ホワイトアウトなのです
嫌な先輩の理不尽な命令とか、体育会系とか文化系とか関係なしにあるもんだと思ってます。
あと、学校の先生とかね。
後輩たちに理不尽な命令をして、「社会に出たら理不尽なことばかりだよ。これはそれに慣れる訓練なんだ!」と宣ったあの先生。
僕の邪気眼が発動寸前でしたよ。
あの先生も理不尽にさらされて生きて来たんでしょうか……負の連鎖を自分が断ち切るくらいのことを言えないんですかね?
悲しいことです。
社会に出たらどうせ慣れるんですから、一番多感な時期にそういうことするのってスパイラルになりそうで怖いですね。
『紅蓮の獅子』はシューティの町、ナンバーワンと謳われるパーティーである。
そのことに嘘がないと証明するかのように魔物を屠っていく。
今、『紅蓮の獅子』は大地牛の群れを相手にしていた。
普段の大地牛の歩みは遅い。
だが、敵を前にした大地牛は津波のように押し寄せて来るのだ。
『紅蓮の獅子』の進行を遮るように大地牛が樹海を横断していた。
しかも、のんびりと草を食みながらの移動だった。
『紅蓮の獅子』は白い沼への道程を急いでいる。
大地牛は魔物の吹き溜まりから出て、ゆっくりと進みながら他の餌場へと向っているようだった。
大地牛(グラウンドバッファロー )の背後を回ろうにも魔物の吹き溜まりがあり、前面を回ろうにも進行方向と交差してしまうので、大地牛が通り過ぎるのを待つか、戦うしか道はなかった。
結果、『紅蓮の獅子』は戦うことを選んだ。
二十近い数の大地牛が『紅蓮の獅子』の奇襲に反応して駆けてくる。
だが、ビューマーの魔法が小規模な竜巻を作り、それを右から左に動かせば、巻き込まれた大地牛は上空高く巻き上げられ、落下と同時に自重で潰れる。
「あれは上級魔法のノトスの理……風塵鎚……」
遠く見守っていたムースが驚愕に目を見張る。
「凄い魔法なのです?」
「ええ、あの威力と精度は私でも無理ですね……」
地上のマナ魔法はウイングにとって非常に効率が悪い。
無駄に糧を取られる魔法という位置付けになっている。
魔界ではビューマーの使う魔法は戦闘級魔法の中でも中の上程度の位置付けになるだろうが、おそらく使っている糧はその倍ほどはあるだろう。
「初級は誰でも同じ威力になるって聞いたですけど、上級は違うです?」
「中級魔法からは個人差が出ますよ。練度によっても威力などに差が出ますし……ビューマーみたいに長い距離を威力を保ったまま移動させるには才能と親和性が必要ですね……」
ムースが解説してくれる。
話している間にビューマーの魔法による先制攻撃は終わったらしい。
次に動くのはダイガーのポールアックスとジャグアの大剣だった。
その斬撃は力強く、大地牛の胴体を一撃で両断する程の膂力を見せる。
最後に討ちもらした大地牛に止めを与えていくのがレイオーンの長剣とヂータのシミターだ。
刺突と盾によって大地牛の角を巧みに逸らして、闘牛士のような立ち回りを見せる。
アリアもそこに入ろうとするがヂータに怒鳴られる。
「チョロチョロ動くな!的が分散するだろうがっ!」
アリアはそれならばと、マナ魔法で援護をしようと呪文を唱え始めると、今度は横にいたビューマーにその動きを止められる。
「アンタに魔法を使えなんて言ってないでしょ!」
その止め方がアリアの手を平手打ちして無理矢理止めるものだったため、アリアは驚愕に目を見張ってビューマーを見る。
「命令するまで動くんじゃないわよっ!
勝手なことされたら連携が崩れるでしょっ!バカなの!?」
「えっ?でも……」
私も紅蓮の獅子の一員ですよね?という言葉をアリアは無理に飲み込んだ。
自分に課せられた役目は荷物持ちで、どうやらそれ以上の役目は求められていないのだと実感する。
暫くして、全ての大地牛が屠られた。
「おい、勝手に動くなよ……お前は俺達の命令だけ聞いてりゃいいんだ!」
大地牛の生首を無駄に切り取って、それをボールのように蹴って遊びながらヂータが言う。
「アンタ、新人なんだから考えなくていいのよ!
