因縁の対決なのです
ちょっと長めです。
分かり難かったら、申し訳ないです。
伝われ!この想い!(笑)
翌朝、といってもまだ日が昇る前の時間だ。
ウイングはいち早く起き出してくる。
「あら……?まだ寝てていいですよ?」
見張りをしているおっとり爆乳ムースが、静かにウイングに言ってくる。
「おはようなのです!見張り、ありがとうなのです……」
ウイングの目覚めははっきりしている。
長年の習性から、短い睡眠時間で深く眠る癖がついている。
だから、ウイングはあまり眠らなくても平気だ。
「いいえ……昨日はお風呂とお食事、ありがとうございました……」
ムースは穏やかに言って、軽く頭を下げると、また辺りに気を配る見張りに戻る。
ウイングは軽く適当呪文を呟いて、竈に火を入れる。
それから、朝食を作り始める。
見るとはなしに見ていたムースが、声を掛けてくる。
「朝も何か作るんですか……?」
ウイングは剣熊肉の下拵えを始める。
樹海に生えている食べられる草と、自分の背負い袋から味噌に似たものを取り出すと、刷り込んでいく。
辺りから小石を拾って竈の火にくべる。
「まあ、お楽しみなのです!」
肉は食べやすく一口大に切って、串に刺して直火焼きにする。
「ああ、いい香りがしますね……」
ムースがそわそわすると、それに合わせて爆乳が震える。
ウイングは一瞬、それに目を奪われるが、慌てて料理に集中する。
食べられる草を湯通しして、塩と香辛料で軽く味付ける。
肉の焼け具合を見ていると、背中に巨大なマシュマロが押し当てられる。
「ちょっ……!?」
さすがに寝苦しいので、ローブの下の鎧は外してそのままだ。
ムースは完全に後衛のため、そもそも鎧をつけていない。
布越しにその感触が伝わってきて、ウイングはどうしたらいいのか分からず、身体を硬直させてしまう。
「ア〜ンっ……」
耳元で囁かれるおねだりボイスは、暴力的な官能を呼び覚ます。
さらに横目で見れば、ムースはその柔らかそうな小さな口を一所懸命に開けている。
ウイングは頭がクラクラして、どうにかなってしまいそうなのを懸命に堪えながら言う。
「あ、味が濃いから、お、美味しくないです……」
ムースはやはり耳元で、
「慣れてるから……大丈夫……ア〜ンっ!」
ウイングは腕だけを動かすようにする。身体ごと動くとマシュマロの蠢く感触がダイレクトに伝わってしまうので、腕だけを動かすようにして、串から肉をひと切れ外し、少し冷ましてから背中側に差し出す。
「はむっ……」
ムースはその肉をウイングの指ごと舐めるように口に入れる。
「わっ……わっ……!」
慌てて指を引っ込める。
「ん〜……確かに濃いめだけど、美味しい……!」
ムースが離れて、口についた脂を舐めとる。
そんな仕草にもドギマギしながら、ウイングが距離を取る。
「か、からかうのダメです……」
「うふふ……年上はいや?」
「そ、そうじゃないですけど、一応、僕も男なのです……」
ムースは蠱惑的な笑みを浮かべる。
「うん、知ってる……まあ、困らせるつもりじゃないから許してね……なんだか、可愛くって……」
言って、今度はコロコロと笑った。
その仕草が妙に可愛らしく見えて、先程の蠱惑的な笑みとのギャップにまたクラクラしそうになる。
ウイングは一度、頭を振ると「そういうのダメですよ……!」と形だけ怒ってから、料理に戻る。
ムースも「はーい……」と形だけ反省して見せて、見張りに戻る。
そうこうしている内に、マルガレーテとモーリーが起き出してくる。
「いい匂いがするな。おはよう」
「おはようございます」
「おはようなのです」
「おはよう!」
挨拶を交わす。
マルガレーテは未だ眠るアリアとミルキルを見て、ひとつ気合いの息を吐くと、二人を起こすべく行動することにしたようだ。
寝起きの悪い二人を起こすのはひと仕事なのだろう。
「朝から料理はありがたいけれど、ウイングはちゃんと寝たの?せっかく見張りを私たちでやったんだから、それで寝不足とか言わないでよ!」
「ばっちり休ませてもらったから大丈夫なのです!」
素直じゃない感じで、こちらを気遣うモーリーに、ウイングはくすぐったい気持ちになる。
これがツンデレというやつなのです!
