第33話 未来の癖
翌朝、ヴァルターは書き出した。
「未来知識を使う際のルール」という見出しをつけ、紙に向かった。
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昨日の社交会での失敗を、改めて分析する。
辺境の物資の区間について、知っているのに知らないふりをした。
だが「詰まった」ことで、知っている可能性が露見した。
問題の本質はここだ。
「知っているが言わない」という行動は、「知っている」という前提がある。
だから自然と、その前提が漏れ出る。
つまり、未来知識を持つことは——知識がない場合には絶対にしない不自然な迷いを生む。
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解決策は二つある。
一つ目。その情報を「今の自分でも知り得る経路」で実際に入手する。
実際に調べ、実際に情報を得た上で、それを根拠として話す。
二つ目。知っていても、完全に知らないふりを徹底する。
詰まらない。一瞬も変化しない。
一つ目は時間がかかる。
二つ目は技術が要る。
ヴァルターは今の自分に、二つ目を完全に実行できるだけの演技力があるかを問い直した。
ない、と判断した。
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ならば原則は一つ目だ。
未来知識を使いたい場合は、まず「今の自分がそれを知っている理由」を実際に作る。
情報を使う前に、その情報の入手経路を現時点で確立する。
それができない情報は、使わない。
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もう一つの問題もある。
先回りが多すぎることだ。
ヴァルターは気づいていなかったが、最近の行動を振り返ると——問題が起きる前に動いている場面が多い。
問題が起きる前に警備を確認した。
噂が広がる前に対策を考えた。
侍女の不審な動きを、普通の人間より早く察知した。
これらは、未来を知っているから自然にできることだ。
だが、普通の人間には「なぜそんなに早く気づくのか」という疑問が生まれる。
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カインはその疑問を持っている。
「君は以前より、ずいぶん慎重になった」という言葉はその意味だ。
慎重になった——ではなく、知っている——という解釈を持つ者が現れれば、それは別の脅威になる。
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ヴァルターは書いた。
「先回りしない。問題が起きてから反応するように見せる」
「未来知識を使う場合は必ず現在時点での根拠を用意する」
「詰まらない。知らない時と知っている時の挙動を、意識的に統一する」
書いてから眺めた。
これは要するに——「演技が必要」ということだ。
ヴァルターは演技が得意ではない。
だが、学ぶ必要がある。
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その日の夜、また匿名の封書が届いた。
今度は従者が受け取り、机の上に置かれていた。
封を開けると、紙が一枚。
整った字で書かれていた。
「皇女を諦めたふりをして、次はどこを狙う?」
それだけだった。
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ヴァルターはその紙を、しばらく見た。
皮肉か。
それとも探りを入れているのか。
「皇女を諦めた」——アンネリーゼとの距離を取っていることは、周囲に観察されている。
「次はどこを狙う」——距離を取った後に、別の何かを目的としていると見ている。
この封書を送った者は、ヴァルターの行動の変化を読んでいる。
そして「諦めた」ではなく「諦めたふり」と書いた。
ヴァルターが何かを計算してアンネリーゼから遠ざかったと、判断している。
敵が自分を読んでいる。
あるいは——敵ではなく、試している者がいるのか。
判断できなかった。
ヴァルターは紙を燃やし、窓の外を見た。
夜が深い。
この宮廷で、自分は何重にも観察されている。
それを覚悟の上で、動き続けるしかない。




