ゲリラ戦なのです
静かな夜だった。
疑似的に浮かぶ三日月が闇の狭間にそっと光を置いていく。
ウイングがこの森を訪れるのは二度目だ。
辺りに目をやれば先の戦いで打ち捨てられた魔導兵器の残骸が使えそうな部品を剥ぎ取られて転がっている。
ウイングはその光景に頭の奥のジュクジュクとした部分を掻き回されるような気分になるが、なんとか堪えて進む。
この森を抜けて、荒野をしばらく行けば『黄泉の塔』がある。
だが、目指すのは森の東奥、森を縦断する川の更に先になる。
ソーバルディーによれば、その辺りが黒犬の生息圏になっているらしい。
「この辺りには魔族も人間も遺体がねえな……ああ、もちろんコイツらは別だけどな」
ソーバルディーが配下の動く死者を指して言う。
「サヴァル兄様の部隊は自陣に誘い込むように戦ったそうですから……」
ウイングは言い訳のように言う。
というか、まさに言い訳だった。さすがに自分が単身突っ込んで魔法で大暴れしましたとは言えない。
魔族の遺体が無いのは当然としても、人間の遺体もほとんど無かった。
一層では、遺体を放置すると生きた死者になってしまう。どのような作用でそうなるのかは分かっていないが、そういう神力が働いているのかもしれないと云われている。
仲間だった者と戦うのは御免だというのか、人間側は遺体を集めて、神に祈りを捧げて埋葬する。そうすると生きた死者にはならないのだ。
その時、祈りを捧げるのは簡易なものでもいいのだが、資格がいるとされている。その資格とは、神力の耐性に他ならないのだが、それを人間界では神の声が聞ける者と呼んでいる。
それから、ウイングたちはしばらく進むと幅十ミョーン(メートル)程の川に出る。
「よし、手筈通りに行くぞ」
ソーバルディーの言葉に動く死者たちが十人ずつ、川から『黄泉の塔』がある側の森の出口近くまで動いていく。
ウイングたち『蒼翼騎士団』は黒犬たちが川を渡れるようにするのが役目だ。
魔法を使える者が川底を隆起させて支柱を立てると、豚頭人たちが切り出した森の木を川に投げ込んでいく。
まるでビーバーの巣造りのようだ。
ある程度足場が固まると、『蒼翼騎士団』たちは足早にその場所から立ち去っていく。
残るのはウイングとワルトメルガ以下、魔法に覚えのある者たちだけだ。
「準備できたです」
ウイングがソーバルディーに声を掛ける。
「よし。作戦開始だ」
ソーバルディーの指示に動く死者たちが身に付けた紙の魔方陣を次々に破り捨てていく。
紙の魔方陣は、一層では当たり前に動く死者たちが持たされる悪臭封じのものだ。
腐肉は当然、悪臭を放つ。
その悪臭をウイングたちが風の魔法で川の向こう側へと拡げていく。
半キザミ(三十分)も待たずに、川の向こう側に赤く光る二つの点が浮かび上がる。
「来たな……よし、ずらかろう!」
ソーバルディーが言って、騎竜の竜首を巡らせる。
ウイングたちも慌ててそれに続いて逃げるのだった。
動く死者たちの悪臭を嗅ぎ付けたのか、赤い光は続々と集まってきていた。
その内、森の木陰の中から一対の赤い光が進み出てくる。
その動きはゆっくりとしていて、何かを探るようでもある。
三日月の細々とした光を受けて、牛ほどの大きさがある黒い皮膚がてかる。
ゴフッ、と黒犬が小さく喉を鳴らすと、その足を丸太の橋に乗せる。そして、確かめるように一歩、二歩と進んでいく。
それを見た動く死者は崩れた顔面を恐怖でさらに歪ませるが、その場から逃げ出そうとはしなかった。
作戦は単純なものだ。
餌の匂いで黒犬を釣って、敵陣に突っ込ませるというものだ。
釣りの餌は動く死者である。
黒犬は腐肉を好む。
奴らの住む、川向こうの森から、『黄泉の塔』側の森の出口まで餌を配置する。
騒ぎを聞きつけ、人間側が黒犬を攻撃すれば、黒犬は反撃とばかりに人間の陣へと押し寄せるだろうし、静観するなら、人間側が集めた死体の匂いに惹かれて黒犬はやはり人間の陣へと押し寄せるだろう。
