カリバーンベアなのです
「ウイング!そっち行きましたよ!」
アリアの炎の矢が断続的に放たれ、一角狼の群れを誘導していく。
ウイングは二剣を抜いた状態で待ち構える。
隣に並ぶマルガレーテが盾を構えて言う。
「二匹、排除、右に流すぞ!」
「分かったです!」
ウイングは他のメンバーが減らして残り五匹となった一角狼の内、右側面を走る一匹に狙いを定める。
正面で待ち構えるマルガレーテの左側から弧を描くように走り込むと、飛び掛るようにして一匹を突き殺す。
一角狼の隊列が乱れ、マルガレーテの右側を駆け抜ける形になったところでウイングが後を追う。
マルガレーテが右に動くことで、一匹の進路上に出る。
隊列が乱れている群れはこのままぶつかるのを避けるように動くことで右側へと誘導されていく。
マルガレーテが一匹を盾で止めると、追い付いたウイングが一閃、一角狼は残り三匹となって、マルガレーテの右後背へと駆け抜けていく。
ある程度の距離を取って、態勢を立て直してから突撃を掛けたかった一角狼は、向かった先に待ち受けるモノを知らなかった。
「囲めっ!」
ダンマクの号令で兵士達が立ち止まった一角狼を二十名掛かりで囲む。
混乱した一角狼は散り散りに囲みを突破しようとするが、態勢を立て直すために勢いを殺してしまったため、突破力がない。
兵士たちに斬られ、突かれ、止めを刺される。
魔物を倒した兵士は、獲物を掴んで掲げて見せると雄叫びを上げ、それを周りの者がはやし立てる。
昼食を終え、一休みしていた子爵と伯爵が軽く拍手などしながら、止めを刺した者に賞賛を贈る。
「そろそろ、我らもやりますかな?」
子爵が伯爵に声を掛けて立ち上がろうとすると、伯爵もそれに続こうとする。
そこにアビーバが声を上げる。
「お待ち下さい!」
アビーバは二人の前に出ると、片膝をついて頭を下げ、乞い願う。
「何卒、もう一度、機会を与えていただきたく……っ」
子爵がやれやれという風にアビーバを見てから伯爵に任せるという顔をする。
伯爵は子爵の手前、厳しい表情を作っていたが、汚名を雪ぐ機会を作りたかったところだ。
「……最後の機会と心得よ!」
「はっ!身命に賭しましても……」
「ご体調は宜しいのですかな、アビーバ殿?」
子爵が聞けば、「万全にございます……」とアビーバは余計な釈明をしなかった。
賢明な判断だと言える。
それから、子爵と伯爵はもう一度見学に戻り、アビーバは魔導兵器『スイテン・隣』を起動させる。
さすがに今度は逆流は起こらなかった。
兵士たちの前に出たアビーバはダンマクに言う。
「空手兎や一角狼では相手にならない。
追い込むなら歯応えのあるものにするよう、伝えてもらいたい!」
ダンマクは、借金しに来たくせに随分と偉そうだなコイツ、と思うがそんな事はおくびにも出さず、兵士の一人を走らせた。
兵士は近場で一角狼の血抜きをしていたウイングを呼び止めると、その事を伝える。
ウイングは頷いてから、『魔物の吹き溜まり』の近くで選定役をしているミルキルのところまで行く。
「ミルキル。魔導兵器が出たから、もっと強いのが欲しいそうです!」
やはり一角狼の血抜きをしていたミルキルは少し考える。
「強いの……強いのか……この辺りでヤバイのは宝剣熊かな……」
「剣熊の存在進化したやつです?」
「そうそう、爪の切れ味がヤバイんだ。胸にでっかい魔石が光ってるヤツな!魔法も使ってくるし……」
「アレって強いです?アリアと『魔物の吹き溜まり』抜けた時に戦ったですけど、あんまり強くなかったですよ?」
ミルキルはウイングの額に軽くチョップを入れながら叱る。
「だーかーらー、お前の物差しで強さを計ったら、他の人間じゃ百回死んじゃうだろ。
あたしは宝剣熊に一人で出会ったら、まず逃げる。
アールタイルだって、たぶん……いや、アイツはバカだからやるか……とにかく、今までみたいな誘導方法じゃ無理だな……どうすっか……」
「皆を集めるです?」
ウイングが提案する。
だが、ミルキルが思いついたように、ポンと手を打った。
「よし、ウイングが単身突っ込んで、宝剣熊を引き連れて逃げるってのはどうだ?」
「分かったです!」
さっそく『魔物の吹き溜まり』に突っ込もうとするウイングをミルキルが慌てて止める。
「待て、待て……。
いきなり行ったら、他の魔物も全部引っ付いて来るぞ!
