冒険者ギルドなのです
神殿の隣、広大な敷地を専有する建物が冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは神殿の下部組織として存在するため、神殿よりも屋根を高くしないのが不文律となっている。
ここシューティの町では、冒険者ギルドが非常に強い力を持っている。
樹海に隣接しているため、魔物退治や樹海の探索といった仕事がたくさんあるため、冒険者ギルドの発言権が強くなっていったのだ。
冒険者ギルドには三つの入り口がある。
依頼を託す者が使う入り口と依頼を受ける者が使う入り口、依頼から帰った者が使う入り口の三つだ。
冒険者たちの中では、それぞれ綺麗な入り口、汚い入り口、天国への入り口と揶揄されている。
依頼者用は清潔感がある。
冒険者が依頼を受けに行くのは薄汚れている。
天国への入り口と呼ばれる入り口ははっきりと汚れている。
それはこびり付いた血の汚れや泥での汚れが多い。
しかし、そこから出てくる者は身形は汚いが満足げな顔をしている。
天国への入り口に足を踏み入れたウイングが最初に思ったのは、臭い!ということだった。
見れば、部屋の片隅に『魔物素材買取カウンター』と札が掲げられた場所がある。
今も何人かのパーティーだろう男たちと、職員というより職人といった風情の男が血みどろの魔物の死体をカウンターに直接置いて話している。
「お前らなぁ、解体の講習受けろって言ってんだろうが!」
「小言はいいから、査定してくれよ!」
「血抜きしねえから、肉は臭くなる、毛皮の血もすぐに落とさねぇから洗うのだって大変だ。
解体料も別途で取られるから、三ルーンってとこだぞ?」
「はあっ!?一頭で三十ルーンだろ?」
「一頭分で三十ルーンなんだよ!解体で二十!要らない部位の処理で五!毛皮の洗いは特別にまけてやって二ルーンでやってやるから、三ルーンなんだよ!
じゃなきゃ一ルーンにだってならねえってんだ!馬鹿どもがっ!」
「マジかよ……」
しょんぼりと項垂れる冒険者たち。
「おら!次が詰まってんだから、三ルーン貰って、とっとこ帰れ!」
職人風職員の怒声と共に突出される三ルーンを受取って、冒険者たちはとぼとぼ帰る。
職人風職員は、魔物の死体を片手で掴むと、見もしないで乱暴に背後に投げる。
投げられた死体は、車輪付きの木箱にぴたり収まった。
それから、手拭いで巨大まな板のようなカウンターを拭くと、「次!」と声を上げる。
それを見ていたウイングは、部屋の臭さも忘れたかのように目をキラキラさせて、見入っていた。
次に並んでいたアリアがカウンターの前に来ると、ウイングを呼ぶ。
職人風職員は顔を上げると、途端に顔をクシャリとさせて、柔和な笑顔を作った。
「アリアじゃねぇか!無事だったのか!薬草採取だって聞いてたのに、一マワリ(日)経っても戻らねえんで、心配してたんだぜ!」
「魔物に追い掛けられて、樹海の奥まで行ってしまったんですけど、何とか戻って来られました。
御心配おかけしてすいません、ウォダツさん」
「いや、無事なら良かった!んで、そのちっこいのは?」
ウォダツと呼ばれた職人風職員がウイングを見て訝しげな顔をする。
「樹海の奥で困ってた私を助けてくれたウイングです。
この町で冒険者登録して、パーティー組むことになってます」
途端にウォダツの顔がウイングを値踏みするような顔になる。
「ウイングです!よろしくなのです、大将!」
ウイングは異種族だけでなく、職人も大好きだ。
ウォダツのことも勝手に大将と決めつけて、キラキラした瞳で見つめる。
「あ?お、おう!」
いきなり好意的な視線を向けられ、戸惑うウォダツであった。
「それで、今日は何用だい?」
ウォダツがアリアに向き直る。
アリアは自分の背負い袋から、騎士土竜の鱗を取り出してカウンターに乗せる。
それを見てウイングもお土産縛りにしてある鱗と爪を出す。
「はあっ!?こりゃ、騎士土竜か?
