凱旋なのです
アリアとウイングは『白夜の華』の面々とパーティーを組むことを受け入れた。
アリアは嬉しそうに言う。
「これで私も『白夜の華』の一輪になったんですね!光栄です!」
「あ、いや、アリアには悪いんだが、パーティー名は変えたいと思っている……」
マルガレーテが申し訳なさそうに言う。
「え?」
「そうですね……女の子だけなら華のままでも良かったんですけど、ウイングに華を名乗らせるのはしのびないですよね……」
ムースも思案顔だ。
アリアが少しがっかりした顔になる。
「どうせなら、混ぜちまえばいいじゃん!
『白夜の蒼穹の不死鳥と華』みたいな感じでさ!」
「長い!」「センスがないわ!」「意味が重複してるです!」「ミルキルには任せられないわ……」「それはちょっと……」
ミルキルは発言と同時に全員から集中砲火を浴びて撃沈する。
「ここは思いきって、『煉獄の毒蛇』とかいいと思います!」
「暗殺者パーティーかよ!」「モーリーは好きね、そういうの……」「中二過ぎです!」「グロい!」「それはちょっと……」
モーリーも撃沈した。
マルガレーテがポンと手を打つ。
「どうせ混ぜるのなら、『白夜の蒼炎』などどうだ?」
「そうですね……響きは悪くないですね……」
ムースが賛同する。
「かっこいいです」
ウイングも充分に中二病なので、ダークさが和らいだことで受け入れやすかった。
「それよ!マルガレーテ姉さん!」
モーリーも納得らしい。
同時にミルキルとアリアも、それぐらいならと頷く。
新生『白夜の蒼炎』最初の仕事は槍地竜と雷牙槍地竜の解体だ。
槍地竜系の獲物は残すところがない。
スピアテイルはそのまま槍の穂先として、ブレス器官も対呪装甲の素材と、魔導器の発動体として、角や、少し劣るが骨は武器や防具の素材として優秀だし、鱗は鎧や盾に貼り付ければ鉄の何倍もの防御力を約束してくれる。肉も高級食材だ。内蔵だって薬の元になる。
それが雷牙槍地竜となると、その希少性も加味されて、十倍どころではない値がつくのだ。
しかし、今回の依頼は槍地竜狩りである。
依頼達成のためにはスピアテイルの先端とブレス器官(魔石含む)は提出しなければならない。
依頼は六人で八百ジン。
状態の良いスピアテイルとブレス器官を売れば四百ジンほどが今の相場で、単純に倍の買取と考えれば悪くない。
だが槍地竜のブレス器官は単純に大きい。
魔石は火と地の二つあり、ひとつが人の頭ほどもある。
さらに、対呪装甲に用いられる管部分もまとめれば毛布一枚分くらいの大きさになる。しかも、毛布と違って重い。
帰路であることを考えれば、それだけで二人掛りで運ぶような品だ。
スピアテイルも長さはアリア一人分くらいある。
スピアテイルを杖代わりに、二人でブレス器官を運ぶ。
残るのは四人で、最低一人は身軽にしておかないと、帰り道に不安が残る。
「雷牙槍地竜のスピアテイルとブレス器官は持って帰ろう。ただし、死体を見つけたということにしたい。いいか?」
マルガレーテがウイングに確認する。
これは、倒したことを素直に告白すれば、勇者でもないウイングの出自が問題になってしまうこととその殲滅力が国の上層部に知られれば、ウイングの自由が奪われるだろうことが明白だからだ。
それに伴って、ウイングはその力をある程度隠して生きることも約束させられた。
ただし、これに関しては最初からそういう生き方を余儀なくされていたウイングにとってはいつものこと。
あまり重圧にはならなかった。
「せめて荷車くらい持ってくれば良かったなあ」
雷牙槍地竜のスピアテイルとブレス器官もまた大きい。
魔石だけでも、ウイングの前世知識で言うバランスボール並で三つあり、スピアテイルの先端部分は太さもある三ミョーンという長さだ。
