反乱分子の英雄
ギュルンッ、ギュルルルルン。
サイモンがスターターロープを引く度に、チェンソーが唸りをあげる。
「さァ、どこから刻んでほしいィ? 指を1本ずつ飛ばすなんてどうかなァ?」
「まったく。いつ見ても悪趣味じゃのう」
僕を脅すサイモンを見て、アルフォンスが呆れた声を出した。
「……サイモン、あなたに僕を殺す気はない。違うか?」
僕の言葉を聞いて、サイモンがピタリと止まる。
「あらァ、バレてたァ。ワンちゃんが初めてだねェ、怖がらなかったのはァ」
サイモンはニタニタ笑ってからリチャードに指示を出した。
「準備してェ!」
「かしこまりました」
リチャードが部屋の片隅にあったレコードプレーヤーを入り口の前に置く。そして扉の方へスピーカーを向けた。
「どちらを鑑賞されますか?」
「ワンちゃんに敬意を表してェ、激しいのがいいねェ。"2117~黒い安息日~"で頼むよォ」
なんの話かサッパリだった。
リチャードがレコードをセットし、針を落とすと、途端にスピーカーから大音量で叫び声が流れ始める。不規則な感覚で男が叫び続けるだけ、そんな音源だ。
「……これは?」
「質問は無限にあるじゃろうが、如何せん時間がない。私達の話を心して聞くのじゃ」
「始めるよォ。まずはワンちゃん、これにおかしいところはないかなァ?」
サイモンが取り出したのは僕の指名手配書だった。
「よォーく見るんだァ」
言われるがままに目を通す。
【レイ・チェンバース:悪魔崇拝者と共謀し、世界教会ロンドン支部長ジョージ・スコッチフィールド殺害事件を起こした罪人である。情報提供者にはファーザーからの祝福と褒美が与えられる】
手配書のレイアウトはいたってシンプルだ。大きな僕の顔写真と数行の文章、ただそれだけ。
「僕は指名手配される覚えはない。そもそも手配書が間違ってる!」
「思慮が浅いのう。今はそこが重要ではない。よう読むのじゃ」
「悪魔崇拝者と共謀なんかしてない!」
「ブッブゥー! ねェ、ワンちゃん。昨日起こった事を思い出すんだァ」
時間がないなら早く答えを言えよ、と悪態をついても教えてくれないだろう。
とにかく言われた通りに思い返す。僕の腕が悪魔の腕になって、ジョージに殺されて、マモンと契約して、ジョージから逃げて……
「……僕はジョージを殺してない」
「やっとたどり着いたようじゃ。では真実を語ろうかのう。ジョージ・スコッチフィールドを殺害するのは世界教会じゃ」
「侵入者が入ったのは覚えてるゥ? 彼ねェ、その侵入者に負けちゃったんだァ」
「世界教会はいかなる敗北も許さぬ。よって処分されるという訳じゃ。だが一つ問題があっての……ここからは推測の域じゃが――」
「処分する理由だァ。侵入者に支部長が負けたなんて情報が流れたらどうなるかなァ?」
分かるだろうと言わんばかりに、サイモンが僕を指さしながらポーズを取る。
そうは言っても話の展開が速すぎて全くついていけない。
「あー……それは……」
「そうだァ、メンツが丸潰れだァ! 世界教会を信仰する人間は不安になるだろォ?」
答える前に勝手に話が進みだした。
「そうなればァ、100年かけて築いた支配と洗脳が終わるかもしれないだろォ? だからワンちゃんを使ったのさァ」
「僕?」
チンプンカンプンとはこういう状態の事だ。自分の頭が悪いとは思った事はない。でも、ここまで理解できないと馬鹿なんじゃないかと思い始めた。
「生贄じゃよ、お前さんがのう。不安に駆られた人間を操る術は簡単なものじゃ」
「共通の敵を作るのさァ。この手配書で市民は裏切り者探しをするだろォ。その使命感で不安を忘れるんだァ」
「だが、この方法には一つ欠点があってのう。反乱分子に希望を与えてしまうのじゃ。悪魔崇拝者、数少ない世界教会非加盟国……この者達にとっての希望じゃ」
「ワンちゃんは英雄になるのさァ。支部長を倒した英雄にねェ」
「つまり私達の希望じゃのう」
アルフォンスが優しく微笑んだ。
「あなた達が反乱分子じゃないかとは思ってた。サイモンに殺意がないと気付いた時から」
僕の言葉を聞いたサイモンがウィンクする。
「でも僕がジョージを倒してない事を知ってるんだろう? それならどうして――」
「時間です」
突然、リチャードが喋った事に少し驚いた。この執事の存在をすっかり忘れていた。
「質問は移動しながら聞こうかのう」
アルフォンスが僕の肩に手を置いた。
……おかしい。僕には気になる事があった。
あの手配書の文言にあったジョージ殺害という一節。あれは間違いなく嘘だった。なのにどうして僕は気付けなかったんだろう?
フラウロスの魔法陣による真贋を見極める力、その力を実感し始めた矢先にこれだ。
やっぱり悪魔に騙されてるんだろうか?
フラウロスの魔法陣……気まぐれな能力に見えますがどうなんでしょう?
そのあたりも少しずつ明らかにしていく予定です。
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