スイテン・隣なのです
お食事中の方はご注意下さい。
少々下品な表現があります。
翌日、話し合いと準備を昨日の内に整えた『白夜の蒼炎』は南の大門で領主一行と合流する。
この町の領主、シューティ子爵はロマンスグレーの髪を撫でつけた老紳士という風情で、この町の領主らしく魔物素材製の鎧を身に着けている。
騎馬に乗る姿もスッとしていて、全体的にこざっぱりとした印象を受ける。
その前方には徒歩の兵士が五名、先導役なのだろう。
樹海探索に慣れた格好をしている。
領主の隣にはひと言で言うと派手なおっさんが騎乗している。
顔の作りも目玉が大きく、だんご鼻、タラコ唇と派手である。もみあげを長く伸ばしており、でっぷりとした体形と相まって、だらしない印象を受ける。
領主と楽しげに話していることから、こちらがシミュレー伯爵だろう。
その後ろには三騎が続く、バーリアことダンマク近衛兵長、アビーバ・シミュレー、もう一人は子爵側の近衛兵だろうか、ダンマクと同じような鎧を着ている。
さらにその後ろに続くのが伯爵側の兵士でやはり五名、脇には一昨日『ニック防具店』でカタナを売った男が歩いている。
伯爵側の兵士は荷馬車を守るように歩いており、布が掛けられているが、その形は『魔導兵器』のものだと思われる。
それから二十名程の子爵側の兵士が続き、様々な荷物を背負っている。
最後尾を歩くのは『白夜の蒼炎』六名で、物見遊山かというような気楽な調子で歩いていた。
既に陽は昇っており、この時間に樹海に入るのは冒険者としては新参者と言われるような時間のため、他の冒険者の姿はあまりない。
隊列はゆるゆると街道を進んでいた。
アリアが荷馬車の大荷物、『魔導兵器』を眺めている。
「アレって大鎧だって話ですけど、あんな大きな鎧着て動ける人なんているんですかね?」
『魔導兵器』は全高五ミョーン〈メートル〉にもなる、言わばパワードスーツである。
他国では噂だけが一人歩きしているような状態で、実物を見る機会などまず無い。
「確か、魔法力を使って動かす魔導器の塊みたいなものだって話ですけど、あれだけの大きさだと動かすだけでも大変そうですね……」
ムースが同じように『魔導兵器』を見上げながら言う。
「今じゃ色んな国が『魔導兵器』を作ろうとしているらしいけど、まともに動かすには相当緻密なバランスが要求されるとかで、それに成功したのはハスタだけって話だろ。
アレの腕一本でも盗んで、然るべき所に持ち込めば一生遊んで暮らせる金になるって友達が騒いでたよ……まあ、それを貸し出すくらいだから、当然対策はしてあるだろうけどね……」
ミルキルが二人の会話に首を差し込む。
「ああ、それはそうですよね。
そもそも、腕一本取るだけでも大変そうですけど……」
「今回は子爵様のご機嫌取りにアレを動かして見せるというのがあるそうですから、上手くいけば私たちも見られるかもしれないですね……」
ムースは動くところが見たいらしい。
一度、隊列が止まる。
「あれ?何かあったですかね?」
前方の兵士たちがなにやら騒がしい。
主にバカ貴族ことシミュレー伯爵の五男、アビーバが騒ぎ立てているようだった。
すると、男が一人こちらに歩いてくる。
『魔導兵器』の整備士、カタナを売った男だった。
「すまないが、誰か一人来てくれ、魔法力に余裕がある者がいい……あれ?ウイング?」
男が驚いた顔で止まる。
「それに、アンタたち……」
「今回、魔物の追い込みをする役で依頼を貰った『白夜の蒼炎』のウイングなのです!」
ウイングがニヤニヤしながら男にそう告げる。
「なんだよ、そうならそうと言ってくれりゃあ良かったじゃないか!」
男が何故だかホッとしたような顔でウイングの肩を叩く。
「アンキが気付いてないみたいだったから、驚かせようとわざと黙ってたですよ!
