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輪廻転SHOW!魔王の息子  作者: 月のそうま
57/151

新人冒険者なのです

風呂から上がったウイングにマルガレーテが声を掛けてくる。


「出たか。今、全員で魔物の亡骸を埋めているところだ。

ウイングも手伝ってくれ」


「わ、分かったです……」


普通の反応だ。普通の反応だからこそ、ウイングには訳が分からない。

ウイングは何百という空手兎カラーテラビットを一瞬で葬った。

先ほどは『白夜の華』のメンバーは全員、ウイングに怯えていたのだ。異質なウイングの持つ力に。

そして、その『白夜の華』が負った怪我もウイングの持つ魔剣サブナクの力で癒した。

これもまた異質な力だ。

地上には神聖魔法という名で癒しの魔法も体系化されている。

逆に地下にはない魔法である。

しかし、地上でも癒しの魔導器はない。

だからこそ、その異質さは逆に目立ってしまう。

神の奇跡とされる神聖魔法。高位の神官だけに使える御業。

それを神官でもないウイングが器物に落とし込んで使う冒涜感は神殿の教義を信じる者には悪魔の所業に映ることだろう。

実際、ウイングは魔族だが人化の指輪をつけている限り、人間に見えているはずだ。

冒険者は神殿によって保護されているが、神殿に帰依する者は少ない。

それは無用な殺生を戒める教義を持つ神殿が人々に成り代わり魔物を倒す、その道具として冒険者を使っているからであり、冒険者を人の輪から外して見ているからでもある。


そして、ウイングは神官ではなく、ただの冒険者なのに癒しの力を使った。

『白夜の華』からすれば、怯える、または軽蔑する、もしくは糾弾するのに充分な力を持っていると言える。


「あの……怖くないですか……?」


ウイングはマルガレーテに恐る恐る聞く。


「ウイングがか?」


マルガレーテはいっそ冷淡ともとれる表情で聞いた。

だが、普段からクールな態度をとるマルガレーテなので、普通に感じる。

ウイングはゆっくりと頷く。


「怖かったな……さっきの鬼気迫る表情は、ここまでに見てきたウイングにはない顔だった。

さすがに剣を向けられた時は危険を感じた程だ。

まさかあのような力を持つ剣だとは知らなかったからな。

だが、剣の力を知った今なら、それも受け入れられる。

というより、嬉しかった……というべきか……」


「う、嬉しい……ですか?」


「ああ、私たちを守ろうと必死になってくれたのだろう?

あの剣の力もウイング自身の本気の力も、本来なら軽々しく見せるものではないのだろう?

それを私たちを守るために使ってくれたということは、私たちを仲間だと認めてくれたのだと、私たちは解釈した。

ミルキルも怒った甲斐があったと、喜んでいた。

私も今回の件で、どうすればウイングを認めたことを分かって貰えるだろうと、考えたんだ。

だから……この決断が正しいかどうか、確信はないだが……。

私たち『白夜の華』は……ウイングをちゃんと新人冒険者として扱う。

指示には従って貰う。特別扱いはしない。間違えたら、怒る。

そうすることがウイングには必要なのではないかと考えたんだ。


……それでいいか?」


「……あ、ありがとうなのです……でも、いいのです?

僕はみんなに隠し事をしてて、常識知らずで、規格外です……最初はそれでいいと思ってたですけど、今はそのことがどれくらいみんなに迷惑を掛けているか……そのことを考えると辛いです……」


「秘密は誰でも持っている。冒険者なんて誰でも常識知らずだ。冒険者としての常識は私たちが教えてやれる。規格外、いいじゃないか。それぐらいでないと何かを成し得ることなんてできない。

……とにかく、ウイング。

私たちを見限るにしろ、君自身を見限るにしろ、もう少し時間をくれないか?

まだ出会って数日だ。見極めた気になるには、お互いに早過ぎる」


ウイングは顔を上げて、瞳に逡巡の色をにじませながらも、マルガレーテを見つめる。

マルガレーテも目を逸らさずにいる。

お互いに見つめあったまま、マルガレーテが小さく首肯する。


「よろしくお願いしますです」


「ああ!」とマルガレーテが返事をすると同時に、ミルキルから声が掛かる。


「おーい!ウイング!