と、前世の半端な知識で判断する。
前世ではあまりアニメなどに詳しくなかったので、学友の会話の断片からの受け売りだ。
友達とはっきり呼べる相手がほぼいなかった前世なのだ。
「さて、出来たのです!」
どうにか起きたアリアと未だ目を閉じて揺れるミルキルに挨拶してウイングは各自の食器に水を入れてまわる。
それから、肉串を各自に配る。各々が黒パンを用意したら食事の開始だ。
「この肉串から肉を外して、水に入れるです……それから……」
竈に放り込んだ焼けた石を取り出すと、それを自分の食器に入れる。
途端に水が沸騰して、肉から味噌と脂が溶け出していく。
そこに軽く湯通しした草を追加で入れれば、味噌バタ風スープの完成だ。
剣熊の肉は脂が多く、その脂はかなりコクがある。
まだ肌寒い朝の一杯としては身体が温まる嬉しい朝食だった。
また、焼けた石で沸騰する様が見た目にも楽しいらしく、ミルキル以外の面々は目を輝かせていた。
全員の食事が終わる頃、陽が昇る。
途端、ミルキルが目を開ける。
「何?このいい匂い?」
「ふふっ、ウイングが作ってくれたんだ。見てろ……」
何故かマルガレーテが自信ありげに、肉を水にぶち込む。
「え!?いぢめ?私がいつも朝、起きられないからいぢめなの?」
寝起きとは思えないテンションでミルキルが叫ぶ。
「さあ、これからだ!」
マルガレーテがわざと意地の悪い笑みを浮かべる。
他のみんなも似たようなものだ。
マルガレーテの持つ器に、モーリーが焼けた石を持っていく。
「この石は食べられないのよ、ミルキル姉さん」
わざわざそう宣言するモーリーはとても楽しそうだ。
『白夜の華』のメンバー内でしか見せない笑顔を、ウイングやアリアの前で見せていることに、ムースとマルガレーテはこっそり喜んだ。
「うわー!やーめーろー!」
この世の終わりみたいな声だった。
だが、ミルキルの叫びも虚しく、黒い鎧と黒いドレスの二人はニヤニヤと笑いながら躊躇なく実行する。
ゴボゴボと器が地獄の釜のような音を立てる。
それをミルキルの前に置くと、黒パンを持たせる。
「さあ、食べろ!」
「うわーん!これはひどいよー!」
ミルキルが目を覆って泣く。
それをモーリーが外して優しく言う。
「違いますよ、ミルキル姉さん。良く見てください……」
マルガレーテは湯通しした草を散らす。
ホコホコと湯気を立てて、香りがさらに広がる。
「なんぞこれー!」
「食べてみて欲しいです!」
笑いながらウイングが言う。
ひとくち、啜ってミルキルが言う。
「うまー!」
ミルキルが食べている間に、全員で火の始末などを済ませる。風呂と竈は、新しい目印にするからとミルキルが食べながら言うので、水だけ抜いてそのまま残すことになった。
灯りの魔導器は、ウイングの私物なので回収する。
ウイングが鎧を着けていると、モーリーに話し掛けられる。
「ねえ、そんな立派な鎧着てるなら、ローブ着る必要なくない?」
ローブは厚手のもので後衛用の防護服という扱いなので、鎧と二重に着ているのは、おかしいと思ったのだろう。
ウイングとしては思い出の品の鎧なので、下手に紋章を消したりしたくない。だから、ローブで隠しているのだ。
かと言って、それを説明する訳にもいかない。
「これは趣味なので、気にしないで欲しいです……」
「ふーん……変なの……まあ、好きで着てるんなら、いいけどね……」
モーリーも冒険者のくせにゴスロリドレスを着用しているので、冒険者としてはかなり異質な格好なのだが、趣味ならばと気にしないことにしたようだった。
準備が整い、出発する。
狙っている槍地竜はまだ奥らしく、今日の移動だと夕方くらいに出現場所の近くに着くことになるだろうという話だった。
樹海の中は同じような景色が続くが、言われてみれば少しずつ違う。
森の中の岩場、水場、勾配などの地形的な違いもあれば、キノコの群生地、花の園、虫が集まる場などの違いもある。
木の種類も場所によって集まりやすい植生などがあるらしく、良く観察すれば少しずつ違いが分かってくる。
ウイングは観察好きなところがある。
例えば、種族による差を見つけることも好きだし、職人技の細やかな手さばきなども見ていて飽きない。
その観察好きな魂が細かい場所の違いを見分けて、少しずつインプットしていく。
冒険者が言う頭の中の地図とはこういうことかと、職人技の一端に触れた気分で、一人ニマニマとしてしまう。
昼ももう過ぎた頃で、少しずつ地図作りにウイングが熱中していく。
と、時折打っているソナーの魔法に反応がある。前方に多数の生物反応がある。
「あれ?魔物の吹き溜まりです?」
少し前を先行している褐色の元気娘ミルキルが耳聡く聞きつけて、戻ってくる。
「おおー!この距離で分かるとは、凄いじゃん!」
距離は四百ミョーンほどだろうか。
剣熊や爆裂蜂、一角狼が至近距離でお互いを攻撃せずに共存している。
マルガレーテが改まった態度で言う。
「すまないが、ウイングの力を少し試させてくれないか?
そのためにミルキルに言って、魔物の吹き溜まりまで案内して貰った。
もちろん、嫌なら断ってくれて構わない。だが……」
リーダーとして全員の力量を知っておきたいという言葉を重ねるまでもなく、ウイングは答えた。
「いいですよ」
「……助かる。
見える範囲で指定してくれれば、ミルキルが魔物を引っ張ってくる予定だ。
吹き溜まりの魔物は、吹き溜まりの範囲から逸脱するのを嫌う傾向があるから、それほど遠くまで追って来ないしな」
「チームの力になれる証明をすればいいですよね?」
ウイングはどうすればみんなに認められるだろうと考える。
だが、モーリーは呆れたように言う。
「違うわよ……みんな、アリアから聞いてウイングが魔物の吹き溜まりを突破できるくらいの力があるのは知ってるわ!
