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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第7章:最後のステージ

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【Part 3】真夜中の逃亡と、絶対君主の捕縛

ガラガラガラ……。


深夜の新宿。人がまばらになった大通りから一本入った、薄暗い裏路地。

キャリーケースの硬い車輪がアスファルトを擦る無機質な音だけが、私の足元で虚しく響き続けている。


(これでいい。これが一番いい結末なんだから)


私は冷たい風に身を縮めながら、自分に何度もそう言い聞かせる。

彼らは自らの力で分厚い壁を壊し、最高のステージを作り上げた。あの社長のことだ、明日にはすぐに強力なプロモーションチームを組み、彼らを本格的に売り出す手はずを整えるだろう。


そこにもう、素人の私が入る隙間はない。

むしろ、彼らが過去のトラウマに縛られていた時の『弱い姿』を知りすぎている私が傍にいることは、彼らが新しい世界へ羽ばたくための邪魔になる。

だから、振り返っちゃダメだ。


その時だった。


『――タッタッタッ……!』


背後から、ひどく乱れた、けれど必死な足音が近づいてくるのが聞こえた。

深夜の裏路地には似つかわしくない、アスファルトを力強く蹴り上げる音。


(……え?)


思わず足を止め、振り返ろうとした瞬間。


ガシッ!!


「……っ!」


私の右腕を、背後から伸びてきた大きな手が、骨が軋むほどの強い力で掴み取った。


「……捕まえた」


低く、掠れきった声。

肩で激しく息をする、荒い呼吸音。

むわっと押し寄せてきたのは、あのステージの強烈な熱気と、私があれほど愛おしいと感じていた、シトラスとスパイスの混じった彼の匂いだった。


「ル、イくん……!?」


私は目を見開き、信じられない思いで振り向く。

そこには、漆黒のベロアコートの胸元を大きくはだけさせ、肩で息をする神城ルイが立っていた。

完璧にセットされていたはずの黒髪は汗で額に張り付き、その切れ長の瞳は、私が今まで見たことのないほどの『焦燥』と『怒り』に燃え盛っていた。


「なんで……打ち上げは? まだ社長たちと……」


「ふざけんなッ!!」


静かな裏路地に、ルイの怒声がビリビリと響き渡る。

彼は私の腕を引いたまま、乱暴な手つきで私のキャリーケースを蹴り飛ばした。

ガシャン!と音を立ててケースが倒れるが、彼はそんなものに見向きもしない。


「部屋空っぽにして、鍵とパス置いて……てめぇ、どういうつもりだ!」


「……っ」


「俺たちを見捨てないって言ったのはお前だろ! 逃げないって、一番特等席で見てるって……あんなに偉そうに説教垂れといて、なんでお前が逃げんだよ!!」


ルイの叫びには、過去のトラウマを抉られたような、血を吐くような痛みが混じっていた。

彼にとって、一番信じたかった人からの『突然の消失』は、十五歳で大人たちから捨てられたあの日の絶望と同じだ。

私は彼のためを思って身を引いたつもりだったのに、結果として、彼の一番深い古傷を容赦なく引き裂いてしまったのだ。


「ごめんなさい……でも、違うの。見捨てたわけじゃない」


私は泣きそうになるのを必死に堪え、彼の強い視線を真っ直ぐに見つめ返す。


「あなたたちのステージ、本当に最高だった。もう私なんかがいなくても、あなたたちは自分の足で立って、歩いていける。……これからは、プロのスタッフがあなたたちを支えるべきなの」


「……は?」


「私はただの元保育士だよ。あなたたちを『お世話』する役目は、もう終わったの! だから……」


「勝手に俺たちの関係を終わらせんな!!」


ドンッ!!


ルイが私の両肩を掴み、そのまま背後のレンガの壁に力強く押し付けた。


「っ……!」


背中に鈍い衝撃が走る。

逃げ場を失った私の目の前、数センチの距離に、ルイの顔が迫る。

その瞳は怒りで燃えているのに、どこか泣き出しそうに揺らいでいた。


「誰がお前を『世話係』だなんて言った。……誰がお前を、いらないなんて言ったんだよ」


「……ルイくん」


「俺が、あのステージの上で誰のために踊ってたと思ってんだ」


ルイの低く熱い声が、私の耳元に直接注ぎ込まれる。


「二階席の社長のためか? 客のためか? ……違う。暗闇の中でずっと俺たちを見ててくれた、お前のためだ」


ドクンッ、と。

心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく跳ねた。

息が、できない。


「お前が俺のこと見捨てないって言ったから、俺はあのステージに立てたんだ。お前が笑ってくれるなら、俺はどんな泥だって被ってやるって思えたんだよ」


ルイの大きな手が、私の肩からスッと滑り落ち、そのまま私の頬を両手でそっと包み込んだ。

壁に押し付けていた先ほどの暴力的な力とは裏腹に、ガラス細工でも扱うかのような、ひどく繊細で優しい手つき。


「……一人で歩けるようになんて、なってねぇよ」


彼のおでこが、私のおでこにコツンと重なる。

吐息が交じり合うほどの絶対的なゼロ距離。

黒いベロアコート越しに伝わってくる彼の体温が、私の冷え切っていた身体を急速に溶かしていく。


「お前がいなきゃ……俺はまた、空っぽに戻っちまう。だから、お願いだ……」


その言葉は、絶対君主である彼が初めて見せた、一人の男性としての『無防備な懇願』だった。


「俺を……俺だけを置いて、消えないでくれ」


ポタッ、と。

彼の熱い涙が、私の頬に零れ落ちた。


「……っ、あ……」


私の目からも、堪えきれなくなった涙が溢れ出す。

なんという思い上がりだったのだろう。

私は「彼らのため」なんて綺麗な理由をつけて、本当は、彼らが遠くへ行ってしまう寂しさから逃げたかっただけなんだ。

二度と傷つかないために、自分から関係を断ち切る。それは、あの日彼らがやろうとしていたことと、全く同じじゃないか。


「ごめんなさい……っ、ごめん、なさい……」


私は両手を伸ばし、目の前にいる彼の背中に、そっと腕を回した。

汗で少し湿ったベロアコートをギュッと握りしめ、彼の胸に顔を埋める。


「私だって……離れたくなかった……っ。ずっと、ルイくんのそばにいたかった……!」


私の本音がこぼれ落ちた瞬間、ルイの腕が私の背中を強く、強く抱きしめ返してきた。

私の骨が折れてしまうんじゃないかと思うくらい、深く、力強い抱擁。


「……二度と、逃がさねぇ」


耳元で、彼が低く囁く。


「お前はもう、俺たちのマネージャーだ。……いや、俺の、だ」


その甘くて危険な独占欲に、私の心臓は完全に白旗を上げた。

深夜の暗い裏路地。

倒れたキャリーケースの横で、私たちは互いの体温を確かめ合うように、長い間、ただ強く抱きしめ合っていた。


大人の事情も、アイドルという肩書も、今はどうでもよかった。

彼が私を必要としてくれて、私が彼を愛している。

その絶対的な事実だけが、私たちを繋ぐ世界で一番強固な『絆』になっていた。

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