第41話 三度目の朝
目が覚めた。
天井は白かった。
ヴァルターは動かなかった。
仰向けのまま、まず呼吸を確認した。
空気が肺に入る。
血の臭いはない。
床の冷たさもない。
* * *
寝台の上だ。
柔らかい。
生きている。
三度目の朝だと、すぐ分かった。
* * *
起き上がる前に、ヴァルターは目を閉じたまま、全身の感覚を確かめた。
腹部の痛みはない。
毒の感覚が消えている。
前の周回の終わりに床に横たわっていた感触が、まだ指先に残っているような気がした。
だが、それは幻だ。
肉体はリセットされている。
記録されているのは、頭の中だけだ。
* * *
ヴァルターは静かに起き上がった。
今回、取り乱しはしなかった。
一度目は混乱した。
二度目は恐れた。
三度目は——落ち着いていた。
怖くない、という意味ではない。
ただ、恐怖に足を止められなくなっていた。
* * *
机の上に紙と羽ペンがある。
ヴァルターはまずそこへ向かった。
腰を下ろし、ペンを手に取り——書き始めた。
夜会の場の配置。
乾杯の時刻。
杯を持っていた者の位置。
出席していた顔ぶれ。
エルンド伯爵の動き。
カインが席についていた方角。
ミリャの関連者とおぼしき人物の有無。
* * *
感情を排いて、ただ書いた。
ループに入ったことへの安堵でも、また死んだことへの嘆きでもない。
「次に繋ぐための記録」として、手を動かした。
毒殺直前の違和感が始まった瞬間。
体内で何かが変わり始めたタイミング。
わずかな量でも届く、あの精度。
* * *
記録が一段落したところで、ヴァルターは紙を見渡した。
びっしりとした文字が並んでいる。
前の周回では、この情報の多くを手にできなかった。
それでも死んだ。
前の前の周回では、行動を改めた。
それでも死んだ。
* * *
ヴァルターは最後に、一文を書き加えた。
**「善人のふりは無意味」**
紙を机の端に置き、窓の外を見た。
春の朝の光が差し込んでいる。
帝国暦四百八十二年、春の第二月、十六日。
また、ここから始まる。
今回は——違うやり方をする。




