バカの再来訪なのです
『紅蓮の獅子』の事件から季節は巡り、メブキ〈春〉を越えシゲリ〈夏〉の季節となった。
朝、『白夜の蒼炎』は『涼風亭』の裏庭を借りて訓練をする。
最近では『涼風亭』を常宿にしている商人などはこの訓練の音を目覚まし代わりにする者もいる。
「踏み込みが遅いです!戦斧の癖がまた出てるです!手首が固いです!」
ウイングが教鞭でモーリーの膝、肘、手首と打っていく。
「くっ!まだまだあぁぁっ!」
「体の返しは素早く!相手が動ける内は戦いは終わってないですよ!」
モーリーが斬り上げから突きへと木剣を動かし、ウイングは斬り上げを避けてから、突きを手甲でずらす。
「胴ががら空きです!」
ウイングは教鞭でモーリーの胴をぺしりとやると、距離を取る。
「今日はここまでにするです……」
モーリーはそのまま、その場に座り込むと荒い息を吐きながら「ありがとうございました……」と言葉だけで言った。
「モーリーは戦斧の癖で剣を振る時に溜めを作ってしまうです。実戦で作った癖なので直すには実戦がいいかも知れないです……」
二人の訓練を横で見ていた『白夜の蒼炎』の他の面々。
もちろん、彼女たちは今日の訓練が終わっている。モーリーとウイングのそれは今日の仕上げで行った訓練である。
マルガレーテはウイングの呟きを聞いて言う。
「今日は朝食の後は各自自由行動だ。
モーリーと私とウイングは装備を見に行く。
一緒に行きたい者はいるか?」
「うああ……あたしも行きてー!
でも、今日は外せない先約があるんだよ〜。
なあ、足甲の出物があったらそれだけ押さえておいてくれよー……」
ミルキルが頭を抱えて悶絶する。
最近のミルキルは蹴り技を昇華させて、前衛に出られるようにしようと鍛錬を積んでいる。
一定以上に使えるようになれば、ミルキルの冒険者証に後衛、特殊、さらに前衛も付くことになるので、万能、特殊に書き換えられる。
箔付けでもあるが、やはり万能と書かれた冒険者証は、冒険者の憧れでもある。
「今日は私とアリアは魔法ギルドでお勉強なんです……ウイングの灰魔法はイメージが大事ですからね……上級魔法を見せてもらって、イメージ強化に役立てるつもりなんです……ねっ、アリア……」
にこにこと微笑むムースがアリアと顔を見合わせて、さらに笑む。
今日はそれぞれにばらけて動くようだ。
ちなみに『紅蓮の獅子』の事件で捕まった面々はどうなったかと言うと、ジャグア、ヂータ、ダイガー、商人のドーパンは縛り首となり、ビューマーは樹海内で死亡が確認された。
ビューマーの遺体は発見時、損傷が激しかったため死因は不明である。
レイオーンは行方不明だが、未だに手配書は貼り出されたままになっている。匿名で発見時の報奨が払われている。
おそらくは被害者の誰かが金を払って気持ちに区切りをつけたのだろうというのが大方の見方だ。
その間の『白夜の蒼炎』は何をしていたかと言えば、主には訓練を積んでいた。ウイングの魔法を灰魔法と呼んで、それぞれが訓練に励んだ。
しかし、この百マワリ〈日〉の間に訓練を積んだだけではなく、もちろん冒険もこなしてきた。
ギルド内で十指に入るパーティーともなれば指名依頼も入る。
現在ではその堅実な仕事ぶりと女性陣の美貌も相まって名声を伸ばし、五指に入るとも言われ始めている。
朝食を済ませ、マルガレーテはさっそく『涼風亭』の入り口で待っている。
大盾を新調しようと心が踊っているらしい。
そこに現れたのは、ムースとアリアだった。
「もう出掛けるのか?」
「ええ、上級魔法を見せて貰うなら人の少ない時間でないと、他の方の迷惑になりますからね……」
ムースがほわほわと答える。
アリアはマルガレーテに近付くとそっと耳打ちする。
「ウイングと『ニック防具店』に行く時は気を付けて下さいね」
「どういうことだ?」
「あそこに行くと、ウイングは職人になっちゃうんです……ニックさんに凄い気に入られてて、ウイングを弟子にしようと狙われてるんです。