だから、そんな心配なんかしてない。
これは、貴方が自由に戦う時に必要なフォローは何なのか、私たちがどう動けばいいのかを探るためのものよ。
いざ槍地竜を見つけても連携が取れなかったら危ないでしょ!」
「そ、そういう意味だったです?」
ウイングは馴染めない自分をどう扱うべきか探るものだと思っていたが、意味としては逆にみんながどう動くべきか探るものだということを、ようやく理解した。
「まだ、ウイングも我々『白夜の華』の力量を把握していないだろう。
それを知ってもらうためにも、連携の練習をしておこうと思うんだ」
「そそ、まあ、最初はウイングが好きに動いて、後から私らがフォローに入るから、そこで連携の確認をしようってとこかな?」
マルガレーテとミルキルが口々にフォローを入れる。
『白夜の華』の面々は敏感に、馴染めていないだろうという不安を抱えるウイングに気付いているのだ。
「アリアも……暫く見ない間に随分と変わったみたいだから、それの確認もしましょうね……」
ムースがアリアの肩を優しく抱いて言う。
アリアは何故か顔を赤らめて、小声で「はい……」と答える。
ウイングは、女の人同士でもマシュマロの威力は効くですね……と思いながら、提案をする。
「じゃあ、最初に僕とアリアの連携を見て貰うのがいいですかね?」
「あ、ああ、それでも構わないが……あ、待て!」
マルガレーテの言葉を全て聞く前にウイングは駆け出す。
「アリア、ついてくるです!」
それを見たアリアは、ハッと我に返って、慌てて後を追って駆け出す。軽めに走っているとはいえ、ウイングのスピードに追いつく走りだ。
「ちょっ……ウイングっ!」
「とりあえず、視界を確保するです!アリア、フォローは任せたです!」
言って、ウイングは魔物の吹き溜まりまで百ミョーン(メートル)程で呪文を唱える。
最近はアリアに呪文詠唱の見本として、真面目に自分も唱えることにしているウイングである。
「マナよ集いて、木々を打ち払え!
我が加護にて、願う……風弾百擊」
本来ならば無詠唱で使う魔法を詠唱する。それもアリアよりわざと短めにするのは、詠唱破棄の目標をアリアに示すためでもある。
百発の空気弾がウイングの前方、百二十度の範囲にショットガンのようにばらまかれる。
木々をへし折り、見晴らしのいい空間を作る。
「マジか……」
敵を引っ張ってくる予定だったミルキルはぼう然と見送るしかなかった。
「ア、アリアができるのなら、教えたウイングもできるのが道理よね……」
引き攣った顔でムースが言う。
「いけない!吹き溜まりの魔物が集まってくるぞ!」
マルガレーテが現実に気付いて、慌てて大盾を取り出す。
「姉さんたち!見て!」
モーリーが前方に注意を向ける。
そこでは、アリアがメイスを振るって剣熊を完璧に抑え込んでいた。
最初、アリアはウイングが飛び出したのを見て、何も考えずに追ってしまった。
ウイングにフォローを頼まれてから、気付いたのだ。
何故、追ってしまったのかと。
自分にはまだ魔物の相手は荷が重い。ウイングに言われたからと言って、律儀に付き合う必要はなかったはずなのだ。
もしくは、水の精霊タマのフォローで飛距離三百ミョーン(メートル)を誇る水の弾丸などでもっと後方から援護でも良かったのだ。
だが、最近の訓練の賜物か、ウイングの咄嗟の言葉に従う癖ができていた。
ウイングの魔法で木々が倒れる中、剣熊と爆裂蜂が飛び出してくる。
「熊あげるです!」
言ってウイングは短弓を取り出すと爆裂蜂に狙いをつけはじめる。もう剣熊はそこまで迫っているのだ。
アリアは慌てて腰のメイスを抜くと、剣熊に対峙する。
剣熊は駆ける勢いそのままに、その強靭な腕を振るう。
「っきゃー!」
悲鳴のような奇声を上げて、アリアはなんとかその腕にメイスを合わせようとする。
遅い。
剣熊の攻撃が遅いのだ。普段、ウイングとやる稽古はもっと早い。
あまりに遅いので、チラとアリアは剣熊の全体を見る余裕すらある。
隙だらけだ。
ウイングなら言うだろう。「足、止まってるです!脇、がら空きです!首、変な力、入れないです!」三発は教鞭でペチペチされる。
アリアはメイスの軌道を変えて、剣熊の顎をかち上げてやる。
「ブゴルァッ!?」
力を入れて固まった首に衝撃が入る。しかも、筋肉で力を入れている方向と直角にだ。
剣熊がバク宙したようにぶっ飛ぶ。
アリアは恐る恐るメイスを構えて、剣熊を見る。
剣熊は頭を振って衝撃から立ち直ろうとするが、フラフラだ。
それでも、敵意が膨れ上がっているのか、果敢に突っ込んでくる。
アリアは、剣熊ってこんなに隙だらけなんだと思いながら、それを迎え撃った。
マルガレーテは盾を構えながらも、動き出せずにいた。
「なんだ、あれは……」
マルガレーテとて歴戦の戦士だ。剣熊なら二体、三体同時に相手してもびくともしない。
ただ、より安全度を求めて、チームで戦えるならそうするだけだ。
アリアの動きは自分と比べても遜色がない程に洗練されている。