運良く死体にでも出くわしたか?」
「あ、いえ、ウイングが倒したんです!」
「この小僧っ子がか?」
ウォダツは目を剥いて、ウイングを見る。
見れば、不釣り合いなほど立派な剣を持っているし、体格からは考えられない大荷物を背負っている。
「……いや、まあ、どうしたにしろ持ち帰ったのはお前らだしな……ちょっと待ってろ……」
完全には信用できないという顔をしながらも、査定に入る。
「おう……さすが俺の教え子だ……汚れも欠けもねぇ……」
ウォダツは丁寧に鱗の大きさや爪の長さなどを見て、
「全部で三百二十六ジンでどうだ?」
「三百!?」
アリアが素っ頓狂な声を上げる。
「おう!騎士土竜の鱗と爪は高く売れるって言ったろう?それも、こいつはかなり上質な鱗だし、爪もでかくて傷が少ねえ……不満か?」
アリアが全身を使って否定する。
「不満なんて全くないですっ!でも、こんな高いなんて……」
「まあ、ここいらじゃこれが限度だな。王都のギルドに持ち込めば、倍は値がつくぞ。どうする?やめて、王都に持ってくか?」
その言葉にアリアは、ウイングを見る。
「ここで売るのがいいと思うです」
すかさずウイングが答える。
「い、いいんですか?」
駆け出し冒険者で金がないアリアとしては願ったりだが、パーティーを組む相手の意向は確認しておかなければならない。
「あれくらいなら、出会えさえすれば幾らでも狩れるです」
ウイングの言葉に部屋にいた他の冒険者たちの目が一斉に集まる。
「ほう、大きく出たな、小僧っ子!だが、ここにはバカも多いからな、口の聞き方にゃあ注意した方がいいぜ!」
ウォダツはぶっきらぼうな言い方だが、ウイングを気遣ったのだろう。ついでに部屋をざっと見回して、他の冒険者たちに余計なことすんじゃねえぞという目線を送っていた。
「大口叩くのは癖なのです。見逃して欲しいです……」
ウイングも意味を悟ったのか、頭を掻きながら反省した様子を見せる。
「んで、どうする、アリア?」
「あ、売ります!」
アリアは三百二十六ジンを受取って、「後で山分けですね!」と喜んだ。
それから、アリアはひとつ隣のカウンターに並ぶ。
「ウイングはちょっと待ってて下さいね。
薬草採取の依頼の方を済ませちゃいますから……」
ウイングは言われた通り、中央の待ち合い用の長椅子に腰掛けた。
周りの冒険者の目線が痛い。
ウォダツの目があるからか、誰も何も言わないが、幾つか敵意のある目線も飛んできていた。
そうして、居心地悪く待っていると、アリアが戻ってくる。
「お待たせしました!五十ルーンになりましたよ!
さあ、ウイングの冒険者登録にいきましょう!」
二人は連れ立って、天国への入り口から出て、汚い入り口へと向かう。
確かにアリアの顔を見ると、天国に行ってきたかのようなホクホク顔だった。
冒険者の依頼を受ける用の入り口、汚い入り口に入る。
部屋の左右には色分けされたボードがあり、依頼だろう目の粗い紙のメモ帳が何枚も張り出されている。
色分けされたボードは、人数や能力ごとになっているようで、これなら依頼を探しやすいと思わせられるものだった。
中央には先程と同じく待ち合い用の長椅子が並んでいる。
部屋の奥には窓口代わりのカウンターが並んでいる。
アリアは一番端にあるカウンターに迷わず行くと、嬉しそうに受付にいた女性職員に告げる。
「彼の冒険者登録と、パーティー登録に来ました!」
言われてウイングはアリアの横に並ぶ。
女性職員は神殿の信者服のようなものを着ている。
少々冷たい雰囲気のある美人だ。
女性職員は愛想を振り撒くでもなく、淡々と仕事をこなしていく。
「お名前をお願いします」
「ウイングです」
「出身地は?」
「分かりません」
「それでしたら、登録料で五十ルーン掛かりますがよろしいですか?もし、今持ち合わせがないようでしたら、依頼報酬の中から天引きという形になります」
「あ、出します、出します!」
アリアが一ジン硬貨を出す。
ウイングが何かを言う前に、アリアがウィンクしてくる。
「前衛、後衛、万能、特殊とありますが?」
「どういう意味です?」
「戦闘タイプで分けてあります。
前衛は、敵の攻撃を直接受け持つ近接武器を使える方。
後衛は、魔法や弓、投擲武器などを使う方。
どちらもこなせる方は万能となります。
特殊は戦闘をしない荷物持ちや鍵開け、罠発見、知識系技能を所持している方はこちらになります。
ただし、戦闘をなさる特殊タイプの方は、前衛・特殊のような表記になります」
「万能でお願いするです」
「それでは、能力テストはすぐにお受けになりますか?
