奥の手なのです
長くなっちゃった(;´・ω・)
レイオーンとジャグアの殺気は最高潮にある。
「死ぃぃねぇぇっ!!」
レイオーンの怒りに任せた一撃を白の小剣クランクランチで受け流すと、ウイングはレイオーンを無視してジャグアと対峙する。
レイオーンは怒りのあまり力み過ぎている。
受け流されてあからさまに体勢を崩していた。
次に来るジャグアの剣は黒の魔剣サブナクで受け止める。
同時に小剣を薙いでジャグアの腹を斬ろうとするが、これは鎧で防がれてしまう。
「おお、結構固いですね!」
仕方がないので、ウイングはそのまま体を入れ替える。
ジャグアは振り返りざまに足元を大剣で払う。
それを軽く跳んで躱す。
と、思えばジャグアは身体を回して回し蹴りを放つ。
ウイングは腕を上げてそれを受ける。
体重がしっかり乗った蹴りだがウイングの怪力を持ってすれば、どうということもない。
押し返すとジャグアは流れに逆らわずに足を戻して、さらに大剣で胴を斬りにくる。
「スピードもそこそこあるです……」
ウイングはその大剣をまたも魔剣サブナクで受け止めると、身体を低く潜り込ませて、すれ違いざまにジャグアの足に小剣で斬りつける。
ジャグアの体勢が、ガクリと前に傾く。
ウイングがジャグアの背後から斬りつけてやろうとするが、すり抜けた先にはレイオーンが待っている。
レイオーンの突きが来る。
ウイングはそれをすれすれのところで回避する。
そのまま、身体を起こすように前進して、レイオーンの鎧越しでも関係ないと、腹に膝を叩き込む。
「ぐぶっ……」
レイオーンが呻きながら、よろよろと距離を取る。
ジャグアが振り返ると同時に大きく足を踏み出して、上段から大剣を振り下ろす。
「治癒も侮れないですね……結構、再生スピードが早いです!」
ウイングが二剣を交差させてジャグアの大剣を受け止めると、斬ったはずの足の様子を見て評価する。
「いい加減っ!目障りなんだよっ!」
レイオーンは側面から胴を狙いにくる。
ウイングはジャグアの大剣から身を退くと、レイオーンの長剣を受けようとするが、ジャグアが大剣を引くと同時に突きを放ってくる。
結果、レイオーンの長剣は受け流したものの、ジャグアの突きは鎧の繋ぎ目、腹に突き刺さる。
咄嗟に後ろに跳んで威力は殺したが、それなりの深手だ。
「ウイングっ!」
満身創痍で見守ることしかできないミルキルが悲鳴のように名を呼ぶ。
距離を取ったウイングは腹を撫でながら、困ったような顔をする。
「いたたっ……ちょっと油断したです……」
ウイングは本気を出せない。
本来なら剣と魔法の同時攻撃やら、それでなくとも邪眼の発動をすれば一瞬で勝負はつくが、レイオーンもジャグアも、殺さずに捕らえるのが目的である以上、下手に手の内を晒してそれが他の人間に広まるのはマズい。
どうするか、と思案すると対峙するレイオーン、ジャグアの背後でムースが呪文を唱える姿が見えた。
ウイングは二剣を構えると二人と射線が重ならないように、九十度ほどジリジリと角度を変えるように動く。
「……ケーンゲイン……水龍波!」
待っていたとばかりにムースの魔法が放たれる。
上級魔法、得意のクラミツハの術理、水龍波だ。
本能的に察知したのかジャグアが隙を見せないウイングに飛び掛る。
ウイングはしっかりどちらの動きにも対応できるようにしていたのでジャグアの大剣は楽々避ける。
だが、ジャグアはこれでムースが放った魔法の効果範囲から逃れてしまった。
水龍がレイオーンを巻き込む。
巨大な水の塊が頭上から襲ったのだ。
地に落ちて跳ね返った飛沫が瞬間、雨のように辺りを覆う。
金の鎧が地に倒れ伏している。
ウイングはジャグアの隙を利用して、避けざまにサブナクを振るう。
ジャグアもそれは予想していたのだろう。
すぐさま防御を固めて、弾く。
「終わりじゃないです!」
弾かれたサブナクと逆側、小剣で突く。
まるでフェンシングのような体勢での五連突きだ。
一撃目がジャグアの肩口に、二撃目は鎧で弾かれ、三撃目も戻した大剣を盾代わりに、四撃目は腹に、五撃目は二の腕に浅くない傷を負わせた。
「とどめですっ……って、殺しちゃダメだったです……」
ヨロめいたジャグアの首を狙って放たれたサブナクは首筋に浅く入ったところでウイングの意志によって止められた。
ジャグアは死の恐怖を感じたのだろう。
「ウォアアアアッッ……!」
悲鳴のような雄叫びを上げて、ウイングに頭突きを放ってくる。
胸部の鎧に衝撃を受けて、ウイングが一歩退る。
その隙間に大剣の柄を捩じ込むようにして、顔面を殴られる。
ウイングは勢い吹き飛んで、未だに飛沫が舞い落ちる地面へと投げ出される。
ジャグアは大剣を振りかぶると、大地を耕すように何度も何度も振り下ろす。
転がって避けながら、ウイングは糧を流して再生力を増幅させる。
執拗に畑を耕すジャグアに苛立って叫ぶ。
「このっ!いい加減にするですっ!」
ウイングは寝転がった体勢のまま、渾身の力でジャグアの大剣を持つ手を蹴った。
グシャリ、と蹴られた反動で大剣を零しながら、ジャグアの手が潰れる。
「ギャアアアアアァァァ……」
痛みにジャグアが叫ぶ。
ウイングはその隙をついて立ち上がる。
それから二剣を収める。
「でも、この程度の怪我も放置しとけば治るですよね……仕方ない……奥の手を使うです……」
指先に糧を集中する。
爪が伸びる。
魔王族の資質、ウイングのそれは麻痺の爪だ。
ジャグアの首筋に、ぷつりとひと刺し。
「なっ!?」
ジャグアの視界に影が入り込んだと思った時には、身体が痺れて、ソレが何か確認することもできなかった。
「アッ……グッ……」
ジャグアは悲しそうな表情で自分の潰れた指先を見つけたまま、グラリと揺れると顔面から大地に突っ伏した。
「ふう……終わりですかね……」
ウイングはジャグアを眺めて呟く。
と、その時、背後で動く気配を察知する。
「……ケーンゲイン……紅蓮榴弾!」
ミカエルの理、中級魔法に当たる紅蓮榴弾がウイングの背後から襲う。
「うわっ!」
気配と同時にウイングは身を屈めている。
紅蓮榴弾は火の玉が爆散して、辺りを紅蓮の炎が包み込む凶悪な魔法だ。
ウイングは一瞬の判断でジャグアを片手に掴むと、跳んだ。
先程までウイングが居た場所を中心に拡がる炎と同じ早さで距離を取った。
ギリギリ、ジャグアの足先が燃えるが、ウイングはムースの水龍波の残滓でできた水たまりにジャグアを投げ込むことで事なきを得る。ジャグアの身体が水たまりをゴロゴロと転がって、体勢が凄いことになっていたが、だんだんと身体が炭化していくよりは、口の中が泥水で濯いだようになるくらい、どうということは無いだろう。
「くそっ!
