第32話 社交会の罠
カインから小規模な社交会への招待が届いたのは、翌々日のことだ。
内容は、特定の貴族家同士の私的な集まりで、ヴァルターを含めて十五人ほどが招かれていた。
断る理由がない。
断れば社交上の非礼になる。
そしてカインの招待を断ることで、また別の疑念が生まれる。
ヴァルターは出席を決めた。
* * *
会は、中堅貴族の邸宅で開かれた。
昼間の集まりで、軽食と茶が出た。
会話が主な目的の、緩やかな集まりだ。
ヴァルターは最初から注意していた。
何を言うか。
何を聞くか。
何を知っているか知らないかの境界線。
そこが今日の最大の問題だ。
* * *
会が始まって一時間ほど経った頃、話題が辺境に移った。
北部辺境の治安悪化が最近の話題だ。
一人の貴族が言った。
「最近は北方からの物資の流れが滞っているそうですが、クラウゼ公子はご存知ですか。公爵家の領地が近いとか」
「多少は聞いています」
ヴァルターは無難に答えた。
「公的に発表されている情報の範囲では、北方辺境への物資補給路の一部に問題が出ていると聞いています」
「なるほど」
だが別の貴族がさらに聞いた。
「補給路の問題とのことですが、具体的にはどの区間ですか。軍需物資と民需物資では扱いが違うと思いますが」
ヴァルターはその質問に、一瞬だけ詰まった。
* * *
知っている。
軍需物資の補給路の問題は、ヴァルターが以前のループで直接調査した内容だ。
具体的にどの区間が滞っているか、どの商会が関与しているか——知っている。
だが今の自分が、その情報を知っているはずがない。
公的な発表には、そこまで詳細は出ていない。
ヴァルターは半秒だけ間を置いてから、答えた。
「詳しい区間は、私の立場では把握できていません。軍の管轄ですので」
「そうですね」
その場はそれで済んだ。
* * *
だが、ヴァルターは内心で自分を叱った。
「一瞬詰まった」のが問題だ。
知っているが知らないふりをする時の間と、本当に知らない時の間は、観察眼のある人間には区別できる。
この会に、観察眼のある人間がいたとしたら。
* * *
会の終わりに、カインが横に来た。
「今日は楽しかったか」
「それなりに」
「いい集まりだろう。今度また声をかけるよ」
カインは軽く言って、それから少し声を落とした。
「君、今日は少し喋りすぎたね」
ヴァルターは何も言わなかった。
「辺境の物資の話、あの一瞬だけ表情が変わった。誰も気にしてないと思うけど——俺は気になった」
「そうですか」
「うん。まあ、気をつけた方がいいよ」
カインは笑ったまま、別の人物のところへ移った。
* * *
帰路の馬車の中で、ヴァルターは反省を整理した。
未来の記憶を持つことは強みだ。
だが、今の時点で知っているはずのない情報を使えば、すぐに「なぜ知っているのか」という疑問を生む。
カインはあの瞬間を見逃さなかった。
今後は、未来知識を使う際に必ず「今の自分がその情報を持つ理由」を用意しなければならない。
それがなければ、情報は使えない。
馬車の窓に映る夜の景色を見ながら、ヴァルターは改めて自分の行動に制約をかけた。
知っているだけでは、まだ駄目だ。
知っている理由を持って初めて、動ける。




