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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第5章:それでも関わる理由

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【Part 3】暴かれた古傷と、ハリネズミたちの涙

「……本音を、吐き出す?」


透が、射殺すような鋭い視線を私に向ける。

リビングの壁にかかった時計の秒針が、チク、タク、と無機質に空気を刻む音だけがやけに大きく響く。

ダイニングテーブルを囲む三人の間に、ピリッとした緊張感が走った。


「そう。昨日のステージが崩壊したのは、あなたたちが互いの音や動きを見ていなかったからじゃない。お互いの『心』を、端から信じていなかったからだよ」


私はテーブルの中央に両手をついたまま、真っ直ぐに彼らを見据える。


「どうせ見捨てられる。どうせ裏切られる。だから誰のことも頼らない……そうやって、最初から負ける準備をしてステージに立ってたんでしょ」


「……ちげぇよ」


最初に口を開いたのは、陽斗だった。

彼は膝の上で両手を強く握りしめ、顔を伏せたまま、震える声で絞り出す。


「俺は、ちゃんとやろうとした……! でも、ルイくんが急にタイミング変えるから、合わせなきゃって焦って……!」


「嘘だね」


私の冷酷なまでの即答に、陽斗がビクッと肩を跳ねさせる。


「陽斗くんが焦ったのは、ルイくんのせいじゃない。あなたが『自分だけが目立たなきゃいけない』って、観客の視線を独り占めすることしか考えていなかったからだよ」


「……っ」


「誰も自分のことを見てくれないのが怖い。放っておかれたら、自分が透明人間になっちゃう気がする。……一人ぼっちの夜の公園みたいに、誰からも見つけてもらえないのが怖いんでしょ」


陽斗の顔面から、スッと血の気が引くのが分かった。

彼の脳裏に、ネグレクトされて暗い部屋で一人泣いていた記憶が蘇っているのだろう。金色の前髪の奥で、彼の瞳がパニックを起こしたように激しく揺れ動く。


「ひな、ちゃん……なんで、それ……」


「だから、過剰に自分をアピールする。でも、それはチームのダンスじゃない。ただの迷子のSOSだよ」


陽斗の目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

彼は両手で顔を覆い、「うぅっ……あぁっ……」と、呻くような声を上げて泣き崩れた。


「……おい、水瀬。てめぇ、いくらなんでも言い過ぎだろ」


ルイが低い声で威嚇するように私を睨む。

しかし、私はその視線を真っ向から受け止め、今度は隣に座る透の方へと顔を向けた。


「透くん」


名前を呼ばれた透は、ビクッと身体を硬直させる。

彼は無意識に、首から下げているイヤホンのコードを千切れそうなほど強く握りしめていた。


「昨日のステージで、なんで歌うのをやめたの。機材のトラブルでもないのに、どうして声を出すのを諦めたの」


「……声が、出なくなったんだよ。リズムが狂って、頭が真っ白になって……」


「違う」


私は一歩、透の方へと距離を詰める。


「透くんが歌うのをやめたのは、イヤホンを耳に突っ込むのと同じだよ。……自分から、世界との繋がりを断ち切ったんだ」


「……ッ!!」


透が息を呑む音が、はっきりと聞こえた。


「陽斗くんが転んで、ルイくんがイラついているのを感じて。あ、このステージはもう壊れるって、あなたは一瞬で悟った。だから、他人に巻き込まれて深く傷つく前に、自分からシャッターを下ろしたんでしょ」


「……黙れ」


「両親に親権を放棄された時と、同じようにね」


ガタァンッ!!


激しい音を立てて、透が椅子から立ち上がる。

パイプ椅子が後ろに倒れ、床に鈍い音を立てて転がった。


「あんたに……あんたに何が分かるッ!!」


透の顔は怒りで真っ赤に染まり、全身がブルブルと激しく震えている。

彼は両手をテーブルに叩きつけ、牙を剥く獣のように私を睨みつけた。


「俺がどんな思いで生きてきたか、知ったような口きくな! 誰も俺のことなんか見ちゃいない! 誰も俺のことなんか助けてくれない! 期待したって、結局みんな俺を捨てるんだよ!! だから……だからッ!!」


