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輪廻転SHOW!魔王の息子  作者: 月のそうま
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吹き溜まりなのです

ウイングとアリアの二人は樹海の中を進む。

太陽は中天を過ぎてあと二キザミ(時間)もすれば、陽は一気に傾くだろう。

先程食べたフォンサンの実を昼食代わりに先を急いだのだ。

だが、今、決断を迫られていた。


これより東に進むには、魔物の吹き溜まりを抜けるしかない。

もしくは、来た道を戻り、北か南に迂回するのも手ではある。慎重に進んで来たがゆえに、今まで魔物の吹き溜まりを避けてこられたが、ここに来て魔物の吹き溜まりに囲まれてしまった形だ。


「どうするです?」


ウイングが冒険者として先輩であるアリアに相談する。


「もちろん、ウイングさんの力頼みで駆け抜けましょう」


アリアから見て、ウイングの戦闘力は異常だ。

ならば、その戦闘力を盾に一気に魔物の吹き溜まりを抜けてしまった方が良いという判断だった。

下手に時間を掛けて、先程のように突発的な魔物との遭遇をするのも悪手なら、食糧を食べ切ってしまうのも悪手だ。それなら、覚悟して抜けるべきというものだった。


「じゃあ、突破口を作るので魔法で援護をお願いしてもいいです?」


「分かりました。悔しいですけど戦利品は置いていきましょう……」


騎士土竜ナイトモールの鱗と爪は鎧や武器の最高級素材になる。

アリアが苦労して剥ぎ取ったソレをウイングが大荷物とは別に縛って持ち歩いていた。もちろん、ウイングの膂力があればこその所行で、アリアも自分の背負い袋の中に鱗を入れられるだけは入れてある。

だが、駆け抜けるのに重い荷物は邪魔になる。

冒険者にとって、自分の命以上に大事な物はないのだ。

苦渋の決断ながら、背負い袋から鱗を出していく。


「置いていくです?それなら、僕が持つです」


ウイングがアリアの背負い袋ごとヒョイと取り上げると、それを身体の前面に背負う。後ろには自分の大荷物。前にはアリアの背負い袋。左手にはお土産状態の戦利品という状況だ。


「いやいやいや……ウイングの怪力は分かりましたけど、役割とか理解してます?」


「突破口開いて、駆け抜けるですよね!理解してるです!」


問題ないという風に、空いた右手で握り拳を作ってやる気を見せるウイング。

それから、帯剣している魔剣サブナクを抜こうとして、


「と、届かないです……アリア、剣抜いて持たせて欲しいです……」


口をあんぐりと開けて、目を見開くアリア。


「アリア……?」


その常軌を逸した考え方に呆れ、どう言ったらいいものか分からなくなってしまう。

アリアは、一度痛い目に合わないと理解できないのだという答えに行き着いた。

ウイングの腰から黒光りする長剣を抜いて、丁寧に持たせてやる。


「いいですか!マズいと思ったら言いますから、その時は撤退です!絶対に従って下さいっ!いいですねっ!」


「分かったです!冒険者の先輩の判断には従うです!」


「なら、戦利品を諦めるという判断にも従って欲しいんですけど?」


「それはもったいないと思うです」


生真面目な顔できっぱり告げるウイングに、アリアの思考はやはり痛い目に合わないと理解して貰えないのだという結論に帰結する。


改めて前方を見る。

魔物の吹き溜まり、それは局所的に発生する様々な魔物が一箇所に集中してねぐらを作る場所のことである。

何故、そのような偏りがあるのかは分かっていない。

しかし、吹き溜まりの中の魔物同士は争うことなく、そこに迷い込んだ者は吹き溜まりの魔物たちから手荒い歓迎を受けることになる。

その吹き溜まりには魔物が好む何かがあるのか、何故、そこに塒を構える別種の魔物同士だけは争わないのか、学者たちの研究が待たれるところではある。

分かっているのは、種類の違う魔物同士がごく間近に塒を構え、そのテリトリーに入った者に魔物たちは容赦しないということだけである。


今も百ミョーン(メートル)先で一角狼ホーンドウルフ空手兎カラーテラビットがほんの五ミョーン(メートル)の距離で昼寝と食事をしている。

アリアの記憶によれば、一角狼ホーンドウルフは額に角を持つ狼という姿の魔物で、その角には麻痺の効果があり、空手兎カラーテラビットを捕食したりする。そして、一方の空手兎カラーテラビットは一見すると普通の兎にしか見えないが、毛に独特の模様がついているのが特徴の素早い動きと一撃必殺の体術を操る魔物だ。

雑食性で今は辺りの草を食んでいるが、下手をすれば一角狼ホーンドウルフが逆に捕食されることもあるという。

どちらも一人前の冒険者なら油断しなければ勝てる程度の魔物だが、その二匹がお互いの存在に気付きながらも共存しているのは、ここが魔物の吹き溜まりだという証みたいなものだった。

