。俺だけを特別扱いしろって、いつも言ってんのに」


甘いけれど、強烈な独占欲と少しの苛立ちが混じった声。

彼は、私が陽斗の世話を焼いたり、透の言葉に笑いかけたりするたびに、いつも不機嫌な顔をして間に割って入ってくるようになった。

それが彼なりの『ヤキモチ』なのだと気づいてしまってから、私はますます彼を『一人の男性』として強烈に意識するようになってしまったのだ。


「……特別扱い、してるよ。あなたがリーダーだから」


「リーダーとして、じゃねぇ。男として、だ」


ルイの親指が、私の手の甲をゆっくりと撫でる。

そのぞくぞくするような甘い感触に、私は反論する言葉を完全に失ってしまった。


車内は再び静寂に包まれる。

繋がれた手から伝わる彼の熱と、私の速すぎる脈拍だけが、この空間の真実だった。


「……三週間後」


不意に、ルイがポツリと呟いた。


「え?」


「次の大型フェス。うちの事務所みたいな弱小が、本来なら出られないようなデカいステージだ」


彼の瞳に、先ほどまでの甘い熱とは違う、鋭く研ぎ澄まされた光が宿る。

社長が取ってきた、彼らの快進撃を決定づけるための大勝負。数万人の観客が集まる、国内有数の野外フェスへの出演。


「絶対に、俺たちが一番の歓声をかっ攫う。……お前を、俺たちにしか見せられない最高の景色に連れてってやるから」


それは、あの日「俺たちを最強にするのはお前の仕事だ」と言った彼からの、初めての『約束』だった。

連れて行ってもらうんじゃない。彼が、私を連れて行くと言っている。


「……うん。楽しみにしてる」


私が小さく頷き返すと、ルイは繋いだ手にギュッと力を込め、満足そうに目を閉じた。


「……だから、それまで他の奴に余所見すんなよ。水瀬」


眠りに落ちる直前のような掠れた声。

やがて、彼から規則正しい寝息が聞こえ始めた。


私は、左手を彼にホールドされたまま、右手だけで慎重にハンドルを操作し続ける。


(……ズルいよ、本当に)


こんなに甘く縛り付けられたら、もう逃げ出せるわけがない。

マネージャーとしての責任感と同じくらいの重さで、彼を愛おしいと思う感情が、私の中で確かな形を持って育ち始めていた。


深夜のハイウェイ。

助手席からの温かい体温を感じながら、私たちの乗ったバスは、約束された『最高の景色』に向かって真っ直ぐに走り続けていた。

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