あ、紹介するです。
僕の仲間で、アリア、ムース、ミルキル、こっちの二人はモーリーとマルガレーテなのです!」
全員が何となくで挨拶を交わす。
男は居住まいを正して、礼を返していく。
「それで、この人がアンキ・イヌフジ。
『魔導兵器』の整備士でハスタ王国から出向して来た苦労人なのです!」
「おい、苦労人はないだろ……。
えー、ハスタ王国のアンキ・イヌフジです。
まさか、ウイングの仲間がこんなに美しい方ばかりとは思ってませんでした……よろしくお願いします……」
男、アンキはそう挨拶して頭を下げる。
ウイングはアンキがカタナを売った後、マルガレーテとモーリーがギルドに依頼を探しに行った時、ニック親方とアンキ、ウイング、男三人職人談義に花を咲かせて、すっかり仲良くなっていたらしい。
「それで、何かあったですか?」
ウイングが聞くと、アンキは慌ててチラと後ろを見てから、早速と本題に入る。
「えと、実はだな……樹海に荷馬車が入れないんだ……それで『魔導兵器』を歩かせなきゃならないんだが、魔法力が足りない。
正直、頼みずらいんだが……アビーバ様の魔法力を使わせる訳にはいかないんだ。
そこで、誰かに魔法力を融通して貰い魔法力を貯めたいんだが……」
「そんなことが出来るんですか……魔法力を貯めるだなんて……」
ムースが感心したように唸る。
「では、あまり魔法を必要としない私がやろう」
マルガレーテが前に出る。
だが、アンキは申し訳なさそうに言う。
「あー、ありがたいんだが、『魔導兵器』ってのは魔法を専門に使う奴が三人掛かりで魔法力を込めないといけないくらい魔法力が必要なんだ……今日の目的地まで歩かせるくらいなら、一人分でいいんだが、どうせなら満たんにしろって言われちまって……」
「そういう事なら、僕がやるです!糧、魔法力には自信があるから大丈夫なのです!」
ウイングが手を上げる。
アンキは暫く考えてから、一人頷き。
「……そうだな。ウイング一人で頼む。
足りない分は適当に言って何とかするわ!」
言って、ニッカリと笑う。
漢の笑みだった。
『白夜の蒼炎』は魔物の追い込み役、魔物を見つけてひたすら牽制攻撃をして魔物を『狩り役』の前まで誘導しなければならない。
牽制に有効なのは、やはり魔法だろう。
それなのに、アビーバはついでだからと『追い込み役』から魔法力を搾取して来いとアンキに命じたのだ。
少し考えれば分かることだ。
遠距離に有効な魔法が使えず、魔物と接近戦をしながら、致命の一撃を放つことができず、魔物を誘導するなど、余程の技量の持ち主か、もしくは頭がおかしい奴しかやれない。
アンキにしてみれば、ひょんな縁から友達になったウイングに、仮の主であるアビーバの命とはいえ魔法力を差し出せと言わなければならなかったのだ。
もちろん、アビーバとは散々言葉でやりあったが、最後までアビーバはアンキの言葉をまともに取りあおうとはしなかった。
ハスタ王国から一人出向している身分のアンキにはシミュレー伯爵の領内で頼れる相手などいない。
頼みとするべき主は、アビーバになってしまう。
では、どうするかと言えば、自分で背負うしかないのだ。
そのために家宝であるカタナも売った。
狩りの最中で『魔導兵器』は動かなくなるかもしれない。何しろアビーバは大した魔法力を持っていないからだ。
そうなればアンキは責められることになるだろう。
もう、なるようにしかならないと腹を括った。
足りない魔法力は自分が入れる。魂が削れようがどうでもいい。
ウイングにはまたツライ役回りを押し付けることになるが、あの性格だ。
きっと許してくれる。
だが、先にまず謝罪だけは入れるべきだろう。
「ウイング、すまないな……魔法力を使わせちまったら、肝心の追い込みに支障が出るよな……」
荷馬車までの僅かな距離で、何とかそれだけ口にする。
「ほえ?気にしなくていいです!多分、問題ないですし……」
ウイングは何を謝られているのか、一瞬理解不能になりながらも、ああ、そういえば糧を沢山使うと言っていたですね、と理解して、アンキを安心させるように笑みを作る。
アンキはその言葉に何ともいえない表情を返して、二人で布を被せてある『魔導兵器』の前に行く。
