勇者なのです
「な、なんの話です……?」
ウイングはどうにかそれだけ絞り出した。
「あれ?日本から転生したんじゃないの?ガン泣きとか言ってたし、ウィッグもコンタクトも普通に反応してたじゃん。
……神様、会ったでしょ?」
金髪ウィッグの黒髪・碧眼カラーコンタクトの黒目女性はそう言った。
「かみさま……」
転生時、ウイングにあるのは光の奔流の中、自分というものが消えていく感覚ぐらいのものだ。
いや、人影を見たのだったか……だが、あれが神様だと言われても話した訳でも、何かあった訳でもない。
「あれ?分からないの?」
「あ、えと、日本は分かるです……あの、後で!
後でゆっくり話すのがいいと思うです……」
「あ、そっか!今は試験の最中だしね!」
言って、勇者を名乗る女性は木剣を構える。
「ちなみに、同郷だからって手加減はしないからね!」
ウイングも固くなった身体を解すように、腕を回すと、改めて木剣を構えた。
ウイングは頭を振る。
勇者、転生、神様、聞きたいことだらけで、一度気にかけてしまうと、頭から離れなくなってしまう。
「んじゃ、いっくよー!」
勇者の振る木剣。技も何もない、ただ速くて、ただ強い斬撃。
一度固まった身体はウイングの思考が離れない限り、なかなか元に戻らない。
どうにか受ける。
勇者は思いつくままに木剣を振るう。
ウイングはへばりつく思考をどうにか捨て去ろうとするが、それで捨てられる訳ではない。
後手、後手に回らされて、受けきれずに、避けきれずに何度も鎧を叩かれる。
「てりゃっ!そりゃっ!ほれほれほれほれ……」
ウイングに攻撃が当たるようになって気を良くしたのか、勇者の動きがどんどん雑になってくる。
それでもウイングは回避しきれない。
受けようと、回避しようとウイングは身体を動かしてはいる。だが、それが追い付かない。
「よーし、大技見せるぞー!
奥義・ジャスティスブレード!」
勇者が走り込みと同時にウイングの目前で身体を回し、勢いで横薙ぎに木剣を打ち込む。
回し蹴りならぬ、回し斬りだ。
だが、直線的に放たれるそれはフェイントもなく、隙だらけの大技だ。
しかし、思考の大半を勇者、転生、神様で占められたウイングはそれすらも出遅れる。
間延びした時間の中で勇者の木剣が迫る。
あ、これ喰らうです……。
そう理解したウイングは斬撃を喰らうであろう腹に力を入れて耐えようとした。
だが、その時、本能のようなものがウイングの中で目覚める。
魔王の息子として転生して十六メグリ〈年〉。
祖父は勇者に討たれた。次代の魔王となった父は魔王候補テセラスタの謀反に巻き込まれた。
父も母も兄も姉も、どうなったのか分からない。
自分の元に集ってくれた祖父のようなトノルジンバ、頼れるワルトメルガ、友人たち、共に戦ったソーバルディー、恩師レンバート先生……すでにいない者もいるが、ウイングはそれらの者に生かされてここにいる。
人化の指輪で人間になっていても、ああ、自分はどうしようもなく魔族なのだと自覚してしまう。
模擬戦といえども勇者の一撃を、勇者に自分が負けるということを本能が拒絶する。
瞳が紅く染まる。力が溢れる。
すでに勇者の身体は回され、渾身の一撃は眼前に迫っている。
ウイングが本能のままに木剣を僅かな隙間に差し挟む。
木剣同士が打ち合わされる。
パーンッ!という乾いた破裂音がして、二本の木剣は同時に砕けた。
ウイングは瞬時に空いた手で腰の白剣、クランクランチを抜いて……。
「そこまでっ!」
マルガレーテの鋭い声が響く。
ウイングのクランクランチが勇者の襟首手前で止まる。
金髪・碧眼女性が恐る恐るという風に振り向く。
その時には、ウイングの瞳は元に戻って、慌てて白い小剣を引いた。
「え?」
マルガレーテが近付いてくる。
「君は凄いな……力と速さはウイングに引けを取らないほどか……動きに無駄が多いが、鍛錬を積めばこの町の誰もが君の名を知ることになるだろう……」
マルガレーテはひとしきり金髪・碧眼女性を褒めると、ウイングに向き直る。
「ウイング、実剣を抜くのはやりすぎだ。止めるのは分かっていたが、実力ある新人に興奮しすぎだ……まあ、まともに張り合える相手が出来て嬉しいのは分かるが、勝ち負けを決めるための模擬戦ではないんだ。そこまでやることはない」
言われて、ウイングは初めて自分が笑っていることに気がついた。