作戦がある……」
ミルキルに言われた通りウイングは作戦を実行する。
最初に鍋で砂糖を煮る。
甘い匂いが辺りに立ち込める。
この辺りで甘い匂いに反応するのは熊系魔物を中心とした数種類だけらしい。
ウイングが茂みに隠れながら、風の魔法で『魔物の吹き溜まり』に匂いを届ける。
その頃には他のメンバーに事情を説明したミルキルが戻って配置につく。
最初に現れたのは爆裂蜂の斥候だ。
これをミルキルの矢が仕留める。
次に地上で言うところのゴブリンが『魔物の吹き溜まり』から出てくる。
「くそっ!こんなところに隠れてたのか!
こりゃ、後でギルドに報告しないと……」
これもミルキルの狙撃が決まる。
それから、剣熊が三匹現れる。
鼻をスンスンと鳴らして、茂みに隠れて匂いを振り撒くウイングに近付く。
「もう少し粘れるか……?」
樹上のミルキルがウイングに向けてハンドサインを送る。
ウイングは問題ないという風に頷く。
剣熊がウイングまで、あと六ミョーン〈メートル〉の距離まで来る。
ミルキルが限界だと判断して、ウイングに「にげろ!」とハンドサインを送ろうとした時、『魔物の吹き溜まり』の外縁部に一際大きな熊系魔物が現れる。
鍋を片手に立ち上がるウイング。
気付く熊たち。
「ブゴォォォオオッ!」
三匹の剣熊が立ち上がる。
胸から腹に掛けてある剣のような模様が見えている。
威嚇行動だ。
一際大きな熊系魔物もウイングに気付いて、そちらに身体を向ける。
「宝剣熊です!」
ウイングが叫ぶ。
同時に剣熊の一匹がウイングに覆い被さるように鋭利な爪を振るおうとしたところで、ウイングは魔法で熱された鍋をその鼻先に押し当ててやる。
じゅっ!と音がして、剣熊の一匹は痛みにひっくり返る。
それとは別の一匹は胸に矢を数本突き立てられて、やはりひっくり返る。
最後の一匹は転がる二匹の剣熊が邪魔で棒立ちだ。
ウイングは踵を返すと鍋を手に走り始める。
棒立ちの剣熊が我に返って追い始める。
その後ろでは、宝剣熊が転がる剣熊の一匹をはね飛ばして迫る。
弾かれた剣熊はダンプカーに衝突した軽自動車のようだった。
「ウイング!任せたぞ!」
ミルキルが言って、姿を隠す。
三匹の剣熊と一匹の宝剣熊を引き連れて走るウイングは、鍋を持つのとは反対の手でサムズアップしながら走った。
先頭を走るのはミルキルの矢を受けた矢熊で、それに続くのが宝剣熊、怒ったのか猛追してくる火傷熊に少し遅れて自動車熊が続く。
ウイングが走りながら叫ぶ。
「一番後ろの奴を頼むです!」
通り過ぎた茂みから魔法が放たれる。
ムースの放った水の槍の魔法だった。
それが自動車熊の斜め後方から突き刺さる。
水の槍は内部のマナが流れを生み出しているようで、刺さると徐々にその血を吸って水を排出、代わりに血液を吸って真っ赤に染まる。
「カッ!……グハッ!」
自動車熊がもんどりうって倒れると、暫く痙攣を繰り返してから静かになった。
ムースに医学知識がある訳ではなく、血液をただの水に置き換えたら失血死するのではないかと考えた魔法だった。
しかし、自動車熊の死因は実際にはショック死だった。
だが、死因がどうあれ、ムースの考えた魔法は生物にとって凶悪な効果を持っていたことが判明した。
ウイングは後にこの魔法を「エグい魔法なのです……」と評した。
ムースが密かに拳を握り小さくガッツポーズをしているのを見ることはなく、ウイングは逃げ続ける。
