第44話 文官の指
ヴァルターは、文官の動きを観察した。
目が合った瞬間の視線の逸らし方。
手元を——隠した。
書類の束を、わずかに胸側へ引き寄せた。
無意識の動作だろうが、確かにそうした。
ヴァルターは近づいた。
廊下での立ち話程度に、ゆっくりと、急がずに。
「ご苦労様です」
挨拶した。
文官は頭を下げた。
「は、はあ、これはクラウゼ殿下……」
声が微妙に上ずっている。
「こちらに荷が入っていたはずでしたが、確認があります。荷札と記録簿を見せてもらえますか」
公爵家嫡男として、ごく自然に要求した。
命令ではなく、確認を求める口調だ。
だが相手にとっては、断れる状況ではない。
文官の顔が、わずかに白くなった。
「記録簿は……いま取りにいくところでして」
「ここに持っているものでは?」
ヴァルターは書類の束を視線で示した。
文官の手が、束をさらに引き寄せた。
(引っかかっている)
ヴァルターは確信した。
「見せてください」
今度は、圧をかけた。
声の低さを変えた。
クラウゼ家の名が持つ重さを、静かに前に出した。
文官はしどろもどろになった。
「あ、これは別の案件でして……保管庫の件とは、直接……」
「では、その別の案件とはどういったものですか」
畳み掛けた。
文官の手が震えた。
書類の束が、落ちた。
床に散らばった紙を、ヴァルターは一枚拾い上げた。
文官が慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。
一枚見るだけで充分だった。
それは帳簿の写しだった。
物資の出入りが列記されている。
だが注目すべきは、物資の行き先だ。
「辺境向け」と書かれているはずの欄に——
帝都内の別保管庫の番号が記されていた。
辺境へ向かうべき物資が、帝都の別の場所へ回されている。
横流しだ。
しかも公式の書類に紛れ込む形で処理されている。
手口は巧みだが、この帳簿の一枚がその証拠になりうる。
ヴァルターは帳簿から顔を上げた。
文官は真っ青だった。
ヴァルターは紙を返した。
「……失礼しました。取り違えでしたね」
そう言って、その場を離れた。
* * *
廊下を歩きながら、頭に刻んだ。
帳簿の中に見えた、一つの文字列。
**「北辺特別支出」**
それが、初めて現れた。