それと、国の有事の際は協力義務が発生しますがよろしいですか?」
「あ、すぐでいいです
義務って、戦争とかですか?」
「戦争、危険な魔物の対処、災害時の協力などです。
もっとも、神聖ヒメルトヴィラ法国のお膝元であるグアーメ王国に戦争を仕掛ける国があるとは思えませんけれど?」
「……分かったです」
「他国で冒険者活動をする場合は、別途登録のし直しになりますので、ご注意ください。
それでは、準備ができましたらお呼びしますので、掛けてお待ちください」
ウイングはここがグアーメ王国と呼ばれる国だと初めて知った。
呼ばれるまで待つ間に、アリアにお金を返そうとするが、アリアの回答は、冒険者登録記念だから要らないというものだった。
さらには、こういう時は先輩冒険者が出すというのが不文律らしい。
そんなことよりもと、アリアはパーティー名をどうするかという話題を持ち出してくる。
そうして話していると、ウイングの名が呼ばれる。
ウイングを呼んだのは、黄金色の板金鎧に全身を包んだ偉丈夫だ。
燃えるような赤い髪、端正な顔立ち、身長は二ミョーンほどだろうか。
「テストを任された、『紅蓮の獅子』のレイオーンだ」
「ウイングなのです」
「あ、試験官はレイオーンさんなんですね」
アリアが頭を下げる。
「アリア、暫く見なかったけど元気だったかい?
彼は知り合い?」
レイオーンがアリアに優しい微笑みを浮かべると、ウイングを一瞥して、聞く。
「はい、樹海で困っていたところを助けてもらったウイングです。一緒にパーティーを組むことにしたんです!」
「そうか、君がいいなら文句はないけど……」
何やら言いたいことがあるという目でウイングを見るレイオーンだったが、アリアに向き直る時には、優しい微笑みに戻っている。
「やっぱり、僕らのパーティーは不満だったかな?」
「あ、いえ、『紅蓮の獅子』に誘って頂いたのは光栄なんですけど……」
困ったような顔でアリアが俯く。
「そりゃ確かに、最初は荷物持ちくらいしかやらせてあげられないけど、駆けだしの頃は誰でも通る道だよ。
これでも『紅蓮の獅子』はこの辺りじゃ、一、二を争うパーティーだと自負しているんだ。
なんなら、この子も一緒に入れてやってもいい。
もう一度、考えてくれないかな?」
レイオーンはあくまでも優しい微笑みを崩さずに言う。
「あの……女の子だと長く続かないって聞いてますし……」
段々とアリアの顔から精彩がなくなり、いつのまにかウイングのローブの端を頼るように摘んでいた。
「まあ、今までの女の子たちは残念ながら冒険者に向かない子ばかりだったからね。
僕としても、頼られたからとは言え入れたのは失敗だったと思っている。
でも、アリアは冒険者として立派にやってきてるじゃないか。
そんな子だから、僕は君をウチのパーティーに誘ってるんだよ」
「あの……でも……」
「そろそろ試験やって欲しいです!」
唐突にウイングが声を上げる。
レイオーンはあからさまに不愉快そうな顔でウイングを睨む。
「あのさぁ……空気読んでくれないかな?
