試練の祭壇なのです
翌日は朝から動き出す。
初心者パーティー『風精団』『大地の牙』は相変わらず防御柵に囲まれた野営地で、戻るパーティーが快適に過ごせるようにアレコレと忙しく立ち働く。
それ以外のパーティーはグラディス老に連れられて、『エトランジェ』の発見した遺跡の調査だ。
ただし、『白夜の蒼炎』だけは違う。
『白夜の蒼炎』はウイングの主張に従って、二百ミョーン〈メートル〉級の滝まで来ていた。
滝は壁面からの出っ張りに当たって、一時的に別れたりするものの、水量が多いらしく、すぐに一本に戻って落ちる。
滝壷は深そうに見える。
滝幅は三十ミョーン〈メートル〉ほどはある。
水の落ちる音は瀑布という感じで、お互いに近寄って大声で叫ばないと、声も届かないほどだ。
壁面に続く儚い道とも呼べないような足場が滝の裏まであるのが分かる。
マルガレーテの指示でウイングだけがとりあえず、滝の裏側を調べることになる。
ウイングは腰に縄を巻いて、儚い足場を進む役で、その縄の先端はアキラとムースが保持している。
ミルキルが見張りで、モーリーとアリアが薪を集めて火を着ける。
マルガレーテが全体指揮のために状況を見守っている。
「いってくるですー!」
「充分に気を付けていくんだぞー!」
ウイングが滝壷の脇、儚い足場の近くで手を振ると、マルガレーテもそれに応える。
水量が多く、足場も濡れているため、滑りやすい。
さらには、間違ってまともに落ちる水に触れてしまえば、その水量で身体を滝壷に躍らせることになるだろう。
ウイングがじりじりと歩を進める。
どうやら、滝の裏まで足場は続いているようだが、壁面と滝の間は七十ミョン〈センチメートル〉ほどしかない。
半歩、横にズレれば、あっという間に身体を持って行かれそうだった。
ウイングは身体を斜めにして、壁面をじっくりと確かめながら進む。
変な出っ張りはないか?人工物はないか?人為的な何かの痕跡があれば、大きな手掛かりになる。
途中、道幅がさらに狭い部分もあって、そこの足場がさらに脆くなっていたのか、そこが崩れて足を踏み外す場面はあったものの、どうにか滝の裏四分の三程度まで進む。
足場は一ミョーン〈メートル〉の隙間を空けて続いている。
まだ、手掛かりはない。
ウイングは迷う。
これを越えて進んでも、同じことのような気がする。
もっとわかり易く入り口があるのではないかと思ったのだ。
昨日、洞穴にあった遺跡以外に『試練の祭壇』があるのならば、石像をヒントにもっとわかり易く入り口があると思っていたのだ。
一度、戻ろうと考える。
壁面に耳を当てて、叩きながら戻れば空洞があるか分かるかもしれないと目視ではなく、聴覚に頼ろうかと思う。
それとマナに聞くのもアリかもしれない。
ウイングは少しだけだがマナと意思疎通ができる。
精霊と違い、マナは意思が一方通行なので、声が聞こえるだけだが、何かのヒントになるかもしれないと、『精霊視覚』で周囲を確認する。
それは、ちょうど滝の真ん中辺りにあった。
『精霊視覚』を使わねば見えない魔法陣。
それが大きく描かれていた。
「あったです……」
逸る気持ちを抑えて、足場に気を付けながら戻る。
魔法陣に触れて、糧をゆっくりと流し込む。だが、暴走した魔導具かと思うほどに大量の糧を持っていかれる。
ウイングにとっては大したことはなかったが、石級以上の糧が吸われた感覚だ。
すると、ぽっかりと穴が開く。
「……見つけたです」
それは通路になっている。
打ちっぱなしのコンクリート製のような壁に、透明なガラスの管のような物が、幾何学的に走っていて、それが青く明滅を繰り返している。
「これ、なんですかね……」
とにかく戻ろうとウイングは壁に張り付くように戻っていった。
滝の裏から出れば、ホッとしたような仲間の顔が見える。
「見つけたですー!」
叫ぶウイングの声が届いていないのか、皆、キョトンとしている。
それに気付いたウイングが足早に儚い足場を渡る。
途中、危ない場面もあったが何とか生還したのだった。
全員がウイングの傍に寄ってくる。
「やっぱりあったです!しかも、昨日の遺跡よりも不思議な通路が見えたです!」
