紅蓮と蒼炎なのです
それを戦いと呼んでいいのか。
猫が鼠をいたぶるようなものだ。
姿を晒してしまったムースには、呪文を唱える隙がない。
木々を巧みに使って、捕捉されないように逃げ回る。
かといって、惚けたように何故か祈り始めたアリアを置いていく訳にはいかない。
アリアの傍らにはビューマーが陣取っていて、近付けば鞭を飛ばしてくる。
猟犬のようにヂータは執拗に追いかけてくる。
レイオーン、ダイガー、ジャグアが少しずつ包囲を狭めるようにムースの進路を塞ぐ。
ムースは新調した解体用ナイフでレイオーンの長剣をギリギリ受け流して、木を盾にするように直角に曲がる。
ビューマーの鞭の射程、ギリギリのところでまた曲がると、ダイガーがポールアックスを構えている。
ムースは思い切ってダイガーの胸に飛び込むように動いて刃を避けるが、最初からダイガーは刃を当てるつもりはない。
その柄の部分で殴りつけてムースの動きを止めるのが狙いだ。
ムースもそれを理解しているのか、打点に解体用ナイフの腹を滑り込ませると、流れに逆らわず自分から飛ぶ。
派手に地面を転がるが、痛がっている余裕などない。
迫るヂータから逃れるべく、立ち上がると同時に方向も確認せずに走り出す。
前方に赤銅色の鈍い光が反射したと思うと、風切り音と共に大剣が振るわれる。
大剣は正面の木を簡単に両断して、切り倒された木がムースの逃げ道を限定する。
あと数歩、ムースの足が早ければ木と一緒にムースの胴体も両断されていただろう。
近くの枝をブレーキ代わりに木を回り込む。
あと一歩まで迫っていたヂータがたたらを踏んで、またムースを追い始める。
ムースが逃げた先、そこはビューマーの射程内だった。
鋭く飛んだ鞭の先端がムースの肩口を裂く。
「あうっ……!」
着ていたローブとその下に着けていた肩部分の革製部分鎧がはじけ跳ぶ。
ローブがずり落ちて、それを踏んでバランスを崩したムースが盛大に転ぶ。
その拍子にローブの破けが酷くなり、下に着ていたアンダーウェアが丸見えになってしまう。
「ひはっ!いい格好だぜっ!」
ヂータは言いながら、立ち上がろうと踠くムースを蹴りつける。
さらに転ぶムース。
ヂータはムースの美しい青髪をむんずと掴むと引っ張る。
だが、ムースはそれに悲鳴を上げることなく耐えると、片手を自分の背後に向ける。
「気を付けなさい!呪文よ!」
ビューマーがマナの蠢く気配を感じとり、ヂータに注意を促す。
「ケーンゲイン……冷気の雹弾!」
「ちぃっ!」
咄嗟に両腕を交差させて顔を守るヂータに、フォンサンの実程の大きさの氷の塊、雹が数発纏めて飛ぶ。
ゴンッ、ガンッとその部分鎧に二発が着弾して、三発目がヂータの腹にめり込む。
「ぐぼっ!」
ヂータが圧力に押されて、胸の息を吐きながら身体をくの字に折り曲げるように後退る。
ムースは邪魔になったローブを踏み付けるようにして立ち上がる。
裂け目からローブがさらに破れて、残骸になったローブをかなぐり捨てるように脱ぐと、ムースはまた走り出す。
と、そんな隙を他の者が見逃す訳もなく、走った鞭がムースの足を強かに打った。
生足に当たった鞭が肉を抉る。
その場に倒れ込むムースに容赦なく鞭が襲う。
太股に、背中に、防ぐべく上げられた腕に。