僕はアリアと話してるんだよ!」
ウイングは半歩、アリアの盾になるように踏み出して、レイオーンを見上げる。
「僕は試験のために呼ばれたです。
僕の能力を確かめもせずに入れてやるとか言われても、侮られてるみたいで嫌なのです!」
レイオーンは、鼻で笑いそうになるのを堪えて、努めて笑顔になるよう顔を作る。
「ああ、これは失礼したね。
じゃあ、とっとと能力テストを済ませてしまおう。
結果次第で改めてウチのパーティーに誘わせてもらうよ……」
なんとも含みのある言い方でレイオーンがウイングを促す。
ついて行くウイングに、アリアが何か言いたそうにするが、レイオーンを気にしているのか、言葉にならない。
「あの……」
「大丈夫なのです!」
分かっているという顔で、アリアにウィンクして見せる。
レイオーンに案内されたのは、冒険者ギルドの横にある訓練場だった。
アリアは訓練場の端で見ているが声は届きそうにない。
「さて、君は万能タイプの申請だったね。いきなり怪我をさせる訳にもいかないから、まずは後衛の力を見せてもらおうか……」
レイオーンが指指したのは十ミョーン(メートル)毎に置かれた、木製の的だった。的は全部で十枚、左右に散らされて百ミョーン(メートル)まである。
「この的を矢でも魔法でも好きな方法で……」
レイオーンの説明を全て聞かず、小声でブツブツと適当呪文を呟き、適当に地上風の紋様を指で描く素振りをすると、ウイングは火弾を放つ。
「……おい、まだ説明が途中……あっ……!?」
放たれた火弾は、十ミョーン(メートル)から順に、蛇行しながら全ての的を撃ち抜いていく。
「これでいいです?」
「あ……ああ……いや、本来は飛距離と命中精度を確かめるために順番に一枚ずつ……いや、な、なかなかやるじゃないか……蛇行軌道の魔法なんて、べ、勉強しているようだね……たまたま全ての的に当たったようで、幸運も味方につけているようだね……まあ、木の板に小さな穴を空ける程度じゃ、実戦に使える威力とは言えないけれど、ねっ!」
レイオーンは無理矢理、自分の中で納得できる範囲に収めるため理由を作っているのが、良く分かる物言いだった。
「次は威力を見せてもらおうか……」
場所を移して示したのは、土山、岩塊、鉄塊と並んだ中の鉄塊だった。しかも、九十ミョーン(メートル)先に開始線が見えるが、レイオーンはここから撃つようにと指示を出す。
標的の鉄塊まで百ミョーン(メートル)だ。
距離が開けば、当然魔法も威力が減衰する。
ウイングは既にレイオーンの意図に気付いている。
レイオーンは、ウイングとアリアにパーティーを組ませたくないのだ。
だから、無理難題を吹っかけて、ウイングに冒険者の適性が無いという形に持っていこうとしているのだろう。
そうすれば、組む相手を失ったアリアが自分に靡くと勘違いをしている。
自信過剰で、そのくせセコイとか、いけ好かない奴なのです。
ウイングは少々イラついている。
それは、アリアの怯えにも似た態度を引き出したレイオーンに向けたものだ。
ウイングは、またも適当呪文と紋様を口の中で唱えると、火弾を放つ。
鉄塊に真っ直ぐ飛んだ火弾は、ジュッ!と音を立てて消えた。
それを見たレイオーンは途端に顔を綻ばせて、ウイングに言い放つ。
「おいおい、百ミョーン(メートル)届くのは分かったから、次は威力を見せて欲しいと言ったんだけどねぇ?どうにもならないよ?これじゃあ、冒険者になっても後衛を任せられないよ……」
ニヤニヤした顔で、馬鹿にしたように言いつつ、さも落胆した風に装う。
「ちゃんと近付いて確認して欲しいですっ!」
ウイングは怒ったように抗弁する。
レイオーンは「はい、はい……」と呆れたように言うと、ウイングを伴って鉄塊に近付いていく。
「まあ、自分の無力をしっかり焼きつけて、別の道を探すのもありかもしれないよ、君!」
近付いて、鉄塊にもたれかかると、ぺしぺしと鉄塊を叩いて見せる。
「ほら、君の魔法はこいつに弾かれたんだよ!分かるだろ?」
「良く見るといいです。観察力も冒険者には必要だと思うです……」
鉄塊のデコボコした表面、その中心をウイングが指差す。
そこには直径三ミョン(センチメートル)の穴が穿たれている。