「まあっ!それは大発見ですねっ!」
ムースが嬉しそうに言う。
「ウイング、まずはその濡れた服を乾かしましょう!」
アリアが用意していた焚き火の前に案内する。
その時、ウイングは着ていたローブを脱ぐようにアリアに言われるが、頑なにそれを断った。
中に着ている鎧は魔界時代から着ている『蒼翼騎士団』の頃の物で、背中に翼を出し入れする用のスリットが入っているからだ。
「濡れたままだと風邪ひきますよ!」
「いいのです!風魔法で乾かせるから大丈夫なのです!」
ウイングとアリアの押し問答をアキラが留める。
「アリア、嫌だって言ってるんだから、無理強いは良くないよ!」
「だって、脱いだ方が早く乾くじゃないですか!」
「大丈夫なのです!」
そうして、アリアがローブを掴もうとした時、ウイングは飛び退くようにして避けた。
「もう……なんでそんなところに拘るんですか!?」
「とにかく、ローブは脱がないです!」
言ってウイングは風の精霊ジーンに思念で頼み、自分を渦巻く風に包んだ。
「魔法使ってまで脱ぎたくないってなんなんですか!?……もう!」
アリアは大きく嘆息する。
ウイングが服を乾かしたところで、マルガレーテが告げる。
「よし!それでは移動しよう!グラディス老に報告して、アールタイルにウチのウイングの推理が正しかったと自慢しなければな!」
なんとも嬉しそうな表情だったので、アールタイルの気持ちを知る全員が、アールタイルの不幸を想って微妙な顔をした。
『当たり』のマーキングがされた洞穴まで来るとそこには荷車が用意されシキシロ率いる『風精団』とアールタイルの『砂塵の爪』がいた。
さらには洞穴からめぼしい古代の装備品を積み込んでいるらしく、他のパーティーが荷物を運び出しているところだった。
「これは、『白夜の蒼炎』の皆さん。如何でしたか?」
いち早く気付いたシキシロが声を掛けてくる。
マルガレーテは鼻高々といった顔で笑ってみせる。
「戦利品が随分とあるようですね……」
ムースがほわほわした口調で、にこやかに積荷を確かめる。
「ええ、今回の遺跡は凄いですよ!
広間の奥に稀少なオリハルコンの鎧やフェザリスの剣、アージス鋼の武器も多数発見されています。
グラディス老の言によれば学術的価値が高いものも多数あるようで、大発見だと仰っていました」
シキシロも満足そうな営業スマイルを見せている。
「そうか……だが、もしかしたら積荷はある程度諦めて貰うしかないかもしれないな……」
マルガレーテがアールタイルを見つめながら言う。
「あ……な、なんだ、マルガレーテ……あまり見つめられると……その……だな……」
アールタイルがしどろもどろになりつつ、モジモジし始める。
「……なにしろ、こちらも大発見だからな!」
「なるほど、やはり滝の裏にも遺跡が?」
シキシロの言葉に、マルガレーテはアールタイルを見下ろすようにして言う。
「ああ、ウイングの推理した通り、あったよ!遺跡がな!」
「なっ……!?」
ついでにマルガレーテがウイングを引き寄せて、その肩を抱くように自慢したので、アールタイルは心臓が止まるような思いを味わった。
アールタイルの仲間たちは「あちゃー……」とか「だから対抗心は逆効果だって言ったのに……」などと呟いて、全員が額に手を当てていた。
さすがに見ていて、いたたまれなくなったらしい。
「しかも、滝の裏の遺跡の方が本命っぽかったわよ……」
モーリーがシキシロに説明する。
「そうですか!それは早くグラディス老にお知らせしなくてはなりませんね!」
シキシロも嬉しそうに言って、荷物を運び出してきた古参冒険者の一人に言伝を頼む。
それを聞いたグラディス老は取り急ぎトップパーティーだけで滝の裏の遺跡に潜るとして、こちらのことはシキシロに一任するのだった。
トップパーティー、『風界の鷲』、『砂塵の爪』、『白夜の蒼炎』、『深緑の狼』の四パーティーを引連れて、滝の裏へと急行する。
「おおっ……これこそカムイ文明の遺跡……」
感動に打ち震えるグラディス老は遺跡の入り口に立った瞬間、わなわなと腕を震わせて、そのまま壁に頬ずりするような勢いだった。
「この幾何学的な模様は何じゃ……?何を意味している……?
