処刑場なのです
ウイングたちが角を曲がって、少し行くと、さらに扉がある。
その扉を開けると、そこは広間になっていた。
奥は一段高くなっていて、そこには奇怪にうねる植物がある。
その手前で五人組の探していた中堅パーティーが、奇怪な植物と戦っていた。
その植物は壁のように蔦を伸ばしていて、全容が分からない。
ただ分かるのは、その蔦が触手のように伸びて人間を襲うということだけだ。
植物があるのは広間の奥だけで、手前側にはない。
魔法使いらしき男が火の魔法を放っている。
剣士らしき男は蔦を斬り裂くべく剣を振るっている。
盾持ちの戦士が振るわれる蔦を盾で受けると、金属同士が打ち合わされたような硬い音が響く。
もう一人の軽装鎧を着た戦士らしき男がやけに古びた剣で一本の蔦を切ろうとしている。その蔦の先端は一人のこれもまた軽装鎧を着てナイフを持った倒れる男を引き摺り寄せようとしていた。
「大丈夫か!助けにきたぞ!」
マルガレーテが一気に加速する。合わせてウイングとアキラも走り込む。
魔法使いらしき男が叫んだ。
「ダメだ!扉が閉まるぞ!」
言われてマルガレーテたちが後ろを一瞬、確認する。
扉がゆっくりと締まろうとしていた。
「ウイング!」
マルガレーテが叫ぶ。
ウイングはすぐさま踵を返して、扉に飛び付く。
扉の蝶番の部分には小さな魔法陣が光っていた。
ウイングは瞬間的に加速する。瞳は紅く染まっていた。
閉まる直前、扉に手を掛けると、力任せに扉を開ける。
金属製の扉が異音を発してひしゃげたと思うと、蝶番を遺してぶっ飛んだ。
壁に扉がぶつかり、ガランガランと音を立てて落ちた。
「あ、やり過ぎたです……」
ウイングがぶっ飛んだ扉を目で追う。
横の壁には古い人骨が山と積まれていた。
錆びた鎧や剣、槍などが打ち捨てられている。
「な、なんです……!?」
その異様な光景にウイングが息を呑むのも束の間、広間の奥で叫びが上がる。
「ぐはっ!」
「トムっ!」
見れば古びた剣を振るっていた男が、別の蔦に殴られて吹き飛んだところだった。
トムと呼ばれた男が助けようとしていた男は蔦に引き摺られて行く。
どうやら、ナイフを持った男は気を失っているのか、引き摺られるままだ。
そこにマルガレーテが踊り込んで、引き摺られる男に絡む蔦に剣撃を浴びせる。
一撃目は弾かれるが、ニ擊目で蔦は切れた。
「かなりの強度だ!普通の蔦だと思うな!」
マルガレーテがアキラとウイングに注意を促す。
「焼き切る!下がって!」
アキラが精霊を呼び出す。
マルガレーテが倒れるナイフ持ちの男を盾で庇いながら、引き摺って下がる。
中堅パーティーの盾持ち戦士と剣士も、どうにか後退する。
「いっけえええええ!」
赤い光から炎が吹き出す。まるで火炎放射器のように壁と化した蔦の塊を炙る。
ゴウゴウと炎が浴びせられ、十数本は伸びていた蔦がしゅるしゅると戻っていく。
扉を開けて前に来たウイングも固唾を呑んで見守る。
だが、蔦の壁はいつまで経っても燃える気配がない。
「どういうことです?」
かなりの魔法力量を誇るアキラは、火炎放射をこのまま一昼夜くらいは維持できるが、状況を見てとったのかマルガレーテに声を掛ける。
「どうしよう?あんまり効いてないみたい……」
先に火の魔法を使っていた魔法使いらしき男が言う。
「俺の火魔法も蔦の数を抑えるくらいはできるが、決定打にはならないようなんだ……」
「よし、無理に戦う必要はない。このまま後退しよう!」
マルガレーテが指示を出しつつ、引き摺ってきた男を剣士らしき男に渡す。
「倒さないです?」
剣士らしき男が抱えるナイフ持ちの男に近付いて、その様子を観察しながらウイングが言う。
「明日でいい。目的は彼らの救出だ」
マルガレーテが言う。
ウイングが見たところ、ナイフ持ちの男は気を失っているだけに見える。
ウイングは荷物から気付けに使われる小瓶を取り出して、それをナイフ持ちの男に嗅がせる。
「……うっ……」
「大丈夫かホーク?」
「……すまん。気を失っていたか……」
ホークと呼ばれたナイフ持ちの男は辺りを見回して、剣士から降ろしてもらう。
トムと呼ばれた古びた剣を持つ男も盾持ちの男の肩を借りて、逃げてくる。