全員で無理をすればぎりぎり運べる程度の大きさだと言える。
「帰りは時間が掛かりそうですね……」
モーリーは既にウンザリ顔をしている。
「いや、担架を作ろう。
さすがにこのチャンスを逃がすのは惜しい……」
「それなら、手押し車を作るです」
言うなり、ウイングは一輪の手押し車を土魔法で形成、得意気な顔をしてみせる。
だが、完全陶器製の手押し車だ。
その形状にウイング以外の面々は呆気に取られる。
「こんなので運べるのかよ?」
ミルキルが荷車を引く要領で反対向きに手押し車を持とうとする。
「身体の向きが逆なのです」
言われて、身体を逆向きにする。
ウイングは手押し車に乗る。
「ちょっと持ち手を上げて、押していくです」
ミルキルは言われた通りにする。
ヒョイと持ち上がる。
ゴロゴロと動かす。
「うおっ!軽いな!おおお!軽い!軽いぞ!」
走り出すミルキル。
ウイングと二人、キャッキャと大喜びだ。
だが、車輪と車軸も陶器製なのだ。小さな段差でヒビが入った瞬間、ばきっ!と音がして、手押し車が崩壊。
ウイング諸共、盛大に転んだ。
「ぶへっ!」「おぶっ!」
幸い、怪我はなかったもののミルキルとウイングはたっぷりと砂を噛んだ。文字通りの意味で。
「むう……強度に問題があったのです……」
「このバカ!うぇ〜、ヒドイ目にあった……」
笑いながら、皆が寄ってくる。
「発想は良かったと思いますよ……発想は……」
モーリーが笑いを堪えつつ言う。
「ウイングの魔法も完璧じゃないんですね!安心しました……くくっ……」
アリアは堪えきれなかったようだ。
「ははっ!ミルキルが調子に乗るからだなっ!」
マルガレーテは普通に笑っていた。
「ふふふ……つまり、強度さえなんとかなればいいんですよね……」
ムースもにこやかに微笑みながら言う。
「そうなのです……」
ウイングは悔しそうに言う。
「なら……魔物の素材と木で作りましょう!」
「え?」
ムースの提案にウイングが驚く。
ムースは似たものなら作れると言うのだった。
受け皿部分は雷牙槍地竜の腸に槍地竜の骨を二本通して、簡易担架のようにする。
手押し車の骨格部分は雷牙槍地竜の木に擬態した鱗を切って、組み合わせて使う。
車軸受けの部分はウイングの火弾で穴を空けた。
車軸と車輪は木製だ。
ムースの魔法で丸太の薄切りを作り、それを丸く加工する。
さらに出来た丸太の薄切りに槍地竜の腸を巻き付けて緩衝材の代わりにする。
車軸は完全にお手製だ。木製だが、陶器製よりは壊れにくい。
こうして、獲物の解体と五台の手押し車を作るのに二マワリ(日)掛けた。
時間は掛かったが、それだけの価値がある。
こうして、『白夜の蒼炎』は帰路につく。
荷物は多いが、足取りは軽い。
一マワリ目、二マワリ目と過ぎ、途中で何度か魔物との遭遇戦はあったものの特に問題なく過ぎていく。
ウイングは雷牙槍地竜のスピアテイルに縄を結びつけて、それを肩掛け鞄のようにして歩いているため、さすがに歩きにくそうではあったが、これも男の務めと奮起していた。
三マワリ目、慎重に進んで来た一行は、来た時と同じだけの日数を掛けて森を抜けてきた。
「おう!ご同業、景気はどうだい?」
もう少しで森を抜けられるという時に、奥地に進もうという冒険者パーティーと出会った。
男ばかり十人の大所帯である。
「あれ?ロックじゃないか!」
斥候役のミルキルが男の顔を見て、片手を上げる。
「なんだ、ミルキルか……。
依頼帰りか?」
ロックと呼ばれた茶色い短髪の男が、気を抜いたように片手を上げる。
「なんだはないだろ!『深緑の狼』は今回、何狙ってるんだい?」
ミルキルが聞く。
『深緑の狼』は『白夜の華』と同じく、十指に入る有名パーティーだ。
「肉だよ!剣熊の大口依頼があってな……。
そっちは?」
「相変わらず、肉屋かよ!