「だから、自分から捨てられる前に、全部壊してしまうの?」


私の静かな問いかけに、透の言葉がピタリと止まる。


「傷つくのが怖いからって、歌うことから逃げて。仲間から逃げて。そうやって一生、耳を塞いで生きていくの?」


「……っ、う、あぁ……」


透はテーブルに手をついたまま、ギリッと唇を噛み締める。

その唇から、一筋の赤い血が滲む。

彼はその痛みに耐えるように、目を強く閉じ、そこから大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。


「俺だって……俺だって、逃げたくない……っ! 本当は、誰かと……一緒に……っ!」


絞り出されたその声は、虚勢をすべて剥ぎ取られた、ただの孤独な少年の泣き声だった。

床に転がったパイプ椅子。顔を覆って泣きじゃくる陽斗。そして、涙で顔をぐちゃぐちゃにして崩れ落ちる透。

リビングは、彼らが今まで隠し続けてきた痛みの奔流で、完全に飽和していた。


「……もう、いいだろ」


氷のような、しかしどこかひどく疲労した声が、その空間に落ちる。

テーブルの端に座ったまま、ルイが両手で顔を覆い、深く、長く息を吐き出していた。


「……これ以上、こいつらをえぐるな」


「ルイくん」


私は彼に向き直る。

彼らをここまで追い詰めているのは、私の言葉だけではない。このチームの絶対的な支柱であるルイ自身が、誰よりも分厚い壁を作って彼らを拒絶しているからだ。


「あなたが、一番の臆病者だよ」


私の言葉に、ルイがゆっくりと顔を上げる。

その切れ長の瞳は、すでに怒りではなく、どうしようもないほどの『無力感』に支配されていた。


「十五歳で事務所を捨てられた痛みを、ずっと引きずって。もう二度と傷つかないために、自分は完璧なんだって思い込んで。他人のミスを絶対に許さない」


「……」


「でも、本当は違うでしょ。あなたは、誰よりも『失敗』を恐れてる。自分のパフォーマンスが完璧じゃなきゃ、また誰かに捨てられるって、心の底から怯えてる」


図星を突かれたルイの顔が、苦痛に歪む。

彼の長い指が、自分の髪を乱暴に掻きむしる。


「……あぁ、そうだよ。怖いんだよ」


自暴自棄のような、掠れた笑い声が漏れる。


「俺は、自分が空っぽなことなんか、とっくに知ってる。顔とスタイルだけでチヤホヤされて、中身が伴わなくなった瞬間に、ゴミみたいに捨てられた。……だから、完璧でいなきゃいけないんだ。少しでも隙を見せたら、お前らだってすぐに俺を見限るだろ」


ルイの告白に、泣いていた陽斗と透が、ハッとして顔を上げる。

あの絶対君主で、誰のことも見下していると思っていたルイが、震える声で自分の『弱さ』を曝け出しているのだ。


「誰も信じねぇよ。チームだの仲間だの、そんな綺麗事、俺は絶対に信じねぇ……ッ!」


ルイがテーブルをドンッと殴りつけ、ギリッと奥歯を噛み締める。


「……なら、私を信じなさいよ」


私は一歩踏み出し、ルイの目の前に立つ。

そして、彼を真っ直ぐに見下ろしながら、腹の底から声を張り上げた。


「大人が怖いなら、私が盾になる。失敗するのが怖いなら、私が何度でも尻拭いしてやる。あなたたちがステージでどれだけ恥をかいても、どれだけ泥を被っても、私は絶対にここから逃げない!」


私の言葉が、鼓膜を打つ。

三人の視線が、私の一点に集中する。


「仕事だからじゃない。私が、あなたたちを見捨てたくないの。……あなたたちの本当の輝きを、私に見せてよ」


胸の奥から湧き上がる熱い感情が、私の目から涙となってこぼれ落ちる。

隠すことなんてしない。私も、彼らと同じように傷つき、同じように不器用な人間なのだから。


「お願いだから……もう、一人で戦おうとしないで……ッ!」


私の涙まじりの叫びが、リビングの空気をビリビリと震わせる。

むわっとした朝の空気。微かに残る味噌汁の匂い。

そして、彼らの中で分厚くそびえ立っていた『絶対的な孤独の壁』が、音を立てて完全に崩れ落ちる音がした。

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