何をすればいいかは、ワタシたちが命令するわ。
それだけ聞けばいいのよ……ねっ」
やけに甘ったるい声を作って、ビューマーがとんでもないことを言う。
「アリア、今はまだ分からないと思うけど、僕たちの言う通りにしていれば、立派な冒険者になれる。
まずは素直に受け入れるところから始めよう!ねっ!」
やはり猫なで声でレイオーンが言う。
「でも……」
「気に入らないなら、辞めるか?ここから一人で帰れるのなら、それでもいいぞ……」
アリアの言葉を遮るようにダイガーが言う。
普通なら新人が大地牛が出るような奥地に踏み込んで一人で帰れる訳がない。
新人でなくとも、道も分からずに樹海の奥地に一人、取り残されるとなれば、そうとうな恐怖を伴う。
完全に脅し文句だった。
そこにダイガーが大地牛の切り取った脚を持ってきて、アリアに差し出す。
「持て……」
瞳に剣呑な光を宿して、ダイガーがアリアを見つめる。
命令を聞くなら持て、それが嫌なら放り出す、いや、ともすると敵になるとでも言いたげな態度だ。
アリアはここでパーティーを抜けるという選択肢もある。
すぐ後ろには『白夜の蒼炎』がいるのだ。
本当にダメだと思えば、それでも良かった。
だが、ここまでの努力は全て無に帰す。
ただのイジメ程度で『紅蓮の獅子』の犯罪を見逃す訳にはいかなかった。
それなりに覚悟を持って事に臨んでいるのだ。
アリアは差し出された大地牛の脚を受け取る。
そうして、『紅蓮の獅子』は歩を進める。
見ていた『白夜の蒼炎』の面々は何とも言えない表情をしていた。
「実際に見るとキツいな……」
マルガレーテが嘆息する。
「辞めちゃえば良かったです……」
「そうもいかねーだろ。まだ何にも掴めてねーんだから……」
ウイングの呟きにミルキルが言う。
「許さない……証拠さえ出たら潰してやるのに……」
フツフツと怒りを溜め込むモーリーは自分の手に血が滲むほど強く拳を握っていた。
ムースは何も言うことはなく、過去を思い出しているのか、青ざめた顔で俯いていた。
それを見たウイングが声を掛ける。
「大丈夫なのです。アリアのフォローは僕がするです!」
ウイングがやる気に溢れたように鼻を鳴らす。
「このまま、アリアの見張りを続けるです!」
「ウイング、お前は少し休め。
見張りはアタシの番だろ」
ミルキルがウイングに告げる。
「問題ないのです。まだ疲れてないのです。でも、マルガレーテには迷惑掛けるのです……」
ウイングが申し訳なさそうにマルガレーテを見る。
「気にするな。私は鎧のせいでアリアの見張りはできないからな……減った人数分の働きくらい、どうということはない」
『白夜の蒼炎』とて、樹海を進んでいるのだ、アリアの見張りに人を取られる分、他のメンバーが本隊を守らなければならない。
そうなるとマルガレーテの負担はかなりのものになっていた。
少ない人数で夜の見張りなども回しているため、下手をすれば『紅蓮の獅子』にいるアリア並に全員が疲弊している。
「疲れたら、ちゃんと言えよ、ウイング」
「分かってるです!いざという時に動ける力はちゃんと残してるです!」
ミルキルに答えてウイングがついていく。
ある程度の距離まで近づくとウイングはアリアに風の加護の魔法を掛ける。
アリアは必死に歩く。
だが、ある時からふと歩くのが楽になる。
重さは変わらない。
だが、同じ力で歩く速度は倍程も違う。
この感覚は覚えがある。
ウイングの風の加護だと直感する。
戦闘時のものより威力を抑えているようだが、自身も氷の加護の魔法を使ったことがあるため、その魔法力の消費を考えると長くは続かないだろうと予想する。
今の内に少しでも距離を詰めておこうと歩く。
だが、ウイングの風の加護は今日の野営地まで続くのだった。
その魔法力の多さにアリアは改めて驚愕する。だが、驚いている場合ではない。
