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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第6章:本当のチーム

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【Part 3】覚醒のベルベットと、決戦前夜の勝負飯

むせ返るようなヘアスプレーの匂いと、アイロンの熱が焦がす微かな髪の匂い。それに、真新しい布の糊の香りが混ざり合う。

煌々と照らす巨大なリングライトの白々しい光が、事務所の地下にある衣装室を、真昼のように明るく染め上げている。


ショーケースライブを明日に控えた、最終リハーサルの日。


「陽斗くん、動かない! 裾のピンが刺さるわよ!」


ベテランの衣装スタッフが、メジャーを首から下げたまま鋭い声を飛ばす。


「だって、これヤバくない!? 俺、めっちゃアイドルじゃん! ひなちゃん見て見て、このスパンコール!」


鏡の前で落ち着きなく跳ね回る陽斗の全身は、動くたびに光を乱反射してキラキラと輝いている。

黒を基調としながらも、彼のイメージに合わせた鮮やかなゴールドの差し色が入ったストリートテイストの衣装。彼特有の軽やかなステップを一切邪魔しない、完璧な仕上がりだ。


「うん、すごく似合ってるよ。でも針が刺さったら明日踊れなくなるから、本当に動かないでね」


私がたしなめると、陽斗は「へーい」と唇を尖らせながらも、大人しく両腕を横に広げた。


「……うるさい。耳元で騒ぐな」


隣のメイク台では、透が不機嫌そうに目を閉じながら、メイクスタッフに髪をセットされている。

彼の衣装は、シルバーの細いチェーンが幾重にもあしらわれた、退廃的でクールなロングジャケット。銀灰色の髪をワックスで無造作に散らし、目元にほんの少しだけ赤いアイシャドウを乗せられた彼は、息を呑むほど妖艶で、近寄りがたいほどのオーラを放っている。


「透くんも、すごく綺麗。ステージ映えしそうだね」


私が声をかけると、透は片目だけを開けてこちらを睨み、プイッと顔を背けた。


「……綺麗とか言うな。女みたいで気持ち悪い」


そう文句を言いながらも、彼の手が大事そうにジャケットの襟元を握りしめているのを、私は見逃さない。彼は彼で、この本物の『戦闘服』に袖を通したことで、内側のスイッチが完全に切り替わっているのだ。


(……すごい。たった数週間で、ここまで顔つきが変わるなんて)


私は部屋の隅でスケジューラーを抱きしめたまま、彼らの眩しさに圧倒されている。

生意気で、傷だらけで、ボロボロだった三匹のハリネズミ。

彼らが今、プロの大人たちの手によって磨き上げられ、誰も手が届かない本物の『偶像アイドル』へと変貌を遂げようとしている。


シャアァァッ!


不意に。

部屋の一番奥にある、重厚なベルベットのフィッティングカーテンが、勢いよく開かれた。


「――っ」


息を呑む音がした。

それは私だけではなく、作業の手を止めたスタッフ全員の口から、無意識に漏れたものだった。


ゆっくりと歩み出てきたその影に、室内のすべての光と視線が吸い寄せられる。


神城ルイ。

漆黒のベロア生地で仕立てられた、タイトなロングコート。襟元や袖口には、細部まで計算し尽くされた銀糸の刺繍が施されている。

メイクによってさらに鋭さを増した切れ長の瞳。前髪は後ろに流され、彼の完璧な骨格と、射殺すような鋭い眼光を一切の妥協なく剥き出しにしている。


圧倒的、という言葉すら陳腐に思えるほどの、凶暴なまでの美しさ。


「……」


ルイは鏡で自分の姿を確認することすらしない。

彼は迷いのない長い脚で、スタッフたちの間をすり抜け、部屋の隅に立つ私の目の前まで一直線に歩いてきた。


数十センチの距離で、その大きな身体がピタリと止まる。

むわっとした熱気と一緒に、彼特有のシトラスとスパイスの香りが、新しい布の匂いに混じって私の鼻腔を占拠する。


「……どうだ」


低い声。

彼は衣装スタッフにではなく、プロのメイクにでもなく、真っ直ぐに私の目だけを見て、答えを求めてきた。


「え……あ、うん。すごく、その」


あまりの迫力に、私の喉がカラカラに乾き、上手く言葉が出てこない。

すると、ルイは不満げに眉根を寄せ、ズイッとさらに顔を近づけてきた。


「なんだよ。変か」


「変じゃない! 変じゃないけど……」


「なら、言えよ」


ルイの大きな手が伸びてきて、私の頭をポンッと軽く叩く。

その乱暴で、けれどひどく熱を帯びた優しい感触に、あの深夜のソファでの記憶が鮮明にフラッシュバックし、顔が一気にカッと熱くなる。


「……す、すごく、カッコいい。世界で一番、カッコいいよ」


半ばヤケクソのように、でも一切の嘘偽りない本音を叩きつけると、ルイは満足そうにフッと口角を上げた。

その一瞬の笑顔の破壊力たるや、至近距離で被弾した私の心臓が、本当にストライキを起こしそうになるレベルだ。


「よし。お前がそう言うなら、これで出る」


ルイはそう言い残し、バサッとコートの裾を翻して鏡の前へと戻っていく。


「あーあ、ルイくんまたひなちゃんのこと独り占めしてるー。ずるいっしょ!」

「……本番前に色ボケとか、マジで終わってる」

「うるせぇ! てめぇらもさっさと準備しろ!」


いつものように騒がしく始まる口喧嘩。

でも、その声のトーンはどこまでも明るく、揺るぎない自信に満ちている。


私は熱くなった頬をバインダーで隠しながら、彼らのその輝かしい後ろ姿を、強く、深く網膜に焼き付けた。


ジュウゥゥゥッ!!