「ひひっ!あははははははっ……!泣きなさい!喚きなさいっ!惨めったらしく命乞いしなさいよっ!」
ビューマーは弾けたように鞭を振るう。
「うぐっ……あっ……かぐっ……」
ムースが這うように鞭から逃れるべく前進するが、そんなことにはお構いなく鞭が踊る。
致命傷になりそうな部分と顔には一切当てないのはビューマーの卓越した手腕によるものだ。
「くあああああっ!」
叫びと共に一直線、踊る鞭に身を晒すものがいる。
黒い全身鎧に大盾を構えるマルガレーテだ。
ウイングの風の加護の魔法を受けたマルガレーテは、そのスピードでレイオーンやジャグアを無視してムースを守った。
横を駆け抜けたマルガレーテを見て、レイオーンが動こうとした足元に矢が刺さる。
「動くなっ!次は当てるぞ!」
ミルキルだった。樹上からミルキルがレイオーンとジャグアを視界に収めて牽制する。
また、側面から剣戟の音が響く。
モーリーの戦斧とダイガーのポールアックスがしのぎを削る音だ。
興奮したビューマーがアリアから数歩離れた隙を窺っていたのは回り込んだウイングだ。
ウイングはアリアをかっ攫うと、横抱きにしたまま、マルガレーテの近くに移動する。
「くっそ!いいところで邪魔しやがってえええ!」
ビューマーが鞭を振るう。
「ウイング!」
マルガレーテがウイングの名を呼ぶ。
「もう、加護は切ってるです」
マルガレーテは風の加護を受けたままでは十全に動けない。
それの確認だったが、ウイングもそこは心得ていた。
マルガレーテはひとつ頷くと大盾を動かし始める。
蛇のように、矢のように動く鞭を巧みに捌いていく。
その間に、ウイングはムースに癒しの魔法を使い、アリアに毒消しを飲ませ、それから自分のローブを脱いでムースに掛けてやる。
「大丈夫です?」
「ありがとうございます……まだ痛みますけど、傷は癒えたから動けますよ……」
ムースがローブを羽織りながら笑顔を見せる。
「アリアは?」
「ウイングは天使だったんですね……」
いきなりウイングはアリアに抱きつかれる。
「ちょっ……アリア!」
どうやら、ホワイトアウトが抜けるにはもうしばらく掛かりそうだった。
ミルキルは油断なく二人を見ていた。
どちらかが動けば、もう一人を射抜く。
弓使いからすれば、かなりの至近距離だ。
だが、剣使いからすれば届く位置ではない。
「動くなよ!動いたらもう一人を射抜く。それくらいできる腕はあるからな……」
幸い、レイオーンとジャグアに視線は通っていない。
ミルキルからは二人の射線が通っているが、レイオーンとジャグアからはお互いの動きが見えない。
意思疎通ができない位置だ。
だが、レイオーンには分かっていた。
ジャグアがレイオーンの命のために動かないなど有り得ない。
嫌な信頼だが、それが事実なのだ。
だから、当然ミルキルの矢は自分に向かって放たれる。
来ると分かっているなら、その矢を斬り伏せるべく意識を集中すればいい。
ミルキルは二人を交互に狙いながら、横目でもう一人の動向を窺っている。
果たして、その時はやってくる。
矢の先端がレイオーンに向けられたその瞬間、ジャグアは踏み込んで来る。
「じゃあ、死ねっ!」
ミルキルの手から矢が放たれる。
一瞬だ。
矢が自分に届くまでの間など、ほんの一瞬の出来事に過ぎない。
本能的にレイオーンは剣を振るう。
キンッ!