話が終わったなら、こっち手伝えー新人の仕事だぞー!」


どうやら、ウイングが風呂に入っている間に他のみんなの意思疎通は終わっていたらしい。

ウイングは「はいなのですっ!」と大きな声で返事をすると、ミルキルたちのところへ向かった。


ミルキルはウイングが来ると、ニンマリと笑う。


「もう大丈夫だろ?」


ウイングは全員に向けて、頭を下げて言う。


「ご迷惑をお掛けしたです。

新人として、改めてよろしくお願いしますです」


全員で顔を見合わせて、笑いあう。

ウイングが見れば、空手兎カラーテラビットの残骸の中から美味い部分の肉だけをより分けて、今日の食料を確保したところらしい。


「さて、後は穴掘って埋めて、水を撒いて匂いを散らせば終了だな。

ウイングはそういうのに向いた魔法とか覚えてるか?」


ミルキルが聞いてくる。


「やれるですけど……いいのです?」


ウイングの異質な力を目の当たりにしたばかりなので、忌避感があるのではないかと危惧したのだ。

だが、ミルキルは当然とばかりに笑顔を見せる。


「別に、ウイングなら制御できるだろ?魔法力が足りないならともかく、素早くやらなきゃ、いつ他の魔物が血の匂いを嗅ぎつけてくるか分からないしな!」


ウイングは頷いて、呪文を唱えると言われた通りの処理を行う。

地面がアリジゴクのように血と肉を巻き込んで、その上から何十という水球が落ちる。沼が出来上がる。

できた沼はわざとそのままにしておく。

近くで野営をするのなら、この沼はバリケード代わりになる。いつか、干上がって元の地面に戻るだろう。


「いやあ、壮観だな!できるかも……とは思ったけど、一瞬でこんな風にできるんだもんな!」


ミルキルが感心したように嘆息する。


「あら、マナ魔法でも沼を作ることはできますよ……地形変化系は中級からで、魔法力と効果の釣合いが微妙ということで、あまりお目にかかることはないですけどね……」


ほんわかとした口調でムースがミルキルに説明する。

魔法専門の後衛としては譲れない部分なのかもしれない。


「僕の魔法だと大地に飲み込ませる埋葬と、匂い消しの水を撒く魔法、二つ使わなきゃいけないのです。

でも、マナ魔法の地形変化はひとつの魔法でそれができるって聞いたです」


「まあ、魔法力をその分使いますから、状況で使い分けがいいんだと思います」


ウイングの説明をアリアが補足する。


「何事にも一長一短あるということですね……」


モーリーが言いながら、より分けた肉に水筒から水を注いで、血を洗っていた。


「料理するです?」


ウイングが今日の野営地傍に、魔法で竈を作ると、自分の背負い袋から調味料セットを取り出す。


「ウイング、そんなものまで持って来ているのか!?」


ミルキルがそれを見て驚く。


「どうせなら美味しく食べたいのです。

僕なら荷物の重さは気にならないので、そうしたですが……まずかったです?」


冒険者としてはやはり少しでも荷を軽くするべきだろうかと、ウイングは怒られるのを覚悟でおずおずと聞いた。

だが、ミルキルはウイングの肩を抱くように叩いて笑いかける。


「まあ、確かに荷物は少ない方がいいけどな!

自分で邪魔にならないって判断ならいいんじゃないか?」


「そうね、仲間に迷惑を掛けないなら、いいんじゃない。」


ミルキルの言葉に、モーリーも賛同する。


「先に二人、風呂に入ってくれ。

一人は見張り、一人は焚き木集め、二人は食事の準備だ」


それまで見張りをやっていたマルガレーテが戻ってきて言う。 それから、順番に風呂に入り、食事となる。

今回のウイングは調味料を提供するだけで、モーリーが調理を担当した。

モーリーの味付けは薄味派らしく、濃いめが好きなミルキルとムースは、はっきりと物足りないなどと言っていたが、素材の味が活かされていて、ウイングの口には合ったようだ。

前世の影響で、祖父母に馴らされた素朴な味も結構好きなのだ。


そうして、早めの食事が終わり、空には月が昇る。


ミルキルは寝起きが悪いので、早い時間の見張りを買って出る。

暗黙の了解らしい。

だが、今日は夕方の時間を野営の準備と食事に充てたので、寝るには少し早い。

なんとなく、思い思いに時間を過ごすこととなる。

とはいえ、ムースが樹海の草からお茶を作り、それを飲みながらの雑談くらいしかやることはない。


ゴスロリ娘のモーリーが雑談の切れ目にウイングに言う。


「ねえ……よ、よかったらウイングの剣、見せてよ!」


「いいですよ」


モーリーがどもってしまったのは、当然だろう。

自分が命を預ける武器を一時とはいえ、手放せと言うのだ。

しかも、今は魔物がいつ襲ってきてもおかしくない樹海の中だ。あまり褒められた行為ではない。

だが、ウイングは素直に渡してしまう。

もちろん、モーリーが武器を持って逃げる訳もなく、その武器で襲ってくる訳もないと思っているからだ。

だから、モーリーとしてはかなり勇気を振り絞って聞いたのだが、あっさり渡してくるので、拍子抜けしてしまう。

これにはマルガレーテも苦言を呈した。


「ウイング。信頼してくれているからなのだろうが、あまりあっさり自分の得物を他人に渡すものではない」


「あ、そうですね……でも、モーリーは変なことする人じゃないです……」


「分かっているならいい。

モーリーも軽々しくそういうことを言うのはどうかと思うぞ」


「はい、マルガレーテ姉さん。分かってはいるのですが、どうしてもちゃんと見てみたくて……」


「まあ、確かに私も、その剣は気になるがな……」


マルガレーテはそう言って苦笑する。

モーリーは渡された長剣をしげしげと見つめる。


「これは……魔導剣?」


「魔剣サブナクなのです」


「確かに、マナをくくった魔法陣よりも複雑な紋様のようだな」


マルガレーテはモーリーの横から剣を見て、そう判断する。


「癒しの力を持つ剣となると……伝説……いえ、神話クラスのアイテムですかね……そうなると、古代マラク文明……いえ、シンキョ文明……下手をすればカムイ文明の線もありますかね……」


