白夜の華なのです
紫色の空が朝の訪れを告げている。
夜の終わり、朝の始まり、その狭間の時間。
シューティの町の南側の大門、その内側には百と少しの人数が開門を待ちわびている。
「何でこんなに集まってるです?」
日が昇る前なのに集まる人の数にウイングは驚いていた。
アリアは眠そうに目を擦りながら歩いている。
「ふわぁ……ぁふっ!樹海はただでさえ暗いですからね。
日の出てる時間に、樹海に入る、暗くなったら動かない、これが鉄則です……だから少しでも日の出てる内に動く時間を稼ぐためにも、開門と同時に町を出発したい訳です……」
町の大門は日の出と共に開かれ、日の入りと共に閉められる。
魔物が跋扈する樹海の隣に作られたシューティの町ではこれが基本になっている。
「その割にはアリアは慣れてなさそうなのです……」
大口開けてあくびをするアリアを残念そうに眺めながら、ウイングが呟く。
「仕方ないじゃないですか……『白夜の華』の皆さんとご一緒できるんですよ……もう楽しみで、楽しみで……あんまり眠れなかったんですよ……ふわぁ……」
「せめて口元を隠すくらいはするです。はしたないのです……」
「そんな貴族の人じゃないんですから、気にしませんよ……」
「ダメですよ、アリア……女性としての最低限の嗜みくらいは持ってませんとっ……」
子供を叱るような優しい声は『白夜の華』のおっとり爆乳ムースだった。
「えっ!?わっ!ムースさんっ!?おおお、おは、おはようございますっ!」
目の前にムースが現れて、慌ててアリアが挨拶する。
「おはようなのです!今日はよろしくお願いするのです!」
ウイングもきっちりと挨拶する。
「おはようございます……アリア、ウイングさん、こちらこそよろしくお願いしますね〜」
ムースの後ろにはマルガレーテ、モーリー、ミルキルと『白夜の華』が勢揃いしている。
それぞれに挨拶を交わすが、褐色肌のミルキルは「よろ……」と力なく手を挙げたかと思うと、立ったまま寝てしまう。
「まったくもう……ミルキルったら……」
「すまないな。ミルキルは朝が弱いんだ。日が昇れば目覚めるだろうから、勘弁してやってくれ」
朝早いというのに、全身鎧で重そうなマルガレーテは普段通りといった風情だ。
「お、そろそろ夜が明けるです……」
町の東の壁に朝日が後光のように差し込んでいる。
それと同時に、南の大門で待機していた冒険者たちが立ち上がったり、荷物のチェックをしたりと慌しくなっていく。
それから、町の四方にある見張り塔から旗が上る。魔物の姿なし、門を開けてヨシの合図だと教えてくれたのはツンデレ、ゴスロリのモーリーだ。
衛兵の「かいもーん!」という声と同時に扉が開き、冒険者たちが門に並び始める。
簡単な検査と出向予定の聞き取りだ。
樹海に隣接したシューティの町は冒険者たちの仕事が多いので、簡単にだが冒険者の管理みたいなことも町がやっている。
予定日に帰らない冒険者が多数出たりすると、町の兵士が周辺調査に出たりするらしい。
魔物の群れでも現れて、町が襲われたらたまらないので、冒険者たちは洞窟探検のカナリヤ代わりということらしい。
上手く行けば、冒険者たちも兵士に助けてもらえるとあって、この制度は受け入れられている。
ウイングたちも十カケ(分)並んだくらいで外に出た。
百名程の武装した者たちがぞろぞろと歩くのはなかなかに壮観だ。
だが、それも暫く進むと一人欠け、五人欠け、と思い思いに樹海へと入っていく。
「みんなで同じ場所から入るんじゃないですね……」
「皆、それぞれに地図を持っているからな。それに狙いが違えば向かう場所も変わってくる」
マルガレーテが教えてくれる。
「あれ?でも、地図作りの探索依頼が出てたですよ?」
「買った地図で分かることなんて、大雑把な地形くらいのもんよ。どの辺りにどんな魔物が出やすいとか、どこが魔物の吹き溜まりかなんて書いてないもの。そういう大事なことは頭で覚えるのよ。それくらい当たり前でしょ……」
「地図作りの探索依頼は引退する冒険者用の依頼ですね……それまでに貯め込んだ知識を売って、退職金代わりというところでしょうか……」
「それにしたって一番大事な情報は誰にも売らなかったりするしね!」