シミュレー伯爵の兵士がその布を取り払うと、『魔導兵器』が姿を現す。
ウイングは一層で戦った魔導兵器『カテン』『ライジン』『カテン・壊』などを思い浮かべていたが、あれらとは比べ物にならない。
おそらく機体としては一世代か二世代前の物なのだろう。
ほぼ剥き出しのフレーム、装甲はついているが関節など肝心の部分は覆っていない。
人が乗る胴体部分も視界の確保のために一部は剥き出しだ。
「これ、頭付いてる意味あるです?」
ウイングは思わず聞いてしまう。
「まあ、本国じゃ擬似視覚装置の開発も進んでたから、今頃は頭にも意味が出てるかもな……コイツについてる頭は浪漫だよ……あと、荷物が入れられる収納になってる……」
アンキはそんな事を言うのだった。
「名前とかあるです?」
「第三量産型魔導兵器改修機『スイテン・隣』が正式名称だな。コイツ足のバランス取るのがスゲー難しくてな。
国の整備士仲間じゃあ、スッテンって言われてるんだ。
下手くそが整備すると、すぐスッテンと転ぶからな……」
「ぶふっ!もうスッテンとしか覚えられなくなったです……」
ウイングが思わず笑う。
「まあ、俺の整備したコイツはちゃんと『スイテン』だから、覚えるならそっちにしてくれ!」
わかったです、とウイングが答えて、それからアンキに魔法力の注入方法を教わる。
簡単な呪文を唱えて、どこでもいいから魔導器部分に触れるというものだった。
言われた通りにやると、ウイングの感覚でいえば火弾百撃三発分、石級の魂の器持ちが三人掛かりで糧を多少余らせるくらいは吸われるという感じだった。
確かに普通の魔法を専門にする人間ならかなりツライ量を吸われることになる。
ウイングにしてみれば大したことはなかった。
これなら、アリアでも楽勝だったです、とは思うが、それは言わないことにする。
「もう限界みたいです……」
「ああ、無理しなくていい、もう充分だ!」
ウイングの言葉を勘違いしたアンキが沈痛な表情で返す。
ウイングはそれでもと無理矢理に糧を流そうとしてみるが、逆流してくる感じがあったのでそこで止めた。
アンキは重ねに重ねて礼を言い、ウイングは元の仲間の元へと戻る。
それを見届けてから、悲愴な覚悟で魔導器に触れ、アンキは注入の呪文を唱える。
途端、『魔導兵器』に限界以上に蓄えられていた魔法力がアンキに流入する。
普通、魂の器から溢れた糧というのは体に蓄えられている。
魔法力として使われるのは、この体に蓄えられた糧である。
実は『魔導兵器』の魔法力を貯めておくシステムというのは、生物のそれとほぼ同じようなソレなのだが、問題となるのはそこではない。
『魔導兵器』にパンパンに貯められた魔法力。
そこにアンキが自身の魔法力を送り込むべく接続した。
ウイングが少しでも多く、と入れた魔法力である。
逆流した魔法力はアンキの体にあった魔法力の余白を一瞬で埋めてしまう。
そして、止まらない。
さらにアンキの体にもパンパンに魔法力が貯まり、それでも逆流は止まらない。
貯めておける魔法力量を超えた魔法力はどうなるのか。
『魔導兵器』には外に排出する機能がないため、魔石を軋ませながら耐えるしかないが、アンキにはその機能がある。
結果、アンキは激しい嘔吐感に襲われた。
「うぷっ……」
慌てて『スイテン・隣』から離れるアンキ。
嘔吐感をどうにか堪えると、全身から汗が噴き出す。
それで多少はマシになったのか、もう一度『スイテン・隣』に近付いて、魔法力量のメーターを確認する。
メーターは満タンを示していた。
「おい、いつまで子爵様たちを待たせるつもりだ!」
馬から降りて、伯爵の五男、『スイテン・隣』の騎乗者であるアビーバがやってくる。
アンキが畏まって膝をつき、報告しようとすると、それを無視して魔法力量のメーターを確認、アビーバは「準備が出来ているなら早く言わんか!」と、アンキを怒鳴りつけ、前方に手を振ってから『魔導兵器』を着込む。
「あ、あの、恐れながら申し……」
アンキが止めようとすると、馬を廻してシューティ子爵とシミュレー伯爵がやってくる。
「おお、ついに動くところが見られるのですな!」
喜色満面で子爵が『魔導兵器』を見上げる。
「はっはっはっ!
