シューティの町なのです
翌日、ウイングとアリアの二人は、相も変わらず樹海の中を東進していた。
やはり慎重に進んではいるものの、ウイングの力を目の当たりにしてからは、アリアの心持ちにも大分変化が起きたようだ。
簡単に言えば、ウイングに対する信頼感が増した。
ウイングの性格を呑み込めるようになったとも言える。
アリアはこの世界の常識を教えようと考えたのだ。
そのため、多少気を抜いてしまうのも仕方ないところだろう。
魔物を見つけるのも、ウイングの方が早い。
波動の精霊ラッシュがいち早く魔物の位置を知らせてくれるのだから、当たり前だ。
「つまりですね、魔法ギルドで教えてくれる初級魔法というのは、呪文と所作さえ知っていれば誰でも同じだけの威力を保証してくれる訳です」
「糧の量とか関係ないです?」
「糧?魔法力のことですか?
もちろん、人によって魔法力の多い、少ないという問題はあるので、使える回数に差は出ますよ。中には魔法力が少ないと使えない魔法もあります。
でも、例えば十字火炎剣なら誰が使っても五本の火の剣を生み出すことができる訳です」
「なるほど!呪文の中にミカエルとか入るのは加護の明言ですかね?」
「加護?良く分からないですけど、ミカエルもグザファンもヴァーユもザドキエルも昔の魔法を作ったとされる偉人ですよ。
過去の偉人、賢人が発見した術理を用いて、私たちは魔法を使える訳です」
「ミカエルって天使じゃないですか?」
「天使って、あの天族のことですよね。魔法は人間が作ったものって教わりましたけど……」
「うーん……僕の知ってる魔法と違うです……」
「それですよ!ウイングの魔法って何なんですか?水を温める魔法とか、戦いの役に立たないですよね?」
「え?魔法って戦いに使うものしかないですか?」
「生活に使う中で似たようなものはありますよ。魔導器ですけど」
「魔導器……魔導剣とかのことですか?」
「まあ、魔導剣とかは魔導器のもっと上等な物ですけど、ウイングの剣はちょっと違いますよね?神器とかそういう類の物みたいです……」
「詳しいことは分からないです……」
ウイングは何とも曖昧な答えをするしかない。
歩きながらの会話だが、今の内に少しでも地上の情報を知りたいウイングとしては、聞いたことに知っている範囲で何でも答えてくれるアリアは有難かった。
そうしている内に、ラッシュのソナーに反応があることを知らせてくる。
ウイングは「ちょっと待つです」と、会話を止めて、反応のあった方向を見やる。
アリアもウイングの視線を追って、そちらを見ながら、腰のメイスに手を伸ばす。
遠く、木々の合間にうろつく熊の魔物を見つける。
こちらが風下なのか、気付いてはいないようだった。
自分たちから遠ざかる方向に向かっているので、ホッと胸をなで下ろす。
そのまま、熊の魔物が見えなくなるまで見送ってから、会話をする。
「魔導器も魔法と同じじゃないです?」
「細かく言うと、違うらしいですよ。
魔導器は紋様で制御したマナの性質を利用したもので、集中する必要もありません。
魔法は……この場合、マナ魔法ですね。
マナ魔法は呪文と紋様でマナの持つ世界に干渉する特質を利用したものです。つまり世界そのものを一時的に書き換えてるらしいですよ。だから、集中が乱されると使えなくなるんです。
一概に魔法と言っても、精霊魔法は精霊に働きかけることのできる人だけが使える特別な魔法で、契約した精霊の種類によってできることが違いますし、さらに神官様たちが使う神聖魔法は人の内なる神に働きかける魔法で、それにも特殊な才能が必要だって話です」
「なんかややこしい話なのです……」
ウイングにしてみれば、全てマナとの糧を介したやり取りに過ぎないが、地上ではそれをわざと難しく捉えている印象がある。
「そうですか?私からしたら、ウイングの魔法の方がややこしいですよ。呪文ひとつで、マナ魔法と魔導器と精霊魔法のイイトコ取りをしちゃうんですから……」
「でも、どの魔法も糧……じゃなくて、魔法力を使うですよね?」
「まあ、そうですね」
「なら、全て同じ理で動いていると考えた方が自然です……」
「ウイングさん……それ、冒険者になるなら黙っていた方がいいですよ……」
急にアリアが青ざめた顔でウイングから目を逸らす。
「え?」
「冒険者の身元を保証して、保護を与えてくれるのは神殿なのも知らなかったりしますか?」
「し、知らないです……」
「やっぱり……常識知らずにも程がありますよ……神殿では内なる神と天に住まう神々を認めています。確かに居るかどうか目に見えない神様という存在に対して、疑問の声は常に上がりますけど、それを否定してしまうと、異端者認定されて魔族扱いですよ……」
「えっ……」
ウイングは魔族だ。正確に言うなら、人間の振りをしている魔王族だ。
そして、魔界での教育を受けたことで魔法というものの捉え方が固定されている。
魔族は神の現存を否定している。だからこそ、魔法の真理に近いところに居る。しかし、人間界では神の現存を肯定的に見ている意見が多数派のようだ。
そして、アリアの言葉から推察できることは単純だ。
魔族は嫌われている。 ウイングの前世と似たような構図だが、実状はより酷いかも知れない。
まさに考え方としては中世の魔女狩りに近い。
アリアの反応はまだマシな方だと考えておくのが正解かも知れない。
「とにかく、魔法を全て同じ物だなんて公言したら、冒険者にも成れませんし、下手したら魔族認定で神殿を敵に回すことになりかねないんですから、思っててもいいですけど、言ったらダメですからね!」
「わ、分かったです……」
ウイングは、何度も首肯する。
魔女狩りの魔女はごめんだった。
「……でも、ウイングの魔法って、そういう考えの元に術理が組まれているから、色々と応用範囲が広いのかも知れないですね……」
「えっと……そういうことになるですかね?」
「もう、狭間の灰魔術師の弟子ってことにしちゃいましょう!