モーリー、ムース、気付いたら起きていたミルキルと、『白夜の華』の面々は全員でウイングの質問に答えてくれる。
アリアが憧れるのも納得できてしまう人の良さだった。
ミルキルなどは先程まで歩きながらも、ふらふらと寝ていたはずなのだが。
「ということで、私たちもここからが本番だよ!」
寝起きテンションマックスなミルキルが、街道を逸れて、先導するように樹海に入る。
「先頭はミルキル、次に私、ウイングとアリアは真ん中で、ムース、モーリーの順でいいかな?」
「ミルキルは後衛じゃないです?」
「ミルキルは私たちの地図だからな。戦闘になれば後衛に回る」
マルガレーテが自慢げにミルキルを言う。
「ミルキルさんは地形把握のプロなんですよ!元々、森の中で暮らす特殊な一族の出で、ギルドの区分けだと後衛・特殊の人なんです!」
何故かアリアが自慢げにウイングに語る。
ウイングもそこには突っ込まずに「ふんふん……」と聞いている。
「そうだな……戦闘時の隊列も決めておこう。
基本的には私とモーリーが前衛で、私が盾役、モーリーは攻撃だ。ムースは魔法での攻撃、ミルキルは弓を使っての牽制を基本にしている。アリアは装備からいくと中衛だな……基本は前に使っていた魔法攻撃で後衛でいいか?数が多い時は前衛で牽制をやってくれると助かる……」
「はい!頑張ります!」
マルガレーテはテキパキと判断を下して、アリアは気負い立って返事をする。
「ウイングは……装備からいくと後衛だが、前衛もできるのか?」
ウイングは買ったばかりのおニューのローブに長剣、小剣とちぐはぐな格好をしている。
さすがのマルガレーテも少し迷ってしまうようだ。
「どれでもできるですよ!」
安く譲ってもらった多機能背負い袋を活用しようと、小弓と盾も背負っているので、メンバーの中でもひときわ荷物が多い。
「ひとまず、後衛で様子を見て、状況次第で動かしましょうよ……器用貧乏じゃなきゃいいけど……」
モーリーが辛辣な意見を出す。
「あ、ああ、そうしよう……ウイングもそれでいいか?」
「問題ないです。パーティー戦闘は始めてなので、邪魔にならないように勉強させてもらうです!」
そうして戦闘時の隊列も決まったところで、一行は奥に奥にと進んでいく。
ウイングも皆に内緒で時折、ソナーの魔法を使いながら、極力地形などを覚えようと努めていた。
ミルキルは何を目印にしているのか、迷いなく進んでいく。
と、ミルキルがいきなり止まる。
アリアとその他の面々に緊張が走る。
ウイングも、さっきは問題なかったはず、と思いながらも慌てて波動の精霊ラッシュに思念でソナーの魔法を使うよう伝えようとした時、ミルキルが振り向いた。
「そろそろ、お昼にしない?」
ズコーッ!という皆の声が聞こえなかったのが不思議だ。
代わりに、全員から睨むような視線が飛んだが、ミルキルは物ともしていなかった。
「いやぁ、朝食べてないからさぁ……」
「ミルキル姉さんが朝食を抜いて寝る時間に当てたからでしょ!」
モーリーのむくれたような声が飛ぶ。
それを宥めるのはムースの役目のようだ。
マルガレーテは肩を竦めると、息を抜いて、
「仕方ない……ミルキルがそう言うのなら、この辺りは比較的安全なはずだ。
今の内に昼を取っておこう」
そう言って、荷物を下ろす。
マルガレーテの判断には全員、異論はないようだ。
思い思いに荷物を降ろすと、車座になって座った。
「ごっはん〜、ごっはん〜!」
ミルキルが携帯食料を自分の背負い袋から取り出そうとするのをウイングが待ったを掛ける。
「ちょっと待つです!」
「なに?お腹空いてるんだけど?」
ミルキルは気分を害したような剣呑な声だ。
どの世界でも食の恨みは恐ろしい。 ウイングもそのことは知っている。
だから、止めたのだ。
ウイングは自分の背負い袋から、大きな包みを取り出した。
「今日のお昼は『蒼穹の不死鳥』からの奢りなのです」
高級宿に泊まっているのを利用して、ウイングはお弁当を用意してもらっていたのだ。
アリアも目を丸くしている。知らされていないのだから当然だ。
「お近づきの徴というか、僕とアリアだけじゃ今回の依頼は受けられなかったのです。なので、せめてもの感謝の気持ちなのです!」