そして、そのウイングの指差した場所を屈んで覗き込んだレイオーンは絶句した。
訓練場の土壁が見える。
鉄塊を貫通しているのだ。
「なっ!?」
レイオーンはこの場を取り繕う言葉を探すが、見つからない。
終いには、試験とは全く脈絡のない話を持ち出した。
「こ、後衛に適性があっても、アリアは前衛に立つには役不足だ!やはり、お前にはアリアとパーティーを組む資格なんてないっ!」
「前衛の試験はこれからなのです。
それにあんまりアリアを馬鹿にすると許さないですよ?」
ウイングはいっそ冷淡とも取れる言い方でレイオーンに応じる。
「ぐぬぬ……前衛の試験は休憩を挟んで行う……十カケ(分)後にあそこにいろっ!」
レイオーンが指示したのは、訓練場の一角、起伏に富んだ地形を作ってある所で、いきなり初心者が戦うには少々難しいだろうと思われる場所だった。
ウイングは、ぐぬぬって本当に言う人、初めて見たのです、と驚いていた。
ウイングは余裕ができたので、アリアが見学する、訓練場の端まで歩いていく。
レイオーンは一度、席を外したようだ。
「ウイング、お疲れ様!」
「十カケ(分)休憩のあと、前衛の試験らしいのです」
「そうなんですか。ちょっとずつ試験の内容も違うんですかね?」
言いながら、アリアが手拭いを渡してくれる。
わざわざ水に浸して絞っておいてくれたらしい。
だが、ウイングは汗ひとつかいていない。
それでも好意を無駄にしないように、受け取って汗を拭うフリをする。
「最初、ウイングが魔法で全部の的を撃ち抜いた時はびっくりしちゃいましたよ!普通はひとつずつ順番に、飛距離と命中精度を確認するんですよ。あれ、間違えたんでしょ?」
「たぶん、そうかと思ったですけど、めんどくさかったから、まとめちゃったです」
「あ、相変わらず規格外なんですね……でも、その力が認められたから、いきなり上級者用の鉄の塊を的に変更したんですかね?レイオーンさん。……なのに、ウイングったら距離を間違えるんだから、意外とおっちょこちょいですよね!」
アリアがちょっと楽しげに的外れなことを言っていた。
ウイングはレイオーンの意地悪については言及せずに、話に出たレイオーンについて聞いてみることにする。
「あー、そのレイオーンと何かあったですか?」
「え……?」
「さっきのアリアは何か変だったのです……」
途端にアリアの顔色が変わる。
「あー、うん、その……パーティーに誘われてるんです……でも、レイオーンさんはあんまり良い噂を聞かないって言うか……本人も言ってましたけど、『紅蓮の獅子』って凄い有名なパーティーで、戦闘系依頼の達成率が九割超えって言われるくらい強い所なんですけど、新人の女の子がたまに入るんですよ……レイオーンさんはあの通り顔立ちも整ってるし、人当たりも優しいから、そんな人から誘われたら女の子も勘違いしちゃうっていうか……」
「ナンパ目的です?」
「ううん……えっと……あくまで噂ですからね……噂なんですけど……樹海の依頼とかって、パーティーで受けるとその人たちだけになっちゃうでしょ……それで、そういう依頼を受けた後に新人の女の子は大抵、何も言わずにパーティーを抜けて、冒険者も辞めちゃうらしいんですよ……それで、もしかしたら乱暴されてるって話があって……でも、噂ですよ。
ただ単に『紅蓮の獅子』が受ける依頼が高難度だから、ついて行けなくなっちゃうだけかもしれないし……新人がそれこそ騎士土竜狩りに同行したりすると、帰還率なんて一割もないし。でも、『紅蓮の獅子』の新人帰還率は三割もあるから!」
ウイングは聞きながら、自分の顔がどんどん歪んでいくのを自覚していた。
「つまり、七割は帰って来ないですね……」
その中に、噂の結果の人たちがいたら、レイオーンたちに殺されている場合もあるのかもしれないと思うと、ウイングの腹の底は燃え滾るものがある。
しかし、冒険中には危険がつき物だ。実際に見た訳でもないのに、短慮を起こすのは筋違いだと、必死に自分を諌める。
そんなウイングの複雑な想いに何かを感じ取ったのか、アリアが空気を変えるように明るい声を出す。
「だから、私は慎重に行動してるのですよ!