レイオーンの長剣に手応えがある。
「ちっ!」
舌打ちする間にミルキルは二本目の矢を番えると、予め決めていたように弓を絞りながら近付くジャグアに狙いを定める。
二本目の矢は爆裂矢だ。
狙いは甘くてもいい。着弾すれば爆風がジャグアを襲う。
ジャグアは二足でミルキルが陣取る木を捉える。
そのまま大剣の大きさを利用して、木を切り倒す。と、同時に首を傾げて爆裂矢を避ける。
地面に刺さった爆裂矢が、その名に違わず爆裂する。
爆風がジャグアを襲って、吹き飛ばす。
「わわっ!」
足場が崩れる感覚にミルキルは慌てて跳ぶ。
地面に転がるように着地した時にはレイオーンが剣を振り下ろしてくる。
ミルキルはレイオーンの手を蹴りつけるようにして、剣を避けながら、さらに転がる。
しゃがみ立ちの格好で矢を取り出すと、番えると同時に放つ。
レイオーンは反応が遅れるが、矢はその金色の全身鎧に阻まれてしまう。
「あちゃあ!狙えば良かった……」
ミルキルは一人、反省の言葉を残して仲間に合流しようと走った。
その頃、ダイガーとモーリーの戦闘も佳境に入っていた。
最初こそダイガーの不意をついたことで、その右肩に戦斧を落とし、優勢に戦っていたが、ダイガーがその膂力でモーリーを跳ね返すと体勢を整えてしまった。
モーリーの戦斧は威力はあるが、モーリーの腕力で振るうには大き過ぎる。
一対一の戦いではダイガーに分があるようだった。
ダイガーのポールアックスは長柄武器のため、場所が限定される樹海の中では不利なはずだが、大振りを避けて石突を巧く使いながら、流れるように連撃を繰り出してくる。
石突は受けられるがアックス部分は遠心力と膂力のせいで受けてしまうとモーリーの動きが止まる。
それが分かっているのか、ダイガーが石突を繰り出す時は、振らずに突いてくる。
結果、モーリーは避けに専念せざるを得ない。
下手に石突を払ってしまうと、その余勢をかってアックスを振られてしまうからだ。
モーリーは肩を突かれ、頬を裂かれ、腹も浅く薙がれている。
ダイガーの動きだけ見ていれば、オールを漕いだり、船頭が楷を動かす仕草のようにも見える。
それだけ無駄がない動きだということだった。
モーリーが抗しうるとすれば、ダイガーが最初に負った右肩の傷、そのせいで右の動きがややぎこちない。
そこを狙うしかないだろうとモーリーは分析する。
そのため、右からの攻撃を狙うが読まれているのか、ことごとく外れてしまう。
ダイガーのアックスがモーリーの足を浅く薙いだ。
「くっ……!」
それまで上半身ばかり狙われていたため、機を窺っているだろうことは予測できていた。
ダイガーは敢えて石突を振ってきた。
好機とばかりにモーリーは力の限りに払ってやった。
狙い通りにダイガーが大きく体勢を崩す。
崩しながらも、それこそがダイガーの狙いで、踏み込んだモーリーの足を狙ってきたのだ。
咄嗟に踏み込みを戻すがモーリーの足には大きく傷ができていた。
足を止めての戦いとなると、途端にモーリーに不利が重なる。
膂力が違う、手数が違う、場数が違う。
ダイガーは正面から魔物と戦うことが多い。顔の左側に走る古い爪痕がそのことを物語っている。
対するモーリーは側面からの一撃を得意とする戦闘スタイルである。
そして、対人戦闘の場数にも差がある。
『紅蓮の獅子』は問題行動が目立つため、闇討ちされたり、決闘沙汰など日常的にこなしている。
だが、トップパーティーの名がそれらを不問にしている。
モーリーも実家にいた頃は対人戦闘を多々こなしてきたが、それはあくまでも、剣術で訓練の範囲内のことだ。
踏み込みと同時に、怪我した足を踏まれ、その隙を狙われたりはしなかった。
必死に戦斧で受けるがそれだけだ。
押し返すこともできず、反撃の糸口も掴めない。
だが、モーリーは諦めなかった。
『紅蓮の獅子』が許せない。
自分が姉さんと慕うムースにあんな顔をさせたこと、これだけの卓越した技術を欲望を満たすためだけに使っていること、しかも、狙うのは新人ばかりという卑劣さ、許せない。
