第16話 探られる者
カインとの廊下での会話から、ヴァルターは方針を変えた。
動きを散らす必要がある。
文書庫、使用人通路、保管室周辺——ここ数日の自分の行動は、明らかに一方向に集中しすぎていた。
特定の方向を向き続ければ、誰かに察されるのは当然だ。
カインは既に何かを把握している。
把握している上で、「気をつけた方がいい」と言った。
それが助言なのか、警告なのか、あるいは自分の出方を見るための試みなのか。
判断できない。
だからこそ、次の行動を読まれにくくする必要がある。
* * *
翌日から、ヴァルターはいくつかの「意味のない視察」を挟んだ。
宮廷の馬術場を訪れ、特に理由なく馬を見た。
図書室へ行き、帝国の古い歴史書を借りた。
公爵家の用で宮廷商人と会い、布地の注文を装った話し合いをした。
どれも、本来の目的とは無関係な行動だ。
観察者がいるなら、この無意味な行動の連続で、「何を探しているのか分からない」という印象を与えることができる。
少なくとも、そう期待した。
その過程で、意図せず気づいたことがある。
宮廷の派閥同士が、思った以上に互いを牽制し合っていた。
馬術場で話していた二人の武官は、明らかに宰相派と外戚派の対立についての話をしていた。
図書室で同席した文官は、皇太子周辺の動向を探るような質問を自分にしてきた。
全方向から、誰かが誰かを見ている。
ヴァルターは、この宮廷が単純な一枚岩ではないことを改めて確認した。
自分を陥れた「誰か」は、複数の派閥のうちの一つか、あるいは全ての派閥を使いながら動く存在か。
* * *
夕方、自室に戻ると。
机の上に、封蝋された手紙が置かれていた。
ヴァルターは玄関まで引き返し、従者のオットーを呼んだ。
「今日、誰か室内に入ったか」
「掃除の侍女が昼間に。それ以外は存じません」
「手紙の届け物は」
「受け取っておりません」
オットーは困惑した顔をした。
「私が外出中に、書き置きが届くことは?」
「通常は玄関に置いていただくか、私に預けていただきます。直接室内に置かれることは……」
ない、と続けるはずの言葉が、オットーの口の中で止まった。
それが答えだ。
ヴァルターは室内に戻り、手紙を取り上げた。
封蝋は赤い。
特定の家紋や印章ではなく、単純な丸い型押しだ。
誰かが意図的に、差出人が分からないようにしている。
ヴァルターは封を開いた。
中には、折り畳まれた紙が一枚。
広げる。
一行だけ書かれていた。
筆跡は普通の写字体で、特徴のない、訓練された字だ。
その一行を読み終えた後、ヴァルターはしばらく動かなかった。
内容については、今は記しない。
ただ、その手紙を読んだ後、彼は灯りを手に取り、手紙の端に火をつけた。
紙が燃え、灰になる。
消えていく間、ヴァルターは考え続けた。
誰が書いたのか。
どうやって室内に入れたのか。
何を目的として送ってきたのか。
答えは出ない。
だが、手紙が送られてきたという事実だけで、一つのことが明らかになった。
誰かが、ヴァルターの行動を追っている。
カインが自分の動きを把握していたのと同様に、別の誰かも——こちらの動きを知っている。
それが味方なのか敵なのかも分からない。
灰が皿の中で静かに冷えた。
ヴァルターは手帳を開いた。
今日新たに分かったことを、短く書く。
「宮廷の派閥は互いを監視し合っている」
「自分の動きも、複数の者に把握されている可能性がある」
「見知らぬ差出人から、室内に直接手紙が届いた」
最後の一行は、書いてから消した。
記録に残すには、まだ危険すぎる。
ヴァルターは手帳を閉じ、窓の外を見た。
夜の宮廷が、静かに広がっている。
今この瞬間も、複数の目がどこかから自分を見ているかもしれない。
ヴァルターはその事実を、冷静に受け入れた。
見られていることは変えられない。
ならば、見られた上で何ができるかを考えるしかない。
やるべきことは変わらない。
偽造書簡の核心に向かうことだ。