それから、苦笑いになる。
「あ、そうだったです……ごめんなさいです……」
どうやら、マルガレーテはいいように解釈してくれたらしく、ウイングはそれに甘えることにした。
まさか、勇者を殺せる喜びに感激していたとは自分でも思いたくなかった。
それから、他のメンバーたちも寄ってくる。ウォダツもだ。
観戦していた木こりと見習い少年はあんぐりと口を開けたままだったし、それは王都の冒険者も同様だった。
「凄かったです!びっくりしました!」
アリアが憧れの眼差しで金髪・碧眼女性に言う。
「名前、なんだっけ?もうパーティー組む仲間とか決まってる?」
ミルキルが不躾に聞くが、それで金髪・碧眼女性は気を悪くしたようには見えない。
「あ、アキラ。アキラ・カイショウ。
仲間はこれから探す予定だよ。
……あの、ボク、負けですか?」
理解ができないというより、理解したくないという顔で、金髪・碧眼のアキラが聞く。
「いいえ、貴女の勝ちよ。ウイングの反則負けね。情けない……」
モーリーが嘆息と共に言う。
「でも……」
アキラは隣でバツの悪い顔をしているウイングをチラと見る。
それを確認したマルガレーテが、両手を腰に当てアキラを覗き込むように見る。
「試合に勝って、勝負に負けた……と思っているのか?」
アキラは一度、顔を伏せ、それから上目遣いになって小さく呟く。
「……うん」
「なら、それを胸に刻んでおくといい……。
この町で冒険者になるというのは、魔物相手に命をやりとりするということだ。
それは君を強くする想いだ」
アキラはまた小さく「……うん」と頷いた。
ウォダツに促されて、全員がギルドの建物へと戻る。
マルガレーテによって失格とされた元魔法ギルド職員以外のメンバーにシューティの町の冒険者証が渡される。
マルガレーテたちはこれで仕事が終わりとなる。
だが、査定役を引き受けた者には特典がある。
それは有望な新人が出た場合に、他のパーティーより早く声を掛ける権利が生まれることだ。
ミルキルがさっそく、超有望株であるアキラに声を掛ける。
「なあ、今度一回、一緒に冒険に出てみないか?」
いきなりパーティーに誘わないくらいの分別はミルキルにもあるらしい。
パーティーに入れる入れないとなれば、やはり全員の意志確認が必要だし、性格の相性などもある。
まず一度、冒険に出てみて、それから誘うかどうか考えるというのは妥当なラインだろう。
「うん、考えておくよ!」
アキラはそう答えてからウイングに目配せを送る。
「僕たちは大通りから少し離れた『涼風亭』というところに宿を取ってるです。
何かあったら、そこを訪ねてくれればいいです」
ウイングは考えてから言った。
それにアキラは、この下手くそめ……という風に少し落胆してから、全員に聞こえるように言う。
「少し、彼と二人で話がしたいんだけど、いいかな?」
言ってからすかさずウイングの腕に自分の腕を絡める。
全員がその行動に目を丸くするが代表してマルガレーテが言う。
「さ、先ほどの戦いについてなら……見ていた私たちの方が的確にアドバイスできるぞ?」
「いや、それもあるけど、ちょっと二人で話してみたくてさ。
あ、もしかして……」
そう言ってアキラはマルガレーテとウイングを交互に見る。
二人は付き合ってるの?というような視線にマルガレーテは慌てて首を横に振る。
ウイングは察しが悪いのか、キョトンとしている。
「あ、あの、ウイングはその……常識とかあまり通用しなくて……ですね。
それで、その……ご迷惑になるかも、というか……えと、その……記憶がないから、不安定で……」
アリアが必死になって言葉を紡ぎだそうとするが、しどろもどろで要領を得ない。
「えーと……」
アキラがどうしたものかとアリアを眺めていると、ムースがアリアを抱き締めて頭を撫で始める。
「アリア……ウイングなら大丈夫ですよ……」
すると、それで落ち着いたのかアリアがウイングに向けて言う。
「き、今日はマルガレーテさんにデザートを作るって言ってたんですから、遅くならないようにして下さいね……」
ウイングはそれに笑顔を浮かべる。
「分かってるです。
晩ご飯前には帰るです」
そう言って、ウイングとアキラは二人で冒険者ギルドを後にするのだった。
「どこか、落ち着いて話ができる場所に行こうか?」
アキラはウイングの腕を確保したまま、歩きながら言う。