蔦の壁は火炎放射を浴びせている間は身動きできないようだが、ダメージがいっている風でもない。
「アキラ、もう少し保たせられるか?」
「まだまだ、平気だけど、ダメージはいってないっぽいよ!」
マルガレーテの質問にアキラが答える。その間も火の精霊による火炎放射は出したままだ。
「それでもいい。
よし、先に逃げてくれ!」
マルガレーテが中堅パーティーに伝える。
「分かった。すまないが頼む!」
魔法使いらしき男が言って、全員を連れてウイングが壊した扉から出ていく。
「よし、アキラ、合図を出したら後退だ!」
「分かった!」
マルガレーテがアキラの少し後ろに構える。ウイングはそのさらに後ろだ。
「退け!」
マルガレーテの合図に火炎放射をやめて、アキラが走り出す。
途端に蔦が伸びてくる。
それをマルガレーテが払い、斬りながら後退していく。
「マルガレーテも走るです!」
ウイングが後ろから火弾を連射する。
怯む蔦が押し込まれている間にマルガレーテも逃げ出す。
だが、さらに後ろ、逃げたはずのトムが入口から顔を出す。
「ダメだ!扉が閉まってやがる!」
「なんだと!?壊せないのか?」
「無理だ!ビクともしない……!」
トムの口調は今にも泣き出しそうだった。
アキラは広間の入口に陣取ると火の精霊を呼び出す。
「ボクが抑える!ウイングはこっちの扉をお願い!」
マルガレーテがアキラの横に立つと盾を構える。
「距離がある分、余計に魔法力が必要になる。余裕があると言っても過信は禁物だ。
範囲は絞っていい。十本までなら私が抑える!」
アキラはその言葉に頼もしいものを感じつつ、精霊魔法を行使するべく身構えた。
ウイングはチラリと後ろを見て、準備が整ったのを確認する。
実際のところ、焔の精霊サアラに触手を撃ち落とすよう頼んでおけば済む話だが、いくらマルガレーテが自重しない、と宣言したところで、ウイングがその全力を見せる訳にはいかない。
連携が取れるのなら、無理をせずに甘えるべきところは甘えていいのだと理解している。
ウイングは魔剣サブナクを抜くと、火弾の魔法を止めた。
そのまま二歩後退した辺りで蔦の壁から五本の蔦がウイング目掛けて飛び出してくる。
蔦の壁で赤熱している部分からは、まだ蔦の触手は出せないようだ。
熱がある程度霧散した端の方から伸びる触手をウイングは魔剣で斬り裂いた。
斬られた部分は一度、くたりと力を失い、壁に戻っていく。
ウイングはその間に後退する。
その時に、ふと気になって地面に落ちた触手の先端部分を見た。
それはドロリと溶けて、緑色の液体になったかと思うと粘液状の塊になって、壁に戻っていく。
思わず見入ってしまうと、アキラから声が掛かる。
「ウイング!早くさがってよ!」
「これ、植物じゃないです!」
中堅パーティーの魔法使いは植物だろうと見て火魔法を使った。そして、それは蔦の数を制限する効果があった。
だからこそ、アキラも火の精霊魔法を使った。
もちろん、アキラは火の魔法しか使えないからという面もあるにはあったが、剣を使うという選択をしなかったのは、火の魔法に効果があると見たからだ。
ウイングが火弾を選んだのも同じ理由だ。
だが、火の魔法は蔦の壁にとって、ダメージにはなっていない。
ウイングはアキラの言葉に後退しながら考えた。
マルガレーテもウイングに言われて、瞬間的にウイングの視線の先を確認した。
粘液状の塊が広間の段差に当たると、ゆっくり右に流れていく。そして右の壁に当たると溝が作られているのか、そこを通って蔦の壁に戻る仕組みになっているようだった。
どうやら、広間全体に微妙に傾斜がついているらしい。
見た目がスライムのようなので、粘液状の塊に意思でもあるかのように見えるが、斬られた先端部分自体は特に意思があったりする訳でもないようだ。
「来るよ!」
ウイングがアキラの横を通り抜けたところで、アキラが注意を促す。
アキラが一度、全体を覆うように火炎放射の範囲を拡げて放つ。
蔦の触手はそれで押し返されて、一度沈黙する。
しかし、距離と範囲を大きく取っていると、さすがにアキラでも消耗が大きくなるという実感がある。
「マルガレーテ、いい?」