アーガモトーム……ミカエルの術理
ミーナニーテ……」
呪文を唱えていたのは、レイオーンだった。
「あの魔法を受けて昏倒していなかったですか……!?」
ウイングが驚きに声を上げるが、レイオーンは呪文に集中している。
「仕方ないです」
ウイングが拳を固めて、レイオーンに殴り掛かろうとした瞬間、ムースの悲鳴が聞こえる。
「きゃっ!」「動くなっ!」
ウイングは咄嗟にそちらを見る。
そこではムースの首にシミターを当てるヂータだった。
「素直に喰らっておけや!」
ヂータもムースの冷気の雹弾を喰らって昏倒していたはずなのに、ふらつきもせずにいきなり動いていた。
わざわざ、自分たちが不利になると分かって気絶したフリをするとは考えられない。
そこには理由があった。
「くそっ……お前ら、まさか反魂丸を……」
全身傷だらけで、すっかり観戦モードに入っていて動けなかったミルキルが苦虫をかみ潰したような顔をする。
「……火精の吐息
ケーンゲイン……紅蓮榴弾!」
レイオーンの魔法が放たれる。
ウイングは動けない。
ウイングの正面から襲う魔法は、ウイングの直前でその炎を撒き散らす。
声もなく炎に巻かれるウイング。
「ウイングっ!」
マルガレーテもが痛む身体を押して、叫ぶ。
「いやぁぁぁぁぁーっ!」
ムースも喉元の剣が見えなくなったかのように叫ぶ。
身体をがっちりホールドされているため、走り出すことは叶わなかった。だが、動こうとしたが故にその白い首元に赤い筋がついていた。
ミルキルは震える。
相手はグアーメ王国では違法とされる薬物を使うのだ、『ホワイトアウト』を使うなら『反魂丸』も使うだろう。
『反魂丸』は気絶からの早期復活、肉体の強化という効果があるが、季節毎に服用しないと効果が薄い。
問題になるのは精製方法で、死んで七日以内の人間の心臓が使われる。
合法的に手に入れるためには、処刑された犯罪者の心臓や王族の家臣が亡くなる時に王のために献上する場合などあるが、それらはまず手に入らない。
また、それを作り、使う国もかなり限定される。
死んだ人間とは言え禁忌に触れると考える人間も多く、忌避感を持つ者も多い。
「は〜ん、ご〜ん、が〜ん!」
何故か嬉しげにアリアが歌い出す。
まだ、ホワイトアウトは抜けていないようだった。
炎に巻かれるウイングを見ても、安心しきったような表情をしている。それどころか、笑っていた。
そのウイングはと言えば、両手を振り回して、身体を捻りながら、くるくると回っていた。
見ようによっては、滑稽とも言える。
「反魂丸なのかっ!?」
「は〜ん、ご〜ん、が〜ん!」
ミルキルが憎々しげに聞く。
「へっへっへっ……答えを聞いたらお前ら全員、生きて帰れなくなるんだぜ……」
ヂータの言う、それが答えだった。
「貴様ら……」
鎧の音も高らかに、だがまだ眩暈でもするのか、頭を押さえて振り振りとレイオーンが近付いてくる。
「まだ生き残る道はあるよ……僕らの仲間になるなら、その娘だけは生かしてやってもいい……トップパーティーの『紅蓮の獅子』に入れるんだ、悪い話じゃないだろう?」
ニヤリとした笑みを浮べてレイオーンが言う。
「お前の笑みって、相変わらず薄っぺらいよな、レイオーン……」
ミルキルが呆れたように言う。
同時にマルガレーテがムースを見る。
ムースは覚悟を決めたように小さく首を動かして肯定する。
それから、マルガレーテは申し訳なさそうにアリアを見てから、大盾を手に立ち上がる。
「動くなっつってんだろうが!」
ヂータの脅し文句に怯むことなくマルガレーテがヂータを睨みつけたかと思うと、途端に怪訝そうな顔になる。
「あ?何見てんだ!?」
レイオーンを見ていたミルキルも同様に怪訝そうな表情をしていた。
それに気を取られたレイオーンもミルキルを観察していた。
変化は唐突、ヂータの後ろには異国の衣装を着た少女の人形が浮かび上がり、レイオーンの背後では悶えながら身体を振り回していたウイングが楽しそうに全身を炎に包まれながら踊っていた。
異国の衣装とはすなわちセーラー服であり、その背中には緑の羽根がついている。
ウイングに従う風の精霊・ジーンだった。
ウイングを取り巻く炎がその拳に集結していく。
マナの扱う炎など、焔の精霊サアラにしてみれば、人の吐息程度で、サアラの焔は業務用巨大扇風機が吐き出す豪風といったところだ。
咄嗟にウイングの思念を読んだサアラはレイオーンの魔法で産み出された炎を巻き込む形でウイングの全身を覆った。
いわゆる、可視化された炎の加護の魔法だ。
そのまま、ウイングはヂータとレイオーンの気が逸れるのを待っていた。
まるで、炎に巻かれて苦しがっているように見せながら。
そして、今がその時だと判断したのだ。
「まさかの奥の手、その二なのですっ!」
ウイングの右フックがレイオーンの背後からレバーを叩く。
その右肘からジェット噴射のように炎を吐き出していた。
まさに爆発だった。
同時にヂータの背後に出現したジーンが、両手を手刀の形にして振り上げると、子供がやるかけっこの容量で、よーいドン!という風に両手を降ろす。
レイオーンは飛んでいた。その身体を頭から足先までを軸にして独楽のように回転させながら、くるくると、くるくると、フィギュアスケーターですら未知の領域、百数十回転もしながら遠く樹海の奥地へ消えていく。
ヂータは爆発を見る。
ぽかりと口を開けて、阿呆のように見ていた。
レイオーンが美しい弧を描いて飛んでいく。
意味が分からなかった。
竜に殴り飛ばされても、あそこまでは流石に飛ばないだろう……と思った。
思ってから、レイオーンが攻撃を受けたのだと悟り、今更ながらに悟り、怒りに任せて人質の首を掻っ切ってやる!とシミターを力任せに引いた。
ヂータの頬を血が染める。
「ひはっ、ひはははははっ!