「そうですね……なら冒険者御用達の酒場に行くです」
「分かった。任せるよ」
「それより、別に逃げないからそろそろ離して欲しいです……」
確保された腕に当たる柔らかな感触に顔を赤くしながら、ウイングが言う。
「またまた、ちゃっかりハーレム勇者やってるくらいだから、ホントは嬉しいくせに!」
アキラはからかう様な口調で言う。
「え?違うです。僕はただの冒険者で勇者じゃないのです。
あと、アレはハーレムじゃなくて、たまたま縁があって仲間になった人たちで、やましいことは何もないです!」
「え、ハーレムじゃないの?」
アキラは言ってから、手を放した。
ウイングはそっちに反応するのかと、少し驚いて、ようやく解放された腕にホッと胸を撫で下ろす。
「違うです。ゲームや小説じゃないんだから、そんな展開になる訳ないです!」
「いや、そりゃそうだけど……」
二人はそこから暫く無言で、ウイングが先導して酒場に入った。
ウイングは酒場のマスターに持参の茶葉を渡して、ついでに軽食を頼む。
マスターは慣れているのか、茶を容れると持ってくる。軽食は串焼きの野菜と肉である。
「これ、軽食?」
アキラが顔を顰めて言う。
「堅いパンならあるですけど、あんまり美味しいものじゃないです」
アキラが渋々とお茶だけ口にする。
だが、お茶には喜んだ。
「あ、普通に紅茶だ!」
ウイングはその様子を見ながら、この世界に慣れていない印象を受ける。
「それは紅茶じゃなくて、樹海にあるガドラって木の樹皮なのです。だからガドラ茶っていうです」
「え?紅茶じゃないの?」
「味は紅茶ですけど、お茶の木と違って背の高い木の上の方から取れる樹皮を焙煎した奴なのです」
「そうなんだ……あ、あらためまして海涉・玲。元日本人だよ!」
アキラは手を差し出してくる。
「あ、ウイングです」
ウイングも手を出して握手を交わす。
「本名は?」
アキラが聞くが、ウイングは顔にはてなマークを浮かべ、それから言う。
「えと、本名がウイングなのです。日本人だった時の名前は姓は忘れたですけど、翼なのです……」
「え?自分の名前だよね?姓を忘れるって……えと、どういうこと?」
今度はアキラが顔にはてなマークを浮かべる。
「えと、普通に覚えてないって意味ですけど……」
「もしかして……さっき勇者じゃないって言ってたよね……でも、転生してきたんでしょ?呼ばれて、この世界に来たんでしょ?」
「呼ばれて?えっと、その神様とかいうのにです?」
「うん……え?違うのかな?
日本で神様の声が聞こえて、その世界を捨てて、剣と魔法の世界で救世主にならないか……って誘われたんじゃないの?」
「ち、違うです。えっと、その、事故で、事故で死んだらこっちで生まれ変わったです……記憶が残ってるのはたまたまで、神様の声とか聞いたことないです……けど……」
ウイングは自殺ではなく、事故。そういう言い方にした。
アキラは手にしていたお茶の入った木のコップをゆっくりテーブルに置く。
「そっか……違うんだ……そっか……」
アキラは揺れるお茶の表面を見つめる。
暫く黙っていたが、それからウイングを見て、またコップに視線を落として、ぽつりと言った。
「……ダメ、かな……」
「何がダメです?」
アキラは顔を上げると取り繕うように笑顔を作る。
「ううん、何でもない。
それよりさ、キミは何時からこっちの世界にいるの? 」
ウイングはそのあからさまな話の逸らし方に気になるものを感じたが、無理に聞き出すことでもないと、質問に答えることにする。
「えっと、十六メグリ……十六年前です」
「え、じゃあ、こっちの世界で育ったってこと?」
「あ、そうですけど、ちょっと遠い国で育って……だから、この国のこととかはあんまり知らないです……」
「じゃあ、大先輩だね。翼さんて呼ばなきゃ!」
「ウイングです。前世のことはうろ覚えで、ボクはもうこっちの世界の住人なのです……」
「あ、そっか……ごめんなさい……」
アキラはウイングとの違いを痛感して、項垂れる。
だが、ウイングは笑いながら続ける。
「ちょっと、おっさん扱いされそうなのがイヤだっただけです。こっちの世界でも零歳スタートで、僕はちょっと聡い程度だったから人生経験積んでる訳でもないのです。
こっちだと十五歳で成人扱いだから、子供でもないですけど……」
「ああ……そうなんだ。
前世は幾つで……?あ、やっぱりやめよう!