ウイングも満更じゃないみたいで、入るとウイングはニックさんにベッタリ……簡単には出られなくなります……!」
真面目な顔でアリアはウイングに注意を促す。
「そうなのか?だが、ここら辺だと『ニック防具店』は一番信頼できる店だし、外せないな……」
「……そうですね。なら、最後に回るのがいいと思います。
最悪、ウイングは置いてくればいいですから!」
「ふむ……忠告に感謝しよう」
「いえ、では、いってきますね!」
「ああ、いってらっしゃい!」
そう言ってムースとアリアは出ていく。
少しして、ウイングとモーリーが出てくる。
「お待たせなのです!」
「ああ、いや、別に大して待ってはいない。
さて、早速行くとしようか!」
ウイングが元気よく言う。
「まず、オススメの『ニック防具店』に行くです!」
「いや、そこは最後だ!」
マルガレーテが慌てたように否定する。
「え、でも、ここらだと一番信頼できるですよ?」
「あ、ああ……それは私も理解している。だからこそ最後に回したいんだ……」
「う?どういうことです?」
「あー、なんだ……つまり、玉子焼は最後に食べるべきという話だ!」
マルガレーテは無理矢理、話を締めくくると歩き始める。
良く分からないという顔をしながらも、ウイングとモーリーはついてくる。
アリアから忠告を受けていて良かったと思うマルガレーテなのだった。
三人が最初に向かったのは武器や防具がまとめて置かれている大通りの量販店だ。
大体の相場をチェックするにはいい店である。
個人経営の店などは割高になりやすいため、ここを基準に値段の増減を見極めるのが上級の冒険者なのだというのがマルガレーテの弁だ。
「オリハルコンの胸当てが値上がりしているな……どこかで戦争でもあるのか……?」
「そういうものです?」
ウイングの質問にマルガレーテは説明を入れる。
「ああ、オリハルコンは希少な魔法金属というのは分かるな?
戦争があると真っ先に国はオリハルコンを集めに掛かる。
オリハルコンで武具や防具を作り、それを報奨代わりにできるからな。
魔法力を高めるミスリルや超硬度を持つアダマンタイト、羽根のように軽いフェザリスなども値上りするようなら、大規模な戦争があると見て間違いない。
だが、ミスリルやアダマンタイト、フェザリスにそこまでの値動きがないから、そこまで大規模ではないか、このグアーメ王国から離れた地での戦争か、といったところだろう……」
「そこまで分かるですか?」
「まあ、元騎士として、これくらいはな……」
「騎士?マルガレーテは騎士だったですか?」
「ウイングには言っていなかったか……過去の話だよ……」
「ウイングには言っても分からないでしょうけど、マルガレーテ姉さんは元バウルード帝国騎士を務めてたのよ」
モーリーが自慢げに胸を張っていた。
バウルード帝国、中原の覇者とされる国である。
そして、魔界地下一層に攻め込んできた魔族の敵。
ウイングは身体が自然と緊張してしまう。
マルガレーテは一層で起きた戦争とは無関係だ。
頭では理解している。
バウルード帝国とは刃を交えたこともない。
だが、魔界に攻め込んで来たという事実が、そして、遠い異国だろうと思い、もう聞くこともないだろうと思っていた国の名前が聞こえてきたことに、ウイングは言い様のない焦りを感じていた。
忘れた名だ。副将トノルジンバに手紙で諭され忘れようとしてきた名だ。
自由に生きて欲しいという願いのために、捨てた記憶だ。
「どうした、ウイング?」
マルガレーテが心配そうにウイングの顔をのぞき込む。
ウイングは慌てて背中を見せる。
「な、なんでもないです……」
「何?マルガレーテ姉さんが実は凄い出自だって知って緊張しちゃった?」
モーリーは茶化すように言う。
ウイングは一度唾を飲み込んで、心を落ち着けるとそれに乗ることにした。