お前らが悪いんだ!よくもレイオーンをやりやがったなっ!」
自分の肩の付け根から吹き出した血が頬を染めたとは思わず、剣を振りかぶる。……振りかぶる。……振りかぶる。
「あ?」
ムースの脇に自分の腕が転がっていた。
「あ……ぎゃっ……」
叫びが喉を通る瞬間、駆け込んだウイングが今度は炎を足に移して飛び蹴りする。
「そのリアクションはさっき見たですっ!」
ヂータが吹き飛んだと思ったら、背後の巨木にぶつかって、ずるべたんと地に落ちた。
ウイングはヂータのいた辺りに降り立つと、満足そうに一人頷いた。
「これがホントのライ〇ーキックなのです……あ、最後爆発とか欲しかったですね……」
残念ながら、ウイングは何にも乗っていなかった。
「「「ウ、ウイング……」」」
ミルキル、マルガレーテ、ムースの声が重なる。
ウイングは振り返って三人の引き攣った表情を見る。
ウイングは辺りを見回して、隣できゃっきゃと喝采を上げるジーンを見る。
「ちょーカッコイイ!あるじサイコー!」
「あ、ちょっ……静かにするですっ!」
素早くジーンの頭ごと口を塞ぐと、もう一度、三人を見る。
ジト目だった。
「あ、えと……奥の手の精霊魔法……っぽい何かなのです……」
「ふーん……そりゃ凄いね……」
ミルキルが能面のような無表情になって、無機質に言う。
「そう……これがアリアが呑気に笑ってた秘密のひとつですね……」
ムースは少しお怒りのようだ。
「常識外れというより、人外だな……」
マルガレーテは嘆息しつつ、そう評する。
「あ、人間なのですっ!僕は人間……」
「分かってる……例えだよ、例え!」
やけに悲しげな顔で人間だと言い張るウイングの言葉を遮るようにマルガレーテが言う。
ホッとするウイング。
それから、ウイングは慌てたように言う。
「あ、早くアリアを戻して上げて欲しいです!
それから、モーリーとも合流しないと!」
「モーリーは大丈夫だったのか?」
「あ、怪我は治したです。斧槍使いを縛り上げてから来るって言ってたです!」
マルガレーテの問いにウイングはそう答える。
「あたしたちも結構な怪我人なんだけどね?」
ミルキルの言葉がイヤミっぽい。
慌ててウイングがサブナクで治療する。
全員の怪我が治るとマルガレーテが全員に指示を出し始める。
「よし、じゃあ、ミルキルはアリアの治療、ウイングは『紅蓮の獅子』の連中をとりあえずここに集めてくれ。
ムースはモーリーの所へ……」
と、言葉を途中で止めて辺りを見回し、『紅蓮の獅子』が用意した焚き火のところに走る。
そして、そこに落ちている焼き切られた鞭を持つ。
「逃げた……だと……」
ミルキルが近付いてきて、焼き切られた鞭を見て言う。
「この暗闇で、闇雲に探し回るのは危険だ……明日探して、ダメなら諦めよう……」
「くっ……仕方あるまい……」
マルガレーテが苦渋の表情で頷く。
マルガレーテはそのことを全員に告げると、自身は『白夜の蒼炎』の野営地に全員の荷物を取りに行く。
ウイングは『紅蓮の獅子』の荷物を漁って、ロープを取り出すと、真っ先にジャグアを縛る。
『反魂丸』というのが、どの程度の回復力があるのか分からないが、麻痺の爪の能力に抗える物だとしたら危険だからだ。
そうして、縛り上げると次は近場のヂータだ。
両腕がないので、足を縛るだけなら簡単なのと、軽く傷口を治して死ぬのを防ぐ。
それから、ソナーの魔法を使ってレイオーンの飛ばされた位置を確認しようとするが、辺りに魔物の反応があり過ぎて判然としない。
「ミルキル、魔物が集まってきてるです!」
「ああ、だからあたしが見張ってる。
血の臭いに引きつけられたんだと思うけど、遠距離で追い払うくらいなら任せておきな!」
「わ、分かったです!」
ウイングは、どうかレイオーンの怪我が酷くて動けない状態でありますように、と祈りながら足早にレイオーンが飛んでいった辺りを目指す。
早くしないと反魂丸を服用しているらしきレイオーンは、ただの気絶では逃げられる可能性がある。
焦るウイングにミルキルが声を掛ける。
「深追い禁止だぞ、ウイング!