包みの中はサンドイッチと魚のフライ、野菜の蒸し焼きと三種の秘伝ソースといった手掴みで食べられるお手軽なものと、これだけは譲れないと、ウイングお手製の甘い卵焼きだ。
「なんぞこれー!」
ミルキルが嬉しい悲鳴を上げる。
他の面々も動きが止まっている。
車座の中央に広げられたお弁当。ウイングの前世では当たり前かもしれないが、この世界の携帯食料としては考えられないものだ。
「まさか、わざわざこんな大荷物を運んできたのか……」
マルガレーテは理解できないという顔でウイングを見つめる。
旅に出るなら、携帯食料。余計な荷物は極力持たないというのがお約束なので、昨日の夜、アリアが「はあ……この美味しい食事とも暫くお別れですね……」と寂しそうに言っていたので、それなら、お昼くらいはとウイングが思いついたのだ。
「重かったでしょうに……」
ムースが労るような声を掛ける。
「え?別にそうでもないですよ?」
「す、すいませんっ!ウイングが色々と規格外だって説明するの忘れてました……」
アリアがいきなり平身低頭、謝りだす。
「え……なんか、アリア、それはヒドいです……」
「まあ、せっかくだから、いただきましょうよ……」
澄まし顔を取り繕っているモーリーだが、声は震えている。
「すまないな。まさか、こんな嬉しいサプライズがあるなど、思っていなかったので、しょ、少々動揺してしまったようだ……」
何故かマルガレーテまで謝りだす。
「うまっ!……うまいぞ、これ!」
問答無用で手を伸ばしたミルキルが片手のサンドイッチをそのままに、もう一方にもサンドイッチを取る。
「と、とにかく食べてくださいなのです……」
それぞれに「いただきます」をして、全員が食事を始める。
「あら、美味しい……」
「これは……!」
「やだ、何?この深み!?」
「ふえ〜ん、やっぱりこの味だあ!」
「ハグハグ……モグモグ……すげー!」
「良かったら、この黄色いのも食べて欲しいです……。
僕が作った自信作なのです!」
なかなか見慣れぬ卵焼きは誰からも手をつけられていない。
「あ、うん……いただこう……」
パーティーの盾役、マルガレーテが皆の視線に押されるように前に出る。
別にこういう時まで盾役をする必要はないのだろうが、マルガレーテもそれをヨシとしている節がある。
この黄色いブロックは何だ?そもそも食べられるのか……?
ウイング以外の共通した見解である。
この世界の卵と言えば、ゆで玉子一択なのだ。卵料理が狭い。茹でた卵を使った料理はあるが生の卵からの料理がない。
かなり前世に近い料理が多々あるこの世界で、ウイングとしてはほとんど不満はないが、唯一、卵料理の狭さだけは納得いかない部分だったのだ。
なので、自作である。
厨房を借りた時に宿のシェフには嫌な顔をされたが、味見させたら驚いていた。
きっと美味しく出来ていると自信はあるが、馴染みがない世界で受け入れて貰えるだろうか……と一抹の不安はある。
マルガレーテは口元まで持っていくと、一度マジマジと見る。それから、意を決して丸々口に突っ込んだ。
「………………っ!?」
一同が固唾を呑んで見守る中、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。
それから、しばし考え込む。
待ちきれなくなったミルキルが、覗き込むようにして聞く。
「ど……どう?」
「……ダメだ!これは毒だ!」
「え?」
マルガレーテの言葉に、一斉にウイングに視線が注がれていく。
それを尻目にマルガレーテは卵焼きを抱え込むと、
「これは、私が始末する!」
と、言って一人で食べ始める。
普段、クールなマルガレーテの凄い食べっぷりだった。
「ちょっ!ちょっ!私も食べる!」
ミルキルがマルガレーテから卵焼きの入った箱を奪うと、ポイッと口に入れる。
「……甘い。甘いぞこれ!」
「ちょっと、私にもちょうだいよ!」
「私も食べます!」
「わ、私にも!私にも下さい!」
こうして、卵焼きは瞬く間に空になった。
全員が至福の表情であった。
ウイングは多少、顔を引き攣らせながら、
「ま、満足してくれたみたいで良かったです……」
「ふう……魔性の食べ物だ、アレは……」
「お腹いっぱいにするなんて、私は冒険者失格よ……」
「はぁ……ウイングさん、凄いんですねぇ……」
「ふぅ……寝よう……このまま寝るのが幸せだ……」