こっちはちょっと教えらんねえな!」
ウイングたちはマルガレーテの指示で、全員茂みに隠れるように待機している。
肉屋というのは、食料品店などの依頼を専門に受けるスピード重視のパーティーにつけられる渾名のようなものだ。
ちなみに、足の遅いパーティーは食料品店などから「あいつらは腐肉屋だから、期待しない方がいい」などと揶揄されたりする。
「おいおい、そんなつれねーこと言うなよ……」
ロックは人の良さそうな顔に困ったような表情を浮かべる。
「出すもん出したら、教えてやってもいいぜ!」
ミルキルは指で丸を作ってみせる。
「お!そういうことか……物によっちゃあ、いくらか出すぜ?」
「これから、ギルドに売る情報だからなぁ……」
「大物か?」
「はんっ!大物どころじゃねーよ!」
「もったいぶるじゃねーか。百でどうだ?」
「桁が違うね!」
「はあ?千だあ?馬鹿言うなよ!」
「雷牙槍地竜……角、骨、肉、まだかなり残ってたぜ!」
「ヴァ……マジか!」
「嘘じゃねーよ!出すか?」
「くそ!足下見やがって……ちょい待ってろ……」
言って、ロックは仲間の元へと戻っていく。
その隙にミルキルはこちらに向けて腕で丸を作って見せる。
「うまく情報が売れそうってことです?」
「ああ、ミルキルに任せておけば間違いない。安心しておけ」
ウイングの質問にマルガレーテが自信満々で答える。
そうしている内にロックがまた姿を見せる。
「ほらよ!十ジンだ!」
「まいど!マルガレーテ、もういいよ!」
言われて、マルガレーテの指示の元、『白夜の蒼炎』は動き出す。
ミルキルはロックに場所を教えてから、彼らと別れて戻ってくる。
その手には金袋が握られている。
「十ジンで売れたよ!よかったかな?」
ミルキルがウイングに確認する。
「問題ないのです」
ウイングとしては、雷牙槍地竜をひとりで倒したからといって、自分の所有権を主張するつもりはない。
その辺りはこの帰路の中でしっかり話し合って、全てまとめて山分けということになっている。
ロックたち『深緑の狼』とすれ違う。
全員、屈強な男たちでむさい。
ロックはぱっと見、人の良い優男風だが、良く見れば筋肉が付くべきところに付いている。
ロックは肉や素材、特にウイングが持つスピアテイルに目を丸くする。
「うおっ!すげえ!ラッキーだな!お前ら新人だろ?」
ロックはウイングとアリアに向かって言う。
「この二人は私たちとパーティーを組んだんだ。
アリアとウイングだ。よろしく頼む」
すかさずマルガレーテが一言添える。
「マルガレーテ、組んだってパーティーに入れたのか?」
「いや、対等な立場での新パーティーにするつもりだ」
「は?『白夜の華』に入れたんじゃねえのかよ?」
「今後は『白夜の蒼炎』としてやっていくつもりだ」
「いや、新人だろ?」
「だから何?新人と新パーティー組んだらいけない?」
モーリーが攻撃的に言う。
「いや、だって『白夜の華』の名声捨ててまでやることか?」
ロックが理解できないという風に首を傾げる。
確かに新パーティーとなれば、序列は一番下、新人パーティーという扱いを受けることになる。
今まで『白夜の華』はシューティの町で十指に入ると言われてきたのが、一から出直しをすることになるのだ。
ウイングやアリアはその辺り、まだ新人なので、それが何を意味するのか理解できていなかったが、実績と名声を捨てるというのは、なかなかにできることではない。
「ふん、実績も名声もすぐに取り戻す。それができると踏んだからこその新パーティーだ」
マルガレーテが冷たく言い放つと、ただでさえクールビューティーなので、寒さが一段増したように感じる。
ロックはその言葉に底冷えするかのように身体を震わせる。
「おーおっかねぇ……ま、『白夜の華』の名前を捨てさせたんだ、お前らしっかりやれよ!」
「それって何かまずいのです?」
「はあっ?分かってねえのかよ!?