油の跳ねる小気味良い音が、1402号室のキッチンに響き渡る。

午後八時。

明日のショーケースライブに備え、早めにマンションに帰還した私たちの『決戦前夜』。


「ひなちゃーん、腹減った! まだー!?」

「うるさい、待て。今揚げてるから」

「……俺、卵固めがいい」

「透くんは黙って座ってて!」


リビングのソファから飛んでくる陽斗と透のクレームを華麗にスルーしながら、私はフライパンの中で黄金色に揚がっていく豚肉を見つめる。


決戦前夜のメニューといえば、これしかない。

ゲン担ぎの、特大カツ丼だ。


玉ねぎを甘辛い出汁で煮込み、サクサクに揚がった分厚いトンカツを乗せ、溶き卵でふんわりととじる。

三つ葉を乗せて、炊きたてのご飯の上に豪快に盛り付ける。

立ち上る湯気と、醤油と出汁の暴力的な香りが、男部屋の空気を完全に支配した。


「はい、お待たせ! 明日に勝つための、特製カツ丼!」


私がダイニングテーブルに四つのどんぶりをドンッと置くと、陽斗が「うおぉぉっ!」と歓声を上げ、透がゴクリと喉を鳴らした。

ルイも無言で席に着き、箸を手に取る。


「……いただきます」


四人の声が、ピタリと揃う。


サクッ、ジュワッ。

衣の食感と、肉の旨味が口いっぱいに広がる。

誰も一言も喋らない。ただひたすらに、明日の戦いに向けてエネルギーを充填するかのように、無心でカツ丼をかき込んでいく。


カチャカチャという陶器の音が、静かなリビングにリズムを刻む。


(……この三週間、本当にあっという間だった)


彼らが初めて、お互いの弱さを曝け出して泣いたあの日。

そこからの彼らの進化は、凄まじかった。

スポンジが水を吸うように、互いの長所を吸収し合い、足りない部分を補い合う。衝突のたびに、絆はより太く、強固に結び直されていった。


『寄せ集めのゴミ』なんて、もう誰にも言わせない。

彼らは明日、それを証明するのだ。


やがて、一番にどんぶりを空にしたルイが、ふぅ、と息を吐き出して箸を置いた。


「……ごちそうさま」


その声に合わせるように、陽斗と透も「食ったー!」「……腹キツい」と箸を置く。


私は立ち上がり、温かいほうじ茶を淹れて三人の前に置く。

コトン、コトンという小さな音が響いた後、リビングに奇妙な静寂が降りた。


明日に迫った、絶対評価のステージ。

チケット完売のノルマはない。しかし、業界関係者がズラリと並ぶその場所で『売れる』という確信を社長に持たせなければ、即解散。

逃げ道のない、背水の陣。

そのプレッシャーが、ここに来て三人の肩に重くのしかかり始めているのだ。


陽斗が、膝の上で両手をギュッと握りしめる。

透が、無意識に首元のイヤホンのコードを探して空振る。


その緊張の糸を断ち切るように、ダンッ!と、ルイの手のひらがテーブルを叩いた。


ビクッとして全員が顔を上げる。


ルイはテーブルに手をついたまま、真っ直ぐに陽斗と透、そして私を順番に見据えた。


「……ビビってんじゃねぇぞ」


低く、地鳴りのような声。

けれど、そこには威圧感ではなく、腹の底から湧き上がるような強烈な熱があった。


「俺たちは、準備してきた。誰よりもぶつかり合って、誰よりも恥かいて、ここで血反吐吐くまで合わせてきた。……そうだろ」


陽斗が、ハッとして顔を上げる。

透の目が、鋭い光を取り戻す。


「明日は、俺たちのステージだ。他の事務所の有象無象も、見下してきた大人たちも、全員まとめて俺たちの足元に跪かせてやる」


ルイの切れ長の瞳が、獲物を狙う猛禽類のようにギラリと光る。


「……明日、全部ひっくり返すぞ」


その絶対君主の宣言に、陽斗がニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「当たり前っしょ。俺が全員、目ぇ回るくらい踊らせてやるし」


「……音響のシステム、俺の声で全部壊してやる」


透も、唇の端を吊り上げて冷たく笑う。


三人のベクトルが、完璧に一つの頂点に向かって重なり合った瞬間。

私はその頼もしい姿に、胸の奥が熱くなり、思わず目頭を押さえた。


「ちょっと、ひなちゃん泣くの早いって!」

「……バカ。明日まで取っとけよ」


陽斗と透にからかわれ、私は「泣いてない!」と慌てて言い返す。

そのやり取りを、ルイがフッと優しく笑って見つめていた。


深夜零時。

私たちが迎える、本当の戦いの朝が、もうすぐそこまで迫っていた。

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