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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第6章:本当のチーム

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【Part 1】不揃いな呼吸と、初めての熱

キュッ、キュッ!


フローリングを摩擦する小気味良いスキール音が、地下のレッスン室に響き渡る。

スピーカーから流れる重低音のビートに合わせ、鏡の前で三つの影が激しく躍動している。


「陽斗! サビ前のターン、半拍早い。透のブレスと合わせろ」

「あ、ごめん! テンション上がって走った! もう一回いける!?」

「透。今のキー、ステップの重心下げたら声出しにくいか」

「……出せる。俺の肺活量舐めんな」

「はっ、言うね。じゃあ頭から通すぞ」


音楽が止まり、また再生される。

その短いやり取りを聞いているだけで、私の胸の奥が熱くなる。


あの大崩壊のライブから数日。

彼らの練習風景は、まるで魔法にかけられたように一変していた。


陽斗は、ルイの動きを鏡越しにしっかりと視界に入れ、自分のステップの歩幅をミリ単位で調整している。

透は、ただ自分の世界で歌うのをやめ、二人の足音と息遣いに自分のピッチを合わせようと、コードレスマイクを握る手に力を込めている。

そしてルイは――自分だけが美しく目立つ『孤高のセンター』を降りた。

彼は全体のバランスを俯瞰し、二人の長所を最大限に引き出すための『軸』として、その圧倒的なカリスマ性を使い始めたのだ。


「……すごい」


部屋の隅で、冷えたスポーツドリンクのボトルを抱えながら、私は感嘆の息を漏らす。


もちろん、最初からすべてが上手くいっているわけではない。

個性が強すぎるがゆえに、まだ動きがチグハグになる瞬間はある。時折「そこ邪魔!」「あんたが寄ってきたんだろ!」と小競り合いも起きる。

でも、それは相手を排除するための『拒絶の刃』じゃない。

より良いパフォーマンスを作るために火花を散らす、熱くて前向きな『衝突』だ。


(ギアが、噛み合い始めてる)


バラバラだった三つの歯車が、互いの凹凸を擦り合わせながら、一つの巨大な動力となって回り始めている。


「――はい、ストップ! 今日はここまで!」


壁の時計が夜の九時を回ったのを確認し、私はパンッ!と手を叩いて音楽を止めた。


「うおぉぉぉ……っ、死ぬぅ……」


陽斗が床に大の字に倒れ込み、肩で激しく息をする。

透も壁際に崩れ落ち、額に張り付いた銀灰色の髪を鬱陶しそうに掻き上げながら、持っていたペットボトルの水を頭からかぶった。


「お疲れ様! はい、タオルとドリンク」


私はクーラーボックスから冷やしておいたタオルを取り出し、三人の元へ配って歩く。

最後に、鏡の前で一人、荒い息を吐きながら自分のフォームを確認しているルイの元へ向かった。


「ルイくん、お疲れ様。すごく良くなってるよ」


タオルを差し出すと、ルイは鏡から視線を外し、振り返った。

汗で濡れた黒髪が、彼の切れ長の瞳に色っぽくかかっている。

黒い練習着の胸元が大きくはだけ、そこから覗く引き締まった鎖骨には、汗の雫が光を反射してツヤツヤと光っていた。


「……おう」


ルイはタオルを受け取ると、そのまま私の目の前で、ドサッと床に腰を下ろした。

長い脚が投げ出され、彼の大きな体が私のすぐ足元にある。

今までの彼なら、休憩中も私から一番遠い場所を選んで座っていたはずなのに。


「水」


「はいはい、お水ね」


私が冷えたペットボトルのキャップを開けて手渡すと、ルイはそれを受け取り、喉を大きく鳴らして一気に半分ほど飲み干した。

ゴクッ、ゴクッという音が聞こえ、彼の喉仏が上下に動く。


その無防備な姿を至近距離で見下ろしていると、むわっとした熱気と一緒に、彼特有の甘くてスパイシーな香水の匂いと、男の人らしい汗の匂いが混ざり合った香りが、鼻腔をくすぐった。


(……あれ?)


不意に。

心臓が、トクン、と少しだけ変なリズムで跳ねた。


今までは、彼らのことを『手のかかる問題児』としか見ていなかった。

保育園の子どもたちの延長線上。守って、導いてあげなきゃいけない存在。

でも、今私の目の前で息を上げているこの人は、紛れもなく、私と二つしか歳が変わらない『大人の男性』だ。


「……何見てんだよ」


不意に、ルイが見上げるようにして私と目を合わせた。


「えっ……う、ううん! 何も!」


私は慌てて視線を逸らし、自分の持っていたバインダーでパタパタと顔を扇ぐ。

急に顔が熱くなったのを誤魔化すように、早口で言葉を繋いだ。


「ただ、みんなすごいなって思って。本当に、アイドルグループみたいになってきたねって」


「みたい、じゃねぇよ。アイドルだろ」


ルイは鼻で笑い、壁に背中を預けて深く息を吐き出す。

そして、私の方へと少しだけ身体を傾け、誰にも聞こえないような低い声で囁いた。


「……誰のせいだと思ってんだよ」


「え……?」


振り返ると、ルイの顔が、思っていたよりもずっと近くにあった。

数十センチの距離。

彼の長いまつ毛の影や、瞳の奥にある少し疲れたような、でも穏やかな光が、痛いほどはっきりと見える。


「お前が、無理やり俺たちの首根っこ掴んで、同じ方向向かせたんだろ。……責任、取れよな」


「責任って……」


「三週間後のショーケースで、絶対に勝つ。そのためには、お前のその『ウザいお節介』が、最後まで必要なんだよ」


それは、彼なりの不器用すぎる『信頼』の言葉だった。

私を部外者だと言って突き放していた彼が、今は明確に、私を自分たちの『内側』に引き入れ、必要としてくれている。


「……っ」


顔の熱が、一気に沸点に達するのを感じる。

彼に見透かされないように、私はグッと唇を噛み締め、持っていたバインダーで彼の頭を軽くポンッと叩いた。


「言われなくても、最後まで面倒見てあげるわよ。私はあなたたちの専属マネージャーなんだから」


「いって。……可愛げのねぇ女」


ルイは悪態をつきながらも、どこか楽しそうに口角を上げた。


その笑顔を見た瞬間。

私の胸の奥で、今まで感じたことのない種類の、甘くて苦い『痛み』がチクリと走った。


(……ダメだ、私。この人のマネージャーなんだから)


仕事だ。彼らは商品で、私は裏方だ。

自分にそう言い聞かせるけれど、彼らが纏う熱に当てられて、私の心の中の『何か』の輪郭が、少しずつ形を変え始めているのを感じずにはいられなかった。


「おーい、二人で何イチャイチャしてんのー? 俺のタオル、もう一枚ちょーだい!」


床に転がっていた陽斗が、ニヤニヤと笑いながらこちらに手を振っている。


「イチャイチャしてない! ほら、陽斗くんも汗かいたままだと風邪引くよ! 着替えて!」


私が慌てて陽斗の方へ向かうと、背後でルイが小さく吹き出す音が聞こえた。


地下のレッスン室。

そこにはもう、息が詰まるような殺伐とした空気はない。

代わりに満ちているのは、同じ目標に向かって泥臭くもがく、四人の熱い呼吸だけだ。


(いける。このチームなら、絶対に)


私は彼らの背中を見つめながら、拳を強く握りしめる。

三週間後のショーケースライブ。

それは、彼らが『寄せ集めのゴミ』から、誰にも文句を言わせない『最強のアイドル』へと生まれ変わるための、運命のステージになる。

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