「ウイングの規格外に久々、やられました……」
仕方ないので、ウイングは一人片付けをやるのだった。
そうして、少したっぷりめの昼休憩を挟んで、一行はまた奥に進む。
昼を早めに取った分、それからは順調に距離を稼いだ。
「このペースなら、明日の昼には狩場につくかな?」
ミルキルが軽口を叩く。
「アリアも少し見ない間に、体力つきましたねぇ……」
ムースは前に一度、一緒に依頼を受けた時のことを思い出したのか、感心したように言った。
「ウイングに指導を受けてるんですけど、厳しいんですよ。
それでですかね?」
アリアとしてはあまり自覚がないというか、実感が湧かないというところなのだろう。
そうして、歩く内にウイングのソナーに反応があった。
「ちょっと止まるです!」
前方三百ミョーン(メートル)ほどだろうか、大型の長い牙を持つ剣熊が彷徨いている。
「よく分かったなあ……」
ミルキルが驚いて舌を巻く。
「どうするの?」
モーリーが背負った戦斧に手を掛けて、マルガレーテに聞く。
「迂回は厳しいかな……」
ミルキルが素人には見えない道を見ながら言う。
「よし、やろう!」
それを聞いたマルガレーテの決断は早い。
全員が戦闘の準備をする。
それから、剣熊に気付かれないように、ゆっくりと近付いていく。
残り八十ミョーン(メートル)まで来たところで、茂みに身を隠して、ミルキルが大弓を構えた。
立ち上がって、弓を絞る姿は美しい。
引き締まった筋肉が盛り上がる様が、薄着のせいか妙に艶めかしく写る。
と、途端に弦が鳴って、一本の矢が飛ぶ。
その矢は狙い違わず、剣熊の左目を潰した。
「ブゴゥッ!」
と、ひと声鳴いて、剣熊が駆けてくる。
すかさず前進した黒い全身鎧のマルガレーテは大盾を構える。そのすぐ後ろには戦斧を構えたゴスロリドレスの上に鎧を着込んだモーリーが着く。
「行きましょう!」
アリアとウイングに声を掛けて、ムースが茂みから立ち上がると、指で紋様を描きながら呪文の詠唱に入る。
その頃には、ミルキルの第二射が剣熊の右肩に突き立つ。
「アーガモトーム……ガルダの術理
ミーナニーテ……風気の刃
ケーンゲイン……風刃烈槍、投射!」
「マナの皆さん集まって!風の刃で切り裂いて!
月の宝珠の加護ですよ!風の刃、出ろー!」
ムースとアリア、二人の魔法が時間差で発動する。
剣熊の後ろ足がムースの魔法で大きく切り裂かれたと思うと、次の瞬間、アリアの魔法がその強靭な長い牙ごと切断して頭が飛んだ。
「えっ?」
アリアが驚きに目を見開く。
剣熊はその勢いのまま、盛大に転んで、マルガレーテの元まで辿り着くことなく、ゴロンと体を拡げていた。頭は牙と一緒に後方に置き去りだった。
「「「「はあっ!?」」」」
『白夜の華』たちの声が綺麗に揃った。
ウイングは当然という顔で、目を閉じて頷いている。
「アリア……!今の何……?」
ムースが聞いてくる。
「えっと……風の魔法……ですかね……」
「あれだけ魔法力を込めたら、当然なのです。
ちなみに、アリアは今日はあと二発しか撃ったらダメです!」
ウイングの声と同時、進路上にあった樹々がバキバキと盛大な音を立てて倒れていく。
アリアの魔法が切ったのは剣熊の首だけではなかった。
「なんだっ!?」
全員の視線が倒れる樹々に注がれる。
それから、錆びたバルブを回すように、アリアに首を向ける。
「ご、ごめんなさいっ!」
結局、今日の進行はここまでだった。
『白夜の華』の面々の質問攻めで、暗くなり野営することになったのだ。
焚き火を囲んで、ムースがぽつりぽつりと言葉にしていく。
「つまり……ウイングさんに習った……推定、狭間の灰魔法師の別次元の魔法で……アリアは、まだ力加減ができなくて……こうなった、と……」
片側が見晴らし良くなってしまった樹海を眺める。
「ご、ご、ご、ごめんなさい……」
アリアはもう何度めになるのか分からない頭を下げた。
「凄いのは分かるけど、後ろからあんなのが飛んできたら、たまらないわよ……」
モーリーがため息混じりに言う。
「もう少し、制御できるのは無いの?」
「あ、水の魔法なら……!」
ウイングから、精霊の存在は隠しておくように言われているので、精霊魔法とは言わない。