ダイガーが距離を取る。
モーリーは致命傷は避けたものの、全身痣だらけ、傷だらけだ。
決めに来る……。
モーリーはそう感じ取った。
ダイガーが勢いをつけて踏み込む。
いつの間にかモーリーは広めの空間に誘い出されていた。
ダイガーは広い間合いでポールアックスの遠心力を最大に利用した一撃を下から上へと振るう。
モーリーも痛む足から血が吹き出るのも構わず前に出て戦斧を振るう。
ガッ!と金属同士がぶつかる音が響く。
モーリーの戦斧がクルクルと飛んで、地面に刺さる。
次の瞬間、モーリーの脇腹から胸を通って肩口までが血を吹き出す。
同時に二つに断ち切られたドレスアーマーが支えを失ってゴトリと二つに割れた。
「死んじゃいねえだろ?ボロボロ過ぎて、俺は抱く気にはならんけどな……」
モーリーはガクガクと震える足を抑えて、どうにか立っている。
ダイガーはポールアックスを伸ばして、モーリーのドレスアーマーの肩の繋ぎ目を切っていく。
動きやすさを重視して繋ぎ目はただの革紐だ。
アックスの先端には突き刺し用の刃が付いている。
それを引っ掛けると力任せに引っ張る。
左肩の繋ぎ目を切れば、左前面が、右肩の繋ぎ目を切れば、右前面と背面の鎧が落ちる。
その度にモーリーは苦痛に呻くが、その目はダイガーを睨みつけている。
「おお、怖い、怖い……噛み付かれそうだな……」
ダイガーは油断していない。だから、近付かない。
出血多量で動かなくなれば、死ぬまでの間に多少は楽しめるだろう。
ジャグアにはそれで納得して貰うしかないなと考える。
ふと、興味が沸いた。
抱く気はないが、この敵意を未だ剥き出しにする少女を辱めてやったら、多少は胸がすくのではないかと。
「ビューマーの病気が移ったか……」
呟いて、突き刺し用の刃をモーリーの胸に当てる。
それから、切り裂かれたドレスを徐々に捲っていく。
「悔しいか?もう少し綺麗に仕留められれば、抱いてやっても良かったがな……それは他の奴に任せるとして、俺はお前が恥辱に塗れる姿で許してやるよ……ククッ……」
「……殺せ」
モーリーが苦しみと恥辱を押し殺して言う。
「クククっ……ほら、片側見えるぞ!」
「モーリーっ!」
掛けられた言葉にダイガーが反応する。
現れたのは蒼銀の鎧を纏うウイングだった。
「ちっ!誰かやられたのか!」
漆黒が放たれる。
ウイングが投擲した一振りの剣。
魔剣サブナクだ。
ブチブチとモーリーのドレスを切り裂いて、ダイガーが武器を構え直す。
剣はこちらの気を引くために放たれたらしく、ダイガーに当たらない。
ザクリと地面に突き立つ音を尻目に、慎重に相手を見定める。
ウイングは腰の小剣を抜くと、ダイガーに向けて駆ける。
馬鹿な奴だ、この広い空間でわざわざ長い方の武器を投げるとは……。
ダイガーはほくそ笑んで、待ち構える。
ザンッ!
ダイガーの両腕がポールアックスを落とす。
おや?握ったままでポールアックスを落とすのはおかしいぞ?
そう思って、ダイガーが慌ててポールアックスを拾おうとする。
だが、そこにあるものを見て、目を見開いた。
自分の手はポールアックスを握ったままだった。
逆に自分の腕には手がなかった。
射し込んだ影に顔を上げる。
そこにあるのは、辱めてやろうとしていた息も絶え絶えな少女。
漆黒の剣を握りしめ、荒い息を吐きながら綺麗な残心の型を取っている。
「……っ、ぎゃああああああああっ!!腕が!俺の腕があぁぁっ……」
ダイガーは叫んだ。
気付かなかった。油断はあった。だが、斬られたことにも気付かないなどあるのだろうか?それよりも痛い。身体が痛い。手を失った事実が痛い。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃっ……。
ダイガーが膝をついて慟哭の叫びを上げるのを、駆けつけたウイングが無視してモーリーに近寄る。
「あわわわ……大変なのです!リーナ!早く傷を塞ぐです!」
はーい!ボク頑張るよー!