この壁に使われた石の材質など、今まで見たことも無い……。
おお……おお……この仄かな明るさ……模様に走る光だけでは説明なぞつかんぞ……今の世には失われてしまった古代の叡智……なんと素晴らしい……」
「では、グラディス老はこちらで暫く待機願います。
我らで行けるところまで、進んでみますゆえ……」
『風界の鷲』ライアスがグラディス老に告げる。
ここで異を唱えるグラディス老ではなく、紙と筆を取り出すと幾何学模様を写しとろうと模写をしながら「ああ、任せた……」と呟くなり、自身の仕事に没頭し始めた。
「よし、行こう」
ライアスは淡々と告げて、進み始める。
途中、二股に分かれている場所にくると、素直にふた手に別れた。
『白夜の蒼炎』は『砂塵の爪』と共に右手側に進む。 ウイングは入り口を『精霊視覚』で発見したことから、今もそうしている。
周囲にはここが地上だと表すかのように沢山のマナが煌めいている。
「また分かれ道か……」
アールタイルが言って立ち止まったのは、部屋のようになった空間だ。
天井に二ミョーン〈メートル〉四方の穴が空いている。
部屋の奥にも通路が続いている。
穴の先には上の階の通路が続いているように見える。
「分かれ道って言っても、どう登るんだよ?」
ミルキルが穴の先を覗きこもうと近付くのをアキラとウイングが止める。
「「穴の下だけ色味が違うのはおかしいよ〈です〉」」
「分かってるって!」
穴の下、ちょうど穴と同じ大きさに色味が濃くなっている。
床も壁と同じように打ちっぱなしのコンクリートのような素材で灰白色なのが、濃灰色になっている。幾何学模様も同様に青い光を放っている。
ウイングの『精霊視覚』には特に反応はない。
ミルキルは灰白色の床から身を乗り出すようにして穴を覗き込む。
「こっちと同じような床なら、鉤爪はなんとか掛かるかな……」
思案しながらミルキルが言う。
「文句言いながら、結局登るんじゃ、俺だけ文句の言われ損か……」
アールタイルがその様子に肩を落とす。
戦いの場なら、シューティの町最強と噂されるアールタイルだったが『白夜の蒼炎』相手の舌戦ではとんと頭が挙がらないらしい。
『砂塵の爪』のメンバーは苦笑する。
と、そこだけ濃灰色の床に走る模様が、青ではなく黄色の光を発する。
慌ててミルキルが身体を引っ込めると、色は赤に光る。
音もなく濃灰色の床がせり上がる。
「ああ、なるほど……つまり、エレベーターなんだね!」
アキラが言う。
「エレ……なんだと?」
「エレベーター。えーと、自動昇降機って言えば分かるかな?」
アールタイルの質問にアキラが答える。
「知っているのか?」
アールタイルの瞳は不思議なものを見るような目をしている。
「えっ……ああ……まあ、昔、ちょっとね……」
アキラは誤魔化すように言った。
アールタイルは分かったような、分からないような顔をしている。
暫くして、エレベーターは自動的に降りてくる。
光の模様は青くなっている。
「危険はないということか?」
マルガレーテがアキラに聞く。
「たぶんね……これがボクの知ってるエレベーターならだけど……」
「まあ、行ってみるしかないんじゃねーの?
ここで考えてても、埒が明かないだろうし……」
ミルキルは濃灰色の床に乗って、そう言った。
「まあ、そういうことです!」
ウイングがそれに続く。
「あ、おい!」
マルガレーテが咎めるような声を出すが、ミルキルとウイングは面白そうに笑みを浮かべている。
床はすぐに黄色い光を発すると、赤くなる。
せり上がる床、運ばれるウイングとミルキル。
全員が見守る中、二人は小さく手を振った。
暫くして、エレベーターが降りてくる。
上には誰も乗っていない。と、ミルキルの声がする。
「大丈夫そうだよ!道が続いてる……」
上の穴から顔を覗かせている。
「よし、我々は上を行く。アールタイルたちは奥の通路を頼む
」
ここでまたパーティーを分けるようだった。
残ったマルガレーテ、ムース、モーリー、アリア、アキラがエレベーターに乗り込む。
「気をつけろよ!何かあれば駆けつけるからな!」
アールタイルがせり上がる床に向けて叫ぶ。
「アールタイルさんて、特別な能力でもあるの?