『白夜の華』は十指に入る冒険者パーティーだ。
貴族や大店のデカイ依頼は名指しじゃなけりゃ、ギルドに信頼できるパーティーを特別に集めて、なんて依頼もある。
もし、ギルド全体で動くような……それこそ雷牙槍地竜が生きてる状態だったりした時にゃ、冒険者全体に協力義務ができる。
そういう時にリーダーパーティーとして、他の冒険者を纏めるのも実績と名声があるパーティーの仕事だ。取り分も増えるしな。
だが、新パーティーをそういうのに回す訳にもいかねーだろ?
そういう立場を捨てて、お前らと組むって言ってるんだよ!
そこんところ、ちゃんと肝に命じておけよ、新人!」
「え?マルガレーテさん……」
ロックの喝に、アリアが青い顔でマルガレーテたちを見る。
「大丈夫よ……アリア。
私たちはみんな納得しているもの……」
ムースがアリアとウイングに笑顔を向ける。
「おい、ロック!新しくなったウチらは、すげーからな!
舐めてると、承知しないからね!」
「はあ……ミルキル、お前もか……まあ、デカイヤマの時はせいぜい使ってやるよ!」
ロックは憎まれ口を叩いて、仲間たちと去っていく。
だが、あくまでも冗談交じりで、顔は笑っていた。
「そんなのが、あるですね……知らなかったです。
みんな、良かったです?」
「いいから新しくパーティー組もうって話になったんでしょ!」
モーリーがプイッと横を向く。照れ隠しだろうか?
「まあ、気にするなよ!あたしらは納得してんだ!」
ミルキルがニカッと笑う。
「ウイング、頑張りましょう!」
アリアが意気込んで言う。
「もちろんです!」
ウイングも意気込んで言う。
「ウイングはあまり頑張るな!目を付けられたら問題になるからな!」
マルガレーテに釘を指される。
「そうね、ウイングもアリアもほどほどに頑張らないと、冒険者なんてやってられなくなりそうだものね……」
ムースも少しの困り顔だった。
言われた二人は苦笑を浮かべ「えへへ……」としか答えられなかった。
そんなやりとりを経て、森を抜け街道を北へ。
途中、他の冒険者パーティーに会うこともなくシューティの町へと辿り着く。
六人はさっそく冒険者ギルドの一番汚い扉、通称、天国への入り口へと向かう。
だが、中に入るのはミルキルだけだ。
他は全員、手押し車を並べて外で待機している。
天国への入り口はかなり大きな造りになっているが、さすがに全員で手押し車ごと乗り付ける訳にもいかない。
暫く待つと、ミルキルがギルドの値付け担当ウォダツと、似たような格好をしたギルド職員を引き連れてやってくる。
ウォダツはウイングの持つ雷牙槍地竜のスピアテイルを見て、目を丸くする。
「おおおっ!こいつはまた立派なもんだな!」
それから、全員を見回して襟を正す。
「とりあえず、見させてもらうぜ!」
そうして、ウォダツがひとりひとりの手押し車を見て回る。
「こりゃ荷車になってんのか?」
「手押し車って言うです!」
ウォダツの言葉にウイングが答える。
「おう、坊主!またお前か!」
「大将!背負い袋、ありがとうだったのです」
ウイングは頭を下げる。
「なーに、気にすんな!しっかり活用してくれてるみたいだな!そんで初めての獲物がコレか……お前は昔のオレに似てるのかもな!」
何故かウォダツはいい笑顔で自分の過去と重ね合わせたらしい。
「大将も雷牙槍地竜を見つけたです?」
「ああ、いや、もちっと小さい獲物だったけどな……」
ウォダツ十五歳、初めての獲物は当時名うてのパーティーが斬り捨てていった空手兎である。
「いや、そんなことより、この手押し車だ……良かったら、かかあのところで、似たようなの作らせてもらっていいか?
