不調なのです
アキラと喧嘩別れのような形になって、その日の夜。
予定通り、ウイングは全員にアイスクリームを作って振る舞うことでパーティーメンバーのアキラと交わした会話を根掘り葉掘り聞くフォーメーションを躱し、明日こそ依頼を受けようという話をしてから、自室に篭った。
部屋のベッドに寝転がり、久しぶりに手紙を読み返していた。
考えるのは地下世界のことである。
ウイングはトノルジンバの手紙から兄サヴァルマーナの斬首と叔父ヴァルディラントの死亡は伝えられたが、それ以外の父エリュセイグド、母グロリア、姉リオラディッタなどの生死は分からない。
他の兄や姉もどうなったかは分からず、城に勤めていたメイドの夜魔族ディサドラ、料理長の鬼人族ボルディーノ、庭師竜魔族ヴィ〈ヒュー〉リー、厩番の巨人族ガウニィなどもどうなったのかは不明だ。
生きていてくれるのだろうか……。
一層での戦いはどうなったのだろう。
ようやく反撃の兆しが見えたところで、テセラスタの反乱だ。
あまり楽観視はできない。
今まで、ウイングは手紙にある通り、新しい人生を歩むべく過去を振り返らないようにしてきた。
それが、亡き兄、父とトノルジンバの願いだったからだ。
ここが遠い異国の地ならば、戻る術はないのだからと、自分に言い聞かせることもできたかも知れない。
だが、行けない距離ではないというのが、ウイングの心を急き立てる。
忘れるです。わざわざ辛い現実に身を投じる意味なんか、ないです。
自分に言い聞かせる。
テセラスタが新しい魔王となって、『地上恩恵派』が周りを固めて、それで地下世界はこの地上を諦めて、一部の者たちが地上の恩恵を独占する。
ある意味で地下は平和な世界になるだろう。
望まなければいいのだ。生きるだけなら地下でもできる。
下手な望みを抱かなければ、それで平和は保たれる。
ウイングが前世で翼として生きていた時、両親を亡くし、祖父母に引き取られてから、翼はわがままを慎み、清貧に生きていた。
だが、愛情だけは惜しみなくもらえた。
だからこそ、ウイングは我慢することに慣れていた。
養ってもらえるだけで、有難いのだと考えていた。
その慣れが、誰にでも通用する訳ではないと知るには、まだ人生経験が薄かった。
だから、ウイングはそっと手紙を仕舞った。
それから無理に明るいことを考える。
サー・カヤー魔導具店で受け取ったサー・カヤーの最高傑作『究極矢』シリーズを使う瞬間を思い浮かべる。
サー・カヤーは「使ってみてのお楽しみにしとけ」と言っていたので、ウイングもまだどんな出来上がりなのか知らない。
それからモーリーのカタナだ。
子爵の接待だった魔物狩りの時は、誘導が主でモーリーも存分にカタナを振れたとは言えない。
実際、モーリーに後から聞いたところによれば、使用感も何も、全力を出していないから分からないという感想だったのだ。
明日は大型の魔物狩り依頼を探してもいいかも知れないと考える。
今日のアイスクリームで皆の驚いた顔といったらなかった。
今日はミルクと卵と砂糖のみで作ったが、今度は果汁を入れたり、工夫したらもっと喜んでもらえるだろうかと考える。
楽しいことを考えれば、ワクワクしてくる。
ウイングは自分の本心にそっと蓋をして、寝た。
そこがベッドの上で、いつも癖にしているベッド脇の暗がりに入ることもせず、そのまま寝たのだった。
心の不調は思わぬところに現れる。
そして、ウイングは自分で気付かぬ内に、いつものルーティンワークを忘れたのだった。
翌日、『白夜の蒼炎』は全員で冒険者ギルドの依頼の張り紙とにらめっこしていた。
「むむむ……」
「ウイング、難しい顔してどうしたんですか?」
アリアがウイングに聞く。
「大型の魔物に挑戦するような依頼がないのです……」
「そろそろ温かくなってきましたからね……普段ならそういう依頼が増える頃合なんですけど、この前、子爵様から町を拡張するって発表があったじゃないですか。
その影響もあって、木材採取とか建材になる鉱石採取とか、そういう依頼が増えてるみたいですね……」
「せっかく新調した矢ができあがったので、早く試したいのです……」
「ああ、ミルキルさん御用達の店で作ってもらったってやつですか?」
「そうなのです!サー・カヤーさんが究極矢シリーズと名付けるくらいなので、絶対凄いことになってるはずなのです!」
「あははっ!相変わらずウイングは職人さん好きですよね!」
アリアは弟を見るような目で笑う。
「アリアも一度見たらいいのです。まるで当たり前みたいに精密作業をこなすのは、一種の芸術なのです!」
そんな話をしていると、ギルド職員が新しい依頼の紙をボードに次々と貼っていく。