危険を感じたら瞬間移動するとか?」
アキラがマルガレーテに聞く。
「いや、ないだろう。
心配してくれているんだろうが、余計なお世話だな。
どうも、私が心許なく見えるのか、アールタイルは私を、『白夜の蒼炎』を信じられないらしい……」
マルガレーテが鼻白む。
それを聞いて他の三人は密かに笑った。
アキラは良く分からないという顔だったが、ムースに小声で「説明は後ほど……」とにこやかに言われたので、それで納得した。
上の階も下と同じような壁に覆われている。
手前に戻る道はなく、ここは小さな部屋のような空間だった。
下の階同様、奥には通路が続いている。
全員が降りると自動的に床は降りていく。
「この穴に近付くと周りが黄色く光るですから、待ってたら床が昇ってきそうなのです……」
帰りは穴を降りるしかないという訳でもないようだ。
『白夜の蒼炎』は奥の通路を進む。
すると、大きな空間に出る。野球ができそうな広さがある。
天井も二十ミョーン〈メートル〉はありそうだ。
床の四方には穴があり、正面奥には通路が続いている。
空間の中央には半径四ミョーン〈メートル〉はある透明な柱が立っている。
その透明な柱はウイングたちが部屋に入ると、淡い光で明滅を始める。
「凄いですね……水晶でしょうか……?」
ムースが透明な柱を見て言う。
「随分と広い空間ですね……何なんでしょう?」
アリアはその広さに圧倒されたようだった。
「ここが試練の祭壇なんですかね?まだ、奥にも道があるようですけど?」
モーリーは透明な柱の奥、さらに続く通路を見て言う。
「四方に穴?ってことは、あそこにも自動昇降機があるのかね?」
ミルキルは四方の穴が気になるようだ。
慎重に全員で透明な柱に近付く。
ある程度のところまで来ると柱は明滅をやめる。
代わりに、そこに文字のようなものが浮かび上がる。
「なんだ?カムイ文字か?」
マルガレーテが盾を構えながら、近付いていく。
それに全員が続く。
ウイングとアキラはその文字が読める位置まで来た瞬間、辺りを油断なく見回した。
その柱に浮かぶ不思議なカムイ文字にはこうあった。
『違法侵入者ヲ検知
実験体解放マデアト……参、弐、壱、零』
通路が上下左右からシェルターのようなもので塞がれる。
「気を付けるです!」
「敵が来るよ!」
ウイングとアキラが同時に叫ぶ。
四方の穴から同時に床がせり上がってくる。
そこには魔物が乗っていた。
左手前の魔物はとぐろを巻いた大蛇だ。それもコブラのように頭が広がっている。特徴的なのは頭のすぐ下にある虹色の翼だ。全長十ミョーン〈メートル〉ほどで丸太くらいの太さがある。
左奥に現れたのは角のある白馬だ。鬣が炎のような赤色で瞳は翡翠のような色をしている。
右奥に現れたのは、二足歩行する竜だが腕の部分は烏賊のような吸盤付きの触手で、皮膜の翼に皮膜はなく、ならば剥き出しの骨なのかと思えば、それは蜘蛛の足という醜悪な姿をしていた。
そして、右手前に現れたのは髪のない頭、筋骨隆々の身体、厳つい鎧に大剣を地に突き立てた人間だった。いや、アールタイルだった。その大剣は四足歩行の獣を縫い止めるように突き立てられていた。
「左手前から、『孔雀蛇』『角馬』『烏賊蜘蛛竜』『筋肉バカ』ですかね?」
ウイングがそれぞれを指差して言う。
「いや、『ケツアルコアトルもどき』『ユニコーンもどき』『ドラゴンもどき』『アールタイルさん』じゃないかな?」
アキラはファンタジーに造形があるのか、そう評する。
「なんでここにいる!」
マルガレーテが大声を上げる。
アールタイルはキョロキョロと辺りを見回して、マルガレーテに手を上げる。
「なるほど……繋がっていたんだな!」
と、『烏賊蜘蛛竜』が蜘蛛足で床と平行に高速移動して、アールタイルを襲う。
まるで、ワニのようだった。
『白夜の蒼炎』側にも『孔雀蛇』と『角馬』が襲いかかる。
マルガレーテは『角馬』の突進を脅威と見て、そちらに意識を向けながら指示を出す。
「ムースは『筋肉バカ』の援護、ウイング、モーリーと連携して『孔雀蛇』を叩け!他は私と『角馬』を狙え!」
全員がその言葉に素直に従う。
ムースの氷の矢が連続して『烏賊蜘蛛竜』に飛ぶ。
蛇行機動で『烏賊蜘蛛竜』はそれを躱す。
だが、そのおかげでアールタイルは体勢を整えるのに充分な時間を得る。
『烏賊蜘蛛竜』の突撃をアールタイルが迎え撃つ。