「いつでも!」
アキラが範囲を絞ると、触手が待っていたかのように伸びてくる。
マルガレーテがそれを盾と剣を巧妙に使って弾く。
弾いて、勢いを失った蔦は恰好の的だ。
一本、また一本と斬り落としていく。
落ちた触手は液状化して、広間を流れていく。
安定した戦いを繰り広げることでいつまででも続けられるのではないかという安心感があった。
ウイングは扉をどうにか開けようとする中堅パーティーの面々に声を掛ける。
「どいて欲しいです!」
その声に全員が下がる。
魔法使いらしき男が言う。
「魔法が弾かれるし、全員で引いてみたが、何か魔法的な力で閉じられているのか、全く動かせない……」
ウイングはその言葉を受けて『精霊視覚』で扉を見る。
確かに、魔法陣が敷かれている。
その魔法陣の中にはもう少しで精霊化しそうなマナが封じられている。
確か……魔法陣で括れるのはマナだけとか、精霊だけとか決まりがあったはずです……
ウイングは過去の出来事を思い出す。
ソーバルディーとの『黄泉の塔』解放作戦、アリアとの風呂場での魔導器暴走事件などだ。
ついでにアリアの白い裸体が脳裏をチラついて、顔が火照ってくるが慌ててそれを振り払う。
これだけ糧を得たマナならば、ウイングが精霊化させても問題ないだろうと見て、ウイングは魔法陣に手を置く。
「おい……なにしてんだ?」
古びた剣を持つ男トムがウイングの行動の意味が分からず聞く。
「少し静かにして欲しいです……」
言ってウイングは地面に描かれた魔法陣に手を置くと、糧を流し込む。
魔法陣に手を置くといったところで、それが何を意味しているかなどは分からない。
さらに『精霊視覚』があるからこそウイングにはマナの働きで魔法陣があるのだろうと見えているが、普通の視覚では魔法陣がそこにあることすら分からないだろう。
マナは長い年月、その魔法陣に括られていたのだろう。
そこから出て自由になりたがっているらしき意思を感じる。
「さあ、出てくるです……」
活性化したマナは精霊化すると同時に魔法陣を打ち破って現出する。
もちろん、見えているのはウイングだけだ。
「我は堅牢の精霊なり。月の宝珠よ……その糧にて何を望む……」
その姿は石を積み上げて人の形を模したモノだ。
ただ、石は不揃いで顔貌など判別しようがなく、細部など再現する気はないように見える。
この扉を開けたいです……
基本的に糧を渡せば対価が生じる。それが魔法である。
糧を渡して何も要求しないでいると、ウイングの精霊たちのように別の方向性で対価を払おうとするのがマナや精霊の生き方というかシステムらしい。
ウイングは思念で扉を開けたいと伝える。
金属製の扉はクシャリと紙を握りつぶすように丸くなり、その場に落ちた。
「うおっ!?何だ!?」
中堅パーティーの面々が驚くがウイングはにこやかに振り返る。
「さ、急ぐです!」
ウイングが先を示す。
と、同時に階段の先、階段を隠していた岩がずりずりと音を立てて移動していく。
そこではミルキルの音頭で、岩を動かそうとしていたらしく、「動いた!」「押せー!」「くうぅぅ……っ」などと仲間たちの声が聞こえてくる。
中堅パーティーの面々は、ウイングに説明する気がないことを見てとったのか、階段を昇っていく。
堅牢の精霊は対価は払ったとばかりにその場から消えた。
ウイングも普通の視覚に戻すと、マルガレーテとアキラを呼びに行く。
「もう大丈夫なのです!」
その声にマルガレーテが頷く。
だが、アキラは首を捻る。
「……ねえ、思ったんだけどさ。
この触手ってどこまで伸びるんだろ?」
アキラの素朴な疑問。
だが、確かにその通りだ。
もし、この蔦が延々と伸びるのなら、この広間を脱したところで終らない。
「あ!もしかして扉ってそういう意味もあったですかね?」
ウイングが至った結論は、堅牢の精霊となったマナが塞いでいた扉、それが蔦の壁を阻む為のモノだったのではということだった。
だとすれば扉がなくなった今、蔦を阻むモノはない。
「あ、もしかしてこれって蔦の壁をなんとかしないとヤバいかもです?」
「……だよね?」
アキラが嘆息して言う。
「くっ……だが、どうする!?