もちろん、アイデア料は払う……そうだな……十五ジン……いや……三……」
「いいですよ!」
「……いいのかよ?」
「この背負い袋のお礼なのです!」
「おう、んじゃ有り難く!」
そうして、ウォダツの査定が始まる。
「ウォダツさん、この手押し車に使っている素材も併せて査定してくださいね……」
ムースが言う。
「任しときな!」
ウォダツが胸を叩いて請負う。
結果、素材、情報、アイデア料、全てを併せて一万四千三百八十五ジンという物凄い金額になった。
前世的に換算すると一億五千万近くの金になる。
「こりゃ、払いは分割だな……」
ウォダツが冷や汗混じりに言う。
一万二千ジンは後日、分割という形でウイングたちの手には二千三百八十五ジンがあった。
すると、他の冒険者たちがわらわらと集まってきた。
「よう!ご同業!随分と儲けたらしいな!」
男も女も、総勢百五十人ほどだろうか。
ギルド側はさっそく雷牙槍地竜の情報を売り、肉屋をやろうと思ったパーティーはさっそく情報を買って、夜も近いというのに町を出ていく。
『白夜の蒼炎』が帰るのに五日、全体を凍らせて来たという話は冒険者たちを急がせた。
肉は鮮度が命である。
だが、その場に残る冒険者たちも八十人はいる。
彼らは期待に胸を膨らませて待っている。
ミルキルは、そんな冒険者を集めて声を張った。
「今日はあたしら『白夜の華』改め、新生『白夜の蒼炎』の奢りだ!ぱーっといくぞー!」
うおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!
デカイ獲物で大金をせしめたパーティーは、他の冒険者を集めてぱーっと奢る。
これは暗黙のルールのようなものだ。
近場にある酒場に全員でなだれ込む。
酒場で呑んでいた奴らも全員巻き込んでの乱痴気騒ぎである。
肴はもちろん『白夜の蒼炎』による冒険譚と、如何にして『白夜の蒼炎』を組むに至ったかだ。
話せないことは沢山あるものの、そこは酒場での与太話なので、適当に背びれ尾びれがついて、正体不明の話がでっちあがっていく。
この場では、情報の真偽がどうとかよりも盛り上がればいいのである。
「……そこでアリアの風魔法が炸裂したのよ!剣熊の頭がスパーン!よ。
すっごいの!もう、とにかくすっごいの!」
モーリーが果実酒片手に、顔を真っ赤にして熱弁をふるっている。
「ぶははははっ!初級の風魔法じゃできねえって!」
「違うのよ!一日に三回しか使えない天族の秘法かなんかよ、アレは!」
「ひ、秘法!ぶふぉっ!アリアと前に組んだことあるけど、風と火の初級がせいぜいだっての!ぶははははっ!」
酒を飲み交わしている男はアリアと面識があるらしい。
「あ!信じてないわね!嘘じゃないんだから!」
膨れっ面になるモーリーのところにマルガレーテがやってくる。
「私はアリアのアレは狭間の灰魔法師に習った次元魔法だと認識してるがな」
男は腹が捩れるくらいに笑っている。
「は……狭間……ひぃっ……わ、分かった……もう勘弁してくれ……これ以上は腹筋が壊れ……ぶははははっ!」
「まあ、見てないやつに何を言ってもそんなものだ。
いつまでも新人だと思っていると、痛い目を見るぞ。
モーリー、こんなアホに真実を教えてやる理由もない。
こっちで、私と飲もう……」
「そうね、真面目に話すだけ馬鹿らしいわね……」
言って、席を離れる二人を男は腹を抱えたまま見送った。
「……つまり、このウイングはこんな可愛い顔して、怪力の持ち主なんだ!どうだ、腕相撲で勝てたら一ジン、一回十ルーン!」
ウイングとアリアが二人で飲んでいるところに、ミルキルがやってきて、ウイングの片手を持って目立たせる。
「ちょっ……いきなり、なんです?」
「いいから、いいから……余興だよ、余興!」
ミルキルが小声でウインクして見せる。
「どうだね、そこのマッチョくん!」
そこそこ厳つい男にミルキルが声を掛ける。
「いやいや、そんな小僧に勝って一ジンも巻き上げたら罰が当たるぜ!」
「おやおや〜自信がないのかな〜?