「ぬおおりゃぁぁあっ!」
「ぎしゃーっ!」
ふたつの生物が放つ咆哮が木霊する。
『烏賊蜘蛛竜』の蜘蛛足の一本が黄色い体液を撒き散らしながら切断される。
アールタイルもただでは済まない。右の二の腕に顎が掠めて肉を抉られ、背中にも蜘蛛足の一本が爪を立てる。
騎士土竜の鱗から作った頑丈な鎧をやすやすと貫くあたり、蜘蛛足の貫通力には恐るべきものがある。
だが、アールタイルも負けてはいない。
背筋に力を入れると、蜘蛛足が刺さったまま身体を回す。
刺さった蜘蛛足を起点に振り回される『烏賊蜘蛛竜』の胴体目掛けて大剣を振るう。
『烏賊蜘蛛竜』はその烏賊触手を地面につけて踏ん張ると、その刺さった蜘蛛足が根元から千切れる。
そうして、アールタイルの大剣から逃れるのだった。
「はんっ!まあまあやるじゃねえか!」
アールタイルが不敵に笑う。
「ぎしゅるるる……」
『烏賊蜘蛛竜』が残った蜘蛛足を使って、体勢を維持したまま唸りを上げる。
ふたつの生物が放つ視線がお互いに絡みあった。
一方、『孔雀蛇』と相対するモーリーとウイング。
『孔雀蛇』は鎌首をもたげたまま、身体をくねらせて近付いてくる。
スピードは思ったほどではない。
『孔雀蛇』の牙から滴る雫が地面に落ちて、ジュッ!と音を立てる。
「毒があるようね……」
モーリーはカタナを正眼に構えて言う。
『孔雀蛇』は尻尾を立てると左右に細かく振る。
カラカラカラカラ……。
規則的なリズムが聞こえる。
ガラガラヘビのような機能もあるようだ。
「とりあえず、先制攻撃行くです!
いきなり火弾……っ!」
ウイングが焔の精霊サアラに頼んで、火弾を放とうとした瞬間、『孔雀蛇』がその虹色の翼を広げる。同時に翼から幾条もの光線が飛ぶ。
「わたたっ!」
モーリーは前転で射線から逃れ、ウイングは縦横に動いて光線を避けていく。
「危ないです!」
ウイングが文句を言ったと同時に火弾を数十発、飛ばす。
モーリーは短い呼気と共に横薙ぎに払いにいく。
『孔雀蛇』は火弾を浴びるが、鱗が一枚、二枚落ちるだけで、大してダメージになっていない。
その代わり、モーリーの斬撃はそれなりに効果があるようで、身を捩ってダメージを最小限に抑えたものの、斬られた場所から血が噴出する。
「……痛っ!」
小さくモーリーが呻く。
斬撃を入れた瞬間、『孔雀蛇』の牙から滴る毒液を浴びていた。
モーリーの腕のドレスアーマーが一部溶けて、そこが火傷を負ったようになる。
「モーリーっ!」
「私はいいから、こいつに攻撃しなさい!」
ウイングの心配をよそに、モーリーは『孔雀蛇』を睨みつける。
ウイングは弓を取り出すと、そこに矢を番える。
『孔雀蛇』はカラカラカラカラと威嚇するように尻尾を鳴らすのだった。
時を同じくして、マルガレーテたちはと言えば、こちらも苦戦を強いられているのだった。
『角馬』が使うのは単純な角による突進だけに見えていたがそうではない。
一度目の突進をマルガレーテにいなされると、『角馬』の赤い鬣が伸びる。
それは一本、一本が鋭利な針であり、強靭な触手だった。
長さは五ミョーン〈メートル〉程度が限界のようだが、時に束ねて打撃武器、時にばらして刺突武器代わりにと、かなり応用がきくようだった。
さらに、翡翠の瞳は闇のマナを用いた精神魔法を使うらしく、睨まれると一瞬だけ身体が麻痺したように動けなくなる。
『角馬』がマルガレーテに突進する。
突進の勢いを減じてやろうとミルキルが弓を構えれば、瞬間麻痺で狙いを逸らされる。
ならばとアリアが氷弾を放てば、纏めた鬣で叩き落とされる。
アキラの火魔法も、乱戦になると面制圧はできないので、ウイングの火弾のような使い方になるが、鬣には火の耐性があるのか、盾のように扱われてダメージが出せない。
マルガレーテは『角馬』の巨体をどうにかいなすので精一杯で、反撃の余裕はなかった。
だが、口の端から流れる赤いものをぐいと拭って、マルガレーテは笑む。
「いいだろう……この均衡が崩れるまで、いくらでも付き合ってやる……お前と違って、私には仲間がいるからな……」
確かに魔物同士は連携を取る様子はない。
ただ、獲物と定めた相手を執拗に狙うだけといった風だった。
そこに知性は見られない。
それが実験体と呼ばれることを知るのは、今はウイングとアキラのみなのだった。
誤字、脱字、設定間違いがあったらすいません。