それを言ったら、何故他の魔法が使えるのかと、ややこしくなってしまうからだ。
それに、水の精霊タマがアリアの思念を読みながら制御するので、問題はなくなる。
今回のことは、制御の利かない風魔法を選んだアリアのミスだった。
「一応、試させてくれ」
マルガレーテが火のついた薪を生木で挟んで器用に投げる。
「アレを壊さず、火だけ消せるか?」
アリアは呪文を唱えてイメージを作ると、それを放つ。
水の玉が薪の上まで飛んでいって、シャボン玉を割るように、ぱしゃりと割れる。
綺麗に火だけが消えていた。
「おお!上手いもんです!」
ウイングは素直に褒めるが、他の面子はまた驚きに目を丸くする。
なんだアレはだの、どうやっただの、意味が分からないだの、またまた質問攻めだ。
何故か『白夜の華』の質問はアリアにだけ集中している。
やはり、野営の準備で魔法で火起こし、魔法で竈を作る、魔法で壁付きお風呂などの用意をしたのがいけなかったのかもしれない。
未知過ぎて、聞いても分からないだろうという結論に達したようだった。
仕方なく、ウイングはアリアが質問攻めの間、一人で野営の準備を進めた。
剣熊の肉を焼いて、食べられる野草を探して、昼間に余った三種のソースを絡めて、炒め物を作り、スープを作り、待った。
なかなかアリアへの質問攻めは終わらない。
暇になったウイングは先に風呂に入ることにする。
屋根のない風呂だったが、魔導器の灯りを持ち込んでいるので、暗くはない。
波動の精霊ラッシュに頼んで、超音波風呂などを楽しむ。
使い終わったお湯は外に魔法で飛ばして捨てて、新しい水に張り替えておく。
ホカホカしながら外に出ると、ようやく話し合いが終わったようだ。
「アリアはちゃんと制御できるようになるまで、水魔法と既存のマナ魔法以外禁止、それでいいな……」
マルガレーテのまとめに、全員が頷く。
「それにしても……」
ミルキルが辺りの惨状に目を剥く。
辺りの様子はウイングの魔法で、前世のキャンプ場みたいになっている。
「話、終わったです?それじゃあ、ご飯にするです?それともお風呂にするです?それとも……とと、これは余計なのです」
前世的新婚家庭の甘い会話的な言葉を発してひとり盛り上がるウイングに、全員が一斉に脱力するのだった。
そんな全員の呆れた様な姿を見ながら、魔法でご飯を温めなおす。
「なあ、ウイング……不躾なことを聞くが……君はいったい、何者なんだ?あ、いや、申し訳ないとは思ったが、アリアから記憶喪失だという話は聞いた……だが、正直、私は……君をどう扱ったらいいのか分からないんだ……」
「えっと……もしかして、僕はお邪魔です?」
ウイングは寂しそうに見えないように、一生懸命笑いながら聞いた。
その笑顔が余計に寂しそうに見えるというのは皮肉な話だ。
「違うんだ!ウイングを排除しようとか、そういう話じゃない!ただ、純粋にどうしたものかと……君は今のアリア以上の力を持っているんだろう……?」
「つまり、私たちパーティーの方が古参だから、暫定的に指揮権を持っていたけれど、ウイングの能力が誰よりも高いのなら、指揮権を譲るべきじゃないかって、マルガレーテ姉さんは言いたいのね」
モーリーの説明にマルガレーテは頷く。
「え?僕は新人冒険者なのです。
指揮権とか言われても困るのです……リーダーはマルガレーテがやるのが向いていると思うです」
「しかし、普通、冒険者というのは強い者がリーダーになるべきだ。でなければ、個人主義の冒険者というのは、まとまらない」
「それは一般論です?」
「そうだ」
「それじゃあ、アリアにリーダーをやらせるって言ったら『白夜の華』は納得するですか?」
「な、何を言ってるんですか!?私がリーダーなんてできる訳ないじゃないですか!」
ウイングの言葉に慌ててアリアは否定を入れてくる。
「たぶん、なんでもありの全力で戦ったら、アリアは強いですよ」
「確かに、魔法を使われたら、私は勝てないだろう……」
マルガレーテはそれでも魔法を使わせないように戦えば勝てると踏んでいるが、問題はそこではないので、あえて否定はしない。
「でも、アリアも僕もパーティーを組んでの依頼は初めてですし、それぞれの役割に合わせた集団戦闘なんて分からないです。そんな人間に命を預けて戦えるですか?