一見、平和そうに見える光景。

それがアリアにとっては嵐の前の静けさにしか見えないのだった。


「それじゃあ、行くです!」


ウイングが気軽な調子で声を掛けて、走り出す。

その速度は軽く駆け足をしている程度のはずだが、疾風のようだった。


「は、速いっ!ま、待って下さい!」


「う?」


荷物をウイングに持たせて身軽なはずのアリアが十ミョーン(メートル)進む間に、ウイングは五十ミョーン(メートル)は進んでいる。

アリアの声に足を止めて振り返ったウイングは、離れた距離に驚いていた。

別に風の精霊ジーンに後押しして貰っている訳でもないし、邪眼を発動している訳でもなく、むしろアリアを離し過ぎないように軽めに走ったつもりだったのだ。


「意外と遅いです」


「はあっ……はあっ……なんで……?」


ウイングも気付いていなかったが、戦時中の度重なる邪眼の発動を通して、身体が慣れてしまったのか、邪眼を発動していなくても薄らと神経加速が掛かっていた。


「もっとゆっくりにするです……」


「せ、先制で……先制で魔法を使うので援護を入れてから、ゆっくりめに走って下さい……」


アリアは息を整えてから、作戦を伝える。

いや、その前に伝えていたはずなのだ。ただ、アリアが遅れただけの話だ。ウイングの速度が速すぎて、全力疾走しなければならず、魔法を唱える隙がなかった。

村一番の健脚と呼ばれて、脚にはそれなりに自信があっただけに、何とも言えない気分だった。


「じゃあ、その前に風の加護を掛けておくです」


「へ?」


「マナよ、集いて我が糧を得よ、彼の者に従いて、風の速さを与えよ!

倍速(ヘイスト)!」


ウイングはアリアに風の加護を与える。

緑に光るマナの粒子、そのひとつがウイングの言葉を汲んで、アリアに張り付く。

簡単に言えば、空を飛ぶ時の応用である。

パワーアシストならぬ、スピードアシストだ。

風のマナはアリアの思念を勝手に読み取って、風で後押しをする。本来ならアリアから糧を得るのだが、そこはウイングが肩代わりする形だ。

空を飛ぶ訳ではないが、空を飛ぶのと同程度の糧は消費するのだ。アリアの魂の器がどの程度か分からなかったので、持続時間を考えてのことだった。


「あの……これは?」


「動いたら分かるです」


人の悪い笑みを浮かべてウイングが答える。悪戯の結果待ちをしている。

アリアはそれ以上聞いても答えてくれないだろうと悟って、援護射撃用の魔法を唱える。


「アーガモトーム……ミカエルの術理

ミーナニーテ……火炎の剣

ケーンゲイン……十字火炎剣、投射!」


ゆっくりとした詠唱。片手の指先で何やら紋様のようなものを描いている。

ウイングはその詠唱に目を見張る。

日本語?発音は呪文じみているが、意味がなんとなく分かるのだ。さらにはミカエルというのは天使の名前ではなかったかと前世の記憶を探る。名前に関しては、これまでも度々、知っているような名前を聞いてきた。

主に魔族の中の貴族たちの始祖、家を興した者として聞くことが多いが、神話のような世界観を持つこの世界の特徴程度にしか捉えていなかった。

それにしても、とウイングの思考は加速する。

アーガモトームとは吾が求むに聞こえる。

他も御名にて、と少し苦しいが顕現だろうか?だとすれば意味は通る。これは自分以外の元日本人の存在も考えた方が良いのかもしれないと思い至る。


十字の火炎剣がアリアの頭上、空中に五本も浮かび上がると「投射!」の声に併せてソレが矢のように飛んでいく。

ソレは放射状に拡がるように一定の間隔を保って、その内の一本が一角狼ホーンドウルフを地面に縫い止め、空手兎カラーテラビットに危険を感じさせ仰け反らせるのに充分だった。


二人は走り出す。

アリアは今度こそ遅れまいと意気込んだ瞬間、身体の軽さに驚く。

まるで風になったかのようだった。


だが、ウイングはそれより速い。

一瞬で空手兎カラーテラビットとの間合いを詰めると、魔剣を横に伸ばして独楽のように身体を回す。

その動きに脅威を感じたのか、空手兎カラーテラビットが硬直から立ち直ったと同時に、ウイングに向けて飛び膝蹴りを放つ。


交錯は一瞬。


ウイングはやりきった男の顔で、口の端を笑みに彩る。


「ふっ……独楽攻撃と名付けるです……なっ!?」


ウイングの攻撃は空手兎カラーテラビットの片耳を半ば以上断ち切り、ぶらりとその耳が垂れていた。対するウイングは完全に相手の攻撃をいなしていた、と思った瞬間、頬にひとすじ裂傷が走る。