人間の陣に先の戦いで出た遺体が集められているのは、偵察から報告が来ている。
浄化していようが、いまいが関係ない。まだ埋められていない今なら、充分に黒犬を集める餌になるだろう。
ちなみに、こちら側の動く死者はある程度損耗を覚悟しているが、黒犬は器用に腐肉だけを食らうことで知られている。
結果、動く死者は命核さえ残れば、動く骨になるだけだ。
両者の違いは力の強さと動きの早さくらいのものだ。
動く死者は力が強いが動きは遅い。
動く骨はその逆である。
その程度の損耗は覚悟の上だった。
戦いになれば、黒犬は恐ろしい強敵だ。
生者を炎の息で焼き、爪と牙でズタズタに切り裂くだろう。
厚く堅い皮膚は生半可な剣では斬れず、犬と呼ばれるだけあって群れで動く。
食べるのは腐肉だが、狩りをしない訳ではない。
狩ってから、肉が腐るまで待つ習性があるというだけだ。
だから、ウイングたちは魔法で匂いが運ばれる方向を規定して、その場から逃げるように退いた。
最初の一匹が丸太橋を渡りきると「ヴォンッ!」と鳴いて、駆け出す。
おそらくは斥候の役目なのだろう。
声に合わせて川向こうの森から続々と黒犬が出てくる。
彼らは動く死者を一人、また一人と餌食にしていく。
腕を食いちぎり、足を食み、内臓を貪る。
骨は器用に腐肉を舐め取った後、口から吐き出す。
動く死者たちはボロボロだ。
だが、残った骨が次第に寄り集まり、不可視の力で繋がる。
動く骨になった者は、慌ててその場を離れる。
黒犬はスケルトンには見向きもしない。
そうして、森の出口まで食べ進め、餌がなくなると、鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ付ける。
匂いの元は『黄泉の塔』の前面に広がる荒野に建てられた防御柵の奥だ。
集められた数千の遺体から悲しい匂いが広がっている。
黒犬は多少腹を充たしたところで、食欲に火がついている。駆け出す姿は黒い奔流のようだった。
人間側の陣は『黄泉の塔』を中心に二つに分けるように『ハスタ王国』と『シュライク王国』の本陣が置かれている。
その周囲に防衛線を引くように幾つかの陣が置かれている。
遺体が集められているのは、その一番外側の陣のはずれだ。
黒犬はそこに殺到していく。
人間側の夜警が甲高い警笛を鳴らす。
恐怖を感じた誰かの弓が放たれる。まるでそれが始まりの合図だというのか、弓と魔法が一斉に飛んだ。
危険を感じた黒犬が半円を描くように第一防衛ラインに向かう。
そこからは乱戦だった。
遠く、森の奥からウイングは『望遠鏡』の魔法でそれを確認する。
朝を迎えて、ようやく混乱は収まったものの、かなりの打撃となったようだった。
それから、ウイングとソーバルディの連合軍は様々な作戦をとった。
光玉は暴走したマナの成れの果てのため、近づく者から勝手に糧を奪い魔法を撒き散らす迷惑な存在だ。
本来、マナが勝手に魂の器から糧を奪うことはできないが、思考を読み取って魔法を発動する場合は効果が先で糧を得るのが後になる。
そのことから、それに味をしめたマナが暴走することがあるのだ。だが、それは世界のバランスを著しく崩す行為でマナ自体にも変調を及ぼす。
本来なら精霊化を目指して糧を得るはずなのだが、精霊化ができなくなるのだ。
結果、マナのまま実体化、ただの魔物になってしまう。
『蒼翼騎士団』に多く配備されている豚頭人は魔法の才能が皆無な者が多い。
それは魂の器から溢れるはずの糧が無いことを示している。
彼らは光玉に触れても魔法が発動しない。つまり、光玉の暴走が起こらないのだ。
その特性を利用して、光玉を持ったまま人間の陣に隠れて近づく、ある程度まで来たところで光玉を放せば、人間の陣で光玉たちは大暴れする。
これも、かなりの効果を発揮した。