少なくとも、今までマルガレーテの指揮でやってきて、ひとつも嫌な思いはしてないです。
むしろ、新人の僕たちを気遣ってくれる素晴らしいリーダーだと思っているです。
だから、僕たちは多少戦える新人くらいで考えてくれればいいです!」
「ねえ、マルガレーテ……貴女の正しくあろうとする姿は好きよ……でも、みんなの正しさはここにいるみんなで決めるべきじゃないかしら……?」
ムースが優しくマルガレーテを諭す。
「そうですよ!ウイングにリーダーとかやらせたら、大変なことになりますよ!魔物の吹き溜まりとか平気で駆け抜ける人ですよ!」
アリアがここぞとばかりに規格外っぷりを披露する。
だが、それは前提が違うと、ウイングが反論する。
「いや、それはアリアが突っ切ろうって言ったのです!」
「ウイングの規格外っぷりを見たら、仕方ないじゃないですか!」
まるで、自分は悪くないみたいな言い方をされては、ウイングとしても言いたいことはある。
「それは心外なのです!普通は一般常識を持っているアリアが、それを止めなきゃいけないですよ?」
「まさか投げやりに言ったひと言がそのまま採用だなんて、誰もおも……」
二人の舌戦がヒートアップする直前、マルガレーテは自分の鎧をドン!と叩いて、注目を集める。
「分かった!……私が引き続き、リーダーをやる!
ウイングにも、アリアにもリーダーは任せられない。
それでいいか?」
「さんせーい!やっぱりマルガレーテが安心だよ!」
ミルキルが大きな声で言う。
それに合わせて、ムース、モーリー、アリアもウイングも全員で拍手した。
マルガレーテは一礼してから、ウイングに向き直る。
「とりあえず、ウイング!」
「なんです?」
「これはなんだっ!」
土壁の建造物を指差す。
「お風呂なのです」
「これはっ!」
「竈なのです」
「これはっ!」
「みんなのご飯なのです」
「こんな贅沢品に囲まれて、冒険者としてやっていけると思っているのかっ!」
「え?ダメなのです?」
「あっ……いや……ダメじゃない……ダメじゃないが……何かダメなんだ……」
「なら、撤収するです」
ウイングが風呂の壁を魔法で崩そうとすると、全員の「あっ!」という寂しそうな声が聞こえる。
「う?」
「マルガレーテ!作ってしまったものは有効活用するべきだと思うんだ……」
「お風呂……お風呂入りたいです!マルガレーテ姉さん!」
「みんなの正しさはみんなで決めるべきよ!」
「美味しいご飯……これだけは譲れないです!」
マルガレーテとしては、リーダーの威厳を保つべくウイングに指示を出そうと思っての発言だったが、お風呂には入りたいし、美味しいご飯も食べたい。
だが、この環境に慣れてしまえば、もう元の生活に戻れないのではないかと危惧したのだ。
ちなみに、アリアはすでに戻れないところに片足突っ込んでいると言っても過言ではない。
そんなマルガレーテの感覚を誰が責められるだろうか。
今回の依頼が終わったら『白夜の華』にはお風呂も美味しいご飯も用意してくれる者はいないのだ。
マルガレーテはウイングたちに断って、『白夜の華』のメンバーを集めると円陣を組んで話し始める。
「みんな……これは今回だけが特別なんだ。分かるな!」
「分かってます。マルガレーテ姉さん!でも、こんな冒険がたまにはあってもいいんじゃないかって思うんです!」
仲間内では素直なモーリーが我侭だと分かっていても言う。
「そうね……私もモーリーに賛成だわ。今後、『蒼穹の不死鳥』とは仲良くやっていきたいわね!」
ムースはなるべく一緒に冒険を受ける方向にするべきだと、今後の方針を考えていた。
「もう、あの二人をどう勧誘するか?って話にしない?」
ミルキルはすでに戻れないかもしれない。
「「「それだ!」」」
いや、全員すでに戻れないところにいたようだ。
