サー・カヤー魔導器店なのです
すいません、今回かなり短いです。
その店は古びた木製扉は開け放したまま、その開け放した扉からは酸っぱいような焦げたような、えも言われぬ匂いが立ち込めていた。
百ミョーン〈メートル〉先に立ち尽すウイング、マルガレーテ、モーリーは同様に顔を顰めた。
「なんか臭いです……薬品ですかね……」
「ウイング……思っていても口に出さない方が良いこともあるぞ……」
マルガレーテがそう嗜める。
「これ、たぶん身体には毒なやつなのです……」
言いながらもウイングはズカズカと中に入るべく歩き出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「何なら二人は先に行っていいです。
『ニック防具店』で待ち合わせにするです!」
勝手に決めて中をのぞき込むウイングにマルガレーテは嘆息する。
「確かに私たちがいても役に立てるとは思えないしな……。
では、先に行っているぞ!
行こう、モーリー」
「いいんですか?」
「私たちがしかめっ面で横に立っていても、足を引っ張るだけだろう。
気難しい方だと、評判だしな……」
確かにこの匂いの中ではどうしたって愛想を振りまく気にはなれない。
マルガレーテとモーリーは店に入らず、踵を返した。
ウイングはしかめっ面のまま、開け放したままの扉から中に入る。
「こんにちはです!」
店内は薄暗い。商売する気があるとは思えない。
そこかしこに、魔導器が置かれている。いや、ディスプレイではなく、ほったかされているという感じだ。
ウイングはそれらを眺める。
手のひらサイズの大小二つの箱を繋げたような魔導器は片面にライフリングのついた穴が空いている。
何に使うものだか、全く分からない。
だが、ウイングが精霊視覚を使って見れば風の魔石が仕込まれているらしいと分かる。
「空気砲みたいなもんですかね?」
店員が誰も出て来ないのをいいことに、ウイングがその穴を地面に向けて、少しだけ糧を流す。
フウォォォ……と音と共に継続的に風が流れる。
「扇風機……いや、送風機だったです……」
ライフリングは気流を安定させようとしたモノだったらしい。
チラチラと商品を眺めながら、時に試しながら、奥へと進む。
「でかいライター、これは水用蛇口ですね……ハンドライトもあるです……おお、たわしが回る!何だか百均に来たみたいな気分になってきたです!」
百均は百均でも、下手したら百ジン〈万円〉均一かもしれない。
結果、色々眺めても店員も職人も出て来ない。
ウイングは内扉に手を掛けると躊躇なく開けた。
「誰かいないですー?」
と、目の前には大きな工作台があり、そこで書道のようなことをしている皺だらけの老人がいる。
顔半分を覆う白い髭、頭髪はかなり後退しているようで側面しか残っていないが、これも真っ白だ。
いかにもな庶民服を着ているが、筆を動かす姿は集中しており貫禄がある。
どうやら魔法陣を描いていたらしい。
老人はゆっくりと筆を置くと、魔法陣を眺める。それから、ウイングを眺める。
ウイングを見たまま描いたばかりの魔法陣をくしゃりと丸めるといきなりウイングに投げつけた。
「入ってくるな。欲しい物があるなら勘定を置いて出ていけ。書いてあっただろうが。字が読めないなら、そもそも来るな」
ウイングはその魔法陣を受け止めて、老人を見る。
老人は新しい紙を出して、筆を取る。
話す言葉は淡々としたものだった。
感情を出すのも億劫という雰囲気だった。
さらに、どうやら匂いの元は魔法陣を描く顔料にあるらしく、ツーンと鼻にくる匂いにウイングも笑顔は見せられない。
「書き付けは見てないです。あそこに僕の欲しい物はあったけど、なかったです!」
老人は紙に置こうとした筆先を止めて、またウイングを見た。
「売り物はあそこにあるだけだ。注文は受けとらん」
そう言い切るとまた魔法陣を描くのに集中してしまいそうな老人に、ウイングはすかさず言葉を掛ける。
「ミルキルが使ってるみたいな矢が欲しいです!」
「なら、そいつから買え、お前には作らん」
サー・カヤーは職人である。
それも腕に覚えがあるタイプの職人だ。
ミルキルの名は知っている。冒険者で弓使い、魔法の才能がないと嘆いていた。
だから、その分を腕で補うのだと飲み屋で語っていた。
飲み仲間である。
ならばこそ、『爆烈矢』を作ってやった。
「他の魔石でも作れるですか?炎か風を推進力にしたり、爆発を遅らせたり、刺さってから氷の棘が出るとか?」
酒の味も分からんような奴が、バカな話を持ってくる。
力が欲しいなら武器屋に行け、と言ってやりたい。
それも、この国一番と謳われたサー・カヤーに「作れるか?」と聞いてくる大うつけだ。
そうサー・カヤーは評して、睨めつけるように見下ろす。
「なに?作れるかだと?
