第15話 閉ざされた保管室
皇族区画の保管室は、通常の廷臣には近づく機会がない。
皇族の衣類、調度品、香料、薬品——それらを収める場所で、管理は皇族付きの文官が行う。
入室には皇族の承認が必要で、ヴァルターのような立場では、口実がない限り近づけない。
だがヴァルターは、近づけるかどうかを確かめることは、できた。
* * *
翌日の昼間、ヴァルターは正殿の中を歩く用事を作り、皇族区画に近い廊下を通った。
距離を置きながら、保管室の方向を確認する。
通常、この廊下は宮廷文官の往来がある程度にとどまる。
だが今日は、警備の姿が増えていた。
二名が廊下の突き当たりに立ち、その先への通行を制限している。
ヴァルターは自然な歩き方で近づき、廊下の手前で足を止めた。
「この先は今日、制限がかかっておりますか」
警備の一人が頷いた。
「本日は保管室の点検があります。ご用の方は別の経路をお使いください」
「承知しました」
ヴァルターは礼を言い、引き返した。
だが、引き返しながら確認したことがある。
廊下を塞いでいた警備の二人の顔。
宮廷の正規警備ではない。
宮廷の正規警備は、帝国近衛隊から選ばれた者が務める。
制服は統一されており、ヴァルターも見慣れている。
だが今日の二人の服は、近衛隊のものとわずかに異なる。
色味が薄い。
記章の位置が違う。
靴底の作りが、宮廷仕様ではない。
訓練を受けた者の服装ではあるが——宮廷の者ではない。
ヴァルターは別の廊下へ回りながら、頭の中で整理した。
私兵崩れ。
特定の貴族や機関が独自に雇う、正規軍とは別の護衛要員。
どこの私兵か。
それが問題だ。
* * *
夕方、ヴァルターは宮廷の警備配置を管理する文官室を訪れた。
「公爵家の護衛配置の確認」という名目で。
文官は快く対応した。
「先日の保管室周辺の警備配置も、参考に確認させていただけますか。最近、護衛の在り方を見直す必要があると考えていまして」
文官は少し迷った。
「そちらは皇族区画ですので、通常の護衛記録とは別管理ですが——」
「それはそれで結構です。ただ、昨日あの廊下で見た警備の方が、近衛隊の制服でなかったように見えたので、確認したかったのです」
文官の表情がわずかに変わった。
「……それは、特別な配置の場合があります」
「どのような場合ですか」
「……詳しくは、存じません」
その「存じません」には、知っていて言わないのか、本当に知らないのかが混ざっていた。
ヴァルターは追及しなかった。
無理に聞いても、この場所では不審を招くだけだ。
「分かりました。ありがとう」
文官室を出る。
正規警備ではない者が、皇族の保管室を守っている。
それは誰の意思か。
皇帝が指示したのか。
皇族の誰かが独自に雇ったのか。
あるいは——第三者が、皇族の名を使って配置したのか。
ヴァルターには、今の段階で確認する手段がない。
ただ、一つのことは言える。
保管室に何かある。
それを守ろうとしている者がいる。
そしてその者は、正規の手続きを経ずに警備を動かせる立場にある。
廊下を歩いていると、前方から人が来た。
カインだ。
今日は一人で、珍しく手元に書類を持っている。
ヴァルターと目が合うと、いつも通りの人懐こい笑みを浮かべた。
「ヴァルター、珍しいところにいるな」
「少し迂回していた」
「そうか」
カインは並んで歩き始める。
ヴァルターは特に何も言わなかった。
今日は話し合う必要もないし、情報を引き出す余裕もない。
黙って歩いていると、カインが言った。
「さっき保管室の近くにいただろう。警備が出ていた廊下の手前に」
ヴァルターは何も変えずに答えた。
「通り道だったので」
「あそこ、最近ちょっとうるさくてね。俺も先日近づいたら止められた」
「そうですか」
カインは笑いながら横目を向ける。
「そんな場所に興味があるなんて、知らなかったよ。ヴァルターは保管室には縁がなさそうだと思ってたけど」
その言葉は、さりげなかった。
だがヴァルターは、その言葉の後ろにある意味を読んだ。
「お前がそこにいたことを、見ていた」という確認だ。
ヴァルターは表情を変えずに言った。
「縁はないですね。通りかかっただけです」
「そうか。まあ、気をつけた方がいいよ。あの辺は色々と面倒くさいから」
カインは自然に話題を変えて去っていった。
ヴァルターは一人になってから、歩く速度を落とした。
カインは、自分が保管室の近くにいることを知っていた。
見ていたのか、聞いたのか、知らせた者がいるのか。
どれが正しいにせよ、自分の行動はカインに把握されている。
ヴァルターは外の景色を一瞬見てから、前を向いた。
観察されながら動く。
それが、今の自分の状況だ。