よし、じゃあ、勝てたら更に、あたしがキスしてやんよ!」
「おいおい、そんな話に乗ると思ってんのか〜?」
言いながら男の目尻は垂れている。
「あら、面白そうですね……じゃあ、私もキスしますよ……」
酒で多少、潤んだ瞳でムースが手を上げる。
「私も乗ろうか!」
「ウイングなら負けないでしょ!」
奥で飲んでいたマルガレーテとモーリーも手を上げる。
「わ、私も……」
アリアも恥ずかしそうに手を上げる。
「おい、マジか!『白夜の華』の全員と!」「ムース姉さんのキキ、キッスだと!」「モーリーちゃん!」「まさかのマルガレーテ様までっ!」「バッカ!俺はアリアちゃんだ!」
男共が一斉に懐を探り始める。
「おい!あたしのキスじゃ不満かよ!」
ミルキルが怒声を上げる。
どっと辺りから笑いが漏れる。
「てめーらぁ……おい!ウイング!負けるなよ!
これはもう余興じゃねえ!『白夜の蒼炎』対アホ男共の戦争だ!」
ウイングは可笑しそうに笑って答える。
「任せるです!」
酒場中央に立ち飲み用テーブルが用意される。
ウイングはその片側に立つと、片肘を付く。
「さ、誰から来るです?」
「俺だ!」
最初に指名されたそこそこ厳つい男が飛び出る。
十ルーンをテーブルに叩きつけるように置くと、ミルキルが外から飼葉用の桶を持ってきて、そこに金を落とす。
酒場で相伴に預かっていた女冒険者が審判役を買って出る。
そこそこ厳つい男は腕まくりをして肘を付く。
「レディ……ゴー!」
「ぬおりゃぁあっ!」
二人の力は拮抗しているように見える。
もちろん、ウイングが手を抜いているのだ。
ジリジリとウイングの腕が相手を押していく。
相手の顔は真っ赤だ。
「ふぐぐぐぐっ……」
相手が身体全体で押し返そうとするが、奮闘虚しく、パタンと手の甲をテーブルに着いた。
「勝者、ウイング!」
酒場がどよめく。次は俺だ!次は俺だ!と次々に挑戦者が現れる。
だが、いい勝負になるものの、誰も勝てない。
ゴツイマッチョマンでも勝てないのだ。
ざわめきが広がり始める。
「ふう……疲れてきたです……一杯もらうです……」
ウイングはアリアに頼んで水で割った果実酒をひと息に飲む。
男共は気付く。
そうか、自分たちはタダ酒だと思ってがっつり飲んでいる。
だが、あの小僧は大して飲んでいないのだ、と。
男共は再燃する。水を腹に詰め込んで再燃する。
挑戦、勝者ウイング。挑戦、勝者ウイング。挑戦、勝者ウイング。
「もう一杯、もらうです……」
「お前、やるなあ!俺の杯、受けてくれよ!」
男の一人がウイングに空のコップを渡す。
ウイングは礼を言って受け取る。
「ささ、グイッと……」
男は割っていない果実酒をコップに注ぐ。
ウイングは飲み干す。
「あ、なんかこれ、美味しいです……」
挑戦、勝者ウイング。挑戦、勝者ウイング。挑戦、勝者ウイング。
「俺の杯も受けてくれよ!」「俺も!」「俺も!」
次第に度数の高い酒が注がれていく。
ウイングは言われるままに飲む。
この世界に来て、初めて酒を飲んだのは食前酒として出されるようになった十二歳の頃だ。
そこで初めて知ったのだが、魔王族はほとんど酒に酔わない。それは人化の指輪を嵌めている今も変わらない。