その数、十数枚。しかし、全て同じ依頼の紙だった。
「あら、もうそんな時期なんですね……」
新しい依頼を見たムースがほわほわと言った。
「そんな時期ってなんです?」
「コレですよ、コレ……」
言って、その新しい依頼票をウイングに見せる。
そこにはこう書いてある。
『遺跡発掘作業
報酬︰時価
期間︰十~二十マワリ程度
依頼人︰グラディス』
「報酬が時価ってなってるです……」
ウイングが難しい顔をする。
「ええ……それはつまり、発掘作業で何か見つかれば、現物支給か買取り額を払いますという意味で、それ以外は全て冒険者の負担になりますってことですよ……」
「え、そんな仕事、受ける人いるんですか?」
ムースの説明にアリアが驚いた顔をする。
「グラディス老は今年もやるのか……」
マルガレーテも近付いて来て苦笑交じりに言う。
「まあ、何メグリかに一度は当たりが出ますからね……ギルドとしても、依頼を通さない訳にはいかないんじゃないですか……」
ムースも苦笑交じりになっている。
「有名な人です?」
「ああ、グラディス老は王都の学院で考古学を教えていた学者先生でね。
この樹海には過去にカムイ時代の一大文明があったと学説を唱えている方だ。
色々と古文書や口伝を集めては、一メグリに一度、冒険者を集めてフィールドワークに出られるんだ。
ここにシューティ子爵の町ができた当初、その学説を目当てに冒険者が集って、一大ブームになったそうだ。
それで、冒険者ギルドの初期を支えた人物として、ギルドが優遇しているのさ……」
「マルガレーテ姉さんには申し訳ないけど、グラディス老は学者というより、山師と言う説明が適当だと思うわ!」
マルガレーテの説明に、いつのまにか来ていたモーリーが意見を述べる。
「でも、カムイ文明はともかく、何度かは遺跡発見の偉業を残されてるから……それに、この冒険者ギルドの古参たちは、手弁当でも夢を見るんだって、結構参加してるわよ……」
ムースがほわほわとフォローを入れる。
と、話をしていると一枚、依頼票が剥がされる。
見ると、『風精団』リーダー、シキシロである。
「おや、こんにちは『白夜の蒼炎』の皆さん」
「まあ、シキシロさん、今年も行かれるんですか?」
ムースが話し掛ける。
「ええ、私に冒険のイロハを教えてくれた先輩に、くれぐれも頼むと言われてますからね。
いつもこの時期は、なるべく他の依頼を取らずにこちらを優先しているんです。
もしかして、皆さんもですか?」
シキシロは古参の一人だ。
いつもながら三十を越えているとは思えない童顔を柔和に微笑ませている。
「いや、まだ考え中だ」
マルガレーテが答える。
「そうですか。
グラディス老はこのギルドの礎を築いた人ですから、余裕があれば参加してあげて下さい……」
言って、シキシロは頭を下げると受付に向かった。
「シキシロさんが他の依頼を取らずに、この依頼を待ってるなんて、初めて知りました……」
アリアが珍しいものを見たという目でシキシロを見送る。
すると、また一枚剥がされる。
『風界の鷲』のリーダー、ライアスだ。
依頼を眺めていたかと思えば、その依頼を見た瞬間に迷いもせずに取る。
「ライアス……君もか……」
マルガレーテが訳が分からないという顔で言う。
「ん?おお、マルガレーテ、とみんなお揃いのようだな。
君もか、とは?」
「いや、つい今しがたシキシロがその依頼を持っていったところだったからな……」
「ああ、シキシロか……毎回参加しているからな、アイツ。
今年もアイツと一緒か……」
「ライアスも毎回参加してるです?」
ウイングが聞くと、ライアスは少し不快げな顔をしてウイングを見る。
「ライアスさん、な。アールタイルが言ってたのはお前か……。
まあ、見かけた時くらいはな……これも渡世の義理というやつだ」
「え、アールタイルが何か言ってたです?」
「ああ、でも生意気な奴には教えてやらん。
知りたきゃ自分で聞くんだな」
それからウイングの頭にポンと手を置いて、「俺を認めさせたら、呼び捨てでも許してやる。頑張んな……」と言って去っていった。
「認めさせるって何したらいいですかね?」
「ライアスは強さよりも調和を重んじるタイプだからな……ウイングとは相性があまり良くないかも知れない……」
マルガレーテはそんなことを言った。
ウイングはどうしたものかと考えるが、あまりライアスのことは嫌いになれないなと感じていた。
「お、あった、あった……」
と、嬉しそうに依頼票を取ったのは『深緑の狼』のリーダー、ロックだった。
依頼票を取ってからこちらに気付いたらしく、手を上げて近付いてくる。
「これは、これは、最近、飛ぶ鳥を落とすと噂の『白夜』のおねーさま方じゃねーの!