次に待ち受けるのはアリアだ。
アリアもまたムースと共に、魔法ギルドで上級魔法を勉強してきた身だ。
だが、アリアが目指したのはウイングだった。
「……風の玉いっぱい……出ろー……」
アリアはウイングの使う戦闘級魔法の連弾をイメージしたようだった。
ウイングと熊たちが通り過ぎた瞬間に発動。
ウイングは波動の精霊ラッシュの補正で空間把握しながら魔法を使うので百発百中だが、アリアは目視で魔法を放つ。
それはマシンガンの着弾に似ている。
連続して地に穿たれる穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴…………。
違うのは穴の規模が野球ボールほどあるということだろうか。
「え、ヤバいです!何です!?」
それがアリアの放つウイングの模倣魔法だと理解出来ずに、ウイングは危機感を覚える。
「こんのぉっ!当たれー!」
アリアが着弾位置を調整する。
穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴…………。
最初に猛追していた火傷熊の顔色が憤怒の赤から狂乱の青になる。
宝剣熊を追い越して、矢熊も越えてウイングに迫るかと思えば、ウイングすら置き去りに走った。
「あばばばばば……」
次に宝剣熊のスピードが上がる。
やはり、危険を感じたのか、身体を低くしてひたすら前へと走る。
不運なのは矢熊だ。
矢熊は宝剣熊の巨体を避けようとして自分で自分の足を引っ掛けたのだ。
矢熊は転がる、転がる、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴、穴…………爆発!
「やった!当たりましたよ!」
集中していたのが当たった瞬間に気が抜けたのだろう。
喜びの声と同時にアリアが制御していた風の玉が一度に三十数発、一箇所にまとめて放たれる。
ズドムッ!と鈍い音が響いて半径十ミョーンの地面が木々諸共に捲れあがった。
マルガレーテとモーリーは先行してくる火傷熊を挟み撃ちにしようと中央、狩り場への道を空けて待っていたが、タイミングを合わせて火傷熊を仕留めようとした瞬間にアリアの散弾銃の暴発のような爆発が起きた。
そのせいで攻撃のタイミングを失ってしまう。
「剣熊が行ったぞ!」
慌ててマルガレーテが叫ぶ。
「ふははははっ!案ずるな!剣熊など、軽いわ!二、三匹まとめて連れてこんかあっ!」
『スイテン・隣』を操るアビーバが叫ぶ。
『スイテン・隣』の手には三ミョーン〈メートル〉以上の長さがある巨剣が握られている。
それを大上段に構えると剣熊を待ち受ける。
「囲めっ!」
ダンマクの合図で、剣熊が狩り場に入った瞬間、兵士たちが逃げ場を塞ぐ。
驚いた剣熊が狂乱の疾走そのままに正面にいる『スイテン・隣』へと向かう。
「くらえ!我が必殺の一撃!」
アビーバの叫びと共に打ち下ろされる巨剣だが、さすがに真っ向唐竹割りとはいかず、瞬間的に跳ねた剣熊は斜めに身体を滑らせ、その強靭な爪で大地を削りながらブレーキを掛けた。
兵士たちは大声を上げて剣熊を威嚇する。
辺りを見回した剣熊は、このデカい人間モドキを倒さなければ囲みを破れないと、『スイテン・隣』に対峙する。
と、その時、地響きが聞こえて同時にウイングが叫んでいた。
「待つです、待つです!