さすがはハスタ王国製というだけあって、この『スイテン・隣』は立ち上がるだけでも見物ですぞ!」
伯爵も上機嫌で応じる。
「恐れながら申し上げます!」
アンキが膝をついたまま進言しようとする。
「なんじゃ、まだ魔法力が貯まっておらんのか?」
伯爵が機嫌を損ねた様子で聞くのに、アンキは「いえ……」と答えて、言葉を続けようとするが、アビーバがそれを遮る。
「父上、行きますぞ!」
「おお、アビーバ、晴れ舞台だいいところを見せてくれ!」
アビーバが起動の呪文を唱える。
途端、『魔導兵器』の各所にある魔導器が淡く光を放ち、全身をぶるりと震わせる。
同時にアビーバを襲う嘔吐感。
起動は同時に騎乗者と『魔導兵器』を接続することを現す。
アビーバは焦った。
今までこんなことはなかった。
それがせっかくの晴れ舞台で、父親と子爵が見守る前で粗相があってはならないと、我慢する。
アンキは流入する溢れた魔法力を前にすぐに離れたから良かったが、アビーバは既に『魔導兵器』の中だ。
しかも、いきなり気分が悪くなった理由も分からず、先程間食にこっそり食べた干し肉に当たったかと思った。
アビーバは気力を振り絞って立ち上がる。
「おお、まさしく鎧の騎士が立ち上がるような動きですな!」
子爵は目を見開いて感心する。
荷台から『魔導兵器』が片足を地面へと踏み降ろす。
さらに、もう片足を大地に降ろすと、ゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。
隊列前方の兵士も、後方の兵士も、ウイングたちもその動きに注目する。
そして、『スイテン・隣』は金属の軋む音を鳴り響かせながら、ついに大地に立ち上がった。
全員の口から感嘆の声が漏れる。と思った瞬間、
「おぼろろろろろろ……」
鳴り響くアビーバの嘔吐音。
戦慄の静寂。
律儀にアビーバの動きをトレースした『魔導兵器』は、子爵の馬のすぐ横で四つん這いになって、その胸から吐瀉物を吐き出した。
「し、失礼……しました……」
『魔導兵器』に搭載された拡声器から、弱々しい声が聞こえる。
同時にまたもアビーバが動く通りに、腕を動かし袖で収納庫の辺りを拭う。
「は、はは……喜劇にしてはいささか品に欠けるようですな……」
何とか子爵はそう口にして、嫌な物を見たという顔で馬を反した。
「これは、愚息がとんだ醜態を……ええい、この馬鹿者が!
子爵様の前でなんたる醜態!恥を知れ!恥を!」
馬用の鞭で伯爵は『魔導兵器』の収納庫を叩く。
叩いてから、慌てて子爵の後を追うようにして行ってしまった。
バカ貴族ことアビーバは隊列の進みに合わせて、トボトボと歩く。
『スイテン・隣』はアビーバの気落ちした様子を何倍にも増幅して見せていた。
一行は樹海を進む。
昼を少し回った辺りで目的地である少し拓けた場所に着く。
兵士たちはテントの設営を始める。
近衛兵長ダンマクがウイングたちのところにやってくる。
「この辺りで狩りをする。
子爵様たちが昼食を取っている間に、適当に獲物を見つけてきてくれ」
「はいはい……。あ、でも、子爵様たちの優雅なお食事時間に連れて来たら、お邪魔になっちゃうんじゃないの?」
ミルキルがわざと嫌味っぽくダンマクに告げる。
「子爵様たちが動けるようになるまでは、ウチの兵士たちが魔物の相手をする。
普段の鍛錬の成果を見せる場でもあるからな!」
「魔物のリクエストはあんの?少し行ったところに『魔物の吹き溜まり』があるから、よっぽどの奴じゃなければ、連れて来れるけど?」
樹海の中でも浅い位置に拠点を構えているが、浅い位置ならミルキルはそのほとんどを網羅している。
さすが冒険者証に特殊がついているだけはある。
「ほう……さすが美貌だけでなく実力で五指に入る冒険者となると違うな……ならば最初は弱めの魔物を二、三匹頼む。
間違いがあっては困るからな、あまり数は増やさないでくれ。
それから、徐々に強くしていってくれると助かる」
「あいよ!でも、ここは樹海の中だ。
こんだけ人が群れてりゃ勝手に突っ込んでく馬鹿な魔物もいるから、注意してくれよ?」
「ふん、心配するな。
そのために、兵士がいるのだ。
私もいるしな……」
自信ありげにダンマクは腰の剣を叩いた。
ここからが本番。
『白夜の蒼炎』はいつもの隊列を組むと、更なる奥地へと向かうのだった。