ムースは過去の超文明時代の作品を疑っているらしい。


「確かに、過去の超文明時代の物と言われた方が納得は出来ますよね……」


アリアもその意見に賛成のようだ。


「そもそも、この金属は何だ?魔法金属のようだが、何かとの合金か?光を吸収しているようにも見える……」


マルガレーテがモーリーから半ば奪うようにして剣を抱え込むと、ためつすがめつ見分していく。


「ちょっと!マルガレーテ姉さん!私がウイングから見せて貰ってるのに……!」


言って、マルガレーテから剣を取り返すが、すぐにムースに奪われてしまう。


「紋様の感じからすると、そこまで古くはないですかねぇ……マラクの後期って感じでしょうか……」


「ムースさん、分かるんですか?」


勉強好きなアリアがムースを尊敬の眼差しで見る。


「最も華美で装飾豊かなのが、カムイ。

逆に装飾が簡素で機能性を追い求めたシンキョ。

多様性と様式美、印象的なモチーフなどを良く使うマラク。

特にマラクだと後期は象徴として、大ぶりな宝石などを良く使うようになったと言われてますから、おそらくは……って感じですかね……昔、王都のギルドにいた時に少しだけですけれど勉強しましたから……」


「ムースは王都出身なのです?」


何の気なしにウイングは聞く。


「いえ、一時期、旅をして王都の冒険者をやっていた時期があるだけですよ……」


心なしか表情が暗い。それも一瞬のことで、すぐに元に戻ったが、ウイングの心にやけに引っ掛かる物があった。

だが、冒険者の嗜みとして無理には聞くまいと、気付かないフリをした。

そこにむくれた顔のモーリーが切り込む。


「ムース姉さんもひどいです……私がウイングから見せて貰ってるのに……」


ムースは笑顔を取り繕うと、いつもの調子に戻った。


「あら?ごめんなさいね……モーリー」


ムースは魔剣サブナクをモーリーに渡す。


「ねえ、ちょっと振ってみてもいい?」


「どうぞなのです」


モーリーがみんなの輪を外れて、剣を振る。

ブンッ!ブンッ!と音がする。

ウイングはふと気付く。


「剣を習ったことがあるです?」


「昔……ふっ!……少しだけね……ふっ!ふっ!……」


その剣捌きは、ウイングに似て正統派の剣術だ。

騎士が覚える剣術などに近い。

しばらく振って、満足したのかウイングに剣を返してくる。


「やっぱり、ダメね……あ、もちろん、この剣は素晴らしいと思うわ。

ダメなのは、私の腕……良い剣だからこそ、余計に分かるものなのね……」


モーリーは自分の剣術に満足がいかなかったらしい。

満足ではなく、納得だったのだろう。


「上手いですけど?」


「上手くても、ウイングみたいには振れないわ」


「モーリーさんは充分に凄いと思いますけど、それでも足りないんですか?」


アリアの言葉に、モーリーは嘆息する。


「そうね……私が望む力には私では辿り着けない。

分かっていたけれど、ウイングの力を見て、少しだけ未練が出た……それだけよ……」


「モーリーは何が望みです?」


「……」


ウイングの言葉に、モーリーが詰まる。


「あ、言いたくないならいいです……」


ウイングはすぐに前言を翻す。

モーリーの思い詰めた表情に聞いてはいけないことだったかと察したのだ。


「……家の再興よ。私の家はその昔、剣の勇者と称えられたカドゥ・テイラーを祖とする家で、魔王誅伐の功績から神聖国ヒメルトヴィラの騎士団剣術指南役を続けてきたの……でも、お祖父様もお父様も剣の才には恵まれなかった……お祖父様の頃は魔王ヴォラウディーグの残党狩りが盛んな頃で、その頃にヒメルトヴィラの神聖騎士団は壊滅的な打撃を受けた。

そこで、責任を負わされてお家はお取り潰し。

お父様は街で剣術道場を開いたけど、力の無い当主の剣を教わろうとする人はいないわ……馬鹿にされ、罵倒され、それが嫌で私は家を飛び出したのよ……いつか、この手で剣を極めて家を再興してやるって大見得きってね……でも、私にも剣の才はなかった。

