第36話 食卓の違和感
翌朝から、ヴァルターは食事に慎重になった。
飲み物は、自分で封を確認したもの以外は口にしない。
食事は、複数の者が共通して食べるものを選ぶ。
朝食の一部を他の皿から少しずつ取るようにした。
毒見を公式に求めることはしなかった。
それをすれば「何かを恐れている」と周囲に分かる。
恐れていると分かれば——恐れの理由を探される。
恐れの理由が何かを知られれば、それがまた別の問題になる。
* * *
三日後、ヴァルターはその制約の意味を理解した。
食事を気にすることは、生存のための正しい行動だ。
だが、気にしながら生きるのは、消耗する。
何かを食べるたびに確認する。
飲み物を受け取るたびに観察する。
それを周囲に悟られないよう、自然に振る舞いながら。
* * *
宮廷の朝食会に出席した日、ヴァルターは隣に座った下級貴族と会話しながら、目の前のカップを三度ほど持ち上げ、一度も口をつけなかった。
それを、カインが見ていた。
会の後、廊下で呼び止められた。
「具合でも悪いのか。今日はあまり食べていなかったようだが」
「いえ、朝は量が入らないだけです」
「そうか」
カインは特に追及しなかった。
だが、ヴァルターは内心で確認した。
(見られている)
* * *
自室に戻り、ヴァルターは窓の外を見ながら考えた。
このまま食事を避け続けることには限界がある。
毒を警戒しているのに、毒見の仕組みを作れない。
自分で確認できる範囲でしか飲食できない。
だがその範囲は、社交の場では限られる。
「逃げ続けることは、死を先延ばしにしているだけかもしれない」。
その感覚が、じわじわと増している。
* * *
問題は毒だけではない。
酒瓶が入れ替えられた。
それは、誰かが自室に入れることを意味する。
護衛を増やすか。
自室の扉の構造を変えるか。
どちらも口実が必要だ。
理由もなく護衛を増やせば、また「何かを恐れている」と見られる。
* * *
ヴァルターは鏡を見た。
顔色が悪い。
眠れていない。
食事が減った。
常に周囲を確認している。
見た目に出るほど消耗している。
これは、戦っているのか。
それとも追い詰められているだけなのか。
* * *
夜、布団の中で、ヴァルターは目を閉じた。
眠れなかった。
処刑の記憶が来る。
首に刃の感触。
宮廷大広間の静寂。
アンネリーゼの声。
それが夢と現実の境界で混ざる。
処刑台に立っている。
刃が落ちる直前。
だが今回は、刃ではなかった。
杯が差し出された。
「飲め」と声がする。
誰の声か分からないが、杯の中は深く暗い。
* * *
ヴァルターは目を開けた。
天井が見える。
夢だ。
だが眠れない理由が、一つ増えた。
毒による死——今のループで、それが待っているかもしれない。
そしてそれは、処刑よりずっと前に来る可能性がある。
ヴァルターは起き上がり、机の前に座った。
灯りをつけ、今後の行動方針をもう一度考え直した。
時間が、なくなっている。