あれ?ミルキルは?」
「ミルキル姉さんなら、さっきまで向こうの依頼を覗いてましたよ……あれ?」
モーリーがロックに答えて、ミルキルのいた方を見るが、ミルキルはいない。
「ああ、またどっかで油売ってるんだろ!いい、いい、ミルキルが居るとおねーさま方との会話の邪魔しかしねーからな!」
ロックはニヒヒと笑う。
「でも、ロックさんて、ミルキルさんのことお気に入りですよね?」
アリアがこそっとウイングに耳打ちする。
「ですです……」
ウイングもそれには百回首肯ける。
「ロックさんもその依頼ですか……?」
ムースが聞く。
「まあ、遺跡にはロマンが詰まってますからね!
男には、例え実入りがなくともやらなきゃいけない時ってのがあるんですよ!」
フンスッという感じで鼻息荒くロックが言う。
「まあっ!女だってロマンは好きですよ……」
にこやかにムースが答える。
ロックはその笑顔にやられたのか、急にモジモジし出す。
「あ、もちろん、ロマンもロマンスもいいですよね!
……な、何なら、その……一度、ロマンスを俺と……」
「あれ?ロックじゃん?」
いつの間に戻って来たのか、ミルキルがロックを見かけて声を掛ける。
「げっ!ミルキル!」
「ああん?人の顔見るなり、げっ、ってなんだよ!げって!」
「お前、邪魔だからあっちいってろよ!せっかくムースさんと楽しく話してたのによー」
「はあ?お前、自分の顔見たことあんのかぁ?
ムースと話したかったら、一言十ルーン、アタシのとこ持ってきな!」
「はあ!?なんでお前に金払わなきゃなんねーんだよ!アホか!アホだろ、お前!」
「おいおい、アタシと話す時は一言五ルーンにまけてやるから、とりあえず二十ルーン払えよ!」
笑いながらミルキルが返す。
「うーわ、話にならねえ……そう思いません、ムースさん?」
「そうですねぇ……」
にこにこと笑いながらムースが手のひらを出す。
「その手、なんすか?」
「えっ?十ルーン頂けるのでは?」
ロックはあんぐりと口を開けて、それから逃げ出すように受付に向かう。
途中、くるりと振り向いて。
「ばーか!ばーか!おたんこなすー!」
顔を引っ張って、精一杯の馬鹿な顔をしてから受付に消えた。
それを見ていた全員でひとしきり笑ってから、マルガレーテが聞く。
「それで、ミルキルはどこに行ってたんだ?」
「ああ、昨日のアキラちゃんを見かけたからさ、今回の依頼、一緒にやらないかってナンパしてきた」
「えっ?」
ウイングが固まる。
「それで?」
「ああ、一緒にやってみるって!装備の買出しとかしたいから、依頼は任せるってさ!」
「ええっ!?」
さらにウイングが固まる。
「どうしたんですか?ウイング?」
喧嘩別れのような形で酒場で別れたアキラが、よもや一緒に依頼を受けるなどとは思ってもみなかったため、ウイングは混乱する。
アリアが心配そうに顔を覗き込んでくるが、ウイングとしてはどう答えたものか分からない。
「あ、えっと……何でもない、です……」
「ん?昨日、何かあったの?」
ミルキルが興味ありという顔で聞く。
「な、何にもないです……」
「ふーん……まあ、いいや。
問題ないなら、一緒に依頼受けてもいいよな、ウイング?」
「も、もちろんなのです……」
アキラがどういうつもりでミルキルの誘いを受けたのかは分からなかったが、ウイングとしてももう一度話をしておきたかった。
全員で行動を共にする場合、ウイングに前世の記憶があることがパーティーメンバーにバレる可能性もあるが、それは最悪受け止めるつもりではいる。
魔族だとバレるのは問題だが、前世の記憶があると知られることは大して問題にならないと思っている。
「それで?依頼は決まったの?」
ミルキルが全員を見回す。
「ウイングは大型の魔物討伐依頼をやりたいみたいなんですけど、今の時期だとそういうのがないんですよね。
皆さんはコレってありますか?」
アリアが考え込むウイングをよそに代弁する。