またも水汲み、煮沸消毒、見張りのコンボが待っているのだ。
護衛はやはりレイオーンだ。
レイオーンは二人きりになると、途端にアリアを気遣い始める。
「アリア、今日は随分頑張って歩いたね。
疲れたんじゃないのかい?」
「そうですね、疲れました」
「……あ、ああ、そうだろうね。後半は特に頑張ったみたいだしね」
レイオーンはアリアの開き直りに一瞬、戸惑うものの何とか言葉を繋ぐ。
アリアは何かを思い出したように水袋を打ち鳴らす。
「ああ!そういえば、相談があるんです!」
レイオーンは我が意を得たりという感じで、キメ顔を作るとアリアに向き直る。
「なんだい?」
「水袋、代わりに持ってくれません?」
アリアは平然とした顔でそう言った。
レイオーンは今まで聞いたこともない、滅茶苦茶な話に唖然とする。
だが、さすがに今まで数々の浮名を流してきただけはある。
「……できるならそうしてあげたいけど、僕は護衛だ。
水袋は君が運ぶしかないんだよ……」
「なんだ、レイオーンさんて相談のしがいがないんですね……」
「これは手厳しいね。
でも、君が立派な冒険者になるためだ。僕は鬼にでもなるよ」
拳をグッと握り、悔しさを堪えるようにそう嘯く。
「まあ、期待してませんでしたからいいですけどね……」
アリアは体力的に余裕が生まれたためか、思うことをハッキリ言って精神の安定を保つことにしたようだ。
「ふふ……少しは心を開いてくれたってことかな?」
レイオーンは余裕ぶって笑う。
アリアはそんなレイオーンを冷めた目で見ると、無視して水を汲む。
レイオーンは色々とアリアに話し掛けるものの、アリアは相手にすることをやめたようだった。
次第にレイオーンの笑いが乾いたものに変わっていく。
そうして、二人は戻っていく。
それを見守っていたミルキルは必死に笑いを堪えていた。
アリアは『紅蓮の獅子』の水袋を煮沸消毒した水で満たすべく、水を火に掛けてく。
ヂータが戻ってきたレイオーンに声を掛ける。
「やけに早いじゃねーか?」
「あ、ああ……」
レイオーンは言葉を濁す。
それだけでヂータは何かを悟ったのか、これ見よがしに舌打ちをする。
「ちっ!使えねえ……俺が先でも文句はねえな!」
「分かった……」
レイオーンは苦渋の顔で承諾する。
「あの、早く戻ったら何かまずかったんですか?」
アリアが火を見つめていた顔を上げて聞く。
ヂータは一瞬、苦々しげな表情をするが、それを怒りで隠して怒鳴る。
「あ?まずくねーよ!レイオーンがお前の手助けでもしてんじゃねーかと思っただけだよ!」
「してませんよ。お願いしたんですけど断られました。
だから、ちゃんと自分で運んで来ましたよ」
「本当かよ?嘘付いても分かるんだぞ!」
「はあ、嘘なんてつきませんよ……」
「ふん、ならいいんだかなっ!」
吐き捨てるように言ってヂータは先に寝てしまう。
レイオーンは見張りに残り、他の面々は寝てしまう。
見張りの最中、チラチラとレイオーンはアリアの様子を窺うが、アリアは無視を決め込んでいる。
ようやく煮沸消毒が終わると、ヂータが起き出してくる。
アリアは当然、見張りを命じられる。
「おい、肩揉んでくれよ!」
「それは冒険者に関係ないですよね?」
見張りについた途端に言われたヂータの無茶ぶりにアリアは呆れたような声を上げる。
「おい、まだ分かってねえのか?
新人は俺達の命令を聞くもんなんだよ。
そういう反抗的な態度は命を縮めるぞ?」
「……どういう意味ですか?」
アリアが気丈に聞く。
「さあな。それぐらい手前で考えろよ!
いいから、肩揉めよ」
「嫌です。そんな不条理な命令には従えません!」
アリアは嫌悪感も露わにきっぱりと断る。
「はあ……命令を聞かねえってのは問題だな……こりゃ俺達の生存率に関わる。
新人が我を張ってもいいことねえってのは分かるよな?