また、飛行能力のある小数で奇襲を掛けて逃げ出し、影に潜む魔物の生息地まで敵を誘き寄せ、天然の罠として活用する、水中から近付いて毒を流す、進軍する敵にウイングの前世知識を活用したブービートラップを仕掛ける、その他、ちょっとした嫌がらせや流言飛語、考えられるありとあらゆる方々で敵を弱らせていった。
「なあ、そろそろ全面攻勢に出てもいいんじゃないか?」
ソーバルディの言葉にウイングは首を横に振る。
「ダメなのです!こちらの規模や戦力が分からないからこそ、作戦が上手くいっているのであって、正面からぶつかったら確実に負けるのです」
「だが、例えば偽の情報で敵を迎撃に出させて、その背後を突けば、『黄泉の塔』は奪還できるんじゃないか?」
前に行った流言飛語作戦の成功を頭に描いてソーバルディが話をしているのが、ウイングには良く分かった。
「この前の流言飛語は、二つの国が完全な一枚岩でないからこそ、お互いの国の装備品を身に付ける程度の変装で上手くいきましたが、それはあくまでも噂を流すレベルの話だからです。
本格的な進行作戦なら、明るい場所で将軍クラスに話す必要があります。それにせっかく噂で仲違いするように仕向けたのが無駄になるです!」
「完璧に人間に変身する道具があると言ったら、どうだ?」
「そんなのあるですか?」
「ああ、入手はかなり困難だけどな……それに本当に一方面から攻撃する軍も用意する」
「どうやってですか?」
「ウチの本陣十万の軍勢とは別に、さらに東側に別動隊四万の軍がいる。こいつを動かす。
司令官は知り合いだから、敵をおびきだすくらいはしてくれるだろう」
「本当ですか?」
「ああ、司令官は魂なき者のクラコスってやつだ。
元、『シュライク王国』の将軍の一人で、昔、政争に敗れて極刑になるところを逃げ出して亡命してきたんだ。
俺が『黄泉の塔』を通して魂なき者として迎えてやったから貸しがある。
将軍として大部隊を動かしてきた実績があるから、今回の別動隊を任されたんだが、今回の戦じゃ初戦で大分痛い目にあってから、守りに徹してほとんど動いてない。
魂なき者は死魂族として認められているが、元は生きた人間だからな。
それに『命核』もないから、首でも斬られりゃそれで死ぬ。
精神魔法で調べた上に呪いを掛けられるから裏切る心配はないが、生きた死者のようには戦えない。
しかし、死魂族としての実績は欲しいだろうから、戦うふりくらいならやってくれるだろう」
『呪い』は特殊な魔法だと言える。
魂なき者の場合、身体に魔法陣を刺青などで入れて、そこにマナを封じ込めるのだ。
魔導具と同じようなものだと言える。
しかし、身体にマナを封じ込めるのは危険な行為である。
命には、生まれた時から生命のマナが宿っている。
別のマナと反発するので、身体に負担があり、悪くすると何もせずとも死を迎えることになりかねない。
だが、魂なき者はそれを受け入れる。
人間に対する憎しみに凝り固まった彼らは呪いを受け入れてでも、死魂族になりたがる。どうせ死んでしまえば、浄化を受けない限り一層にある死体は、生きた死者になるからだ。
だが、必ずしも上位の生きた死者に成れるとは限らない。
動く死者や動く骨になってしまうと途端に思考力が低下してしまうため、安全策として生まれた措置が『呪い』なのだ。
「そういうことなら、やってみてもいいです。
でも、チャンスは一回、本陣を奪ったら絶対取り返しにくるですよ。
ソーバルディーさんと僕達『蒼翼騎士団』で約千人。
守りの戦いとは言え、相手は五万近い規模、きっちり守れなきゃダメです」
ウイングは、策が足りないと暗に示しているのだ。
だが、ソーバルディーはニヤリと笑って答える。
「ああ、大丈夫だ。
取り返すと言ったが、要は相手が使えなきゃいいんだ。
だから、守らずに塔を使えなくする」
「えっ!?」
そのひとことにウイングは血の気が引く思いだった。