アリアは冒険者になって半メグリ(年)、それが四十マワリ(日)ほど見ない間に、こうまで変わるのかと思うと驚愕を隠せない。
「なんだ、アレは……?」
ミルキルはウイングの弓さばきを見て、愕然としていた。
基礎はできている。だが、連射することを重視して、狙いが甘すぎる。
最初の一発だけだ。まともに撃てたのは。
それとて、爆裂蜂の正面から放ったために避けられている。
それに格好つけているのか、たまに弓をくるくる回して遊んでいる。
「なんなの……あれ……?」
ムースはウイングの動きを見て、慄然を感じていた。
爆裂蜂は爆裂する針を撃ち出す巨大な蜂の魔物だ。
中型犬くらいある身体に俊敏に動く翅を持っている。
その爆裂する針は避けても、着弾地点で爆裂。硬い針の外装が破片となって襲いかかる脅威の攻撃だ。
だが、弓で応射するウイングには、一発も、ひと欠片も当たっていない。
ウイングの動きは緩急が激しく、見失いそうになるが、ムースだって伊達に後衛専門でやってきた訳ではない。
前衛の動きをちゃんと見て、的確に攻撃を入れることができなければならない。
その眼が捉えているのは、爆裂した針の破片を弓の端に付けた金属で打ち落とす動きだ。
それも、爆裂半径にアリアが入りそうになる時だけ、くるりと弓を回すようにして、危なそうな破片を打ち落とすのだ。
「なに……あれ……」
モーリーは陶然とウイングを見ていた。
弓が当たらないと見たウイングは、腰の二剣を抜いた。
黒い刀身の装飾が施された長剣と全体を魔物の牙からくり抜いたかのような武骨な白い小剣。
爆裂蜂も爆裂する針をこれ以上生成できなくなったのだろう。一度、大きく上空に浮かぶと、急降下と同時に接近戦を挑む構えのようだ。
角度を付けた急降下攻撃は地上からすれば致命の一撃だ。
避けるだけでも苦しい。
なのに、呼吸を合わせたかのようにウイングは跳んだ。
そのまま、一閃、いや二閃。
身体を舞うように捻って、翅と胴体を真っ二つにしたのだ。
美しい動きだった。モーリーがその頂きを望んで、望んで、足掻いて、足掻いて求める動きがそこにあった。
そして、爆裂蜂を倒したウイングが、矢を拾いながらアリアに目を向ける。
「おお!アリアも結構動けるようになってきたです!」
アリアのメイスがちょうど剣熊の頭をかち割ったところだった。
アリアは未だ信じられないという目で自分の手を見つめている。
「私……強くなったんでしょうか?」
「そこそこ良くなったと思うですよ」
攻撃力に不足は感じるものの、剣熊の動きはしっかり見えていた。
ようやく、実感が湧いてくる。
「おぉ……ウイング先生のおかげですね!」
「感動してる暇はないです、もう次が来るですよ」
ウイングが木々をへし折ったために、それがバリケード代わりになっている。
だが、阻む者がいないので、そのバリケードも単なる障害物だ。
次々と魔物が吹き溜まりから出てくる。
身体中に角を生やした大地牛、顎の脇に毒鞭を備えた大蛇、毒鞭蛇、爆裂蜂の群れ、一角狼の群れ、それに留まらず多種多様な魔物たちが一斉に出てくる。
呆気に取られていた『白夜の華』の面々もようやく現実に返る。
「早くこちらへ!」
「あれヤバい!逃げよう!」
さすがに数が多過ぎると見たのか、必死にウイングとアリアを呼ぶ。
「あれ?連携の確認はいいですかね?」
ウイングが暢気に言う。
アリアは既に逃げながら、ウイングに叫ぶ。
「なにしてるんですか!逃げないと!」
「あ、なんか見たことないのとかいるです!」
「ちょっ……ウイングっ!」
「分かってるです……行くです、行くです……」
ギルドの座学で教わらなかった魔物に興味を引かれるものの、団体行動を乱すつもりはないので、ウイングも渋々駆け出した。
時おり振り返って、爆裂蜂は魔法で始末しておく。
『白夜の華』と合流して、一緒に逃げる。
少し逃げるだけで、吹き溜まりの魔物たちは「二度と来るなっ!」「近付くんじゃねぇっ!」とでも言うように、鳴き叫び、魔物の吹き溜まりに帰っていった。
「はぁっ……はぁっ……」
「もうっ!ふぅ……ふぅ……何なのっ!」
辺りが静かになるまで逃げて、ようやく全員が止まる。
ひとしきり、全員の息を整える音が響くと、いち早く回復したミルキルが怒声を上げる。
「ウイングー!」
パカーンッ!と良い音がして、ウイングに拳骨が落ちる。
「あたー!」
驚いたように全員の視線がミルキルに集まる。
「痛くしたんだ!バカタレ!」
「いきなり暴力はヒドイのです……」
今までこういう扱いを受けてこなかったウイングは、痛みというより精神的なショックで涙目だ。
だが、ミルキルの怒りは収まらない。
「お前昨日、リーダーはマルガレーテでいいって言ったよな!?なのに、いきなり飛び出して、あたしが魔物を引き寄せるのも待たずに、リーダーの静止も聞かないってのは、どういう了見だ?」
「それが一番手っ取り早いと思ったのです……」
一応、言い訳してみるウイングだったが、もう一発、拳骨が落ちた。
「何考えてんだ!