逃げられたら、逃げられたでいいから……!」
ウイングは片手を上げて応えると樹海の中に飛び込んだ。
暫くして、ムースとモーリーがダイガーを連れて戻り、マルガレーテも戻った。
捕らえた『紅蓮の獅子』メンバーは辺りの木に縛りつけておく。
ダイガーには両手が無く、ヂータには両肩から先がない。
まともなのはジャグアだけだ。全員に猿轡を噛ませ、念入りに縛る。
そこから更に暫くして、ようやくウイングがトボトボと樹海から出てくる。
「ダメだったか?」
「に、逃げられたです……」
ミルキルの問いにウイングは悔しそうに答えるが、その両手で何かを引き摺っていた。
「なんだ、それ?」
「大地牛と宝剣熊の群れに当たったです……」
「ぶはっ!よ、よく切り抜けたな……」
「足を引き摺るレイオーンを見つけたですよ……そしたら、宝剣熊の群れが大地牛の群れを追い掛けてるところに出くわして、距離を詰めようとした直前に群れに突っ込まれたです……このままじゃ野営地に突っ込まれると思って、対処してたらレイオーンが消えてたです……」
アリアにホワイトアウトの対抗薬を飲ませた余りの白湯で喉を潤していたミルキルは盛大に白湯を吹き出した。
群れ?対処?いやいや、ウイングのことだから……でも、野営地まで来ていたら……色々と想像して青くなるミルキルだった。
「仕方ないので、証拠だけ持ってきたです……」
ウイングは暗い顔だ。
引き摺ってきたのは確かに大地牛と宝剣熊をそれぞれ丸々一匹ずつだった。しかも、一刀一殺という感じだ。
それで、足を引き摺るレイオーンを取り逃がすとなると、どれだけの群れとたった一人で戦っていたのやら 、推して知るべしというものだが、ウイングの本当の力を知りたくもあり、知りたくもなしな気持ちというのが、メンバーの正直なところだった。
先程の精霊魔法っぽい何かだけで一メグリ〈年〉分は驚かなくていいような気になっている。
「あー、こほんっ……と、とりあえず、逃げた者の搜索は明日にして、今日のところは休もう。
アリアも本調子ではないしな……。
ウイングについては、シューティの町に着いてからとする!
ほら、ウイングは一人で魔物の、む、む、む、群れと戦ったらしいし、今日のところはもう休め……」
マルガレーテが皆に宣言する。
捕まえた者にウイングの話を聞かせる訳にもいかず、疑問は多々あるものの、今は不問とするマルガレーテだった。
そうして翌日、やはりまだ陽が昇る前、全員が起き出す。
ウイングが朝食を作り、復調したアリアが「この味が恋しかったんです!」と泣き出し、マルガレーテが『紅蓮の獅子』の荷物を調べれば、ホワイトアウトは出る、反魂丸は出る、ブラックドアと呼ばれる禁製品の即死毒は出る、ジャグアの犯罪記録とも言える書き付けは出るで大騒ぎになる。
中でもジャグアの書き付けには、誰に何をしたか、どのように女性を壊したかがその時の自身の興奮の度合などと共に克明に記されており、ついでに暗号めいた感じで書いてある「白、十五、イ」やら「反、一、ウ」やら「黒、十二、イ」などと言うのも、明らかに犯罪記録の証拠になるだろう。
そうして、その野営地を拠点に一マワリ〈日〉ビューマーとレイオーンを探したが、見つけることはできなかった。
更に翌日、『白夜の蒼炎』は巨頭蛙の卵を取りに『白い沼』へ。
巨頭蛙は「ケロ〇〜ン!」と鳴く緑色の頭だけが異様に大きい蛙だったが、なるほど薬になりそうな顔立ちをしているとウイングは思った。
帰りはミルキルの先導で五日掛けて帰った。
ちなみにウイングの戦った群れの報酬はそれぞれ一匹分だけだ。
ウイングはそれも報酬になるからと、取りに行くことを主張したが、何故か賛同は得られなかった。
レイオーン探しもそれにより、たいして真面目にやっていない。
樹海に一人であれば、まず生きて戻ることはないだろうこと、更には巨頭蛙の卵が予想以上に沢山取れたこと、これは後付けで、アリアが惜しがった時にミルキルに言われた言い訳だ。とにかく、マルガレーテ、ムース、ミルキルが嫌がった。
心の整理がまだつけられないからという本心は三人の中だけで秘められたらしい。
正直、ギルドからの支払い待ちの現状では、あまり大量に稼いでも、更に支払い待ちに回されそうなので、町を出る選択肢を残すためには、ほどほどに稼ぐのが良いのだが、ウイングは少しでも沢山のお金が全員に渡った方がいいだろうという善意で、アリアはギルドからの支払い待ちのことなど頭に残っていないため、現金が欲しくて出た言葉だった。
アリアはお金持ちになったという実感はあるものの、実際に目で見ていないお金は計算に入っていない。
この国の識字率は宗教国がバックに着いている関係で、それほど悪くなく五割ほどだが、アリアは農村の出ということもあって、ようやく習い始めたばかりというところだった。
他国では四割から三割が普通で、酷い国になると一割程度の識字率しか持たない国もある。
そうして、ギルドに着けば、手ぐすね引いて待っていたウォダツがウイングやマルガレーテ、アリアの話を元に『紅蓮の獅子』を捕え、ジャグア、ダイガー、ヂータは領主直々に裁かれることとなった。