リーナの思念がウイングに答える。
ウイングは遠隔で糧を流し込む。
モーリーは一撃放って気を失ったようだ。
生命の精霊リーナはウイングから得た糧を生命力に変換すると、モーリーの傷を一気に消し去っていく。
痣も傷も全てが癒えるが、意識はまだ戻らない。
仁王立ちのまま、剣を振るった残心の型のまま、電池切れの人形のように瞳を伏せている。
ウイングは見える範囲に傷や痣がなくなったことを確認する。
確認して気付いてしまう。
片胸が破れたドレスから零れてしまっている。
微乳だが、美乳だった。
「あ……あわわわわわ……」
慌ててドレスの端を摘んで隠そうとするが、破れているので隠せない。
と、ウイングの後ろでずっと「痛い……痛い……」と半ば放心状態で呟くダイガーの声が聞こえる。
「うるさいですっ!」
ウイングは苛立ち紛れにダイガーの腹を蹴った。
肉を打ち付ける音が響いて、ダイガーが静かになる。
「あ、えと……」
ウイングはモーリーの戦斧を拾ってくると、近くに置いて、それからダイガーの毛皮に目を付けた。
ダイガーの毛皮を脱がせるとモーリーに羽織らせようと近付く。
「……んっ、あっ……」
「あ、起きたです?」
ウイングが顔を背けながら毛皮を差し出す。
「ウイング……」
モーリーは目覚めと同時に周囲を見回す。
「あいつは?」
「ここで気を失ってるです」
ウイングは顎をしゃくってダイガーを示す。
モーリーは冷たい瞳をして、ウイングの後ろに転がるダイガーを見た。
「まだ死んでないの?」
「殺さずに連れていって、領主に任せるです……」
「そう……。
あ、これ、ありがとう……」
モーリーが魔剣サブナクを差し出してくる。
と、自分の動きで、今の自分がどういう格好かということに、今さらながら気付く。
モーリーは顔を真っ赤に染めると、慌てて両腕で胸元を隠す。
「あ……!?
み、みみみ、見た?」
ウイングもまた、耳まで染めて顔を背けたまま、毛皮を前に出す。
「み、見てないってことにしたいです……」
「そ、そうよね。見てないわよね?うん、見てない。見てない……」
茶番である。
モーリーがウイングから毛皮をひったくる様に受け取ると、身体に巻き付ける。
見てないウイングが差し出した毛皮で隠すところを隠すと、改めてモーリーが顔を背けながら魔剣サブナクを差し出す。
今の顔も見てはいけないのだろうと、ウイングも顔を背けたまま、受け取る。
それから、つっかえつっかえにサブナクの合言葉を唱えて、ダイガーの血止めを行う。
「ぼ、僕は先にマルガレーテのところに戻るです!
オカマ言葉の魔法使いは黙らせたですけど、レイオーンと赤銅色の大剣使いが来て、マルガレーテとミルキルとムースが対応してるはずなのです!」
「ウイングはなんでこっちに来たの?」
「マルガレーテに頼まれて来たのです。結果的に何にもしてないですけど……」
「ううん、助かったわ……コイツは私が見張っておくから、早くいってあげて!」
「分かったです!」
言ってウイングが走り出す。
その後ろ姿にモーリーは声を張り上げる。
「傷、治してくれてありがとう!コイツ縛り上げたら、すぐ戻るから!