お前が言うこと聞かなきゃ、俺達はお前と行動を共にすることは出来ねえ。
これはレイオーンだって理解してる話だ。
ここでほっぽり出されたくなけりゃ、肩を揉むくらい軽いもんだろ?」
ヂータは意地の悪い笑みで告げる。
アリアは俯いて考える。
まただ、新人が樹海の奥地で放り出されるというのは相当な恐怖を伴う。
アリアはウイングと出会う前のことを思い出してしまう。
あの時は気丈に振舞っていたが、一人きりなら決して帰って来られはしなかっただろう。
その恐怖を思えば、確かに肩を揉む程度、どうということはなくなってしまう。
だが、これが『紅蓮の獅子』のやり方なのだ。
こうして、少しずつ反抗の芽を摘んでいく。
自分たちの言いなりになる者を作り上げる。
まだ大丈夫、まだ大丈夫……せめて犯罪の証拠を掴むまでは耐えなくちゃ!
そう自分に言い聞かせて、ゆっくりとヂータに近づく。
そうして、ヂータに言われるまま肩を揉む。
「そうそう、ようやく分かってきたじゃねーか……そうやってちゃんと命令を聞けば俺だって悪いようにはしねえんだよ……」
そうして、ヂータはしばしの愉悦に浸る。
それから、どうやってこの女を楽しむかと考える。
普段はレイオーンが篭絡して、言うことを聞くようにしてから回して来るので手間がないが、今回はその手間を掛けなければならない。
このまま襲ってもいいが、それだと後の処理が面倒になる。
この町から消えたいと思わせるには、自分から股を開いたという事実が必要だ。
殺してもいいとは思うが、それも面倒だ。
さて、どうしたものかと考えていると、急に眠気が襲ってくる。
ヂータは睡魔に抗おうとするが、どうにも眠い。
「くそっ……なんだってん……」
そうして、ヂータは睡魔に抗えず、落ちた。
ヂータのいびきを聞いて、アリアは手を止める。
アリアの背中に小石が当たる。
アリアが振り向くがそこにウイングの姿はない。
どういうことだろうと思って、視線を落とすと自分に投げられただろう小石が見える。
その小石は紙に包まれている。開いて見ればこう書いてある。
「座って休め、紙は燃やせ、起きたら肩揉みを再開」
やはりウイングなのだろう。
昨日の要領でヂータを寝かせてくれたらしい。
アリアは書かれている通りにすることにした。
座って、紙を焚き火にくべる。
すると睡魔が襲ってくる。
アリアはウイングの献身をありがたいと思いながら、その睡魔に身を委ねることにした。
コツリ。
アリアの背中に小石が当たる。
アリアの意識が覚醒する。
アリアはキョロキョロと辺りを見回すが、そこで紙にあった指示を思い出す。
ふう、とひとつ息を吐いてから、ヂータの肩揉みを再開する。
ビクリ、とヂータの反応があって、ヂータが頭を上げる。
「……んあ?」
「やっと起きましたか?」
アリアが声を掛ける。自分もさっきまで寝ていたとは思えないようなスッキリした声だった。
ヂータが驚いたように辺りを見回す。
もう全員が起きてもいいような時間だった。
「ずっとやってたのか?」
「そうですけど?」
アリアは不機嫌そうな演技をして答える。
「そ、そうか……もういいぞ……」
ヂータの声にさも疲れたという風に手を伸ばしたりする。
「随分、お疲れだったみたいですね……グーグーといびきかいてましたよ……」
冷めた感じでアリアが告げる。
「あ、ああ……」
「見張りしながら寝ちゃうなんて、私への信頼ですかね?」
水汲みの時のレイオーンの言葉を思い出して、嫌味たっぷりにアリアが告げる。
「いいか、他の奴には言うなよ!」
「それも命令ですか?」
「い、いや、お願いだよ、お願い……」
なんともバツが悪そうにヂータが薄ら笑いを浮かべる。
「まあ、いいですけど」
アリアは晴れ晴れとした表情を浮かべると、テントに他のメンバーを起こしに行く。
そうして、三マワリ〈日〉目が始まる。