だから、ただの未練なのよ……」


ウイングには才能と言われても良く分からなかった。

ウイングの剣は身を守るために身につけなければならなかった剣だ。

膂力も速さもただの種族特性に過ぎない。

それ以外を言うのなら、レンバート先生の指導の賜物としか言えない。

しかし、モーリーの家が没落した原因はウイングの祖父とレンバート先生が起こした地上進行戦にある。


ウイングが謝るたぐいの話ではない。


魔族と呼ばれる生命は、天の恵み、マナの乏しい世界で生きることを余儀なくされている。

魔族が地上を求める気持ちも、地上に出た今なら、実感として分かってしまう。

それほどに地上のマナは濃密だ。

足りないモノを求める気持ちは覆しようがない。


だが、それに何も感じないほどウイングは薄情になれなかったし、無視できるほど大人でもなかった。


「何か僕にできることはあるです……?」


「同情?いらないわ……そんなものが欲しくて話したんじゃないもの!」


「違う……と、思うです……。

マルガレーテは僕に、縁を大切にしたいって言ってくれたです。

そして、『白夜の華』はそれを示してくれたです。

だから、僕も何かしたいと思ったです。

それじゃ、ダメです?」


実際には、罪滅ぼしの肩代わりみたいなものだ。

だが、ウイングの心に彼女たちから救いをもたらされ、それを『縁』と呼ぶのなら、それを行動で示したいと思う気持ちも確かだ。


モーリーは少し考えて、それから小さく息を吐くと「何もないわ……」と笑った。

ウイングに剣を教わるでも良かった。当初の『白夜の華』としての戦略、アリアとウイングをパーティーに引き込むでも良かった。

ウイングの言葉を同情と受け取った訳ではない。

どちらかと言えば、恩返しみたいなものだと理解はした。

だが、その気持ちにつけこむようなことを言うのは筋が違うと思った。

モーリーは話したいから話した。

過去のわだかまりをつまびらかにすることで、やはり未練だったと再確認した。

それだけで、充分に恩を返してもらったのだと思ったのだ。


アリアとウイングはそのモーリーの晴れ晴れしい笑顔の意味を読みきれず、複雑な顔をしてしまう。

だが、満足したのかモーリーは寝てしまった。


マルガレーテはそんな二人を好意的に見ながら言う。


「さあ、ウイングとムースはそろそろ寝てくれ。

アリアは私と見張りだ」


仕方なくウイングは釈然としないままに寝る。

夜も更けてきた。

リーダーの指示を守ることが今のウイングにとって『白夜の華』に分かりやすく示せる恩返しだからだ。



ウイングは肩を叩かれて、起こされる。


「ウイング、交代ですよ……」


月は中天を過ぎている。

ウイングを起こしたアリアは、さすがに眠そうな顔をしている。


「ありがとうです。後は任せて、ゆっくり寝るのです……」


寝起きの良いウイングは、一瞬で覚醒すると身体を起こした。


「はい、お願いしますね。おやすみなさい……」


アリアは憂いの晴れた顔でマントを被ると寝た。

マルガレーテにモーリーのことを聞いたのかもしれない。

ウイングは場所を譲ると、焚火の傍で火の番をしながら見張りについた。


「ウイングは寝起きがいいんだな。ほら、ムース……交代だ。起きてくれ……」


「はぁい……もうちょっと……」


「まだ寝惚けてるのか?ほら、しゃきっとしろ……!」


マルガレーテはムースの身体を無理矢理起こすと、焚火の傍に連れてくる。


「じゃあ、後は任せた。おやすみ……」


「おやすみなさいです」


「はい……おやすみ……まだ寒いわね……」


ムースがマントを羽織ったまま、焚火で身体を温める。


「ムースは夜遅くに見張りをするのが基本なのです?」


「ん〜……そうでもないわよ……ミルキルは一度寝ちゃうとほぼ起きられないから、早番固定だけど、私とマルガレーテ、モーリーはローテーションで、昨日は特別なの……」


「特別?」


「女の子には色々あるから、あんまり聞かないの……」


ウイングは何となく察しがついたのか、それ以上は聞かず、見張りを続ける。

と、いっても音や気配に注意して、火の番をしながら待つだけだ。

ウイングは時折、ソナーの魔法を使うが、特に問題はない。

無言のまま、時が過ぎていく。


「あふっ……このままだと寝ちゃうわね……何かお話して……」


ムースがあくびをしながら無茶ぶりをする。


「何を話せばいいです!?」


ウイングは堪らず呻いた。


「ん〜、アリアとはどうなの?」


「ど、どうって何もないのです……」


まさかのガールズトークだった。


「一緒にお風呂……入ったんでしょう?」


まさかのガールズトークだった。


「ちちち、違うです……アレは不可抗力なのです……魔導器の暴走で仕方なく……」


「あら?ホントに入ったんだ……」


「い!?あ……入ったというか……入らされたというか……」


しどろもどろになりながらウイングは顔を赤くして、魔導器が暴走してだの、そういうつもりはなかっただのと説明する。


「ふーん……アリアから誘ってきたと……」


「誘うとかじゃなくて、お互いに身体が冷えてたから、仕方なくなのです……」


「ふふふ……冗談よ……」


ウイングの慌てふためく様を堪能して、ムースの目は覚めたようだ。


「でも……若いっていいわね……」


まるでオバチャン発言をするムースにウイングは否定を入れる。


「ムースはそんな歳じゃないと思うです!」


「あら、私なんてもう二十五よ!ウイングさんから見たらオバチャンでしょ?」


「そんなことないです!」


「あら、嬉しいわね……そう言えば、ウイングさんはいくつなの?」


「えっと……十六になったです」


「あら、アリアより年下なのね!」


「えっ!アリアって年上なのです?」


「そっ、アリアが確か……十七で、モーリーが十八、ミルキルが二十で、マルガレーテが二十四。こう考えるとウイングが一番年下なのね……はぁ……嫌になっちゃう……」


「アリアとモーリーは同い年くらいだと思ってたです……」


「確かに、ウイングさんの方が大人びてるかもね……」


年齢を初めて知って、自分より全員が年上だったと気付きショックを受けたウイングだったが、それよりも気になることがある。


