急展開なのです
塔は地上と地下を繋ぐ大切な柱である。
ソーバルディーの言うように、使えないようにしてしまえば、相手に補給は届かなくなるし、陣を張る意味も消失してしまう。
それならば、奪還は容易になる。
しかし、自分たちが使えないのでは、奪還する意味もなくなる。
しかも、一層にある塔は、他層の塔とは重要度が異なる。
魔族の悲願である地上進攻は一層の塔から行われるからだ。
そんなウイングでも分かる話をソーバルディーが理解していないはずがないと思う一方で、『黄泉の塔』が奪われた責任を強く感じているソーバルディーが暴挙に出るのではないかと危ぶむ気持ちもあった。
「何をする気です?」
ウイングは自陣の天幕の中、自分を動かそうと説得を続けるソーバルディーに聞く。
「塔の地下には罠の発動機が置いてある。それを動かすのさ」
一層『黄泉の塔』地下には、『黄泉の塔』全体に張り巡らされた凶悪な罠の発動装置があるという話だった。
もちろん、それを動かすには膨大な量の魔法の糧が必要になる。
そのため、ソーバルディーに魔法を使わせずにそこまで送り届け、無事に戻ってくるというのがこの作戦の要なのだ。
もちろん、ウイングの糧を使ってもいいのだが、そのことを明かす訳にはいかない以上、ソーバルディーを守るのが前提になる。
結果的にウイングは、ソーバルディーが勝手に動くよりは、共に行動した方が良いと決めた。
ソーバルディーが説明したのはこのような話だった。
元々、『黄泉の塔』は魔族が人間界に攻め込む為に作った塔である。
当然、逆に攻め込まれることも考えて、大量の罠が設置してある。
では、何故『黄泉の塔』が奪われたのかと言えば、罠の発動装置に組み込まれた魔法陣交換のスキを狙われたのだ。
ほぼ千メグリ(年)に一度、発動機に組み込まれた精霊が大精霊へと昇華する。
すると、魔法陣に閉じ込めておくことが出来なくなるのだ。
新たな魔法陣に精霊を封じて、発動機の源とする、その僅かのスキを突いて人間界からの攻撃は始まった。
一層と地上のちょうど真ん中辺りに部屋全体を埋め尽くす雷撃と暴風、灼熱の炎が渦巻く罠がある。
いかな『ハスタ王国』が誇る魔導兵器と言えど通ることの適わぬ罠。
だが、一瞬のスキを突かれて最大級の罠が突破されてしまえば、どれだけ厳重に防御を固めていても、後は脆いものだった。
初めて見る、巨躯の人形、普通の攻撃では傷ひとつ付けることも適わず、塔は突破されてしまった。
今でこそ、中に人間が乗っている以上、知恵を駆使してどうにか倒せない相手ではないと分かったが、それにしても一体で六層魔竜族並みの活躍を見せるのだ、人間や馬を使った戦車などを想定して防御を固めても意味などなかった。
ソーバルディーはその時を思い起こして、にがり切った顔になる。
あの時、人間界の情報を掴めていれば……そう思うこともあるが、ソーバルディーは頭を振って否定する。
今は、過ぎたことを考えても仕方ない。
今後のことが重要なのだ。
魔王候補者たちの援軍が来て、ようやく攻勢に転じられる時がきたのだ。
『黄泉の塔』を塞いだところで敵は残る。
補給を絶ってもまだ当分の間は戦が続く。
魔導兵器を駆逐して、敵を『煉獄の塔』に封じてようやくソーバルディーが『黄泉の塔』の防衛隊長に就任した当初の頃に戻るのだ。
もちろん、それで自身の罪が贖われる訳ではないのは、ソーバルディーが一番良く分かっている。
焦りはある。たが、勝算もあると冷静に判断したつもりだ。
何しろ、『黄泉の塔』地下の罠の発動に使う部屋は人間側には見つかっていないと確信している。
何故、魔法陣交換の時が相手に漏れたのかは分からないが、発動に使う部屋が見つかっていれば、精霊を封じた魔法陣は必ず敵に利用される。
未だにそれがないというのは見つかっていないという徴だった。
数マワリ(日)後。
それらを踏まえて、作戦室として使っている大きな天幕にソーバルディーとウイングは主だった武将を集めて、説明した。
「それで……人間に化ける魔道具とは?」
ウイングの軍からワルトメルガが代表して聞く。
「これだ」
言ってソーバルディーが出したのは指輪だ。
そのもの『人化の指輪』と言うらしい。
それは淡い青に光る銀製で小さな橙の石がついていた。
何故か外側ではなく裏側に精緻な装飾が施してある。恐らくはそれが魔法陣になっているのだろう。
「糧を流し込む間だけ、完全に人間になれる。
使う糧は少量だが中級ほどの魂の器がなければ普通に魔法を使うのは難しいだろう……完全に制限なく使える訳でもないしな……」
「デメリットがあるですか?」
ソーバルディーは首肯して続ける。
「ウイング殿の指摘の通り、神力は使えなくなる。
これは魔王族、魔性族には致命的なモノになる可能性がある。切り札がなくなるからな……我ら死魂族にもデメリットは大きい。命核が魂に置き換えられるから、簡単に死ぬ……」