魔物の吹き溜まりは知ってんだろ!
あんな大騒ぎにしたら、吹き溜まり中の魔物が集まってくるのぐらい、わかんだろうがっ!」
「あれぐらいなら勝てるです……」
パカーンッ!とまた良い音が鳴った。
「どこの部族の出だか、常識知らずの賢者の弟子だか知らないけどな!『一人で勝てる』のと、『仲間の命を考えない』は違うんだよ!
お前がどれだけ強くても、あれだけの数を一人で一匹も逃さず戦えるのかっ!?
お前が何匹かと戦ってる間に、アリアは、あたしらは無事でいられると思ってんのか?
冗談じゃねえ!お前みたいな超人と一緒にすんなっ!」
ミルキルの言葉にウイングは目を見開いた。
確かに自分は強い。だが、その強さを見せびらかす為に仲間の命を危険に晒すことになるという点は考えただろうか?
いや、考えた。
だが、それは自分の尺度での考えだ。
だから、アリアを守りながらあれぐらいの数を相手にしても勝てると踏んだ。
だが、『白夜の華』が援護に来ていたらどうだろう?
魔物が少しずつ数を増やすような状況だったなら、彼女たちはきっと援護に来ていた。その直後にあれだけの数に囲まれでもしたら、ウイングがいくら強くても守りきれない。
そのことを考えた時、急に怖くなった。
同時にマルガレーテの言葉を軽視していた自分に気付く。
言葉で、マルガレーテに従うと言いながら、その言葉を無視した。その程度で考えていたのだ。
その事に気付いた時、ウイングは泣いた。ジワジワと溢れてきた涙が堪えきれなくなり、申し訳なさと怖さが溢れて、子供のように泣いた。
「あああぁぁぁ!うあぁぁん……ご、ごべんなさぃ……がんがえでながっだです……うあぁぁん……だっで……認めでほじかったからぁ……」
「てめえ……」
ミルキルが拳を振り上げるが、それをマルガレーテが止める。
「そこまで!もういいよ、ミルキル」
マルガレーテはそっとウイングを抱いた。
「ウイングは私たちが驚くたびに、傷ついていたんだな……自分が私たちと違うこと、それによって壁ができていることを敏感に感じ取っていたんだ……だから、言葉で示しても、その壁をぬぐい去ることができなかった……もっとちゃんと示してやるべきだったな……すまない。
君の強さと心の弱さに気付いてやるべきだった……いや、気付いていたのに、その能力の高さにばかり目をやっていたからこそか……。
自己申告していたものな、新人冒険者なのだと」
モーリーもムースも沈痛な表情でウイングを見ていた。
そんな中、アリアがウイングに歩み寄る。
「ウイング……ごめんね……」
瞳を潤ませてアリアが泣き崩れるウイングに寄り添った。
「私……パートナーなのに……全然、ウイングのこと見てなかった……私が感じ取ってなきゃいけなかったのに……ウイングに教えて貰うばっかりで、ウイングに何もしてあげられてなかったね……ごめんなさい……」
ウイングはボロボロと涙が零れるままに、顔を上げる。
「違うです……アリアは悪くないのです……僕は誰にも言えない秘密があるです……だから、アリアじゃなくて、僕が悪いのです……」
「なんだよ……秘密って……」
ミルキルが不貞腐れるように言った。
本当ならウイングだって、全てを明かしてしまいたい。
だが、言えないものは言えないのだ。
「言えない……です……これだけは……絶対に言えない……です……」
心底すまなそうにウイングは項垂れる。
正体を明かせば、今、この場にいる全員に命を狙われるかもしれない。
それは、恐怖だ。心を許した相手に嫌われる。嘘つきと詰られる。
殺されるよりも、恐怖だ。
「ミルキル……過去や秘密を無理に暴き立てるのは、ルール違反よ……」
ムースが穏やかに言う。
「そうね。ここでウイングの泣き顔を見ているより、今後のことを考える方がよっぽど建設的だわ……」
モーリーがいつもの調子で毒を吐くようにフォローを入れる。
マルガレーテが立ち上がって、全員を見渡す。
「モーリーの言う通りだ。我々には依頼を果たすという使命がある。そのことを考えよう」
「ほら、アリアもウイングも立て!反省はしただろ?
秘密に突っ込んだのは、悪かったよ……私も反省する。
なっ!機嫌直せよ!」
コロっと空気を変えて、ミルキルが言う。
その変化はさっきまで怒っていたのが嘘のようだ。
アリアがウイングを気遣うように、ゆっくりと立たせる。
ウイングはまだ顔を俯かせたままだ。
みんなが見守る中、ウイングは顔を上げる。
涙の最後のひと雫を無理やりローブの裾で拭う。
「みなさん、ご迷惑を掛けたのです……これ以上はきっと、もっと迷惑を掛けることになると思うです……だ、から……」
言っていてウイングはまた込み上げる涙を零すまいと必死に上を向く。
言わなくてはならない、もう迷惑を掛けないように自分は去ることにするのだと、しかし、その言葉は出てこない。
だが、ミルキルはそれを鼻で笑う。
言おうとしている言葉は分かる。だが、それを言ったら、また拳骨を落とさねばならなくなるので、先んじて塞ぐ。
「はんっ!また迷惑を掛けたら、拳骨で教えてやるから気にするな!こういうのは適当に流すのが大人ってもんだ!」
「まあ、そうね。ミルキル姉さんの間欠泉はパッと怒って、パッと消えるのが持ち味だもの……私も何度もやられたわ……」
「おい、モーリー、誰が間欠泉なんて上手いこと言えって?」
「きゃー怖い。助けて、ムース姉さん」
そう言って、サッとムースの影にモーリーは隠れる。
「ふふふ……ウイングさんはきっと、マルガレーテのゴツゴツした胸じゃ満足いかなかったのね!私の胸でもう一度泣く?」
ムースが両手を拡げてウイングを招こうとする。
途端、ウイングの涙腺は止まり、顔を赤くする。
「なっ!ムース!私はこれでも脱いだら凄いんだぞ!