こっちの世界に来ちゃったら、前世なんて関係ないしね……」
アキラは手をぱたぱたと振って、前言撤回する。
「まあ、前世の知識があるとないでは、やっぱり違うですよ。
関係ないかも知れないですけど、やっぱり共通項があるのは嬉しいです。
ちなみに、僕は死んだ時、十七歳だったです」
ウイングは特に気にすることでもないかと、質問に答える。
「十七……ボクと一緒だ!ボクも多分、身体は死んでるから、一緒だね!」
アキラは共通項を見つけたという風に笑う。
「え?どういうことです?」
ウイングの目の前にアキラは存在している。お茶を飲むのは身体がなければ無理だろうと思う。
見た目的にも確かに十代の少女だろう。
だからこそ、身体は死んでるという言葉が引っかかる。
「あ……そ、それは……」
アキラは困ったような顔で目を伏せる。
ウイングはその顔を見て、申し訳ない気持ちになり、慌ててフォローを入れる。
「あ、言いたくないならそれでいいです!
それより、神様ってどんな存在です?」
話の方向を変えようと、気になっていたことを聞いてみる。
ウイングが教わったこの世界の神様というのは、居なくなったとレンバート先生から聞いている。
人間に地上を渡して、魔族を地下に追いやった神様。
地下一層と天界一層を作った神様。
その神様が居るのなら、この世界の神話自体がひっくり返る。
「うん、ああ、神様ね!
神様はねえ、凄い美人だった!
白い翼があって、頭に輪っかが乗ってて……」
「え?」
ウイングは一瞬、思考が真っ白になる。
アキラは神様がいかに美人かを一所懸命に描写してくれるが、ウイングの知識によればこの世界の神様は人間と同じ姿のはずで、白い翼とリング状に変化した角を持つ種族と言えば天族だ。
実際に見たことはないが、レンバート先生からはそう教わっている。
「ず、随分とアーキタイプな神様なのです……」
もしかして、アキラの目に分かりやすく神だと見せるために、神様がコスプレなり変身していた可能性もある。
いきなり否定する訳にはいかない。
「そうそう、分かりやすく神様だったよ!」
やはり、そういうことなのだろうか。
「……それで、神様に頼まれて、魔王を退治することになったんだ!」
「ま……」
ウイングはまたもや頭が真っ白だ。
「な、なんで魔王を退治するです?」
「え?魔王は悪い奴だからでしょ?」
「そ、そんなの……分からないです!」
勇者が魔王を倒す。何故、そうなるのかウイングには分からない。ただ、この世界のシステムだからと言えばそうなのかもしれないが、実質、人間たちが地下世界に攻め込んでいる現状、どちらが悪かと言えば人間だろう。
ウイングが勇者について知ることは少ない。
祖父を殺したらしいこと、モーリーの家系やアンキの家系に勇者の名が出ることから地上で活躍する勇者もいるらしいこと、どうやら勇者とは転移なのか転生なのか分からないが、元日本人らしいこと、それから隣の国、神聖国ヒメルトヴィラで勇者召喚が行われるのだったか……。
ただ、それらのことを踏まえて考えるのならば勇者は人間側の尖兵だと言える。
「だって、それがお約束ってもんでしょ?それにほら、ボクの存在意義だし!」
アキラはにこやかに答える。
「そんなのおかしいです!神様が決めたから魔王を倒すです?勇者だから、それが存在意義だからって、それでアキラは納得しているです?」
ウイングは声を荒らげる。
だが、アキラは静かにお茶で唇を湿らせて答える。
「……そうだよ。
ボクはこの身体に誓ったんだ!
ボクの軽はずみな言葉で、何も考えずに答えたせいで、ボクと……っ!」
そこまで静かながら強い悔恨を込めた言葉で言ってから、アキラはウイングから目を逸らして言う。
「……いや、いい。
ほらね、やっぱりダメだった。
キミは勇者じゃない。なら、分からない。
分かってもらおうとも思わない……」
アキラは立ち上がって、テーブルに背を向けた。
ウイングも悔しそうに口の端を噛んで耐えている。
「キミ、前世で幸せだったんだろ?向こうの世界を捨てて、こっちの世界に望んで来る人間の気持ちなんて、分からないよね……」
言ってアキラはそのまま去っていく。
その背中は少しだけ震えていた。
「分かってないのは、アキラなのです……」
ウイングは小さく呟いた。