ウォダツとヤオーエは独自に内偵を進めていたらしく、同時に悪徳商人で『紅蓮の獅子』のパトロンをしていたドーパンも捕まえることができた。
これには、ミルキルの情報や、ジャグアの書き付けなどが有力な証拠として使われた。
シューティの町では今回の事件を綱紀粛正に使うべしと、大々的に発表することになり、ギルドでも自浄作用を宣伝する好機として『紅蓮の蒼炎』を持ち上げるべく、表彰式などが行われた。
これにより認知度が上がり、ギルド内で『白夜の華』が得ていた程度の認知度を瞬時に取り戻したことになる。
そして、慌ただしい数マワリ〈日〉が過ぎて、彼らの拠点『涼風亭』でようやく全員がひと息つくことができた。
「ふわぁあっ!疲れましたぁ……。
これなら、樹海の中を探索する方が楽ですね……」
アリアが身体を伸ばしてからテーブルに突っ伏す。
「ふふっ、全くだ。私たちは冒険者だからな……机に座って事情聴取や堅苦しい表彰の場に立たされては、身の置き場がない。
魔物の突進を盾で受ける方が気が楽だな……」
マルガレーテがようやく微笑みを浮かべるが、どの場においても堂々とした姿でいたので、あまり説得力はない。
「今回はギルドや領主様にいいように使われただけですから、いい経験だと思うしかありませんね……」
ふ、と小さく息を吐いてモーリーが言う。
モーリーは出自が出自だけに公の場などに慣れているようで、あまり気疲れなどはなかったようだ。
「そうですね……今回は皆さんのお陰でようやく肩の荷を降ろすことができた気がします……ありがとうございました……」
いつものほわほわとした表情を取り戻したムースが改めて全員に向けて頭を下げる。
だが、一番気疲れしたのは誰でもないムースだろう。
初めて会った役人や領主を相手に、自身の体験談を語ったのだ。
辛い過去を語るというのは、その時に気持ちを戻すということだ。
それを見も知らぬ相手に伝えるというのはどれほどの胆力を要することか。
しかし、その時に活躍したのがウイングだった。
魔王の子息として生きた経験が役に立つ。
貴族だろうが国王だろうが物怖じしない。
それがただの役人や地方領主相手に下がる訳がない。
ウイングはムースの補佐をすると言い張って、ムースの事情聴取に同席したのだ。
ムースが辛そうになれば、そっと立ち上がって肩に手をやり落ち着かせ、役人の下衆の勘繰りには毅然と対応する、眼光ひとつで領主も黙る。
支配者側の視点から領主や役人の弱点を突いて黙らせる。
ムースは語りたいように語ることができ、それが全面的に認められる結果となったのだ。
「今回の殊勲はウイングだな!」
礼儀なんぞ知らね、とばかりに自由に振舞っていたミルキルが、それでも多少の気疲れはあったようで、ようやくの自由を取り戻したとでも言うかのように大きな声を出す。
「いや、レイオーンも取り逃がしたですし……アリアのフォローももう少し考えておくべきだったです……殊勲と言えば、やっぱり一番辛い役割を担ったアリアだと思うです」
ウイングは恥じ入るように、しかし、きっぱりと言った。
「いや、私なんて皆さんが見守ってくれていたからこそできただけで、油断して薬も飲まされちゃいましたし……申し訳ない気持ちでいっぱいですから……」
これまたアリアも恥じ入って畏まってしまう。
「あのなぁ……失敗なんて誰でもあるんだよ……マイナスはしっかり受け止めなきゃいけない、でも、それを補い合うためのパーティーだろ?
だから、まずはプラスを日常的に出せるようになるのが大事なんだよ!」
ミルキルがまたか、とでも言うかのように頭をかきかき言う。
「ミルキル姉さんはプラスばっかりで、マイナスに目を向けて頂きたいですけどね……」
「そうだな、朝が弱いのは仕方ないが、公の場で軽々しく手を振るなどは自省を促したいところだな」
モーリーにマルガレーテまで乗っかってきたので、ミルキルはソッポを向いてしまう。
やぶ蛇だったと思ったらしい。
だが、ウイングとアリアにはそれなりに効いたようで、二人でアリアの言葉を噛み締めていた。
「それでですね……」
ムースがウイングを見る。
じっと反応を窺う。それに気付いたマルガレーテとミルキルも同様だ。
「アレ、何ですか?」
ムースが言うアレとは、当然ウイングの風の精霊ジーンのことだろう。
ウイングの目が泳ぐ。
「精霊魔法っぽい何かとか言ってましたよね?」
「アレは……一応、精霊なのです……」
「どういうことです?」
「えっと……糧、魔法力をひとつのマナに注いで一定量を超えると自分だけの精霊が生まれるです……そうするとマナ魔法を阻害せずに精霊魔法が使えるって現象が生まれるです……」
「自分だけの精霊?それってあたしにも作れるのか?」
興味を持ったミルキルが聞く。
「人には魂の器ってのがあるのです。それがよっぽど大きくないと無理だと思うです……。
魂の器は魔法力の元になってて……」
「ちょっ、ちょっと待ってウイング!