「くっ……なかなかヤルのですっ……」


ウイングがすかさず向き直る。

空手兎カラーテラビットは器用に両手を使って垂れ耳を持つと、まるで邪魔だと言わんばかりにその耳を引きちぎって捨てる。

これが毛繕いなどの行為だったならば、随分と可愛らしい仕草に映ったかもしれない。

だが、その仕草とは裏腹に、やっていることは戦士もかくやという行為だ。

それから、ウイングを一瞥いちべつすると、唾を吐き捨て、向き直ると見せた瞬間、脱兎の如く逃げ出した。いや、まさしく脱兎だった。

一瞬の虚を突かれて、ウイングは見逃さざるを得ない。


「次は決着をつけてやるです!」


怜悧な瞳で脱兎を見送るウイングを、アリアは理解できないという顔で見ていた。

ひとつ思ったのは、男の子って馬鹿なんだわ……という事だった。

しかし、呆けてばかりも居られない。


ウイングの背後の茂みから、牙を長く伸ばして胸に宝珠のような物を付けた熊、宝剣熊カリバーンベアが現れる。

さらには、縫い止めた一角狼ホーンドウルフが、遠吠えを放った。


「ウイングっ!後ろっ!」


慌ててフォローに入ろうとアリアがメイスを抜いて駆け出す。

どう考えても間に合わない。それに宝剣熊カリバーンベアは、騎士土竜ナイトモールに並ぶ樹海の強敵だ。

そもそも、駆け出し冒険者のアリアがその一撃を止められるとも思えなかった。


だが、ウイングはニヤリと笑う。


「独楽攻撃っ!」


遠心力を乗せた回転斬りが、宝剣熊カリバーンベアの胴を薙ぐ。

その一撃に宝剣熊カリバーンベアは上半身と下半身に両断されていた。


一角狼ホーンドウルフの遠吠えは仲間を呼び寄せます!走って!」


アリアはウイングの無事に胸をなで下ろしながらも、次なる脅威が迫っていることを悟る。


ウイングはアリアに併せて走り出す。


「独楽攻撃!独楽攻撃!独楽攻撃なのです!」


「きゃーっ!来ないで!」


次から次へと現れる魔物は統一性もなく、数えるのも面倒なほどだ。

二人は剣を振り、メイスを叩き付けながら、ひたすら東進する。

ウイングは独楽攻撃の動きが楽しいのか、顔に笑みを張り付けたまま、アリアは終止顔を強ばらせ叫びながらの強行軍である。

撤退の二文字は既にどこかへ行ってしまっていた。

強い西陽を背後に、魔物を蹴散らしながら進んだ二人だったが、完全に陽が落ちる直前、どうやら魔物の吹き溜まりを抜けたらしい。


最後まで追い縋る一角狼ホーンドウルフを、ウイングの独楽攻撃が切り裂くと、ピタリと魔物の出現が止まった。

アリアが荒い息を吐いて、その場にうずくまる。

見れば大きな傷は無いものの、かすり傷や打撲傷があちこちに見られる。


「大丈夫です?」


「痛いです……でも、魔物の吹き溜まりに近い場所で留まる訳にもいかないですし……もう少し待って下さい……」


息を整え、必死に動き出す気力を振り絞ろうとするも、慣れない戦闘の連続と恐怖に身体が言うことを聞かない。

駆け出し冒険者の自分が、ほぼウイング任せとは言え、あの魔物の吹き溜まりを抜けたのだ。

これは誇っていい所行と言える。

そうは思うのだが、身体は竦み上がり、心は折れかけている。


「ちょっと待つです……」


ウイングはアリアの肩に魔剣サブナクを乗せると軽く糧を流していく。


「治癒を!」


思念で生命の精霊リーナに語りかけつつ、偽装用の合言葉を言う。

すっかり陽が沈み、暗くなった世界で柔らかなオレンジの光がアリアを包む。


アリアは身体を包む暖かさに顔を上げる。


「あっ……やさしい……光……?」


噛み締めるように、アリアは暖かさを味わう。

知らず自分の身体を抱き締めていた。

身体の痛みが消えると共に折れかけた心も幾分か持ち直してきたように感じる。

その剣が持つ能力や一部の神官位にあるものしか成しえないとされる治癒が使える不思議なども、瑣末なことに感じていた。


「ウイングの魔法や力に驚かされてばかりですね……」


「そうですか?いまいち常識とか分からないから、何に驚かれてるかも分かってないです……ごめんなのです……」


アリアの何時にない優しい物言いに、ウイングは戸惑いながらも、つい謝ってしまう。

なんだか、アリアの心を乱している原因が自分の無知にあるので、申し訳なくなってしまったのだ。


「ふふっ……」


「えっ?また何か変なこと言ってしまったですか?」


アリアはウイングの素直さに触れて、こんなにも常識の埒外の力を持つのに、心だけは普通なのだなと思うと可笑しくなってしまったのだ。


「さあ?何か変だったのかもしれないですね!」


「えっ!?な、何が不味かったです?」


「教えません」


「ええっ!教えて欲しいです!」


「内緒です」


「ヒント!ヒント下さいなのですっ!」


「さあ!もう少しここから離れて、野営の準備しましょう!」


散々、驚かされたのだ。少しくらいの意地悪は許されるだろうと、自分で自分に赦しを与えて、アリアは立ち上がった。

歩き出すアリアに、ウイングは慌てて魔法の灯りを浮かべると、「ヒント〜!」と言いながらついて来る。

それに子気味良い物を感じながら、野営場所を探すのだった。


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