おい、ウイング、鎧を脱いでやるから、もう一度だ!」
「えっ!いや、その……」
「何を顔赤くしてるんですか!えっちな人ですか?ウイングはえっちな人なんですか?」
アリアが何故か怒ってウイングの耳を引っ張る。
「痛い!痛いです、アリア!」
だが、そう言うウイングの顔はもう泣いていなかった。
心は感謝でいっぱいだ。
なんだか、少し大人になれた気がした。
そうして、全員で空気を変えて、少しだけ気が緩む。
ソレに気付いたのはミルキルだけだ。
ウイングすらも感情の揺れにソナーの魔法を打つことを忘れていた。
「危ないっ!」
ミルキルがウイングを突き飛ばす。
ガツッ!と音がして、白い影がミルキルの二の腕辺りから跳ぶ。
「ミルキルっ!」
「痛っ〜!大丈夫か、ウイング?」
ミルキルの左腕はダラリと垂れ下がっていた。おそらくは折れている。
アリアが一点を指さす。
「あいつは!?」
樹上、太めの枝に堂々と立つのは一匹の空手兎、その耳は片耳が引きちぎられたように短い。
ウイングとアリアには見覚えがあった。
二人が樹海から脱出する時、魔物の吹き溜まり、その入口で戦い、逃がした魔物だった。
空手兎が樹上から跳ぶ。ソレは一発の白い弾丸だ。
狙われたのはモーリーだ。
黒い影がモーリーと白い弾丸の間に入る。
マルガレーテだ。
マルガレーテの掲げる大盾に着弾、と同時に白い影は跳び退る。
「なんだこの威力は!?」
白い影の一撃に大盾が大きく撓んでいた。
マルガレーテの記憶にある空手兎は冒険初心者が最初に戦うべき相手のはずだ。
スピードはあるが威力はそれほどない。こいつを倒せて、ようやく一人前などと言われるような魔物だ。
「全員、私の後ろに!ミルキル!」
マルガレーテが空手兎を睨みつけながら、ミルキルの様子を聞く。
「すまない……腕が折れた……」
マルガレーテは素早く計算する。
魔法は詠唱の余裕がないだろう。モーリーはパワータイプなのであの片耳には不向きだ。
攻撃を自分が止めても、動きまでは止められない。
アリアなら、動きについていくぐらいはできそうだが、自分と同じで、後方の防御に残す必要がある。
せめて、ミルキルが弓を使えるならまだ対抗手段になったはずだが、それは仕方がない。
問題はウイングだ。今の精神性で戦えるだろうか?とそれが心配になる。
だが、そんなマルガレーテを待っていた節がある片耳の白い悪魔は、待ちくたびれたとでもいうのか、唾を吐き捨てると同時に一気に動いた。
同時にマルガレーテも叫ぶ。
「ウイング!頼めるか!」
「分かったです!」
弾丸のように白い影とウイングが飛び出す。
マルガレーテの心配は杞憂に終わったようだ。
ウイングは抜き打つように長剣を振るう。
空手兎はウイングの長剣による斬撃を、その腹を叩いてずらす。
だが、ウイングには小剣がまだ残っている。
しかし、片耳の白い悪魔は捻った身体全体を伸ばすように蹴りを放つ。しかも、その蹴りは五連蹴りだ。
ウイングはそのマシンガンのように放たれる蹴りを小剣で防ぐ。
白と白の激突。
ガギギギギッ!と歪な音が響く。
ウイングはその膂力に物を言わせて、片耳の白い悪魔を弾く。
片耳の白い悪魔は、枝や幹を上手く使って勢いを殺す。
「前より強くなってるです……」
ウイングは背にマルガレーテたちを隠すようにして、二剣を構える。
思念で黒い長剣、魔剣サブナクに組み込まれている生命の精霊リーナに腐敗の魔法を使うように命令する。
魔剣サブナクから禍々しいオーラが立ち昇る。
かすり傷ひとつで、この魔法は相手の生命を脅かす。
必殺の剣と言える。
一方の片耳の白い悪魔は異変を感じ取ったのか、しきりに後ろ足で千切れた耳の後ろを掻いている。
相変わらず、仕草は可愛らしい。
「チチチッ……チッ……キュッ?」
もう敵意はなくなったから許してくれる?という風に首を傾げる。
「仕方ないですね……とでも、言うと思ったですかっ!」
ウイングが踏み込もうとした瞬間、背後から悲鳴が聞こえる。
「きゃー!なんですかこいつらっ!」
瞬間、ウイングが振り返る。
大量の空手兎があちらこちらから現れ、白い津波のようにウイングの背後、マルガレーテたちを襲った。
「やられたですっ!」
マルガレーテたちは戦えないミルキルを中心に、ひとかたまりになって、対処しているが、いくら初心者でも相手ができる魔物とは言え、三十、五十と数を揃えられては多勢に無勢だ。しかも、その数は次々に増していく。
ウイングの脳裏に先ほど感じた恐怖が襲ってくる。
