第37話 夜会への招待
招待状が届いたのは、午前中のことだった。
差出人は、帝都の中堅貴族、エルンド伯爵家。
内容は、数日後に開かれる私的な夜会への招待だ。
規模は二十人程度、晩餐と歓談が主で、宮廷の公式行事とは別の緩やかな集まりだという。
* * *
ヴァルターは招待状を手に取り、見つめた。
断る方向で頭が動いた。
だが、断れるか。
エルンド伯爵家は宮廷内の中立的な家だ。
特定の派閥に深く入り込んでいない。
そこからの招待を断れば——「クラウゼ公子は最近、社交を避けている」という印象が強まる。
それは「何かを隠している」という読みに繋がる。
出席する。
だが飲食は最小限に。
発言は慎重に。
情報だけを拾う。
* * *
夜会当日の昼間、ヴァルターは念のため招待客の名簿を入手しようとした。
直接エルンド家に聞けばいいだけだ。
「お手伝いを同席させたいので、参加者をお教えいただけますか」という名目で。
返答は翌日に来た——夜会当日の朝に。
ヴァルターは名簿に目を通した。
二十二名の名前。
その中に、カインの名前があった。
そして——別の名前も。
ミルヤという侍女の「失踪」を処理した宮廷文官の、家族の名前が一つ。
* * *
(繋がっている)
ヴァルターは名簿を畳んだ。
エルンド伯爵家が主催ではあるが、この夜会の出席者の構成は、何かの意図で組まれているかもしれない。
カインがいる。
ミルヤに関係する人物がいる。
偶然の可能性もある。
だが、ヴァルターには今、宮廷の偶然を額面通りに受け取る余裕がない。
* * *
夜会に向かう馬車の中で、ヴァルターは自分に言い聞かせた。
飲み物は受け取るが口にしない。
食事は、集団で皿を分け合う形式の場合のみ少量口にする。
個別に出される料理や飲み物は断るか、自然な形で口をつけないようにする。
これを自然にやりきれるかどうか。
処刑を免れても、毒殺されれば同じだ。
次のループが来るとしても——それが何度も続けられるかどうかは、分からない。
毎回死ぬためにここにいるわけではない。
* * *
夜会は明るく華やかな場だった。
蝋燭が多く灯され、晩餐のテーブルには季節の料理が並ぶ。
ヴァルターは自然に笑い、会話に参加した。
杯を持ち、時々口元に近づけた。
だが飲まなかった。
食事は共通の皿から取る形式の料理だけを、ごく少量。
カインはこの日も人懐こい笑みで接してきた。
「今日は楽しんでいるか」
「それなりに」
「そうか。食欲はあるか? 今日の料理は結構うまいぞ」
「いただいています」
カインはそれ以上聞かなかった。
* * *
問題は会の終わりに来た。
エルンド伯爵が、場の締めくくりとして乾杯を提案した。
全員が杯を持つ。
乾杯だ。
ここで拒否することは——目立つ。
全員が杯を掲げて飲む場面で、一人だけ口をつけないのは、明確な異常行動だ。
* * *
ヴァルターは一瞬だけ迷い、そして口をつけた。
ほんのわずかだ。
一口にも満たない量を、唇の先で触れる程度に。
乾杯の声と共に、それだけにした。
* * *
馬車で帰路についたのは、夜更けのことだった。
馬蹄の音を聞きながら、ヴァルターは揺れる車内で目を閉じていた。
問題はなかった。
そう思っていた。
だが——
帝都の街道に差し掛かった頃、腹部の奥に、ごくかすかな違和感が生まれた。
吐き気ではない。
ただ、何かが普通でない感覚。
ヴァルターは目を開けた。
窓の外に夜が流れている。
(……まさか)
それだけを思いながら、馬車は宮廷へ向かっていた。