それなら、常識知らずも世間知らずも、凄い魔法も納得できちゃいますから。
それで、私と二人の時だけなら、思ってること素直に言ってくれちゃってもいいですよ。魔法教わる時に邪魔になっちゃいそうですし!」
唐突にアリアが空気を変えて、明るく言ってくる。
魔法を教わりたいという腹があるからなのかも知れないが、それ以上にウイングを気遣ってのことなのだろう。
それが分かるだけに、ウイングとしては頭の下がる想いだった。
そうして話しながら歩いていると、唐突に森が途切れた。
広がる草原の奥、のたうつ蛇のように右から左に走るソレは、石畳で舗装された道だった。
「ウイング!出ました!樹海を抜けられたんですよ!」
「抜けた……です?」
「そうですよ!やっと魔物に怯えて寝なくて済むんです!この街道を辿っていけば、町に行けるんですよ!」
「おお、やったです!」
「やったー!それもこれもウイングのおかげです!ありがとうございます!」
アリアが感極まって、抱き着いてくる。
ウイングも嬉しくなって、ギュッと抱き締めた。
二人で歓声を上げて、ひとしきり喜びあって、ふと目と目が合った。
恥ずかしい。
それを二人が同時に感じて、どちらからともなく離れてそっぽを向く。
「あー、じゃあ、町に向かって出発するです……」
「あ、そ、そうですね……これから向かうのは、シューティの町というところで、か、活気のあるいいところです、よ……」
「そ、それは楽しみ……なのです……」
どちらもしどろもどろで、頬は上気している。
しばらくは、何とも言えない空気が二人を包む。あえて、言うなら爆発してしまえばいい空気だったろうか。
だが、それも一時のことで、町の遠景が見えてくると二人の調子も戻ってくる。
「町に着いたら、まずは冒険者ギルドに寄って、素材の買取りをお願いしましょう!
それで、取り分なんですけど……図図しいのは分かっているんですが……一割……」
「山分けなのです!二人で苦労したですから、それ以外認めないです!」
アリアの言葉を遮って、ウイングが主張する。
「いや、でも、私なんて……」
「これからパーティーを組んで冒険者をやるなら、二人で稼いだ物は山分けです!それ以上は渡さないです!」
「いや、貰いすぎだって話なんですけど!?」
「え?そうなんです?なら、キリがいいように折半にするです!」
「それ、さっきと一緒!」
「なら、問題ないです!」
さも当たり前という顔でウイングが断じる。
アリアはその言葉に甘える以外、道がないと知って諦める。
いつか、いつかウイングとちゃんと肩を並べられるようになるのが、自分に出来る精一杯だと信じることにした。
「……はあ。後で返してくれとか言われてもダメですからね!」
せめて、今のこの有り難くて悔しい気持ちを伝えてやろうと、わざとらしい憎まれ口を叩く。
「ふっ……」
ウイングに鼻で笑われた。しかも、こちらの意図を察しての軽口の応酬としての余裕の態度。
悔しいながらも完敗だと、アリアは息を吐くのだった。
「それで、冒険者登録はすぐにしちゃいますか?疲れてるなら、すぐに宿を取ってもいいですけど……」
「簡単なら、今日の内に登録するです!」
「じゃあ、そうしましょう!」
町の入り口は木の大扉だった。
町全体をかなり高めの木の柵で覆っている。そして、大扉も陽が落ちる前だからだろうか、開かれている。
家々は石造りで、所々に大きめの建物が建っている。
そして、町の中心部には一際大きい建物がある。
恐らくは行政の中心を担う、この町の領主がいるのかも知れない。
しっかりとした区画整理がされている訳ではなく、大雑把に区分けはありそうだが、まだ発展途上の町という印象だ。
町の西と北側は樹海を切り拓いているのか、森が近い。
逆に東は開墾された畑が広がり、南は街道が二ヶ所から繋がっている。
入り口に近づけば門番らしい、衛兵が立っている。 その衛兵に、元気よくアリアが声を掛ける。
「ご苦労様です!シューティの町の冒険者アリアです!」
言いながらアリアが懐から鑑札のような物を出して見せる。
「それから、この町で冒険者登録をしたいという人を連れて来ました」