戦力、性格、生活向上力などを考えると、喉から手が出るほど欲しい。
「焦ってもいい結果は生まれませんからね……ゆっくりやりましょう……」
「そうだな……まずは仲良くなるところから始めよう!」
「アリアは打ち解けてると思うんだけど、ウイングがなぁ……」
ミルキルは直感でモノを言う。
「そうですね……彼の強さはまだ見てませんし、アリアからの話だけですからね……いきなり勧誘しても、いい気はしないんじゃないでしょうか?」
モーリーはつい悪態をついてしまうが、現実的に見ているようだ。
「そうだな。それは明日にも試させて貰うとしよう……誘導は任せていいか?」
マルガレーテの視線を受けてミルキルが頷いた。
「よし!まずは……風呂とご飯を頂こう!」
それ以上にできることはないという判断で円陣は解かれた。
ウイングはもう一度、ご飯の温め直しをした。
それから、いつもと違う食卓に全員が舌鼓を打ち。
順番に風呂に入ることにする。
ウイングはすかさず浴槽に張った水を温める。
辺りはすっかり夜だ。
マルガレーテは手拭いを用意しながら、ウイングに言う。
「今日はすっかり野営の準備を任せてしまった。申し訳ない」
「え、別に気にしてないです。好きでやったことです」
前世では年老いた祖父母と暮らしていたので、炊事やら洗濯やら、風呂の用意も自分でやっていたのだ。
魔王城で暮らしていた時は、何もやらせてもらえなかったので、罪悪感があったくらいだ。
誰かの喜ぶ顔を想像しながら働くというのは、ウイングにとって楽しいことという認識がある。
「そうか。ありがとう。礼を言わせてもらう」
「喜んでもらえたなら、何よりなのです」
「ウイングは今日はもう休んでくれ。
見張りは私たちでやるから、気にしなくていい」
「え、ちゃんとできるですよ!ギルドの座学で勉強したから、間違いないはずなのです!」
ウイングとしては、周りが女性ばかりなので、うまく溶け込めていない気がして不安だ。
つい、必死に抗弁してしまう。
そんなウイングの気持ちを察したのか、マルガレーテは薄く笑う。
「違う。ウイングを除け者にしたくて言っている訳じゃない。
ウイングはちゃんと働いたから、見張りは働かずにいた私たちの仕事だというだけだ」
「でも……」
「自分が溶け込めていない気がして不安か?」
「……」
「確かに、ウイングの魔法は私が知るどの魔法とも違う。
だから、戸惑いはある。
アリアが言ったんだ……」
「え?」
「ウイングの過去を引きずり出してしまうようなことは、言わないで欲しい……きっとウイングが辛いだろうから、無理に話をさせないで欲しい、とな……それでウイングが寂しく感じてしまったのは我々の落ち度だから、反省はしている。
だが、この縁を大事にしたいと我々『白夜の華』は考えているのは確かだ。
さっきの円陣も、そういう類の話だよ」
「ありがとうなのです……ちょっとすっきりしたのです」
ウイングは素直に頭を下げる。
「いや、礼を言われる話じゃない。
礼を言うべきは私たちだ。ウイングがいなければ、美味しい食事も風呂もありつけなかっただろうしな……」
これ以上はお互いにありがとうの応酬になるだろうと見て、ウイングは話を切り上げることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えて寝るです!」
「ああ、寝る前にひとつ!」
「なんです?」
「昼間のあの黄色いブロック……」
「卵焼きです?」
「卵?あれは卵なのか!?……アレは美味かった。
よければまた食べさせてくれないか?」
「今回の依頼の後でよければ、いつでも作るです!」
「ふふっ……ああ、頼む!」
クールビューティなマルガレーテは、笑うと本人が思う以上に魅力的になる。
ウイングはそのギャップに顔を赤くしながら、マントに包まって目を閉じるのだった。