「じ、実はそうなのです……マルガレーテの動きから正式な剣術を学んできただろうとは思っていたですが、まさか、バ、バウルード帝国の騎士だったとは思ってもみなかったのです……」
「まあ、そうは言っても騎士だったのは二メグリ〈年〉もなかったし、戦争経験もない俄剣術だがな……」
マルガレーテは少し恥ずかしそうに言う。
ウイングはマルガレーテの戦争経験がないという言葉に少しだけほっとして、なんとか笑みを作る。
「あーあ……私だってヒメルトヴィラの神聖騎士団御用達、御留流剣術だったテイラー家の剣術なのに……やっぱり帝国剣術には敵わないのかしら……」
モーリーが拗ねてしまう。
ウイングとしてはモーリーが自分で話を振っておいて、拗ねられても困るのだが、そのままという訳にはいかない。
「いや、モーリーの剣技は素晴らしいと思うですよ。
今は遠ざかってしまった分のブランクがあるから思うように動けてないだけで、マルガレーテと同じくらい凄いと思ってるです……」
「でも、ヒメルトヴィラの剣術指南役の出自とバウルード帝国の騎士の出自じゃ、バウルード帝国の騎士だった方には身体が硬直しちゃうんでしょ?」
「あ、いや、そういうことじゃなくてですね……」
ウイングがどう弁解するものか考えていると、マルガレーテが助け舟を出してくれる。
「バウルード帝国の騎士と言えば無慈悲で好戦的な悪魔の代名詞だからな……ウイングの失くしてしまった記憶の中に何かあったのかも知れないな……」
「も、もしかしたら、そうかも知れないです……。
自分でも、良く分からないままに身体が固まっちゃったですから……」
ウイングは嘘の上塗りをする。
それは勝手にモーリーやマルガレーテの勘違いに任せただけなのかもしれないが、仲間に打ち明けられない想いは腐った果実のようにじゅくじゅくと膿んで、心の底に溜めるしかなかった。
モーリーはそんなウイングの言葉に傷ついたような顔をして、ウイングに向けて頭を下げた。
「ごめんなさい……ウイングは記憶喪失だって知ってたはずなのに、嫌な言い方したわ……」
「あ、自分でも失くした記憶のこととか考えたことなかったから、謝らなくていいです……」
モーリーの表情はそのままウイングの表情の鏡写しだったが、ウイングは自分がどんな表情をしていたかなど分かる訳もない。
ただマルガレーテがそんな空気を変えようと、明るい声で宣言した。
「よし!私はオリハルコンの鎧を買う!」
「「えっ!?」」
ウイングとモーリーが同時に声を上げる。
マルガレーテは少し恥ずかしそうに頬をかいてから、小さな声で、
「とは言っても、まずは右の手甲だけだな……先立つ物が足りない……ははっ……」
ウイングとモーリーは驚いたが、目を見合わせて、それから笑った。
「マルガレーテの防御が上がるのは良いことなのです!
どうせなら、僕のお金と併せて両腕ともオリハルコンにするです!」
「いや、気持ちだけ貰っておくよ。
それに装備は個々人で揃えるものだからな。
そうしておかないと、いざという時に自分の装備への信頼が欠ける場合もある。
別にウイングからの貰い物だからというような話じゃない。
自分の努力の証として手に入れた装備というのは、自信にも繋がるからな!」
マルガレーテはウイングの言葉に嬉しそうにしながらも、それを辞退する。
「……なら、仕方ないです」
少し不満そうにしながらもウイングは引き下がる。
ウイングとしてはパーティーへの投資という意味でお金を出すなら全く異論はなかったが、それでマルガレーテに自信を与えられる訳ではない。
そういう考え方ならば、マルガレーテの思うようにした方が良いだろうという判断だった。
「マルガレーテ姉さん、今日は盾を新調する予定じゃなかったでしたっけ?」
モーリーが顎に指を添えて聞く。
「もちろんそのつもりだ。
そのための資金は別にしてある」
マルガレーテは腰に両手を当てて自慢げにしている。
「どんな盾にするかは決めているですか?」
「ふふふ……よくぞ聞いてくれた!