そっちは手違いで、獲物はこっちです!」
全員の視線がそちらを向く。
そこには鍋を手に走ってくるウイングとそれを追いかける宝剣熊がいる。
「なっ……宝剣熊だと……」
ダンマクを筆頭に兵士たちからどよめきがあがる。
チラと横目で確認したアビーバも叫ぶ。
「バカかっ!なんだそのデカい熊はっ!?」
宝剣熊が立ち上がれば、魔導兵器と並ぶくらいの高さがある。
兵士たちの人垣を割るようにして、ウイングと宝剣熊が狩り場に乱入する。
ウイングが、くるりと振り向いて鍋を宝剣熊の前に突き出す。
それをよこせ!とでも言うかのように、宝剣熊の巨大な爪が鍋を狙う。
そのままなら、ついでにウイングの胴体の半分程も消し飛ぶだろう腕の振りを、ウイングはスウェーバックで紙一重躱すと話し始める。
「なるべく強いやつって聞いたので、コイツを連れて来たのです!そっちの剣熊は手違いで処理しきれなかったので、こっちで引き受けるです!」
言いながら、次々と繰り出される宝剣熊の爪をひょいひょいと避ける。
異常な事態に兵士たちは唖然としている。
「それとも、やっぱりこれじゃ弱すぎです?
でも、これより強いのとなると、もう少し樹海の奥に行かないといないです……」
どうしようかと、ウイングが悩み始める。
それでも、宝剣熊の爪も噛みつきも見事に避けてはいた。しかも、引きつけるためか、鍋を時折宝剣熊の鼻先に見せつけるように持っていったりしている。
この事態に一番早く我に返ったのは、誰あろうシューティ子爵だった。
「ふ、ふははははっ……面白い!
おい、冒険者!そこなアビーバ殿とどちらが早くその二匹を倒せるか勝負せい!
勝てば褒美をとらせるぞ!」
「えっ!僕が倒しちゃっていいのです?」
「うむ!この子爵位、シューティが認める!
存分にやれいっ!」
自分の町にハスタ王国が誇る魔導兵器よりも強い冒険者がいるとなれば、どれだけ子気味良い事だろう、とシューティ子爵は考えたようだ。
どれだけ強い兵力を有しているかは貴族にとって大事なことだ。
本当に強いのならそれなりの役職を与えて取り立ててやるか、と子爵は皮算用を始める。
ウイングは一瞬やる気になったものの、すぐに考える。
これは勝ったらいけない勝負だ。
貴族の前で目立っても良いことなどない。
気を付けていたはずなのに、つい気が緩んでいた。
「よ、よーし!やってやるです!」
やる気満々に見せてウイングの気持ちは裏腹、適度に戦ってアビーバに花を持たせてやらなければならない。
これは、整備士であるアンキのためでもある。そう考えればバカ貴族に花を持たせてやることも苦痛にはならず、むしろ誇らしいことのように思えた。
ウイングは鍋を宝剣熊に向かって放る。
宝剣熊はそれを口でキャッチすると鍋ごと噛み砕いた。
ガッキャ、ガッキャ……と飴を噛むように宝剣熊が鍋を味わう。
その間にウイングは腰の魔剣を抜く。
「いくです!」
ウイングは言って、宝剣熊に向かうと見せて、剣熊へと踵を返す。
「あっち、任せるです!」
「なにぃっ!」
アビーバは慌てて目線をキョロキョロさせる。
その目線が宝剣熊と合ってしまう。
途端、舌舐りをする宝剣熊。
慌ててそちらに巨剣を向けるアビーバ。
「おのれ!騎士にあるまじき行い!ふざけるな、くそガキっ!」
「騎士じゃないです!それにこれは兵法なのです!」
言って剣熊に斬り掛かるウイング。
あくまでも、そっと、そーっと斬り掛かる。