「あの……ムースはなんで年下の僕にも、さん付けするです?」


ウイングとしては、さん付けで呼ばれるのは距離を感じて仕方がない。

アリアはどちらが年上か判別できなかったから、初期にさん付けで呼ばれるのは仕方ないとは思ったが、ムースは当初から年上だと思っていたから違和感が大きい。

魔界である地下では、魔王の息子として様付けで呼ばれるのは当たり前だったが、縛りのない今は、できればムースにも呼び捨てにしてもらいたかった。


だが、ムースは少し遠い目をして、それから迷うような素振りを見せる。


「そうね……モーリーも話して楽になったみたいだし、私も話したら少しは楽になれるのかしら……でも、ウイングさんに嫌われちゃうのは辛いわね……」


重い話が待っていそうな前フリだった。

ウイングは迷う。

多少のことではムースを嫌いになるなど有り得ないと思っているし、それを表明するのに躊躇はない。

だが、無理に聞き出すのはやってはいけないことだと思うのだ。

だから、ウイングは口を閉ざした。

ムースの決断を待つ。


「そういえば……『紅蓮の獅子』のレイオーンを怪我させたって聞いたわ……なんでだか聞いてもいいかしら……?」


ムースの口から出たのは、全然別の話だった。

だが、ウイングとしては話を逸らされたと怒る気持ちはない。

素直にその話をすることにした。


「レイオーンは適性検査の時に色々意地悪されたのです。

それから、アリアにちょっかい掛けて、アリアが怯えてたのです。

それに、悪い噂も聞いたのです。

アリアとパーティーを組むことは決まってたので、憂いを無くすために、一発食らわせておく必要があったのです。

だから、僕は悪いとは思ってないです」


ウイングの話が後半につれ言い訳っぽくなったのは、噂程度で怪我をさせたことや、ギルドから怒られたことなどがあったからだが、実際のところレイオーンからは「殺してやる!」とまで言われていたので、恥じることなく言いきった。

さすがにレイオーンとのやりとりは彼の名誉のために黙っておく。


「そう……アリアにも……」


だが、ムースが気にしたのはアリアのことだった。


「あのシリスって子のことです?」


今回の依頼を受ける時、ムースは『紅蓮の獅子』とひと悶着起こしている。

その時、心配するムースに辛辣な言葉を放ったのが、シリスという少女だ。

ウイングはあの時、自分の出る幕ではないと敢えて黙っていたが、ムースの言葉から気にしているのはシリスのことではないのかと思ったのだ。


「ウイングさんは優しいのね……そうね……アリアに『紅蓮の獅子』の噂を教えたのは私なの……もちろん、シリスにもね……」


「そうなのです?『紅蓮の獅子』に入った女の子は長く続かないって聞いたです。

アリアは言葉を濁して細かいことは教えてくれなかったですけど、不穏な空気だけは伝わったのです……」


「それで、レイオーンに怪我させたのかしら……?」


少し意地悪っぽくムースが聞く。


「遠慮しなくていいと思ったのは事実なのです。

でも、後衛審査でいきなり的を鉄の塊にしたり、前衛審査の時は、僕に木剣を渡して、自分は真剣を使ったりされたから、正当防衛なのです!」


「それは意地悪の範疇じゃないわね……良く殺さずに済ませたわね……」


「殺したら適性検査にならないのです」


「……ウイングさんは、私にウ、ウイングって呼んで欲しいの?」


いきなりムースの話が元に戻って、ウイングは一瞬、話の筋を見失う。

それも、恥ずかしげにどもるのではなく、抵抗があるような吃り方だ。

ウイングは何事かと思ってしまう。


「あ……はい、そうなのです……ダ、ダメです……?」


必然、ウイングも真摯な表情で恐る恐る聞く形だ。


「なら、聞いて貰うしかないですね……」


ムースは困り顔で呟くように言う。

それから、ゆっくりと続ける。


「私は……男性が怖いんです……」


「え?」


今朝というか、昨日の朝はウイングに後ろから抱きついて味見をねだられたり、ウイングが弱っている時にその胸で泣かせてやると挑発的なことを言われたりしたウイングとしては、承服しかねる発言だった。


「まあ、そうですよね……わざと挑発的なことをしたりしてますから、納得できないですよね……」


やはりムースは困り顔だ。


「あれはですね……ウイングさんには申し訳ないんですが……試させて貰ったんです……」


ウイングの困惑を読み取ったのか、ムースが申し訳なさそうに言う。


「試したのです?」


未だウイングは困惑顔だ。

ムースは今度は恥じ入るように身を竦ませる。


「私たちは女ばかりです……アリアが認めた人を試すのはどうかとは思ったんですが……それでも確かめない訳にはいきませんでしたから……」


ようやくウイングは納得を見せる。

つまり、男としての安全度を見極めるためだったのだろう。

そのために恐怖を押し隠してムースはあんなことをしたのだ。

それは最年長としての責任で、仲間やアリアを想うがゆえだったのだろうとウイングは理解する。


「ああ、悲しいですけど、ヘタレで良かったってことです?」


ウイングは少々自嘲気味に聞く。


「はい……申し訳ないです……」


「でも、男性が苦手なら、ムースがやるのは勇気が必要だったと思うです……それは余計な手間をかけさせてしまったのです……ごめんなさいなのです……」


ウイングはムースの気持ちを慮ると謝るしかない。


「いえ……謝られることではありません……。

それに、聞いて欲しいのはここからなんです……」


ムースは意を決したのか、背筋を伸ばしてウイングに向き直る。

ウイングもそれに合わせて背筋を伸ばす。


「私は……元『紅蓮の獅子』のメンバーでした……」


「えっ!?」


「と、言っても、もう九メグリ(年)前のことです……それも、依頼を一度受けただけ……その一度で私は『紅蓮の獅子』を抜け、冒険者を辞めたんです……」


「……」


「当時、『紅蓮の獅子』の顔役はダイガーという男でした。

今はレイオーンになっていますけど、ダイガーも昔は可愛らしい顔をした好青年という感じで、冒険者になったばかりの私は彼に恋をしたんです……誘われるままに『紅蓮の獅子』に入って、難しい依頼に荷物持ちとして加わり、樹海の奥に行きました。