皆、ウイングの部屋に行きましょう。
ここでする話じゃないわ……」
思わず辺りを見回してしまうムース。
ここは誰でも入れる食堂なので、魔法の深淵らしき話を始めたウイングを止めたのだ。
場所を移して、ウイングの部屋に集まる一同。
さて、改めてとなってもウイングはどこから話せばいいのか分からない。
そこでアリアが助け船を出す。
「ウイング、はい」
アリアがウイングに教鞭を渡す。
つまり、アリアに教えたことと同じようにやれ、ということらしい。
そこでウイングはいそいそと着替えを始める。
最初に魂の器の話をする。
魔宝石、宝石、石、雫石、欠片の五つがあるという話、それから、マナに様々な種類があるという話、マナ魔法、精霊魔法、神聖魔法は基本的には同じもので、対象となるマナが違うだけだという話。
魔法に詳しいムースなどは、急に闇の中に入り込んだ感覚を味わう。
今までの魔法知識が吹き飛ぶような話だった。
逆に魔法に携わることが少ないミルキルやモーリーは理解の進みが早い。
マルガレーテはある程度魔法の知識があったため、こちらも固定観念が邪魔をする。
そして、ウイングの講義が自分の魔法とマナ魔法の違いについての話になる。
マナに渡す糧はマナへの報酬であって、マナに思念を繋ぐ代価ではないという話だ。
「ま、待ってください……その説明だと、例えば火炎十字剣に十の魔法力を使っているとして、実際に発現した火炎十字剣には五の魔法力しか使われていないということですか……?」
「感覚的には半分くらいなので、それであってると思うです」
ムースの理解した内容にウイングが頷く。
「では、消えた五の魔法力はどこへ行ってるんでしょうか……?」
「あ、考えたことなかったです……」
ウイングが考え込んでしまう。
「ふむ、とにかく今のマナ魔法には無駄が多いということだな……」
「あー、そうなのです」
マルガレーテは疑問は一度置いておいて、話を進めることにしたようだ。
ウイングはそれを感じ取って、話を進める。
実際の魔法の使い方についての話だ。
マナへの呼びかけ、効果を求める呼びかけ、守護や加護の呼びかけ、魂の器による呼びかけ、呪文名。
「それは私にも使えるようになるの?」
「もちろんなのです。でも、できれば広めたくないのでこのパーティーだけの話にして欲しいのです……」
モーリーの言葉にウイングが申し訳なさそうに伝える。
何故なら、ウイングの加護を与えなければならないのだ。
他の人間にこのメンバーから伝わったところで使えるとは思えない。
さらには月の宝珠の名が広まるのも避けたいという思いがある。
そして、全員が快くそれに応じる。
ウイングは一人ずつ個別に教えることにする。
魂の器の名前は知る者が少ない方がいい。
それはその者の真名でもあるからだ。
真名を知れば、属性への親和性も自ずと分かる。
時間が掛かりそうなムースとマルガレーテは後にして、まずはモーリーから教える。
水鏡の法で読んだモーリーの魂の器の名前は『情熱の雫石』で火と闇に親和性が高いと知る。
そこでウイングは練習した時に被害が少ない幻闇という一時的に目の前が闇に覆われた感覚に陥る、ただし効果時間は短い、という魔法を教える。
「糧を流す量で効果時間は変わるですけど、少しでもクラっとしたら止めるです。
それ以上の魔法は絶対に禁止なのです。
魂の器が壊れるですからね!
元から闇のマナは大食いで精神に働きかけるものが大半なのです。
相手にいち、に、と数える間だけでも暗闇を与えられたら隙になるです。
それだけの時間があれば、モーリーの戦いがグンと楽になるはずなのです」
「わかったわ」
「じゃあ、ミルキルを呼んで欲しいです」
現在、他の者は各自の部屋で待機している。
モーリーは「暗闇のマナよ……ううん、漆黒の中に潜むマナよ……これがしっくりくるわね……」などと自分なりの呼びかけを模索しながら部屋を出ていく。
「モーリーってやっぱり中二病……ですかね……ちょっと通じるものを感じるです……」
ウイングは感心したように呟いた。
暫くして扉がノックされる。
ウイングが応えると、ミルキルが入ってくる。
「よし、あたしの番だな!」
ウイングが諸注意などを説いてから、水鏡の法を使う。
結果は『頑強の石』で、大地と生命に親和性が高い。
「おお、凄いです!生命のマナに親和性があるのは結構珍しいです。
それじゃあ、治癒という、怪我を治す魔法を教えるです」
本来、魔界には治癒の魔法はない。
これは、ウイングが生命の精霊リーナと共に生み出したオリジナル魔法である。
「ふむふむ……つまり神聖魔法か!
ちょうどいいや、さっきすっ転んで膝、擦りむいたんだよね……えーと……
マナの皆さん集まって、怪我を治して欲しいんです
月の宝珠の加護ですよ、頑強の石が願います。
治癒!」
ミルキルはアリアに聞いてきたのか、ウイングが教える前に呪文を唱えてみせた。
だが、まだウイングは加護を与えていない。
これでは魔法は発動しないだろうとウイングが嘆息する。
と、ミルキルの膝の怪我が見る見る治っていく、同時にウイングにも変化がある。
ウイングの魂の器にどこからか糧が流れこんで来るのだ。
「え?え?何です?」
ウイングの魂の器は言わば海だ。その海にお猪口一杯分の水が足されるような感覚。それも、ほんの一滴かも知れないが魂の器が広がるような感覚がある。それが敏感に感じられるのだ。
思わずミルキルを見る。
ミルキルは自慢気な顔をしている。
「どうよ?呪文とか覚えるの苦手だからさ、アリアに頼みこんで予習してきたんだ!ほら、膝のとこもちょっと治ったぞ!