いつもに増しての強行軍、昨日の内に大地牛の脚は消費してしまったので、荷物は昨日ほどではないが、アリアはすぐに遅れてしまう。
その度に叱責を受ける。
だが、それでも良くついて行っている方だ。
アリアが遅れた隙をついて、ビューマーが周りに小声で言う。
「アイツなんなの?二日も寝ないで動いているはずなのに、元気じゃない!」
ダイガーとヂータはさっと目を伏せる。
「レイオーンもヂータも失敗だって言うし、どうすんのよ!」
ジロリ、ジロリとビューマーが二人を責めるような目線で睨む。
「晩飯にアレを使うか……いいか、ジャグア?」
「……好きにしろ」
ダイガーの言葉にジャグアがボソリと答える。
「ちょっとアンタ!早くしなさいよ!今日中に白い沼の近くに行かなきゃならないのよ!」
ビューマーはアリアへの叱責だけは忘れない。
「は、はいっ!」
アリアは必死に足を動かす。
日が登って、アリアを見守っているのはミルキルのはずだ。
ウイングの加護は望めない。
疲れも完全に癒えた訳ではないので、アリアにとっては一番厳しい日になった。
夕暮れ時に『紅蓮の獅子』の行軍は止まる。
樹海の中で土が剥き出しになった背の高い木々に囲われた場所だ。
中でも少しだけ開けた場所が今日の野営地らしい。
いつものようにテントを張る。
運ぶのはアリアだが、一度もアリアは使ったことがない。
とはいえ、男所帯の『紅蓮の獅子』に紅一点なので、他の男とひとつテントで雑魚寝などは遠慮したいところ故、使わされても困るところだ。
既に湿地が近いためか、かなり湿気がある。
倒木にはキノコなどが生えている。
アリアが全員の水袋を集めようとすると、ビューマーに止められる。
「今日はいいわ。ワタシが魔法で入れるから」
「え……?」
アリアは前と言っていることが違うと、心の内で毒づくが、楽ができるならと納得することにした。
ダイガーがきのこ汁を作っている。
これにもアリアは驚いた。
『紅蓮の獅子』は殆ど料理などしない。
昨日だって大地牛の素焼きが出た程度で、後は携帯食料と白湯のみだった。
だが、きのこ汁にダイガーが塩と香辛料を入れている。
何事か!?とアリアが目を丸くしていると、レイオーンが近付いて来る。
「明日から『白い沼』だからね、英気を養おうってことになったのさ」
「はあ……」
訳が分からず、アリアは気の抜けた返事しかできない。
いや、英気を養うという意味は分かるのだが、ビューマーが魔法で水を生成したり、ダイガーが料理をするという状況に理解が追いつかないのだ。
アリアが呆然としているが、誰もアリアを叱責しない。
それもまた驚きだ。
全員が野営の準備に忙しく立ち働いているが、アリアには何の指示もない。
「明日からはまた忙しくなるからな。今日だけはゆっくり身体を休めとけよ!」
ヂータにそんな優しい言葉を掛けられても、アリアは戸惑うばかりだ。
ダイガーがきのこ汁を椀によそって差し出してくる。
「飲め。身体が暖まる……」
「あ、ありがとうございます……あの、私は何かしなくていいんでしょうか?」
不安になってそう聞いてしまうアリアだった。
「気にするな。飲め……」
ダイガーの強い勧めに、アリアは小さく「いただきます……」と答えて、きのこ汁を啜る。
アリアが戸惑って、レイオーンやヂータに話し掛けられていたいた隙に、ダイガーは白い粉をアリアの椀に盛った。
残念ながら、見守っていたムースにはダイガーの身体がバリケードになって何をしたのか見えなかった。
「どうだ?」
「あ、はい……美味しいです……」
ウイングたちと過ごしたために舌が肥えたアリアだったが、ここまでの疲れが塩気の強いきのこ汁を美味しいと感じさせる。
多少、アクが強く、沢山飲むのは遠慮したいところだが、携帯食料に比べれば、やはり美味いと感じる。
差し出された一杯は、瞬く間になくなった。
「はあ……美味しかったです!」
なんだかアリアは幸せだった。