ミルキルの言葉がリフレインする。
「『一人で勝てる』のと『仲間の命を考えない』は違うんだよ!」
そうなのだ。
ここでそれを許せば、ウイングの反省の意味も何もかもを失うことになるのだ。
恐怖。恐怖がウイングの心を支配していく。
「ダメ……です……ダメなのです!やらせないのですっ!!!」
ウイングの瞳がその膨大な糧を得て、紅く、深く輝く。
剣を強く握る。地を蹴る。叫びのように剣を振るう。
マルガレーテたちに跳び掛かる空手兎を背後から両断する。
白い波を二つの紅い輝きが光の残滓を引くように移動する。
白い毛皮、紅い瞳、赤い肉と血煙が渦となる。
マルガレーテが大盾を振り回して、数匹まとめて吹き飛ばす。
盾を武器として扱う盾擊という技だ。
できた隙間で剣を抜く。
だが、その剣を振り下ろすべき敵はすでに血煙の渦の中だ。
アリアとモーリーはどちらも足りない膂力を重い武器で補っている。
それ故に防戦に回ると弱い。
津波のように襲いかかる敵を斬ることも叩くこともできず、ひたすらに受けに回る。
「このぉっ!」
ミルキルは片手でナイフを振るう。時には足も出す。
適切な距離を保つために鍛えられた脚力は普通の空手兎程度なら打ち抜ける。
だが、数という暴力の前には焼け石に水だ。
全員に守られる形になっているため、片手でもどうにか耐えているが、終わりも近いかもしれない。そう考えていた。
一番辛いのは完全後衛タイプのムースだ。
左右をアリアとモーリーがフォローしてくれるとはいえ、まともな武器すらない。
解体用のナイフはなんとか抜いたが、受けだって何度もできるものではない。
ましてや、集中できない今の状況では、魔法も使えない。
マナ魔法は呪文が途切れたり、集中できなかったりすると効果が出ないのだ。
解体用ナイフがついに耐えきれずに折れる。
終わりの時だと思った時には、終わっていた。
白と赤が交錯する中、全員が紅い二つの輝きを見たような気がするが、その時には全てが終わっていた。
ウイングが大きく肩で息をする。
ぼとぼと、と肉片と血が落ちた時には瞳の色は元に戻っていた。
「はぁっ……はぁっ……だ、大丈夫です?」
ウイング以外は全員、満身創痍だ。
ただ一人、ウイングだけが返り血で全身をぐっしょりと濡らしている。
そして、一番酷い顔をしているのもウイングだ。
紅い輝きはないものの、その黒瞳は狂気に染まったように爛々と輝き、顔と言わず、服と言わず浴びた赤黒い血液で鬼のように見える。
ウイングが両手に二剣を下げたまま、一歩近付く。
全員が息を飲む音が聞こえるようだった。
片耳の白い悪魔は逃げたのか、既に姿は見当たらない。
何百、何千匹いたかわからない空手兎も全て肉片となっていた。実際に何千もいた訳ではないだろうが、それほどの脅威を感じていたのだ。
危険は去った。恐怖に感じる必要は何もないはずなのに、全員がウイングに何かを感じていた。
それは、言葉にならないおぞましい何かだった。
ウイングがみんなの姿を見て、痛ましい顔をする。
怪我をしている。早く治さなければと思う。
魔剣サブナクを持ち上げる。
その切っ先を向けられたムースが短く「ひっ……」と怯えた。
ウイングはそのムースの怯えた表情に、一瞬、傷ついた顔をするが、すぐにローブの裾で顔を拭う。
だが、ローブも血みどろなため、顔は綺麗になるどころか、余計に汚れるだけだ。
情けないです。
ウイングは力無く笑う。くつくつと笑う。
守りたいモノを守れずに何がチートだと思う。
見れば、マルガレーテもモーリーもミルキルも引き攣った顔をしている。
アリアは……。
いっそ、全てを諦めるためにアリアを見る。
彼女からも拒絶されれば、ウイングは諦められる。
アリアは見ていた。
ジッと真剣な目でウイングを見ている。
アリアも怖かったのだろう。だが、その目はもう何も見逃すまいとウイングを見ていた。
それから、みんなの輪の中から意を決したように踏み出す。
「何してるんですか?早くパパッと傷を治してください!
ウイングはできるでしょう?
私がパートナーに選んだのは、規格外に強くて、常識知らずで、でも底抜けにお人好しなウイングです!
もう身体中が痛くてたまらないんです!
その不思議な剣で、パパッとみんなを治して、それからお風呂に入りましょう!
血みどろですよ?すごくきちゃないですよ?
そりゃ、みんな引きますよ!」
「ア、リア……?」
「何ですか?また一緒にお風呂入りたいですか?