本気を出したら、一撃で決まってしまう。
それを振り払う剣熊。
ウイングは適度に打ち込み、払われ、いなされ、身体をよろめかせるも、その作られた隙を狙う剣熊の攻撃はくらわない。そうして、死闘っぽいものを演じていた。
一方、アビーバは死闘どころか、遊ばれていた。
『魔導兵器』は搭乗者の技量をそのまま写す。
アビーバは『魔導兵器』の力頼りで、教育だけは受けているためそれなりに剣は使えるが、所詮はそれなりである。
型を知っているのと、型を使えるのはまた別の話なのだ。
アビーバが振り回す剣を宝剣熊が四肢を使って避けると体当たりしてくる。
「ぐほっ……!」
辛うじて装甲板があるため潰されずに済んでいるが、体当たりをもろに食らって、ふらふらしている。
宝剣熊は余裕を持って数歩下がると、また体当たりの構えだ。
アビーバも慌てて剣を構える。
走り込む宝剣熊に向けて、上段から剣を振るが、それは宝剣熊の誘いである。
宝剣熊は真っ直ぐ来ると見せかけて、横に一歩、それから斜めに体当たりする。
「ぐおっ!」
よろけてそのまま倒れ込みそうになった瞬間、空気の固まりが二発、三発と『スイテン・隣』の背後から叩いて、辛うじてバランスを取り戻す。
もちろんウイングの無詠唱魔法だ。
だが、アビーバはそれに気付かず巨剣を構える。
「ゼェ……お、おのれ……ハァハァ……許さんぞ……」
アビーバは懲りもせず上段に構える。
そのめげない尊大な心持ちというのは、ある意味尊敬に値するのかもしれなかった。
「ふーむ……あの冒険者は避けるばかりであまり攻撃は得意ではないようですな……これはちと見誤りだったかもしれませんな……」
「まあ、冒険者というのも厳密には前衛、後衛という区分けだけでなくもっと細かく役割が分かれていると聞きますからな。
敵を引きつけるのに特化した役割なのやもしれませんな……」
子爵のがっかりした声に幾分嬉しさを滲ませつつ伯爵が答える。
伯爵側からすれば、『魔導兵器』の強さを高く売り込んで、いざという時には『魔導兵器』が子爵の援軍になるかもしれないですよ、と見せることで伯爵自身の重要性を高めたいところだ。
そうなれば、恩義だけでなく伯爵領の重要性を子爵が考えることになり、子爵に金を借りやすくなるかもしれない。
そのためにもアビーバには頑張って貰いたいのだが、どうも押されているように見える。
「しかし、アビーバ殿もなかなかに苦戦されている様子……さすがに宝剣熊となると、いかな魔導兵器でもいささか分が悪い、というところでしょうか?」
「いやいや、アレは我が息子ながら遊び好きな面がありますからな……本気を出さずに、熊を相手に稽古でもつけてやっているのかもしれませんぞ?は、ははは……」
伯爵はそう言い訳をして笑うが、引き攣った笑い声しか出なかった。
宝剣熊は右に左にフェイントを織り交ぜてアビーバの狙いを外そうと動く。
「くそっ!ちょこまかと……」
アビーバは全てのフェイントに綺麗に引っ掛かって、その度に巨剣を振り下ろそうとしては、それを止めて構え直す。
ウイングはそれを横目で見ながら嘆息する。
「 バカ貴族が弱すぎて、手加減しながら戦っても埒が明かないです……」
ウイングは剣熊の相手をしながら、宝剣熊の隙を窺う。
剣熊は手加減していても、避けきれずに身体のあちこちに傷を負ってしまうので、遠からず死んでしまうだろう。
ウイングはまたも無詠唱で風の魔法を使う。