この蔦は粘液状になって壁に戻る。永遠に循環するぞ!」
マルガレーテが蔦を弾き、斬り落として言う。
ウイングも粘液がぷるぷると移動して溝を這う様を改めて見る。
「凍らせてみるです!」
ウイングが水の精霊アンディに糧を渡して、粘液状になった先端部分に氷弾を撃ち込む。
凍った粘液は確かに動かなくなる。
それをマルガレーテが斬り落とした数だけ繰り返す。
マルガレーテの周りに氷の塊がゴロゴロと転がる。
すると、熱された壁はそのままだが、蔦を伸していた部分の壁があからさまに薄くなる。
「これならいけそうです!」
ウイングたちの顔に希望の光が見えたと思うのも束の間、マルガレーテの隣ではアキラが火炎放射を行っているのだ。
じりじりと火炎放射の余波で炙られた氷が溶けてきてしまう。
しかし、火炎放射をやめれば一度に何十本という蔦が伸びるか分からない。
「だ、ダメだ!」
アキラが焦ったように言う。
ならばと、ウイングは大地の精霊アースに糧を渡して、溝を塞き止めた。
だが、それには蔦が反応して、隆起させた地面を掘削してしまう。
「くっ……これでは、試練の祭壇どころか、処刑場ではないか!」
マルガレーテに疲れが見えてきたのか、蔦を弾きそこねる物が出てくる。
それでも懸命に身体を逸らせたりして、致命傷は受けていない。
かすり傷なら、オリハルコン合金製の足甲が自動で治癒してくれるが、消費したスタミナは返ってこない。
ウイングの我慢が限界に達して、焔と水と風の精霊を同時行使するという切り札を使おうかと身構えた瞬間、広間に頼もしい声が響く。
「大丈夫か!」
それはミルキルのものだった。
「マルガレーテ姉さん!」
それはモーリーのものだった。
「アキラちゃんっ!」
それはムースのものだった。
「ウイングっ!」
それはアリアのものだった。
「なっ……全員来ちゃったです!?」
ウイングがその声に非難を込める。
「お前らが出て来ないから、上は中堅パーティー『エトランジェ』に任せて来たんだよ!」
ミルキルが不満そうに言う。言うと同時にマルガレーテに迫る蔦の一本を弓で撃ち落とす。
「上で聞いていたよりも厄介そうですね……」
モーリーがマルガレーテを飛び越えて、前に立つとカタナを振るう。
ムースとアリアが同時に灰魔法の詠唱に入る。
「「火のマナよ〈さん〉……」」
「ムース、アリア、あの粘液を凍らせるんだ!」
詠唱を遮るようにマルガレーテが指示を出す。
「アキラ、剣を使うです!一気に払い落としてやるです!」
ウイングが二剣を抜く。
「分かった!」
アキラも火の精霊を消して、剣を抜く。どうやら剣は大量生産品の安物を使っているらしい。
蔦の壁が一瞬、沈黙する。と、それは一瞬で、一気に大量の蔦を吐き出した。
前衛に立つモーリーとアキラ、そこに並ぶようにウイングが前に出る。
マルガレーテは後衛を守るべく盾を掲げる。
ミルキルは速射の構えで、ムースとアリアが氷の呪文を準備する。
斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。
モーリーのカタナが、アキラの剣が、ウイングの二剣が、蔦を斬り落としていく。
ミルキルが矢と蹴りで、マルガレーテが盾と剣で、払い除け、弾き、撃ち落とす。
ムースの氷の矢が、アリアの氷弾が、落ちた粘液を片っ端から凍らせていく。
蔦は一本減り、二本減り、次第に猛攻を維持できなくなり、遂には蔦の壁が細くなって、その奥を見せる。
中央に置かれた石の板。まるでモノリスのようだった。
「アレが本体か!」
ミルキルが秘蔵の『爆裂矢』を放つ。
モノリスに『爆裂矢』が直撃すると爆発音が響く。少しの間を置いて、ヒビが入って、ビキビキと音を立てる。
それから、崩れるようにモノリスは崩壊した。
広間には凍らされた蔦だった粘液とたくさんの骸骨、骸骨が身に付けていたであろう装備品が転がるのみだった。
「まあ、ここは古代遺物の山ですね……!」
辺りを見回し、ムースが言う。
改めて細部を確認すると壁のところどころに光の魔導具が間接照明のように巧妙に埋め込まれていて、神秘的な雰囲気はある。
だが、祈るべき対象はなく、どこが祭壇だと言いたくなる。
ムースが細かく見分しようとするのをマルガレーテが止める。
「すまない、ムース。細かい見分は明日にしてくれ。
今は探していた人員を連れ帰るのが仕事だ」
「あら、まあ、そうでした……。
うふふ……つい、ごめんなさい……!」
ムースは笑って誤魔化すと、全員で遺跡を出る。
自動で閉まった岩というのは、扉と連動していたらしく、その後閉じることはなかったらしい。
それは中堅パーティー『エトランジェ』が証言してくれた。
洞穴の入口に『当たり』の目印を付けて、か細い月明かりを頼りに一行は野営地へと戻るのだった。