姉さんたちと、アリアのことお願いね!」
ウイングが一瞬、立ち止まると振り向いてしっかりと頷く。
モーリーが両手をめいいっぱい振ると、バスタオルのように巻き付けたダイガーの毛皮がパサリと落ちた。
ウイングは急に進行方向に向き直ると叫びながら走り出した。
「み、見てないです!見てないですー!」
「あう……」
慌ててしゃがみながら、モーリーはまた顔を真っ赤に染めるのだった。
ウイングがモーリーのところに来る前、マルガレーテはビューマーの鞭を完全に抑え込んでいた。
ジリジリと前に進む。
数歩進むと、危険を悟ったのかビューマーは鞭を捨てて呪文に切り替える。
この時、ウイングはまだムースの治療中である。
「アーガモトーム……ノトスの理」
ビューマーが選択したのは自身が最も親和性の高い風の呪文だ。
鞭が止んだと見るや、マルガレーテは走り出している。
「ミーナニーテ……竜巻の風砕」
「遅いっ!」
マルガレーテの長剣が煌めく。
「ケーンゲイン……風塵……ぐがっ!」
駆け抜けざまの一閃。
ビューマーが指で描いていた紋様が、マルガレーテの小手狙いで途切れる。
同時にビューマーが放っていた魔法力が霧消してしまう。
地上のマナ魔法には集中と呪文、手振りが必要になるため、それが中断したことで魔法は発動されなかった。
ビューマーは篭手を装備していたため、ダメージはないものの、接近されれば魔法は使えない。
ビューマーはその場を慌てて飛び退くと、自分の荷物に立て掛けていた杖を取る。
マルガレーテの追撃を杖でギリギリ払う。
だが、そこまでだ。
ビューマーも杖術は心得ていたが、本職の前衛相手には叶わない。
マルガレーテに杖を大盾で防がれると、先程のダメージもあって、杖を取り落としてしまう。
杖を拾うべく伸ばした手はマルガレーテに踏みつけられ、顔面を大盾で強打される。
「グベッ!」
ビューマーの口から歯が数本、抜けて飛んだ。
更にマルガレーテが長剣を突きに構える。
「ま、待っへ……」
「問答無用っ!」
ビューマーの右の肩口を容赦なく貫く。
「ひぎいぃぃいぃいぃぃぃっ!」
利き腕は完全に死んだ。
「おとなしくしろっ!
今の私は怒っている。その汚らわしい声を聞くだけで、殺したくなる……」
「ひゃっ……」
ビューマーは残った手で顔を庇うが、追撃はこない。
マルガレーテはこれみよがしに大盾をビューマーの傍らに突き立てると、ビューマーが捨てた鞭を拾ってくる。
その鞭でビューマーを縛り上げるとその場で転がして、マルガレーテはウイングたちのところへ戻る。
「ムース、大丈夫か?」
「はい……傷も治してもらいましたから、もう大丈夫です……」
ウイングのローブは短めな上にムースとの身長差もあって、ミニスカートのようになってしまいかなり扇情的な格好だが、ムースはもう大丈夫そうだった。
「ウイング、アリアはどうだ?」
「毒消しがあんまり効いてないみたいなのです……ミルキルが戻れば『ホワイトアウト』に効く薬草とか持ってるはずですけど……」
答えるウイングの首筋にはアリアがしがみついて頬ずりしている。
マルガレーテはアリアの腕を優しく取ると、その場に座らせる。
「ほら、アリア、ウイングが困ってるぞ。ここに座って少し待っていてくれ」
アリアはマルガレーテを見ると、ほわんとした顔をして手を上げる。
「はーい!マルガレーテお姉様……女神みたいです……」
「おね……いや、いい……」
モーリーに姉さん扱いされるのは慣れたが、アリアの言葉には少なからずドキリとさせられる。
だが、薬のせいだろうから、今は何を言っても無駄だろうと悟る。
ガサガサと葉擦れの音がする。
マルガレーテ、ムース、ウイングが何が起きてもいいようにゆるく構える。
飛び出してきたのはミルキルだ。
全員がほっとしたのも束の間、ミルキルが走り込んでくる。
「ごめん!足止め失敗!レイオーンとジャグアがこっち向かってるはず!」
「いや、充分だ。
ウイング、こちらは三人いれば問題ない。
モーリーを見てきてくれ。必要ならば加勢を!」
ウイングは首肯して、ミルキルに言う。
「ミルキル、アリアに毒消しが効かないです。どうしたら『ホワイトアウト』に対抗できるですかね?」
「分かった!アリアのことは任せて、ウイングはモーリーをよろしく!」
「お願いするです!すぐ戻ってくるですね!」
ウイングはモーリーの元へ向かった。
すぐ背中で、またも葉擦れの音がする。
マルガレーテはそちらに一歩、ミルキルとムース、アリアを背に隠すように前に出る。
「降伏しろ、勝ち目はないぞ!」
「ふん、マルガレーテ……僕たちが君ら程度の相手ができないとでも?