馬鹿だったんです……それが彼らの手だと知ったのは、三メグリ(年)前に、シューティの町に戻ってからでした……」


ムースは淡々と語る。まるで他人事のような顔をしていた。


「彼らは新人の女の子を誘っては、樹海の奥に連れていき、散々にこき使った上で、沢山の罵声を浴びせるんです。

そうして、思考を奪って乱暴をします。

大抵の女の子は泣き寝入りです。依頼が終わって帰って来たら、冒険者なんて辞めます。

私も一度は辞めました。王都に逃げ出したんです。

でも、王都でやることがなくて結局、冒険者になりました。

三メグリ(年)前に依頼で商人の護衛を受けてシューティの町に立ち寄りました。

最初は立ち寄る予定はなかったんですけど、依頼人からのどうしてもという言葉に抗いきれなかったんです。

町に入る時は怖かったです。気が狂いそうなほどに……。

でも、誰も私の顔を覚えていなかった。

『紅蓮の獅子』の男たちすら、私の顔を覚えていなかった。

だから、この町に戻ってきたんです。

私には復讐する力はありません。

だけど、せめて、同じ思いをする女の子を減らしたかった。

私は新人の女の子を見つけると、その話をするようにしました。

今も証拠はありません。全ては憶測です。

私がそうだったというだけで、他の子は違うかも知れない。

シリスは……私には止められなかった。

私のことを話すのは勇気がいります。

だから、噂として話すしかなかった。

他の子を守りたいと言いながら、一番守りたいのは自分なんです。

この話を知っているのはマルガレーテとミルキル、それからウイングさんだけです。

誰にも言わないで下さい!

……アリアにもモーリーにも、汚い女だと思われたくない。

ウイングさんはがっかりですよね……私は貴方を使って、貴方なら私の過去を知っても、気を使ってくれるだろうと思って、この話をする練習台にしてるんです。

いつか、次のシリスには伝えられるようにって……」


言って、能面のように表情の消えた真っ白な顔をして、ひとすじの涙を零した。

ひとすじだけだ。それきり、ムースの中から感情が消える。

ウイングは震える右腕を左手で抑える。

怒りが込み上げる。レイオーンを殺してやりたいとも思う。

だが、それ以上にムースを抱きしめてあげたかった。

しかし、男性恐怖症に陥っているだろうムースにそれをするわけにもいかない。

だから、ウイングはムースをちゃんと見た。


「ムースは汚くないです。

男の僕に言われても、意味なんかないですけど、汚くないです!

むしろ、綺麗です!かわいいです!カッコイイです!

僕はヘタレだから、いっぱい踏み台にするといいです!