でも、あれな。魔法力ってのが流れる感覚ってくすぐったいつーか、蛇に咬まれて毒を吸い出すのと似てるのな!」
笑うミルキルにウイングは考え込んだまま答えない。
「ん?どした?」
「あ、ちょっと……お願いがあるのです……」
「おう、怪我したのか?」
「そうじゃなくて、今のと同じ要領で月の宝珠の加護の部分をウイングの加護に言い換えてみて欲しいです……」
「いいけど、ウイングが加護してくれんの?」
「いや、僕は加護しないです……」
「よく分かんないけど、いいや。んじゃ、やるぞ……」
ミルキルは言われた通り、ウイングの加護と言い換えて呪文を唱える。
先程同様、ミルキルの怪我は綺麗に消えた。
「あれ?なんか、さっきより吸われる感覚が強いな……」
ミルキルが不思議そうに首を捻る。
「やっぱりなのです……」
ウイングは確信した。名前を加護に変えるとウイングの魂の器に流れこむ糧がお猪口二杯に増える。
つまり、マナ魔法で言う『ミカエルの術理』などという部分は、言うなれば名前貸しで、ムースが疑問に思った消えた魔法力はその名前を持つ者に流れ込んでいるのだ。
しかも、その一部は魂の器自体を広げる。
そして、マナ魔法に使われる加護の部分だと言うことだ。
加護を貸している形を取ることで、ミカエルは名前代が貰える。
しかも、真名でない方が名前代は高くつく。
ウイングはアリアとモーリーに加護を与えるつもりで宣言したため、二人から名前代を取ることはなかった。
だが、本来の加護を与えずに名前だけ貸す形にすると、その分の名前代が自動的に奪われるという仕組みになっているのだ。
ならば、人間に魔法を広めた者とは何者かと言えば……アリアの説明によれば偉大な先達である人間の魔法使いという話だったが、ウイングは素直に天族なのだと当たりをつけた。
前世知識でミカエルは天使の名前、クラミツハは新道系の神様の名前だったと認識している。
自分の家名はルーシュフエルで堕天使、他にもウイングの前世知識にある魔界、地獄、悪魔の名前が地下世界では家名として広がっている。
漠然とそういう区分け、ウイングの前世知識にあるものがこちらの世界では微妙に訛ったりして伝わっている程度に考えていたが、もしかしたら平行世界だったりするのかも知れない。
この世界に対する考察を続けるのは、現状ヒントが少なすぎるため無理だとウイングは判断して、それ以上の追求はやめる。
だが、人間界に伝わる魔法というシステムが天族の仕組んだものだとしたら、ウイングは少し天族が嫌いになった。
天界は天の恵みに溢れる世界、その天の恵みを有効利用するためには魂の器から零れる糧が必要で、全てにおいて優遇された人間界から糧を集めるのは仕方が無いことかも知れないが、それが押し売りならぬ、押し貸しのような形で行われているのなら、それは詐欺だろうと思うのであった。
「ウイング?どうかしたのか?」
ミルキルが心配そうにウイングの顔を覗き込んでいる。
ようやく我に返ったウイングは、慌てて言い繕う。
「あ、いや、何でもないです……ちょっと僕の名前じゃ効率悪いみたいですから、やっぱり月の宝珠の加護がいいみたいです!」
そうして、ミルキルにも加護を与える。
改めて、ミルキルにも呪文の説明をして、自分なりのフレーズを考えた方がいいこと、自分なりに効率が良くなるフレーズを考えるように伝える。
その者に相応しい口調で語った方がマナは思念を読み取り易くなるためだ。
アリアに教えた時よりレベルアップしたウイング先生なのだった。
それから、マルガレーテ、ムースと教えていく。
マルガレーテは『蒼玉の石』で水と大地の親和性が高く、水を生む魔法、水生み(スプリングウォーター)を教えた。
何しろ人間界のマナ魔法には攻撃魔法しかない。水袋に水を入れようとすれば、水の攻撃魔法を弱く放つという無駄に無駄を重ねた方法しかないのだ。
それにアリアに最初に教えたのもこれだった。
ムースは『愛の宝石』という名で全てに高い親和性を持っていた。
ムースは「私は得意なのは水だとばかり思ってましたね……」と驚いていた。
そこでウイングは、ムースにどの属性で練習をするかと聞く。
「そうですね……ミルキルと被ってしまいますが、生命の魔法を知りたいですね。
神聖魔法は高いですし、神官以外は教えて貰えない魔法ですから……」
にこやかに返ってきた。
「じゃあ、治癒にするです」
惜しげなく教えてしまう。
魔剣サブナクさえあれば必要のない魔法ではあるが、常に自分が側にいる訳でもなく、帯剣できない場所などでは必要になるかも知れないと作ったのだ。
ウイングは先程のムースの疑問に対する答えを見つけてしまったが、それを伝えることはしなかった。
それは、貴女が使ってきたマナ魔法は搾取される魔法だったんですよ、と伝えるのと同義だからだ。
例えそれが事実であっても、魔法を磨き続けてきたムースにそれを伝えるのは余りに忍びない。
それにきっちり使えるようになるまでは、マナ魔法を使わせる予定なので、現状でマナ魔法を否定する訳にはいかないと考えていた。
何しろ、初めての冒険でアリアの風の刃が暴走して『白夜の華』から、たっぷりお叱りを受けたのだ。
勢いで糧を流し過ぎて暴走しましたは、もう許されない。
全員に魔法を伝え終わってから、ウイングは改めて全員を集める。
「基礎を教えて準備ができたので、精霊の話をするのです」
ウイングが伝える。
「そうですね……そもそもの発端はそこですし……」
ムースが頷く。
「えと、さっきも言ったように、ひとつのマナに大量の糧を渡すと精霊になるのです。
マナに糧を渡すと魔法という現象を起こしてくれるです。
そして、渡された糧はマナが成長するためのエネルギーなのです……」
長い時間を掛けて様々な魂から糧を取り込み、成長したのが、自然に生まれる精霊である。
精霊と意思疎通ができたなら、精霊魔法使いとなる。
しかし、精霊はさらなる糧を得て大精霊になるという目的のために、他のマナへ精霊魔法使いが糧を渡そうとすると邪魔をする。
そのため、精霊魔法使いはその精霊に頼った魔法しか使えなくなる。
ただし、マナ魔法よりも精霊魔法の方が糧の消費は少なくなるし、威力も強くなる。
だが、マナが精霊になるための糧をほとんど一人、ないし二人から得ると、精霊はその者に懐いてしまう。
まるで、鴨などに見られる刷り込み現象のようなものだ。
そうなるとその精霊は、他のマナが糧を得るような魔法を使っても邪魔しなくなる。
そんな話をウイングは語るのだった。
「でも、それは簡単な話じゃないのです。
精霊を作るには、大量の糧が必要になるのです。