だが、これは余興なので、多少のスリルを演出するべきだろうと、わざと酔ったフリをする。
「ち、ちょっと……目が回ってきたです……」
「お、おい、大丈夫か、ウイング?」
「んひひ……らいじょうぶなのれす!」
ミルキルの心配をよそに、ウイングは勝利と杯を重ねる。
「おい、くそつえーぞ、アイツ……」
「くそ!誰か勝てるやついねーのかよ!」
男共に諦めの色が漂った時、その男は現れた。
シューティの町、ナンバーワンパーティーを『紅蓮の獅子』『風界の鷲』と競い合う『砂塵の爪』そのパーティーリーダーにして、宝剣熊の異名を取る男、アールタイル。
スキンヘッドに筋骨隆々の身体、どこのディストピアから来たのかと思うようなふてぶてしい顔つきをしている。
「邪魔するぞ。『白夜の華』が大金星の宴会を開いていると聞いて、祝いを持ってきた……」
男は肩に樽を乗せたまま、酒場に入ってくる。
地面に樽を降ろすと、ドズンと重そうな音を立てる。
「アールタイル……」
「宝剣熊……」
「『砂塵の爪』のマルガレーテ狂い……」
アールタイルはマルガレーテに惚れている。これもまた有名な話である。裏でこっそりと異名が広がるほどに。
じろりとアールタイルが声のした方を睨みつける。
全員が視線を逸らす。
「うわ……最悪のタイミングで来たな、アールタイル……」
ミルキルが頭を抱える。
「どういう人れす?」
ウイングの質問にアリアがそっと耳打ちする。
「………………」
「おお、大物なのれす……」
アールタイルは全体を見回して、不思議そうな顔でやってくる。
「これは、何をやってるんだ、マルガレーテ?」
「ああ、今は余興で腕相撲をしている。ここにいるウイングに勝てば、一ジンの賞金と私たち全員から祝福のキスが貰えるぞ」
マルガレーテは胸を張って、そう告げる。
実のところ、マルガレーテはアールタイルの想いに全く気付いていない。
「何っ!?マルガレーテも参加しているのかっ!」
くわっ!と擬音がつきそうなほどに目を見開いて、アールタイルが聞く。
対するマルガレーテは気分が良いのか、薄く微笑んで、
「ああ、『白夜の蒼炎』全員からの祝福のキスだぞ!」
さらっとウイングもキスするような流れの話になっていた。
しかし、誰かが指摘する前にアールタイルの質問が飛ぶ。
「『白夜の蒼炎』?」
「そうだ。『白夜の華』は解散。私、ムース、ミルキル、モーリー、アリア、ウイング、この六名で新しく『白夜の蒼炎』というパーティーを組むんだ。
明日には登録に行かなければな」
「なっ……!?」
アールタイルの顔面が真っ白になったかと思うと、青ざめ、それからぶるぶると真っ赤になる。
ウイングを視線で殺したいというほどに睨みつける。
「許さん……
このスケコマシめ!勝負だ!」
アールタイルがウイングに指を突きつける。
「アールタイル!お前は宴会に参加してないだろっ!」
ミルキルがアールタイルを非難する。
「僕はやってもいいですよ?」
先程までの呂律の回らなさが嘘だったかのように、ウイングがけろりと言う。
「小僧がいいって言ってるなら、いいじゃないか!」「そうだ、そうだ!」「おー!やれ!やれー!」
男共はウイングの負ける姿が見たいのか、アールタイルの味方のようだ。何故か最後にマルガレーテも野次を飛ばしているが、酔っているのだろうか。