偉いでしょ?」
えっへん!という風に明るく胸を張って見せるアリア。
ウイングは小さく拍手を送る。
「色々と慧眼だと思うです!
まあ、元から誘われても『紅蓮の獅子』に入るつもりはなかったですけど、ぶちのめしてもいい気がしてきたです……」
「えっ!?そんなの無理ですよ!
前衛試験は巻藁を切ったり、型を見せたり、対戦形式の試験はないんです!
……あ、でも優秀な人は木剣とかで試験官と練習試合はあるって聞きましたから、ウイングならそういうこともあるのかもしれないですね?」
「そうなんです?あそこのデコボコ地形で待ってるように言われたですけど?
……まあ、そろそろ時間だから、行ってくるです!」
「あれ?試験のやり方変わったんでしょうか?
とにかく、応援してますから、ファイトですよっ!」
大きく手を振るアリアに、ウイングも手を上げて応えながら、とにかく言われた場所に向かった。
暫く待つと、レイオーンが木剣片手にやってくる。
その木剣をウイングに投げて渡す。
「前衛試験は、俺と練習試合をしてもらう!」
言ってから、レイオーンは腰の長剣を抜く。
「ぶふぉっ!僕が木剣で、レイオーンが普通の剣です?」
あまりにあからさまなので、思わずウイングが吹き出す。
「おっと……すまないね。
どうやら、自分の木剣を忘れてきてしまったようだ。手加減はもちろんするから、これで許してもらえないだろうか?一撃入れられたら、君の勝ちでいいし、基本的には僕は受けに回る。そういう条件でどうだろう?」
ウイングは苦しい言い訳だとは思ったが、そこにチャチャを入れるような無粋なことはしなかった。
レイオーンは片手で長剣を構えて、片手を後ろに回す。
片手しか使わないというポーズだ。
ウイングは少し考え込みながら、チラリとあさっての方向を見る。それから、向き直って、
「分かったです。そういうことなら、受けるです」
「ありがとう……」
レイオーンは深々と頭を下げる。だが、その顔はしてやったりというニヤケ顔だ。
もちろん、ウイングには頭を下げた時にどんな表情をするかなど見えない。
しかし、想像はついていた。
「さあ、どこからでも掛かってきたまえ!」
「いくです!」
まずは軽く小手調べのつもりでウイングが右と見せて、左から斬りかかる。
「おお、フェイントを入れるのは、いい方法だね!」
レイオーンはそれを受け流す。
ウイングは次に右下からの斬り上げ、流れるように左、そこから右袈裟斬りと繋いでいく。
レイオーンも斬り上げを躱し、左を受けて、右袈裟に一歩退く。
レイオーンは剣技に自信があるようだ。
ウイングは突きを起点に右、左、右、左と連続で打ち込んでいく。
レイオーンもそれを避け、躱し、軽々と捌いていく。
暫くはそうした戦いが続くが、ウイングは焦れたような顔を見せる。
それに対してレイオーンは余裕の表情だ。
ウイングは大きく踏み込むと、レイオーンの肩口を狙っていく。
レイオーンはそれを剣で受け止めると、鍔迫り合いの形になる。
ウイングの膂力に簡単に負けそうになると、レイオーンはすかさず両手で剣を握った。
「あれ?両手を使ってるです?」
ウイングが挑発する。
「誰も片手で相手するなどとは言っていないっ!」
悪びれることもなくレイオーンが言ってから、ウイングを押し離す。実際のところは木剣の耐久力を考えて、ウイングが跳んだだけだった。
「そら!隙ができてるぞっ!」
レイオーンが飛び込んで、剣を振るう。
だが、それはウイングの誘いだった。
見事に誘いに乗ったレイオーンを、ウイングが馬鹿にしたように揶揄する。
「受けに回るって言ってたですよ!」
レイオーンの剣を木剣で器用に受け流すと同時に、足を引っ掛けてやる。
つんのめったレイオーンは頭から傾斜のついた地面に突っ込みそうになって、たたらを踏む。