自然にあるマナが何百メグリ〈年〉、何千メグリ〈年〉の間に得る糧を、一人か二人で渡さなければいけない、ということなのです」
「はあ……それじゃあ自分の精霊を作るのは並大抵ではできないんですね……」
ムースが残念そうに言う。
「あれ?じゃあ、私の精霊は何で?」
アリアが疑問に思ったのか、そう零す。
「は?」
「え?」
「アリアの精霊?」
ミルキルが聞く。
アリアは、しまったという顔をして身を縮こませる。
「アリアにも作った精霊がいるの?」
モーリーも聞く。
「あー、えーと……その……はい……」
アリアが観念したように頷く。
すぐさま、ウイングが反応する。
「アリア、仮名を決めるです!真名を教えたらアノ子はきっと悲しくなるです!」
「あ!そ、そうですね……」
ウイングから、真名と仮名の話を聞いていたアリアはすぐに反応する。
「その仮名というのは何だ?」
マルガレーテが聞く。
「自分だけの精霊というのは名前を欲しがるのです。
そうして、付けてあげた名前が真名になるのです。
真名を知られるとその精霊は真名を知る者にある程度の支配権を渡すことになるです。
精霊はあまりその状態を好まないのです。
精霊の生みの親である人物の支配力が強ければ、あまり問題にならないらしいですけど……。
アリアの精霊はまだ生まれたてなので、まだアリアとの絆が弱いのです……。
そういう時は仮名を付けてやると、名前を呼ばれても支配権の譲渡に当たらなくなるらしいです」
「えーと、じゃあマリアって呼びますね。
マリア!」
マリアと仮名を付けられたアリアの水の精霊、タマが現れる。
「はい、何ですか?お母さん」
裸ワイシャツに仮面をつけた二十ミョン〈センチメートル〉程の人型をした水の塊が現れる。
アリアはマリアを皆に紹介する。
「あれ……?アリアが精霊を生み出せたってことですか?」
ムースは自分と同程度の魂の器を持つと教えられたアリアが精霊を生み出したことに疑問を持ったようだ。
「アリアは冒険者になるまで魔法を使ったことがなかったですからね、魔法力が有り余ってたです。
でも、水を生む魔導器が暴走して魂の器を削るところまで魔法力を吸われてしまったのです。
その結果が、マリアなのです……」
「あ、でも、私だけじゃなくて、ウイングもかなり魔法力を使ったみたいで……この子は二人の子供なんです……」
アリアが照れたように言う。
アリアとウイング以外の全員が「子供〜!!」と叫ぶ。
ウイングは頭を抱える。
すると、そういうところに特に勘のいいミルキルが分かったという風に手を打つ。
「前に二人で一緒にお風呂に入ったとか言ってたよな?
もしかして……」
「ウ、ウ、ウ、ウイング!子供?子供って!?」
モーリーが顔を真っ赤にして言う。
「ほう……ウイングも男だと言うことか……」
マルガレーテは冷たい瞳でウイングを見つめる。
「まあ、ウイングってば……でも、そう……ウイングとお風呂に入れば精霊の子供が……」
頬を染めたムースがウイングをチラ見する。
「ああ……!ウイング、お風呂行こっか?ん?
あたし、こう見えても結構尽くすタイプだぜ!」
完全にからかいモードになったミルキルがウイングを前にしなを作る。
「ちょっ……ミルキルさんっ!」
アリアが怒ったような、恥ずかしいような複雑な表情を見せる。
「ん?ちょっと待て……」
雑談に移りそうな皆をマルガレーテが鎮める。
「ウイングはアリアと精霊を作って、自分でも精霊を作ったということか?」
「あ、そうですよ、マルガレーテ姉さん。
自然にマナが精霊になるには最低でも数百メグリ〈年〉とか掛かるのよね?
なら、ウイングの魔法力って?」
マルガレーテの言葉を繋いでモーリーが言う。
アリアもそのことに気付いたのか、目を丸くする。
「あ、あの……それどころか……ウイングは焔の精霊さんとか、水の精霊さんとか……」
「は?」
「え?」
ミルキルとムースがさらに目を丸くする。
マルガレーテが組んだ両手に額を載せて、それからウイングをのぞき見る。
「ウイング……君の魂の器は……?」
ウイングは急に哀しそうな表情になる。
「いや、魂の器は真名に同じだったな……すまない……詮無いことを聞いた……」
「あ……でも、ウイングの精霊さんたちは気になりますね……」
アリアは先輩精霊たちに挨拶したいと考えたようだ。
ウイングは少し考えたが、ここで隠してもあまり意味はないと考えた。信頼を損ねてギクシャクするのは避けたかった。
「分かったです。仮名は付けてないので、名前は勘弁して欲しいです。
それでもいいです?」
「紹介してくれるのか?」
「僕の家族たちなのです!」
ウイングの横に五つの精霊が並ぶ。
さらに、ウイングは魔剣サブナクを鞘ごと抜くと皆の前に置く。
「こっちから波動の精霊、大地の精霊、水の精霊、焔の精霊、風の精霊、生命の精霊なのです」
ウイングが左から右、最後にサブナクへと紹介していく。
「こんなに……」
「マジかよ……」
「凄いですね……」
「まあ、壮観ですね……」
「あ、あの、はじめまして!アリアです。マリア共々、よろしくお願い致します……」
マルガレーテも、ミルキルも、モーリーも、ムースもそれ以上の言葉を失う。
唯一、アリアだけがまともに挨拶を試みる。
波動の精霊ラッシュはくるくると身体を回し。
大地の精霊アースは格闘家のように頭を下げ。
水の精霊アンディは腕を組んで鼻を鳴らす。
焔の精霊サアラは優雅に一礼。
風の精霊ジーンはアイドルのように手をヒラヒラと振る。
魔剣サブナクはカタカタと鳴った。
モーリーが恐る恐る魔剣サブナクを手に取る。
「ウイング、この剣にも精霊が?」
「……いるです」
「その切はお世話になりました。ありがとうございます……」
モーリーが捧げ持つ形で頭を下げる。
んーん、問題ないよー、良かったねーと言うように、サブナクは嬉しそうに鳴った。
「ねえ、ウイング。お願いがあるの……」
魔剣サブナクを机に置いてから、モーリーがウイングに向き直る。
「なんです?」
「私に剣を教えて!」
「え、でも、戦斧は……」
「今回の事で思ったの。
私は力が無い分を戦斧で補おうとしてた。
でも、そうじゃない。最後に私の力になったのは、一番長く握り続けてきた剣だった。
ウイングみたいに剣を振ることはできないけど、私はやっぱり剣を握りたい。
そのために、ウイングの力を貸して欲しいの!」
ウイングはにっこり笑う。
「アリアに言わせると、僕は鬼教官ですよ?」
「ええ、望むところよ!」
「分かったです!なら、精一杯力になるです!」
ウイングは力強く頷いた。