シューティの町のトップパーティーを甘く見てもらったら困るよ。
何を知っているのか、後でじっくり身体に聞いてあげる……覚悟するんだね」
レイオーンが営業スマイルを浮かべる。
三対二の戦いが始まるのだった。
レイオーンとジャグアは何も考えていないのか、一直線に向かってくる。
「アイツら馬鹿なのっ!?」
ミルキルが矢を次々に放つ。
だが、レイオーンもジャグアも意に返さず突っ込んでくる。
自分たちの鎧を貫けないと知っているのだ。
レイオーンは近距離からの矢を斬り伏せたことで自信をつけたのか、それが良い方向に働いている。
ジャグアは一度爆裂矢で吹き飛ばされたものの、ダメージはあまりなかったのか、その大剣で顔を隠すようにして狙わせない。
ムースがミカエルの理、火炎十字剣を放つ。
牽制と炎をばらまいて周囲を照らす目的が強い。
初級魔法を使うのは、ムースに火の親和性があまりないからだ。
だが、結果的にこの選択は良い方向に傾く。
ミルキルの矢を弾くべくジャグアがかざした大剣で視界が塞がれたため、ジャグアはその腹に火炎十字剣を受ける。
動きが止まり、蹲るジャグア。
レイオーンはそれを理解しているにも関わらず、歩みを止めない。
長剣を両手に構え、ミルキルの前で大上段から振り下ろす。
だが、それを防ぐのは間に割って入ったマルガレーテだ。
大盾で受け止めると、すぐ横からミルキルの矢が放たれる。
ギリギリで頭を逸らすレイオーンの頬にひと筋の傷がつく。
瞬間的にレイオーンが距離を取ると、ムースの火炎十字剣が完成して放たれる。
近距離から放たれる放射状に飛ぶ五本の剣の一本を避けつつ、さらに一本を斬り落とす。
これにより、警戒したレイオーンはさらに下がる。
防御の高いマルガレーテに二人の援護が付いた状態では決め手がない。
だが、レイオーンは焦らずにゆっくりと息を整える。
マルガレーテもさすがにレイオーン相手では攻撃力に難がある。
初手でジャグアを倒せたのは僥倖だったと言える。
ミルキルがレイオーンを挑発する。
「どうした、レイオーン!一人ぼっちじゃ戦えないのか?」
「ふん……僕は馬鹿じゃないからね。
攻め方くらい考えるさ……」
言いながらレイオーンはチラリとジャグアを窺う。
と、同時にジャグアが叫びと共に立ち上がる。
「ウオオオォォォォッ!!」
「何っ!?」
「そんな……っ」
「くくくっ……驚くことはないよ。
ジャグアの鎧は治癒の力を宿したオリハルコン製だ。
暫く待てば回復するのは分かっていたのさ……」
ジャグアは両腕を開いて、月の光を浴びるが如く咆吼を上げる。
「ウオオオオオオォォォォッ!!」
その瞳は虚ろで、狂戦士を思わせる。
実際、狂戦士なのだろう。
大剣で風を切り裂くように、ブオンッブオンッと振り回しながら向かってくる。
「……にゃろっ!」
ミルキルの矢が大剣の隙間を狙って放たれる。
だが、ジャグアは本能的に大剣を片手持ちにすると、空いた腕で矢を払う。
ムースの魔法はまだ完成しない。
ジャグアの復活に気を取られてしまったのだ。
「ぼんやりしている余裕はないぞ!」
レイオーンが余裕の笑みで距離を詰める。
「マルガレーテ、そっち頼む!」
「分かった!」
ミルキルはレイオーンに対峙する。
だが、ミルキルは戦えない訳ではないが、後衛の専門職である。
アリアを背後に庇う状態になっているため、逃げ出す訳にもいかない。
その動体視力を駆使して、なんとか数撃凌ぐが次第に傷が深く大きく増えていく。
マルガレーテもジャグアの動きに翻弄されている。
駆け込んで一撃。それを大盾で流すがその時にはジャグアは飛び退いている。