「神力を使わなければならない状態になったら、既に負けなのです……」
「まあ、それはその通りかもしれん……」
ウイングの呟きに、ソーバルディーが首肯する。
「それで、何名で乗り込む?」
「四名だな。『人化の指輪』が4つしか用意できなかったのもあるが、それ以上に目立たずに動くには、四名で限界だろう」
それから、誰が『人化の指輪』をつけるかという話し合いが行われるが、結局、ソーバルディー、ウイング、ワルトメルガ、ソーバルディーの部下の首無し騎士に決まった。
トノルジンバなどは、ウイングが潜入に回ると言いだした時に強硬に反対したが、中級以上で最もまともに魔法が使える者がウイングだったので、成功率の話をウイングからされて反対しきれなくなってしまったのだ。
蒼翼騎士団内では、ウイングが上級か伝説級の魂の器を持っているが、普段は手の内を隠しているという共通認識ができている。
さすがに神話級の魂の器だとは誰も想像がつかないらしいが、魔導兵器殲滅戦で見せた力から、最低でも上級以上と目されているのだ。
蒼翼騎士団の他のメンバーはトノルジンバが率いて、魂なき者であるクラスコと陽動側に着くことになっていた。
結果から言ってしまえば、この作戦は大成功だった。
クラスコが汚名返上とばかりに実際に当たってみせたのだ。
魔導兵器が先の殲滅戦の影響でまともに起動できなかったのも大きい。
トノルジンバが言葉巧みにクラスコを誘導した成果だった。
実際にゲリラ戦で相手の状況を理解していたのが、説得力に繋がったのだろう。
ちょうど人間側の傷病者を地上へと搬送するタイミングで、クラスコたちの攻撃が始まった。
「傷病者の搬送を急がせろ!動かせる魔導兵器は全機立ち上げろ!改修中でもかまわん!」
「我らシュライク魔法師団の錬度を見せてやれ!死霊どもに炎の剣を突き立ててやれ!」
人間側の怒声が響く。
地上へと移送される傷病者たちが『黄泉の塔』へと運ばれていく。
「よし、俺らも行こう!」
ソーバルディーの声に合わせて、ウイングとワルトメルガが担架を持ち上げる。
上に乗るのは人化した首無し騎士だ。
今は包帯でぐるぐる巻きにされているので、「ミイラ男なのです」とウイングが言ったら、首無し騎士が「久しぶりの首なので、落ち着きません……」と情けない顔で返すので、皆が笑った。
それから、全員で表情の弛みを引き締め直して、傷病者の列の最後尾についた。
『黄泉の塔』の内部、一階の迷宮を抜けて二階へと上がる階段の手前で、四人は立ち止まる。
すぐ前を行く兵士が「大丈夫か?」と聞いてくるのに、ソーバルディーが腰の水袋を取り、ミイラ男を指差しながら「コイツ様が水が欲しいだとよ……道は分かってるから、先に行ってくれ」と、返す。
そうか、と言って前を行く兵士は先に階段を登って行く。
「ほら、慌てるな……ゆっくりでいいからな……」
ソーバルディーが粗野だが優しさの篭った声音でミイラ男に水を飲ませてやる振りをしながら、先に行く人間たちと距離が離れるのを待つ。
完全に見えなくなってから、四人は行動を開始した。
階段の脇にある隠し扉を開けると、下へ進む階段がある。
そこを降ると、すぐに扉がある。
その扉を専用の鍵を使って開くと、中に入る。
そこが罠の発動装置が置かれた部屋だ。
ソーバルディーは脇に立てかけられた一抱えはある真新しい円盤を取ると発動装置にセットする。
それから、やはり同じように立てかけられた古びた円盤を取ると、手を翳して語りかける。
「今まで待たせて済まなかった……魔法陣を解除する」
言って、円盤に魔法の糧を流し込む。
その糧に反応したように円盤の表面に複雑な紋様が浮かび上がると、まるで古びたペンキが剥がれ落ちるように、紋様が消えていく。
半分程度の紋様が消えたところで、ウイングは見た。
円盤から立体映像が浮かぶようにして、見目麗しい女性型のマナが現れたのだ。
いや、マナと呼ぶには魂が感じる力のようなものが強大すぎる。
ウイングの精霊視覚には、普通のマナは光の粒として、自分が従える五体の精霊は部分的に炎を纏っていたり、風を表す緑色のオーロラだったりと違いはあるが、人形程度の大きさで、人と象徴する何かが混ざったような形が基本と言える。
今、目の前に現れたような完全な人型、大きさも自分と同程度という精霊は見たことがなかった。
姿を完全に現した精霊は、全裸の二十代女性に見える。
ただ、朱色の髪が時折、炎のようなうねりを見せる。
精霊はウイングと目が合うと、微笑んで、軽く頭を下げると空間に溶け込むように消えていった。
同時に円盤の紋様も全て消えたようだった。
惚けたように虚空を見つめるウイングを無視して、ソーバルディーが新しい円盤と交換する。
「我が糧によって、魔法陣に光を!