作れるに決まっているだろうが……だが、なんでそんなものが欲しい?」
ミルキルは知己だからこそ同情もしたが、このバカに同情を寄せる気は全くなかった。
だからこそ、この心を動かせるものなら、動かしてみろとサー・カヤーは聞く。
「かっこいいからです!
ミルキルの矢は確かに便利ですけど、僕は魔法が使えるので、爆発させるのは魔法でできるです。
でも、ミルキルが放った矢が爆発した時、感動したのです!
それが炎の尾を引きながら飛んで爆発したり、風を引き裂いて飛んだ矢がジャキジャキジャキーンッ!て氷の棘をだしたら、最高にかっこいいと思うのです!」
ウイングは即答して、力説した。
職人、サー・カヤーは考える。
このまだ幼さを残した青年は、おバカさんなんだな……と。
職人、サー・カヤーは考える。
そも、魔導器とは生活を豊かにするべく生み出されたものだというのに、利便性を説くのではなく、見た目の問題を語るのか……と。
職人、サー・カヤーは考える。
だが、それがいい……と。
魔導器は高級品である。
サー・カヤーの作る『爆烈矢』はくず魔石を使って作るため、かなり値段は抑えてあるが、それでも使っている魔法陣は魔導器に比べて遜色のないものだし、普通の店売りの矢に比べれば目玉が飛び出るような高額だ。
それを使い捨てにするのだ。
趣味だけで求めるには、バカどころか、頭がおかしいレベルだと言える。
しかも、放った時に炎が吹き出し、刺さってから爆発とか、風を引き裂く音を発しながら、氷の棘とか、二重、三重の魔法陣が必要になる。
しかし、それを求めることで彼の生活は豊かになるのだろう。
それは、決して魔導器職人としてのサー・カヤーの持論を崩すものではない。
「かなり高額になるぞ……それでも欲しいか?」
サー・カヤーは老人とは思えぬ厳しい目付きでウイングを睨む。
「望むところです!あ、でも千ジンくらいで足りますかね?」
ウイングはおずおずと懐から千ジン硬貨を出す。
「アホか!二桁は違うわ!」
「えっ!億ですか?」
ウイングは悩む。雷牙槍地龍の群れを狩りたいと言ったら、皆は賛成してくれるだろうか、と。
だが、サー・カヤーは目を剥いた。
「逆に決まっておる!十本セットで十ジンだ!
お前は何本作らせるつもりだ!
余命の全てで作っても作りきれぬわっ!」
思わず叫んでしまうのだった。
「あ、そ、それはごめんなさいなのです……」
ウイングは慌てて千ジンをしまうと、十ジン硬貨を二枚出すのだった。
だが、サー・カヤーは納得しなかった。
「それだけ金があるなら、百ジン出せ。
見た目が派手で、もっと凄いものを作ってやる」
「も、もっと凄いものです……」
ウイングはその言葉にゴクリと喉を鳴らす。
職人の手による派手なエフェクト付きの矢。
正直に言おう。欲しいと思ってしまったのだ。
そそくさと二十ジンを戻すと百ジン硬貨を出す。
「お、お願いするです……」
サー・カヤーはその百ジンを受け取る。
「どうなるかは分からん。もし、気に入らなければ百ジンは返してやる。任せてくれるな?」
「大丈夫なのです!信じてるです!
かっこいいのをお願いするです!」
強く、強く言ってウイングは立ち上がる。
仕事の片手間に作るから十マワリ後にまた来いと言われて、ウイングは店を後にするのだった。