今日はウイングも頑張りましたからね……まあ、目隠しするなら、今日くらいは許してもいいですよ?」
また救われた。
ウイングは、にへらっと笑う。
「あ、えっちな目!えっちな目はダメですよ!」
「ち、違うです!そういう意味じゃないのです!」
言いながら、ウイングは魔剣サブナクをアリアに向ける。
「サブナクに宿りし生命のマナよ!
我が魔法力を糧に癒しの力を!」
暖かな波動がアリアを包むと、アリアの怪我がすっかり癒されていく。
「神聖魔法……」
ムースが驚いたように呟く。
それから、全員の怪我を同じように癒していく。
もちろん、ミルキルの骨折も糧を増やせば癒すのは容易い。
「あの……ウイングさん……」
癒されたムースが何かを言おうとする。
ウイングは、それから逃げるように後ろを向く。
「お風呂!お風呂に入ってくるです!話はその後にするです!」
みんなから少し離れて、お風呂を作る。
ウイングは逃げるようにお風呂に隠れた。
浴槽を作り、お湯を張り、服も鎧も脱ぎ捨てて、土を焼き固めて作った桶で湯を被る。湯を被る。湯を被る。
そんなことをしていると、入り口からアリアが声を掛けてくる。
「入りますよー」
「あ、わ、わ……」
ウイングが慌てて湯船に浸かる。
アリアは脱衣所に脱ぎ捨てられた服を纏めると洗い場に来る。
「ど、どうしたです?」
アリアは服を着たままだ。
「ウイングの服を洗おうと思いまして……」
「あ、後で自分でやるです!」
脱衣所の服を洗い場に置くと、アリアは脱衣所に戻って鎧を外し始める。
慌てて後ろを向くウイング。
「別に服は脱ぎませんよ……ウイングってば、えっちなこと考えたんでしょ!洗濯するのに鎧が邪魔だっただけですよ、残念でした!」
「べ、別にそんなこと考えてないです……ちょっと身体の向きを変えただけです……」
苦しい言い訳だった。
ペタペタと裸足でアリアが洗い場に入る。
それから桶に湯をすくって、ウイングの服を洗い始めた。
洗いながら、アリアが話し掛けてくる。
「ちょっと、さっきの空手兎は危なかったですね!
私、焦って、タマちゃんいるのを忘れてました……。
でも、ウイングがいたから、内心ではウイングがきっと何とかしてくれるって思っちゃってたんですよね……。
そしたら、本当に何とかしちゃうんですから、すごいですよね……。
まさか、あの片耳兎があんなに力をつけてたなんて、驚きですよ!しかも、頭も良くなってますよね、アレ……。
マルガレーテさんが言うには、この辺りのヌシかもしれないって話でしたよ……。
確か……ヌシになると同族を呼び寄せたり、知能が発達したりして、縄張りを巡回するようになるのが特性で、たまたまそれに出会ってしまったってことなんでしょうね……。
でも、ウイングとパートナー組んでて良かったですよ!
ウイングと出会ってなければ、たぶん樹海の奥で野垂れ死にか、運良く戻れても私一人じゃまともに冒険者続けられなかったと思います……。
高級宿で良い思いすることもなかったでしょうし……『白夜の華』のみなさんとこんなに仲良くなれることもなかったでしょうし……自分が剣熊と一人で戦えるようになるなんて思いもしなかったですよ……。
私はウイングと会えて、本当に幸せ者です。
ありがとうございます!」
ウイングが何も答えられないのに、アリアは長々と話してくる。
でも、これだけは言わないといけないと思った。
「僕も……アリアと会えて、幸せです……本当にありがとうなのです……」
「うん、良かったです。
今日はもうこのままここで休むそうですから、後でまた話しましょう……と、こんなものですかね?あ、これ、どうやって乾かしましょう……」
アリアが洗った服とローブは、一応、本人なりに及第点らしい。
冒険中に服を洗うことなどまずないので、これでも良く洗った方だろう。
「それは魔法で乾かすから、置いといて欲しいです」
「やっぱり、そんなこともできちゃうんですね!
さすが規格外!」
「まあ、みんなと違う自覚はあるですよ……」
アリアの軽口に軽口で返そうとして、少し寂しげな表情になってしまう。
「また、そういう顔になっちゃうんですね?そんなに私たちが、私が、信じられませんか?」
「違うです!アリアのことは信じてるです!
……でも、自分のことは信じられないのです」
「こういう時、自分を好きになりなさい。あなたの中にいる神を信じて、神に祈るのです!って教会では教えてくれるんですよ。でも、神様がいるから好きになれるってものでもないですよね。
だから、私はこう思うことにしてるんです。
ダメな自分は周りに支えて貰おう、その分、相手のダメなところを支えてあげれば五分五分だから、ちょっとだけ自分を許せるって……えへへ、ウイングには支えて貰ってばっかりですけどね!」
「そんなことないです……今もこうして支えて貰ってるです……。
僕の方こそ、みんなに支えて貰ってばかりなのです……」
「じゃあ、ウイングとは五分五分ですね!ウイング風に言うと、山分けです!楽しいことも、辛いことも、山分けでいきましょう!」
「アリア。ありがとうなのです……」
「どういたしまして!じゃあ、戻りますね!」
言って、アリアは自分の鎧を持って出ていった。
ウイングは、バシャバシャと顔を擦って、血と涙を洗い流す。
少しだけ、勇気を貰った気がした。