新たなるマナよ、我が呼び掛けに応えて集え!
我が名、ソーバルディー・エリアス・バウストルが命じる……『黄泉の塔』に力を与えよ」
ソーバルディーの呪文に円盤が輝きをもって応える。
同時に、罠の発動装置が軋むような音を立てて動き出した。
「さて……これで当分の間、俺の糧は空っぽだ。
とっとこ逃げ出そうぜ」
その顔に深い疲れの色を見せながらもソーバルディーが不敵に笑う。
四人は隠し扉から出て、入り口がしっかり隠されたことを確認すると、さも自分たちはたまたま足を止めたために罠に巻き込まれず助かったのだという顔をしながら、来た道を駆け足で戻っていった。
一階の罠ももちろん動き出しているが、正しい道順で戻れば罠の発動はない。
『黄泉の塔』の入口から、一行は転がるようにして飛び出す。
「たた、大変だ!いきなり罠が動き出した!
他の者たちが全員、取り残されている、なんとかしてくれ……」
実際の疲労のせいか、ソーバルディーの芝居は真に迫るものがあった。
「どういうことだ?詳しく説明せんか!」
塔の入口を守る兵が異変を感じて声を上げる。
ソーバルディーの芝居はまだ続いている。
「どうも何も、罠が動き出したんだ!俺はこのことを伝えてくるから、お前らは生存者を助けに行ってくれ!」
「わ、分かった!だが、我らだけでは……」
この後に及んで尚も何かを言いかける兵士にワルトメルガが強く言う。
「当たり前だ!すぐに部隊を編成してもらうから、お前達は早く行け!一階はいつもの道を使えば、罠はない!傷病者を抱えたままでは、何人犠牲になるか分からん!一人でも多く救うんだ!」
ワルトメルガの言葉は命令に慣れた者の言葉だった。
焦った兵士たちは、直立不動で「はっ!」と声を上げると、慌てたように塔の奥へ消えていった。
それを見たソーバルディーは感心したような顔をしている。
「はあ……凄いもんだ……俺じゃあんな風に動かすのはできねえな……」
「まあ、これくらいはしてみせねば、付いてきた価値がありませんから……」
恐縮したようにワルトメルガが呟く。
「今の内に逃げるです」
ウイングの言葉に一行は慌ててその場を逃げ出した。
帰りは簡単なもので、隠れて傷病者の振りをやめて、他の一般兵に紛れて、戦場に出るだけだった。
そうして、敵を引きつけて戦ったクラスコの陣に入り、首尾よくいったことを伝えると、クラスコは軍を引いて睨み合いの形を取った。
ウイングも『蒼翼騎士団』を率いて、ソーバルディーの部隊と共に陣を敷いた。
これからは、睨み合いと小競り合いで、補給の無くなった『ハスタ王国軍』、『シュライク王国軍』の疲弊を待つ形になる。
陣を敷き終わり、ソーバルディーと祝杯を上げようとしたところで、その急報は告げられた。
「御報告申し上げます!
『煉獄の塔』北西部において、テセラスタ様の『皇龍騎士団』が壊滅!
現在、『デルズランド共和国軍』が南進、狙いは我が軍本陣にあると思われます!」
「なん……だと……」
ソーバルディーの手から盃が落ちた。