ミルキルは眉間の皺を揉みほぐして、顔を上げる。
「んじゃ、一発勝負だぞ!それでいいな! 」
「おう、充分だ!」
アールタイルが肘を付く。
ウイングがそれに合わせる。
「いいですか……レディ……ゴー!」
「やれ!」「いけ!」「ぶっ殺せ!」
男共が叫ぶ。
「盛り上がってきたです」
最初はお互いに様子見だろうか、余裕が窺える。
「なかなかやるじゃねえか……だからって余裕ぶってると、命取りだ、ぞっ!」
アールタイルの筋肉がひと回りも膨らむ。それに伴う力は推して知るべしだ。
いきなりのパンプアップにウイングの腕が四分の三ほど持っていかれる。
「押し切れ!」「アールタイル!」「壊せ!」
ギシギシとテーブルが軋む。
「勝て!ウイング!」
マルガレーテの激励が飛ぶ。アールタイルの目線がマルガレーテに向かう。
一瞬の隙が生まれる。
ウイングが返す。今度はアールタイルが残り四分の一になる。
「ふおっ……おおおおおっ!」
アールタイルが歯を食いしばり、額の血管を破裂させんばかりに力を込める。
ウイングもさすがに連戦で疲弊していたらしく、最後のひと踏ん張りが利かない。
「くっ……負けない、ですぅぅぅ!」
意識しないままに、糧が流れる。ウイングはここまで糧を使わないようにしていた。
だが、無意識に糧がウイングの力を増していた。
バン!と音がする。
「勝者、ウイング!」
審判の女冒険者が宣言する。
「やったな!ウイング!」
マルガレーテがウイングを引き寄せてその頬に唇を寄せる。
相変わらず、時折見せる無邪気な微笑みに男共がノックアウトされる。
それから、ミルキル、ムース、モーリー、アリアとキスの嵐だ。何故か審判役の女冒険者までもキスしてくる。
男共が羨ましさに怒号を上げる中、アールタイルはマルガレーテを見上げて泣きそうな顔をする。
たまたまそれを見つけたマルガレーテが近付いて、ポンポンと頭を撫でる。
「いい勝負だった!やはりアールタイルは戦う姿が絵になるな!」
アールタイルがそれだけで救われたような顔をする。
だが、それには構わずマルガレーテはウイングを賞賛する輪に戻っていった。
アールタイルはニヤニヤと笑う。
「おい、アールタイルの奴、また落ちたな……」「ああ、脳内マルガレーテにかっこいいとか素敵とか言われてるんじゃないか?」「マルガレーテが関わらなきゃ頼れる男なんだがな……」
男共はそんな噂話をするのだった。
素材買取内訳。値段はジン表記。
依頼達成八百
槍地竜
ブレス器官……三百
スピアテイル……百
以上、依頼達成に含む。
腸……ゴム代わりなので、値段付かず。
骨……十本で八十
雷牙槍地竜
ブレス器官……管千、地の魔石千三百、火の魔石千三百、雷の魔石二千
スピアテイル……三千
腸……状態悪し、二十(本来十五だがウォダツの心意気)
鱗の欠片……枝状の細いもの、加工跡アリ二十四
肉……冷凍、最高品質八十グト〈kg〉一グト十ジン、八百
心臓……冷凍、最高品質百二十三グト〈kg〉、一グト三十二ジン、三千九百三十六
情報
『深緑の狼』より十
ギルドより百
以上。
ちなみに心臓はウイングが一人で運んでいます。
道中、何度か車輪や車軸は交換しています。