衛兵は長槍を片手にアリアの鑑札を確認すると、ジロリとウイングを見る。
それから、ウイングを手招きしながら言う。
「ようこそ、シューティの町へ。
どちらからいらしたのかな?」
「それがですね、この人、記憶をなくしてしまったみたいで、樹海で拾ったんですよ」
ウイングに代わってアリアが答える。
「記憶を……ふーむ……それは大変でしたな。
すまないが、名前は思い出せるかね?」
「ウイングです」
「文字は書けるかな?」
見た目、四十絡みのオッサン衛兵は、鷹揚にしながらも意外と丁寧な対応をしてくる。
「大丈夫です」
扉の横の詰所に連れていかれ、名前を書かされる。
「それと、町に入るのに身元不明だと百ルーン掛かるんだが、持ち合わせはあるかね?なければ何か、その小剣などを一時的に預かる形になってしまうが……」
「たぶん、あると思うです……ちょっと待つです」
ウイングは大荷物を降ろすと、トノルジンバが用意してくれているだろう金袋を取り出す。
手紙には些少の金額と書いてあったが、百ルーン程度はあるだろうと思っている。
いざとなれば、服に縫い込んだ百ジン硬貨がある。
そのことを考えて、その百ジンを縫い込んでくれた母の顔が脳裏を過ぎり、涙ぐみそうになるのを堪えて、金袋からひと掴みの硬貨を出す。
手の中で数えようとして、その動きが止まった。
ついでにそれを見るとはなしに見ていた衛兵のオッサンも止まった。
軽くひと掴みで出した硬貨は千ジン硬貨が十枚、五百ジン硬貨が七枚、百ジン硬貨が一枚と一ジン硬貨が一枚だった。
ウイングの中では前世の物価で考えるに百ジンは百万円程度という感じだった。
ひと掴みで一億円を超えていた。
「あわわわわ……」
慌てて一ジン硬貨を摘むと、残りを金袋に戻す。
きっと金袋の中にあった大きい金額の硬貨だけがたまたま全部ひと掴みの中に入っていたのだ、そうに違いないと冷や汗を掻きながら、そう願う。
それにしたって一億円を超えているというのは、この際、置いておくことにした。
「あー、なんだ……その、すまないが、そのローブを脱いで見せてくれないか?」
どうやら、疑われているらしかった。
泥だらけの従者用ローブに大荷物を抱えて、従者には不釣り合いな高級そうな剣を装備している年若い男が、一万ジン以上の硬貨を持っている。
確かに怪しい。
ウイングでも疑う。
ウイングは言われた通り、ローブを脱ぐことにした。
ローブの下には、兄と合流してからすぐ動くために蒼翼騎士団の鎧を着込んでいた。今もそのままだ。
地上の、戦争とは無縁そうなこの地で、知名度が低い蒼翼騎士団が知られているとは思わない。
警戒は不要と考えて脱いだ。
空を写したような蒼銀の鎧。剣に翼馬の紋章。
指揮官用のため、装飾も流麗で華美ではないが美しい。
「これは失礼致しました。いずれ名のある将器の鎧、もしやこちらにはお忍びで?」
衛兵のオッサンは畏って、片膝立ちになる。
ウイングはここで流されては、嘘の上塗りになると、あくまでも記憶喪失を装うことにした。
「いえ、本当に記憶がないのです……」
「なんと!?
では、当方にも優秀な紋章官がおります。よろしければその者に調べさせましょうか?」
「いえ、それには及ばないのです。僕が記憶を失った以上、記憶を失いたくなるような目に会ったのはではないかと、考えています。それに恐らくは後任の者が既に着いている可能性もあります。
この鎧は恐らく戦支度。ならばそのような俗世に未練はないのです。
できればそっとしておいて欲しいです」
「かしこまりました」
ウイングはローブを身に纏うと一ジン硬貨を渡す。
衛兵のオッサンは立ち上がってそれを受け取る。
「うおっほん、みだりに大金をチラつかせると、よからぬ輩を招きます。お気をつけ下さいますよう、お願い致します」
「わかったです」
「以上で手続きは終わりです。どうぞ、シューティの町へ」
詰所から出たウイングをアリアが迎える。
「大丈夫でしたか?ちょっと時間が掛かってたから、心配しちゃいましたよ……」
「大丈夫なのです」
ウイングはアリアに連れられて冒険者ギルドに向かうのだった。