「私はこのカタナを思いきり振り回せれば、何でもいいわ!」
モーリーがカタナの柄をぽんと叩く。
「私も同意だな。修行の成果を試すなら、多少、奥地まで進める依頼があれば、なおよしというところだ」
マルガレーテも装備を新調したばかりなのでそれを試したい気持ちが強いらしい。
「今は金銭的にも少し余裕がありますから、皆さんさえ良ければ私は遺跡発掘作業を受けたいですね……」
ムースが手にした依頼票を振る。
「……なんだ、お前たちも受けるのか?」
いきなり話に割って入ってきたのは、『砂塵の爪』リーダー、アールタイルだ。
相変わらず筋骨隆々という感じで、宝剣熊の異名は健在のようだ。
「あら、アールタイルさんもですか?」
ムースが挨拶もそこそこに聞く。
「ああ、ウチのメンバーは全員、楽しみにしているからな。
グラディス老の夢に溢れる演説も一種の風物詩みたいなもんだ。
毎回、誰も手を出さないような樹海の奥地まで行くからな。
遺跡がなくてもまだ見ぬ素材を得られたり、新しい発見があったりと面白いぞ!」
古参系の力あるパーティーがこぞって参加する『グラディス老の遺跡発掘作業』は、実は地味ながらもこの町の冒険者が行ける樹海の範囲を広げるのに役立っているらしい。
「へえー、ならアタシらもトップパーティーのひとつとして、ぜひ参加しとくべきかね?」
ミルキルが不敵に言う。
「ああ、十組近いパーティーがまとめて移動するからな。
中堅どころのパーティーなら、トップパーティーを見て勉強するには危険度も高くなくていいと思うぞ!」
アールタイルも負けじとミルキルを見下す態度を作って言う。
「ほう……アールタイルは私たちに喧嘩を売っているのかな?」
マルガレーテが冷たい瞳で言う。
途端に、アールタイルの顔から汗が噴き出す。
「あ、いや、違うんだ!マルガレーテ!
このミルキルが挑発するから、俺としては負ける訳にいかなくてだな……」
だが、マルガレーテはあくまでも冷静に返す。
「いや、いいんだ。
確かに『砂塵の爪』は『風界の鷲』と並ぶ、名実共にトップの二強の一角。
『白夜の蒼炎』は功績だけは派手だが、精力的に活動していない、実のない華などと最近は揶揄されているらしいしな。
この辺りでそろそろ本当に実がない華なのか、見せてやらなければとは思っていたんだ……」
「誰だ、そのお前たちを実のない華なんて言ってる奴らは?
ちょっと俺が話をつけてきてやる!」
今にも暴力行為という話し合いをしに行きそうなアールタイルが指をポキポキと鳴らす。
マルガレーテの矛先が自分から他に移ったのをいいことに、途端に鼻息が荒くなる。
それをウイング以外の全員が冷めた目で見つめていた。
「アールタイル。私たちの実力を見せてやる。
この依頼でな!」
「おお、いいね!さすがマルガレーテ!
おっとこまえー!
みんな、いいよな?」
ミルキルがすかさず追従する。
「もちろんですわ!」「ええ、いいと思いますよ……」「ミルキルさん、男前って……」「えっ!何があったです……?」
モーリーが強気に、ムースはにこやかに、アリアは若干、顔を引き攣らせて、ウイングはアキラのことで頭がいっぱいだったらしい。
だが、多数決で受ける依頼は決まったようだった。
そうして、マルガレーテはムースから依頼票を受け取ると、受付に向かった。
もちろん、臨時パーティーとして、アキラを入れることも忘れていない。
ウイングはアリアから説明を聞いて、ようやく納得する。
アールタイルも依頼票を受付に持っていくがこころなしか、その背中は寂しそうに見えた。
「……違うんだ。お前とケンカしたくて言ったんじゃなくて……俺の強さを見てもらいたくて……いや、これじゃ女々しいか……くそっ……せっかく久しぶりに共同依頼が受けられるってのに……なんだってこんな……」
誰にも聞こえないアールタイルの呟きは、幸か不幸か、冒険者ギルドの喧騒に掻き消されてしまうのだった。