魔剣サブナクに薄く纏わせた風の魔法を空振りしてみせると同時に、その切っ先から風弾を飛ばす。
風弾は宝剣熊の横っ腹に抉るような衝撃を与える。
すると、フェイントからの体当たりを狙った宝剣熊はいきなり身体を側面に向けてくの字に折ると驚いたように上体を起こして、一瞬棒立ちになる。
「そこだぁっっっ!」
『スイテン・隣』が踏み込みと同時に巨剣を振る。
左肩から右腰まで袈裟斬りが決まるが、踏み込みが浅いせいか両断とはいかなかった。
「グオオオオオッ!」
宝剣熊が身体に大きな傷跡を残す。
アビーバは流れるようにとはいかずギクシャクとした動きながらも、『スイテン・隣』の膂力は確かなものでその攻撃は宝剣熊を倒すには充分なものだった。
一度、宝剣熊は両腕を振り上げて『スイテン・隣』を威嚇する。だが、そのまま両腕の爪を振り下ろすことなく仁王立ちのまま背後へと、どうと倒れた。
「うわっはっはっ……とどめだあっ!」
アビーバは巨剣を逆手持ちにすると、無造作に近付く。
宝剣熊は荒い息をゴフッゴフッ……と吐きながらも目線だけでそれを見ていた。
巨剣を振り上げ、その瞬間を楽しむようにタメる。
だが、宝剣熊はその巨体と強靭な爪だけで恐れられている訳ではない。
宝剣熊の胸にある魔石が光ると同時、その胸に炎の渦が生まれる。
「あ、危ないです!」
マナの働きからそれを感じ取ったウイングが咄嗟に剣熊の攻撃を避けた隙を使って、剣熊に蹴りを放つ。
剣熊は転がるように飛ぶと『スイテン・隣』に横あいから激突した。
その激突によってバランスを崩し倒れる『スイテン・隣』の脇を掠めるように炎の渦が天へと向けて放たれた。
「なっ……!?」
驚愕するアビーバは何が起きたのか分からず、反応できない。
起死回生の一撃をかわされた宝剣熊はごろりと身体を回すと四肢を無理に動かして逃げ出そうとする。
囲んでいた兵士たちの宝剣熊の顔が向けられた一角は全員、その生への執着を見せる宝剣熊の眼差しに射すくめられたように身体を強ばらせた。
走り込んだウイングはスライディング気味に宝剣熊の顎の下に入ると魔剣を上へと突き出す。
一瞬、動きが止まる宝剣熊。
ウイングは魔剣を抜くと同時に、身体を低くして飛び込み前転の要領で宝剣熊の下から飛び出す。
と、宝剣熊の四肢から力が抜け、そこで宝剣熊は息絶えたのだった。
そして、倒れた『スイテン・隣』の胸部の横辺りで目を回していた剣熊が立ち上がる。
「ガアァァァァッ!」
「ひ、ひぃっ!」
『スイテン・隣』の胸部には装甲の隙間にアビーバの顔がある。
驚いたアビーバは無茶苦茶に身体を振り回した。
たまたま腕が剣熊に当たって、剣熊はそれで絶命した。
剣熊の顔が潰れて無残な光景だったが、それよりも潰れたのはアビーバの面子だったのかもしれない。
結果的にウイングは無我夢中で自分でも何をしたのか覚えていないと言い張ることになった。
子爵はウイングに期待した分、落胆が大きかったようで、一応、宝剣熊に止めを刺したのはウイングということで褒美は出ることになったが、お褒めの言葉はおざなりで、それからはウイングに見向きもしなくなった。
ウイングとしては最善の結果だったと言える。
それから、子爵と伯爵のために『白夜の蒼炎』はまた手頃な魔物を追い込む仕事に着いて、本日の狩りは終わるのだった。
ちなみにアリアはマルガレーテとモーリーからお叱りの言葉を貰ったのは、言うまでもない。