追いかけてフォーメーションを崩す訳にもいかず、マルガレーテは体勢を整える。
だが、その時にはジャグアが地を這うような低さから突っ込んでくる。
マルガレーテは防戦一方になる。
その隙を突いてムースの魔法が完成する直前、ジャグアは大剣で地面を抉ると、ムースに土を被せる。
集中していたムースはその土を顔面に喰らって集中を霧散させてしまう。
ムースは顔が汚れるのも構わず、慌てて手で土を払う。
「おのれっ!」
マルガレーテが伸びきったジャグアの腕関節に長剣をねじ込もうとするが、ジャグアは腕に触れた長剣の動きに逆らわず体を落とすと、転がって距離を取る。
マルガレーテの長剣は浅くジャグアの腕を浅く斬りつけるに留まる。
ジャグアは大剣を片手持ちにして振り回す。
大剣とは思えぬ素早い動きだった。
空いている腕はマルガレーテが剣を受けている間に治癒が始まっている。
ジャグアの動きは縦横無尽だった。
意識のようなものは感じられず、本能のような動きをする。
それは獣の動きだ。
しかし、人の身での獣の動きは先が読めない。
普段の魔物に対する動きに対応するように動けばいいと思うものの、それが武器を使うことはない。
しかも、ジャグアは技術を使う。
長年の鍛錬によるものか、本能的に動いているはずなのに勝手にフェイントや型が混じるので、必然、マルガレーテはそれに引き摺られてしまう。
人の技と獣の動きが融合した狂戦士は恐ろしい敵なのだ。
次第にマルガレーテの身体にも傷が増えていく。
ムースも痛む目を堪えて、魔法を放とうとするが、ジャグアは直感で理解しているのか、マルガレーテを盾にされてしまい魔法が放てない。
「そろそろ凌ぐのも限界だろう?腕が上がらなくなって来たんじゃないか?」
レイオーンがミルキル相手に勝ち誇る。
「くそっ……」
ミルキルがダラリと垂らした腕をなんとか持ち上げようとするが、腕がいうことを聞かなくなってきている。
「安心するといい、殺しはしないよ。
死にたくなるような目には遭うだろうけどね……。
もちろん、天国行きさ!」
「お前に抱かれるくらいなら、舌噛みきって死ぬわ!
気持ち悪い!」
ミルキルはげっそりとした表情で応える。
「大丈夫なのです!魔界でもお前らみたいな恥ずかしい人間はいらない!……って言うですよ、きっと」
言葉尻が締まらなかったのはご愛嬌というものだろう。
言葉に全員が振り返る。
ミルキルがマルガレーテが、ムースがほっとしたような顔をし、レイオーンは凶悪な顔で睨みつけ、ジャグアは脅威を感じたのか、そちらに向かって唸りを上げる。
「グウオオオオオッ!!」
ジャグアがウイングに向かって飛び出す。
「きさまぁぁぁぁっ!!」
レイオーンも怒りに任せて走っていく。
「ウイング!気をつけろ!ジャグアは半端な傷を鎧の力で治癒してくるぞ!」
マルガレーテが注意を促す。
「そんな鎧があるですか!?」
じゃあ、僕と一緒なのです……と小さな笑みで呟いて、ウイングは腰の二剣を抜いた。
おや?題名を間違えたようです。
炎対炎というイメージで紅蓮と蒼炎、それぞれのパーティーの炎部分をピックアップしましたが、『白夜の蒼炎』で言う蒼炎部分の蒼ことウイングはあまり活躍せず、蒼炎部分の炎ことアリアはホワイトアウトの効果中……。
結果的に活躍するのは白夜の面々ということに……。
まあ、パーティー対決という意味では間違ってない!はず……。
ちなみにアリアが親和性が高いのは風で、次点が火です。
しかし、水の精霊を従えたことで擬似的に高い親和性を獲得したため、上級魔法まで使えるということになっています。




