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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第7章:最後のステージ

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【Part 1】完璧な熱狂と、手放す覚悟

ズンッ、ズンッ、と内臓を直接揺らしてくる重低音。

それに負けないほどの、数千人規模の地鳴りのような歓声。

熱気と酸素不足で視界が歪むほどの巨大なライブハウスで、私はステージ袖の暗闇に立ち、ただ息を呑んで『それ』を見つめている。


『――♪〜ッ!!』


透の突き抜けるようなハイトーンボイスが、会場の空気を一瞬で真空に変える。

あの日、プレッシャーに押し潰されて声を出せなくなった少年の姿は、もうどこにもない。彼はマイクスタンドを両手で握りしめ、かつて忌み嫌っていた『観客』の顔を真っ直ぐに見据えながら、その魂を削るような歌声を惜しげもなく客席へと放っている。


「透くっ……ん」


私の唇から、震えるような感嘆の吐息が漏れる。


キュッ、ターンッ!


透の歌声の余韻を切り裂くように、陽斗がステージの端から端までを、重力を完全に無視した大ジャンプで横切る。

金色の髪から、汗の飛沫が宝石のようにキラキラと舞う。

彼の顔には、もう迷子のような怯えはない。心からステージを楽しみ、観客の視線を全身で浴びて喜ぶ、太陽のような本物のアイドルスマイルがそこにある。


「キャアアアアッ! 陽斗ぉぉぉッ!」

「透くんヤバい、鳥肌止まんないッ!」


客席の熱狂が、臨界点を突破していく。

そして。

その爆発的な二人の才能を、中央で完全に統率している男。


神城ルイ。

彼はセンターポジションから一歩も動かず、ただ顎を少し上げ、切れ長の瞳で客席を睥睨している。

漆黒のベロアコートの裾が、ターンに合わせて美しく翻る。

彼が長い指先を一つ動かすだけで、最前列のファンが次々と膝から崩れ落ちていくのが見えた。


完璧だ。

誰一人として、自分だけが目立とうと暴走していない。

透の歌を活かすために陽斗がステップの歩幅を抑え、陽斗のダンスを際立たせるためにルイが絶妙なタメを作る。

バラバラだった三つのガラスの破片が、互いの傷口を完璧に噛み合わせ、光り輝く巨大なステンドグラスへと変貌を遂げた瞬間。


「……すごい」


私はバインダーを胸に抱きしめ、熱くなる目頭を必死に堪える。


曲が終わり、暗転。

同時に、鼓膜が破れそうなほどの割れんばかりの歓声と拍手が、会場を包み込んだ。


「ハァッ……ハァッ……」


暗闇の中、三人の荒い息遣いだけがマイクを通して客席に響く。

再び、ステージの中央にだけ、真っ白なピンスポットライトが落ちた。


そこに立つルイが、ゆっくりとマイクを口元に寄せる。

滴る汗が、彼の鋭い顎のラインを伝って光る。


「……お前ら、楽しんでるか」


低く、色気を孕んだ声。


「ギャアアアアッ!!」


「俺たちは今日、ここから全部をひっくり返す。……一秒も、目を離すなよ」


ルイの言葉に、客席が再び制御不能な熱狂の渦に巻き込まれる。

その短いMCの最中。

ルイの視線が、ふと、ステージ袖の暗闇に立つ私の方へと向けられた。

ライトの逆光で私の顔は見えないはずなのに。彼は確かに私を捉え、口角をフッと上げて、不敵に笑ったのだ。


(……っ)


ドクン、と心臓が跳ねる。

『一番特等席で見とけ』

直前に彼が残した言葉が、熱を持って蘇る。


私は彼らに応えるように、暗闇の中で力強く頷いた。

彼らの視線の先にあるのは、もう絶望じゃない。果てしなく続く光の道だ。


――でも。

その圧倒的な光の渦を見つめながら、私の胸の奥に、ある小さな『違和感』が冷たい雫のようにポツリと落ちた。


(この子たちは、もう……大丈夫だ)


二階のVIP席を見上げる。

あの日、冷徹に「解散」を突きつけた社長が、身を乗り出すようにしてステージを食い入るように見つめているのが分かった。その顔には、隠しきれない驚愕と、確かな『特大の商品価値』を見出した商人の熱が浮かんでいる。


勝った。

これで彼らは、解散を免れるどころか、事務所の看板として一気にスターダムを駆け上がっていくはずだ。


もう、怯えて夜の公園を彷徨う陽斗はいない。

殻に閉じこもってイヤホンを握りしめる透もいない。

過去の傷に縛られ、一人で戦おうとしていた孤独なルイも、もういない。


彼らは今、本物の『居場所』をこのステージの上に見つけたのだ。


(……じゃあ、私の役目は?)


バインダーを抱きしめる腕の力が、ゆっくりと抜けていく。

彼らが立っているのは、何万もの人に愛され、求められる、眩しすぎる光の中。

一方、私がいるのは、一歩引いた裏方の、真っ黒な暗闇の中。


彼らがこれからどんどん大きくなっていく時。

ただの元保育士でしかない私が、これ以上『母親面』をして傍にいることは、彼らの足を引っ張ることになるんじゃないか。

若い彼らにとって、マネージャーという近すぎる女性の存在は、いつか必ず熱狂的なファンの反感を買い、スキャンダルの火種になる。ルイのあの熱を帯びた視線も、ただの吊り橋効果や、恩義からくる一過性の錯覚に過ぎない。


(種は芽吹いた。……彼らを育てた土は、もう必要ないんだ)


ステージで眩く輝く三人の姿が、涙でぐにゃりと滲んでいく。

私は手の甲でそっと目元を拭い、ギュッと唇を噛み締めた。


『――最後の曲です。聴いてください』


透の静かな曲振りに合わせ、ラストナンバーの美しいピアノのイントロが静かに流れ始める。

あの日、リハーサル室で透のハミングに合わせて私が弾いた、あのメロディ。


私は、暗闇の中でそっと踵を返した。

彼らの最高のステージの邪魔にならないように、息を殺して。

このステージが大成功を収め、彼らがステージから降りてくる前に。私は彼らの前から、綺麗に姿を消す。


それが、彼らを心から大切に思い、愛してしまった私にできる、最後の『仕事』だった。

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