ムースの思うように気を使えるか分からないですけど、僕、頑張るです!」


ウイングは笑いかける。ムースを抱きしめる代わりに笑顔で包んであげたかった。

ムースが泣けないのに、ウイングが泣く訳にはいかない。

ウイングが泣いて、ムースがスッキリするものならそうする。

だから、ムースがウイングを練習台にするのなら、ムースの勇気を褒め称え、その決断を応援するのだ。

笑顔で。

何度言っても、それを見ている者が居ると教えるのだ。

そう考えながら震えていると、ふいに立ち上がったムースによって、ウイングの頭が抱えられる。


「ウイングさん……泣かないで下さい……」


「な、泣いてないです!泣いたらムースに失礼なのです!」


ウイングは泣きそうな顔を真っ赤にして堪える。

ムースはそうして震えるウイングを肌に感じながら、感情が帰ってくるのを感じる。

抱えたウイングが身体の中心から熱を伝えてくる。

この優しい男の人を信じたいと思った。

だから、ムースは縋る。気持ちの一部をウイングという外部機関に託してしまう。もうそのことについて、流れる涙を持たないムースは微笑むような泣き出しそうな顔で言う。


「じゃあ……泣いて下さい……私の代わりに……ねっ……ウイング……」


ウイングは零れる涙を止めきれず、それでも涙を止めようと唸る。


「ううぅ……ううぅぅ……」


ムースが優しく笑う。ウイングは泣く。声を押し殺して、ムースの代わりに、悔しさを込めて……。


それからムースはウイングを離すと、にっこり笑いかける。


「また、美味しい朝ご飯作ってもらっていいですか、ウイング?」


ウイングは顔を拭うと、ムースを見る。

それから、ウイングも笑顔を作る。


「任せるです!」


ウイングはそれから気合いの入った朝食を作る。

うさぎ肉とキノコたっぷり肉団子汁だ。

胡椒たっぷりで身体が温まる。やはり香辛料はこの世界でも高値で取引される。

起きだしたみんなと楽しい朝食を済ませて、気合いを入れて進む。


「行程としてはだいぶ遅れている。

今日は少しペースアップするぞ」


マルガレーテの掛け声で全員のペースが上がる。


「前方、距離三百、何かいるです!」


ウイングがソナーの反応を伝える。


「ミルキル、分かるか?」


竜巻猪トルネードボアだ!気付かれてる!」


ミルキルが後ろに下がる。

同時に竜巻猪トルネードボアがひと声鳴いて、突っ込んでくる。


「全員、避けろ!」


竜巻猪トルネードボアの突っ込み速度は剣熊ソードベアの比ではない。

しかも、その巨体はサイ程もある。

更にやっかいなことに、名前の由来となった竜巻のブレス攻撃を使ってくる。


「ブゴウッ!」


(いなな)きと同時に放たれる竜巻のブレスは魔物の固有魔法と呼ばれるものだ。

木々を薙ぎ倒し、地面を抉り、竜巻猪トルネードボアの前面にあるものを根こそぎ吹き飛ばす。


「奴は直線的にしか速度を維持できない。立ち止まったところを狙う!風以外の魔法で狙え!」


マルガレーテが指示を出す。

同時に、マルガレーテはムースの盾になる位置に、モーリーはアリアを守るように動く。

ウイング、ムース、アリアの呪文詠唱が始まる。

ミルキルは竜巻猪トルネードボアをやり過ごすと、その背後を取って、矢を放つ。


竜巻猪トルネードボアの背中に見事、命中する。

竜巻猪トルネードボアは、その矢が痛かったのか急制動を掛ける。

前進以外は苦手らしく、ゆっくりと身体を廻し始める。


「今だ!」


マルガレーテの言葉と同時に、三人の魔法が飛ぶ。


「火炎十字剣、投射!」

「水の槍ーっ!」

火炎弾ファイアブレッド!」


火炎でできた十字剣が、水の槍が、火炎弾が飛ぶ。


竜巻猪トルネードボアの身体に魔法が刺さる。

よろめきながらも身体を廻した竜巻猪トルネードボアが狙ったのはアリアだった。


「アリア!」


ウイングが助けに行こうとするのを、マルガレーテが止める。


「ウイングは次の魔法。アリアはモーリーに任せるんだ!」


「ブゴウッ!」


竜巻猪トルネードボアの放つブレスをモーリーがウォーアックスの腹で受けて逸らす。


「下がって!」


モーリーがアリアに下がるように言うと同時に、竜巻猪トルネードボアを睨みつける。

竜巻猪トルネードボアは、既に正面しか見えていないのか、ブレスを吐きながら突っ込んでくる。

ギリギリまで粘ったモーリーは力を抜くと、竜巻に押されるまま身体を回転させる。

直後、先程までモーリーが居た場所を竜巻猪トルネードボアの巨体が過ぎる。

モーリーは回転する身体の余波を使って、ウォーアックスを竜巻猪トルネードボアの後ろ足に叩き込む。

さすがにこの攻撃はかなり効いたのか、竜巻猪トルネードボアは使えなくなった後ろ足のせいで、極端に速度が鈍る。

そのタイミングを待っていたのか、ムースの呪文が完成、火炎十字剣が放たれる。

距離が開いていないため、扇状に拡がる火炎十字剣のその三本が胴体を穿つ。

ウイングはそれを見ていて出遅れてしまう。

慌てて魔法を完成させるが、放った火炎弾は三本足でがむしゃらに暴れ出した竜巻猪トルネードボアの身体の下を潜ってしまい、外れる。

マルガレーテがウイングに「見ていろ!」と言って、突っ込んでいく。

マルガレーテの大盾が竜巻猪トルネードボアの牙とぶつかって、マルガレーテが大きく仰け反る。

そのまま振り上げた前足がマルガレーテを潰してしまうのではないかと見えるが、素早く長剣を抜いて、その前足の付け根に剣を突き込むと、サッと避ける。


「ブゴルルラァッ……!」


痛みに悲鳴を上げる竜巻猪トルネードボアの顔面に、二本、三本と矢が突き立つ。と、いつのまに跳んだのか、モーリーが上空からウォーアックスに体重を乗せて落とす。

深々と竜巻猪トルネードボアの頭蓋にめり込んだウォーアックスを引き抜くと同時、竜巻猪トルネードボアはその巨体を、どうと横に倒した。


お互いの動きを読みきった『白夜の華』の連携は完璧たった。


「凄いです……」


「これが『白夜の華』の力ですよ!」


ウイングに近付いてきたアリアが、ウイングの感嘆に偉そうに自慢する。

そんな二人にミルキルが声を掛ける。


「おーい!解体するから手伝えよー!」


二人は倒れた竜巻猪トルネードボアのところまで行く。


「足と喉の奥のブレス器官、牙はどうする?」


ミルキルがマルガレーテに聞く。


「いや、牙は諦めよう。槍地竜スピアドレイクの前に荷物はあまり増やしたくない」


ミルキルとモーリーが解体用のナイフを抜く。


「アリア、押さえてて……」


モーリーの言葉にアリアが従い、足を切り取っていく。

ミルキルは喉のブレス器官を取り出すべく、喉から胸にかけてを切り開いていく。

ウイングはそれを補助するべく、喉周りの肉を引っ張る。


「ブレス器官は舌から繋がってる管からブレスを放出する。

この管の部分は天然の対呪コーティングになってる……高く売れるから、取り外しは注意な!

それでこの管の先にあるのが……」


教えながらもミルキルの手は滞りなく進んでいく。

そうして見えてくるのが、拳大の緑に光る宝石だ。


「おお……宝石みたいなのです……」


「魔石を見るのは初めてか?」


「初めてなのです……」


「ブレスや固有魔法を使う魔物は、必ずこいつを持ってるからな!