あれだけ憎たらしく感じていた『紅蓮の獅子』の面々も許してあげてもいいんじゃないだろうかという気になってくる。
きのこ汁一杯でこんな気持ちになってしまうなんて、自分の食い意地に飽きれてしまうが、今はそれすらもどうでもいいような気になってくる。
「……ふふっ。なんだか楽しいですね!」
ニコニコとアリアが笑う。
「今日は見張りもしなくていい。ゆっくり寝られるよ!」
レイオーンも笑顔でそう告げる。
「わあ、本当ですか!なんだかレイオーンさんが天使に見えますよ!」
実際、アリアにはレイオーンが天使に見えてくる。
まるで後光が差して神々しい姿に見えてくる。
「身体が暑くなってきたんじゃないかな?」
「あ、確かに!きのこ汁効果って凄いですね!なんだかポッポしてきましたよ!」
「今日はしっかり僕たちが守ってあげるから、なんなら鎧を脱いで締め付けを解放するといいよ……」
「えー、そんなの申し訳ないですよ!私だって冒険者ですからね!見張りくらいやりますよ!」
「今日は見張りはやらなくていい……代わりに少しだけ皆のストレス発散を手伝って貰ってもいいかな?」
レイオーンはアリアの耳元で囁く。
アリアは少しモジモジとしながら、どこを見ているのか分からない瞳を潤ませて呟く。
「それぐらいなら、お安い御用ですけど、私でお役に立てますかね……?」
「もちろんだよ……まずはリラックスのために鎧を脱ごうか?」
アリアは明るく頷いて、鎧を外していく。
「おお……結構いい体してるじゃねーか!」
ヂータが舌舐りするように呟く。
焦ったのは、見守っていたムースだ。
アリアの態度の急変に、すぐに飛び出すべきか迷う。
「やっべ、もう我慢できねえ!」
いきなり飛び出したヂータがアリアの胸を背後から鷲掴みにする。
「やっ!ちょっと!ダメですよっ!」
「うへへ、ストレス発散だよ!協力するって言っただろっ!」
レイオーンやダイガーが頭を抱える。
「もう少し薬が効くまで、待ちなさいよ、浅ましいわね……」
ビューマーも呆れ顔だ。
「浅ましくていいんだよっ!どうせすぐに泣いて続けてくれって頼むようになるだろ!」
必死に逃れようと踠くアリアをヂータが力任せに逃がさない。
「……ケーンゲイン……炎熱弾!」
ゴウッと音がして、炎の玉が樹海の奥から飛んで、ヂータの頭を横殴りにする。同時に炎の玉は弾け飛んで花火のように辺りに火の粉を飛ばした。
「あぢぃっ!」
ヂータが身体の火の粉を慌てて振り払う。
ヂータが盾代わりになったのか、アリアには火の粉が掛かるようなことはなかった。
「誰だっ!」
レイオーンが置いていた長剣を慌てて握ると、誰何の声を上げる。
樹海の奥からムースがゆっくりと姿を表す。
「『白夜の蒼炎』ムース。
仲間を返してもらいに来ましたよ」
言ったムースの顔色は青ざめている。
シューティの町トップパーティーを相手に、仲間が来るまで時間を稼ぐ。悲壮な決意を固めた顔だった。
ダイガーが立ち上がって、ポールアックスを構える。
「一人で来たのか……いや、仲間がいるんだろ?
『白夜の華』の女共なら、願ったり叶ったりだ。
全員、まとめてボロボロになるまで犯しつくしてやる……」
「胸のデカい女ね……いいわ……興奮してきたわよ……」
ビューマーが腰に巻いた鞭を取り出して、地面に叩きつける。
「へえ、こんなところまで邪魔しに来るなんて、ホントは抱かれたかったのかな?
たまには暴力的に女をヤルのも悪くないね……」
レイオーンが鞘から長剣を抜き放つ。
「腕の一本や二本は落としていい。
ただし、生け捕りにしろよ。
壊しがいがありそうだ……」
大剣を杖代わりにジャグアが億劫そうに立ち上がる。
その顔には既に狂気が宿っている。
ムースは勇気を奮い起こして告げる。
「覚悟しなさい。私とあなたたちに汚された女たちの仇を取らせてもらうわっ!」
そうして、戦いは始まったのだった。