今回、私が狙っているのは……魔法金属製の騎士盾だ!
大盾よりも小さくなるが、その分取り回し易く、移動も楽になる。身体を覆う面積が狭くなるが、魔法金属製なら今まで以上の防御力が見込めるからな!」
普段はクールビューティなマルガレーテだが、やはり冒険者としてランクアップしたことが如実に現れる装備の更新は嬉しいのだろう。
ウイングはマルガレーテの屈託のない笑みを見せられる度に、ドキリとさせられてしまう。
こんな一面を見られるのも仲間なればこそなのだろう。
元帝国騎士だとしても、マルガレーテを敵として見ることは到底できない。
そのことに、また胸をなで下ろすウイングなのだった。
三人は量販店を出て、個人経営の店を回っていく。
モーリーは実戦用の剣を求めていた。
だが、なかなかモーリーのお眼鏡に叶う品はないらしい。
マルガレーテにしても、幾つか良さそうだと思う品は見つけたもののコレという品には巡り会えない。
「そういえば、ウイングは何が欲しいの?」
モーリーとマルガレーテの見立てに付き合うばかりで、自分の装備を見ないウイングに、モーリーが聞く。
「僕は矢が欲しいのです。
ミルキルの爆裂矢みたいな特殊なのを買いたいですけど、なかなか置いてる店がないのです……」
残念そうにウイングは腕を組んで零す。
「ああ、それはそうね。
だって、ミルキル姉さんの矢は特注だもの……」
「え!?そうなのです?」
「そうよ。普通の店には置いてないわよ」
ショックを受けた顔をするウイングにモーリーが当たり前だという顔で答える。
「ミルキルの矢は魔石を加工した特別製の品だ。鍛冶屋ではなく魔導器職人に直接頼んでいるんだ。
一応、店は知っているがかなり高いし、職人も気難しい方で普通に頼んで作ってもらえる品ではないそうだぞ……」
難しい顔でマルガレーテが言う。
「その店を教えて欲しいです!」
「まあ、教えるのはいいが、あまり期待するなよ……」
マルガレーテは苦笑いしつつも店へと案内する。
魔導器職人『サー・カヤー魔導器店』は中央大通り、冒険者ギルド側に通りを二本奥に入ったところにある。
三人は一度、中央大通りまで戻り屋台を冷やかしながら向かうことにする。
中央大通りに出たところでウイングが立ち止まる。
「あれは何です?」
最初に見えたのは四頭立ての貴族の馬車だ。
さらにその後ろには、六頭立ての馬車だ。
その荷台には布を被った大きな荷物が置かれている。
その周りには鎧を纏った兵士が四人、さらに後ろには馬に跨る兵士と職人らしき者が続く。
「領主様への客人だろうか?」
マルガレーテが首を捻る。
「やけに物々しいですね……」
モーリーも訝しげにして、その一団を見送る。
「見たことのある紋章だったな……」
「近くの貴族です?」
「……そうか、南西の街道沿いにあるシミュレー伯爵の紋章だな!」
ようやく思い出したという風にマルガレーテが手を打つ。
ウイングはそれに苦々しい顔をする。
「うええ……シミュレー伯爵ですか……また来たです……」
「なんでそんな顔してるのよ?」
「前にシミュレー伯爵の息子がアリアにちょっかい掛けてきて、問題があったのです……その時は『涼風亭』のウォーレンさんのお陰で追っ払ったですけど、いい思い出じゃないのです……」
「まさか、それを恨みに思って再来訪してきたって言うの?」
モーリーは自身の経験から、貴族のしつこさを知っている。
だが、ウイングはそれには首を振る。
「それは無いと思うです。
シューティ子爵に借金の申し込みをしに来たみたいですから、たぶんまたそソレだと思うです。
それにかなりの恥さらしをしたので、もう『涼風亭』には近付けないと思うです」
「ふーん……まあ、問題にならないならいいけど……貴族って矜持を傷つけたとか、傷つけられたとかでしつこくしてくるのもいるから、少し気を付けたほうがいいかも知れないわね……」
ウイングは「そうですね、アリアにも伝えておくです」と言って、大通りを後にした。