魔法薬の素になったり、装飾品になったり、こいつに魔法陣を刻んでマナを込めると魔導器の核としても使える……と、固いな……年経た魔物は魔石が骨に癒着して取りにくくなるんだ……」


と、ミルキルがムースに向けて手を上げる。


「ムース!骨が癒着してる!手伝ってくれ!」


呼ばれたムースは見張りを中断して、ミルキルとウイングのところにやってくる。

ムースは状況を見て、小さな黄色く光る魔石のついた指示棒のようなものを取り出すと、呪文を唱える。


「アーガモトーム……プリトゥヴィーの術理

ミーナニーテ……大地の盾

ケーンゲイン……土璧盾!」


ムースが指示棒を向けた位置に、大地が盛り上がって、強固な土の壁が生まれる。


「はい、どうぞ……」


「ありがとう」


未だ燻るように光る魔石付き指示棒をミルキルに渡すと、ミルキルはその魔石を癒着している骨に当てる。


「こうやって、別の属性の干渉力を当ててやると、この癒着した骨を固くしている干渉力が緩和されて、削りやすくなるんだ!」


「属性はなんでもいいです?」


「まあ、風と大地、火と水みたいに対になっている属性の方がいいのは確かだ。

でも、他の属性なら基本的に干渉力を弱めることができる……」


「なんで、ムースは魔法を使ったです?」


「魔石に魔法力を注いで、その残滓を利用しているからだってことだよな?」


「そうですよ……魔石は魔法力を貯めて放出する器官ですから、特定の属性が利用しやすい魔法力に変えて保持することもできるんです……今、ミルキルに渡したのは大地の魔石ですから……」


「つまり、魔石から漏れ出る魔法が癒着した骨を固くしていて、その干渉力をなくせば骨を取りやすくなるです?」


「その通りです……ウイングは理解が早いですね……」


ムースがにっこり笑って褒めてくれる。


「あれ?ムース、いつのまにウイングのこと呼び捨てになったのさ?」


「さあ?仲良くなったからですかね……?」


意味深に笑うムースだった。


「おいおい……お安くないんじゃないの〜?」


ミルキルが途端にからかう。

だが、慌てるのはウイングだけだった。


「そ、そんなことないです……」


「何があったかは、ミルキルの想像にお任せしますね……」


ムースはどこ吹く風と受け流す。


「こりゃアリアも頑張らないと!」


ミルキルはそんなムースの対応に慣れているのか、すぐさま矛先をアリアに向ける。

アリアは横でそれを聞きながら、やはりこちらも泰然自若とした風格を出している。


「ウイングはさん付けすると嫌がるんですよ。

私もやられました。

ムースさんには、ウチのウイングがご迷惑をおかけしました……」


「いえいえ……迷惑なんてとんでもない……むしろ救われたくらいですよ〜!」


恋の鞘当てにならないくらいの、お互いに普通と呼べてしまう平穏なやりとりに、ミルキルは少し不満顔だ。

だが、他意なく二人にニコニコされるとミルキルもそれ以上はどうにもならないと思ったのか、素直に仕事に戻る。


ウイングも多少ホッとしながら、作業に戻る。

数カケ(分)後、無事にブレス器官は取り出され、また行軍に戻る。


「今日はハンバーグでもやるですかね?」


切り取った四本の足は、マルガレーテ、ムース、アリア、ウイングの背負い袋に血抜きを兼ねてぶら下げられている。


「ハンバーグって何よ?」


「今朝の肉団子を焼いて、ソースを掛けた料理です」


「へえ、それは楽しみね!」


モーリーが多少気さくに返答する。

少し打ち解けたようで、嬉しくなるウイングだった。


そんな会話もそこそこに、辿り着いたのは巨大な湖だった。


「あれ?ここって……」


ウイングがこの樹海の中で知る湖は、地上に出て最初に見た湖だけだ。

だが、沈みゆく夕日が背中側にある。


「もしかして、対岸とかですかね?」


「知ってるのか?ここは樹海の中で一番大きな湖、シム湖だ」


ミルキルが教えてくれる。


「私とウイングはこの湖の近くで会ったんです……」


アリアと二人、少し懐かしいような顔をしてしまう。


「あら、思い出の場所なんですね……」


「でも、この湖は大きいから、ここがそうかは分からないでしょ?」


「たぶん、対岸のどこかだと思うです。

陽の沈む方向が逆だったです」


ムースとモーリーの言葉にウイングが答える。

それを見ていたマルガレーテは、ひとつ咳払いをして注目を集める。


「この近辺が槍地竜スピアドレイクの縄張りになっている。

さすがに夜には出会いたくないからな。

離れた場所で野営して、明日の朝から槍地竜スピアドレイク狩りだ」


全員が頷き、ミルキルを先頭にシム湖を離れて野営地を決める。


ウイングは宣言通り、ハンバーグを作って、全員から絶賛されてから、就寝となった。

今日は翌日に備えて早めに寝るため、風呂はなしとなった。


翌朝、ウイングが朝食作りに早めに起き出すと、今日の遅番だったモーリーのリクエストで味噌汁を作った。

そして、陽が昇り、準備が整うとついに槍地竜スピアドレイク狩りが始まるのだった。

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