「あ、基本的にはって言ってたでした!」
今、思い出したとでも言うかのように木剣を構えたまま、とぼけて見せる。
「きっ、貴様ああぁぁっ!」
レイオーンが突っ込んでくるのを、ウイングはヒラリと避けて、高台に逃げ込む。
「逃げるなっ!」
レイオーンが怒りの形相で追ってくる。
「一撃しかないですよ……どうしたら、認めて貰えるか、これでも頭を使ってるです……」
高台で待ち受けていながら、腕を組んで考え込む。余裕の態度はウイングがわざとやっている。
下から駆け上がってきたレイオーンは、ウイングの上からの攻撃に注意を払いながら、間合いに入った瞬間、ウイングの足を薙ぎにいく。
それを横目で確認したウイングは後退して木剣を構え直す。
「どうした……逃げるのは辞めたのか……?ククククッ……」
高台を上がりきったレイオーンは、剣を向けたまま嘲笑する。
レイオーンは足場を見て、勝利を確信した。
ウイングの立つ場所は後ろがない。あの先は急勾配の坂で、退ることはできない。
自分を散々馬鹿にした癖に、本当の馬鹿はアイツだと思った。
「死ねっ!」
そこには殺意があった。
横薙ぎの一閃。
木剣如きで受ければ、木剣ごと叩き斬る。勝負は最初から決まっていたのだ。自分に剣を使わせ、木剣で良しとした。
舐めるから、こうなる。冒険者は安全マージンをしっかり取るものなのだ。
一瞬、目の前のアイツの瞳が紅く光ったような気がした。
目の前からアイツがかき消すようにいなくなった。
落ちやがった!ざまあみろ!
レイオーンがそう思った瞬間、影が差す。
見上げたレイオーンが見たのは、剣を飛び越えたウイングが木剣を振りかぶるさまだった。
頭上から落ちてきた木剣は、レイオーンの頭を捉えた瞬間、その膂力に耐え切れずに砕け散った。
「あがっ……」
レイオーンは横薙ぎに剣を振りきった姿勢のまま、意識を飛ばして屑折れた。
「そこまで〜っ!そこまで〜っ!」
それ以上やる気のなかったウイングは、言われなくとも動きを止めている。
「ウイングさーんっ!」
異変を感じ取ったアリアがギルドから職員を連れてきたのだ。
職員もアリアも必死に走ってきていた。
そもそも、ウイングに木剣を渡してレイオーンが剣を抜いた段階で、アリアが慌てたようにギルドに向けて駆け出す姿は見えていた。
アリアが見ているのにも関わらず、無理を通そうとしたレイオーンが馬鹿なのだ。
どうせ、アリアが見ていたところで自分のことを止める勇気などないだろうとタカをくくっていたのだろう。
確かに、アリアは自分が割って入るような愚は犯さなかった。
代わりに、職員を呼びに行くという、自分の力で道を切り拓くことを信条とする冒険者ではなかなか思いつかない、真っ当なことをしたのだ。
ウイングが早々に決着をつけずに、時間を稼いだのは、それを見たからだ。
ついでに、レイオーンの化けの皮を剥がしてやったら痛快かもしれないと、挑発を行ったのは完全にウイングの悪戯心の産物だ。
ウイングは意識を失っているレイオーンに向けて言う。
「ほら、アリアを馬鹿にすると許さないって言ったのです……」
誰に聞かれることもない言葉だが、言っておかなければ気が済まないがために紡がれた言葉だった。
その後、レイオーンは神殿に運び込まれて、神聖魔法の治療費を払うことになったが、木剣と真剣の練習試合は双方合意の上だったこともあり、厳重注意に留まった。
もちろん、軽々しくそれを受けたウイングも怒られた。
だが、結果は結果として、晴れてウイングはシューティの町の冒険者になることができたのだった。
アリアとの話し合いの末、パーティー名は『蒼穹の不死鳥』となった。
これはそれぞれが蒼と赤のイメージカラーをパーティー名に入れたがったゆえの折衷案だった。
こうして、波乱含みの冒険者登録は終わったのだった。




