兄弟なのです
「あの……えっと、すぐには答えられないです。皆と相談しないと……」
ソーバルディーは頭を上げると人の悪い笑み、この場合は死魂族の悪い笑みを浮かべた。
「まあ、それもそうか。
直接、言質が取れれば作戦も通しやすくなるかと思ったんだが、別の方法を取るしかないな……」
悪びれることなく言う。
ウイングは思わず、ソーバルディーをまじまじと見つめる。
「あん?兄貴と余りに違うんで驚いたか?」
「あー、えと……はい」
いきなり砕けたソーバルディーの話ぶりに、毒気が抜かれたのか、思わず素直に答えてしまう。
「もしかして、兄貴の最後の教え子とは、ウイング殿か?」
「はい。レンバート先生にはたくさんのことを教えて貰ったです」
「余り信じすぎるなよ。所詮は魔王様を護れなかった負け軍師だ。
もっとも、それを言う俺も『黄泉の塔』を守れず奪われた負け隊長だがな……」
自嘲気味に笑う。
だが、ウイングは口を尖らせて否定する。
「そんなこと無いです!レンバート先生は強くて優しくて、立派な先生だったです!」
「はんっ……子供にはそう見せてたのか……」
「どういう意味ですか?」
つい、ウイングが突っ掛かるような口調になってしまうのは無理からぬことだろう。
「俺からすれば、跡継ぎになるのが嫌で逃げ出したあげく、魔王様をたぶらかして地上との戦争を起こし、その上勇者に魔王様を殺されて、おめおめと生き残った恥さらしだからな……口汚くなるのは勘弁してくれ」
その自棄になったような、怒ったような表情を見て、ウイングは何も言えなくなってしまう。
暫くの沈黙が続いて、それでもソーバルディーはウイングのテントから出ていこうとはしなかった。
「それで……兄貴の死に様はどうだったんだ……?」
ポツリ、ソーバルディーが溢す。
「えっ……!?」
「だから、兄貴の死に様だよ。見てないのか?」
ウイングにしてみれば、散々悪く言った兄の死に様を気にするソーバルディーが矛盾しているように見えたが、よく考えれば兄弟なのだ。当然、その兄が亡くなったとくれば気になるのだと納得する。
ウイングはどこまで話すべきか迷う。
できれば全て伝えてあげたいとは思うものの、『地上恩恵派』の注目を反らすためにウイングの代わりにトーナメントに出て、精霊剣の使い手に首を切られて死んだということをどこまで伝えればいいのか分からない。
もちろん、ウイングはそのことに責任を感じている。
レンバート先生は自分の身代わりに死んだのだと思っている。
だが、誰にもそのことは話さずにいた。
レンバート先生の想いを無駄にしたくなかったのだ。
何よりも生き残ることを教えてくれた先生だ。
これは兄のサヴァルマーナにも言っていない。
慰めて、道を示してくれるだろうことは分かっている。
だからこそ、言えなかったのだ。慰めて欲しくなかった。それで自分を許してしまったら、背負いきれない後悔が押し寄せてくるだろうと思ったのだ。
周りはウイングが幼くて理解が及ばないのだろうと見てくれた。
だから、ウイングはそれに甘えた。それは自分を傷付ける行為だったが、背負わなければならない傷だと思った。
「レンバート先生が何をしていたか、知っていますか?」
『地上恩恵派』の話をしてしまえば、巻き込むことになる。
ウイングのギリギリの譲歩だ。
「地上と通じる裏切り者の話か?
少しだけな……」
ソーバルディーは知っている。
だから、知っているだけのことを話すことにした。
「少し、長くなるぞ……」
そう、言い置いてソーバルディーは用意された椅子に座ると、昔話を始めた。
兄レンバートが負け軍師となった時、そのまま九層に居るのは辛いだろうと、一層に戻ってくるように手紙を書いた。
その返事に少しだけ、魔王候補の命を地上と共に狙う者がいる、と書いてあった。
それから、『黄泉の搭』の守備隊長になった時、そういう噂がまことしやかに流れていたのだ。
曰く、地上と通じる輩がいる。
曰く、魔王候補者の中でも頭角を現した者が事故で死ぬのは、地上の陰謀だ、などだ。
一度、地上から流れてきた魂なき者から、そういう者たちが、許されて地上に暮らしているのだと聞いたこともある。
だが、詳しい話を聞く前にその魂なき者は事故で死んでしまった。
そういう経緯からソーバルディーは、レンバートよりも身近にそういった存在の影を感じていると言える。
だが、実際のところは知らない。見ていないからだ。
そういう輩がいてもおかしくないとは思うが、見ていない以上、それを全面的に信じることもできないというのがソーバルディーの結論だった。
ウイングはソーバルディーの昔話を聞いて、レンバート先生の死について、全てを伝えることにした。
もちろん、魂の器の話はしない。ただ、自分を守るために、レンバート先生は代わりにトーナメントに出たのだと話した。
ソーバルディーなら、ウイングを責めてくれると思ったのもある。
まるで懺悔の告白だ。
だが、予想に反してソーバルディーは話を聞き終えてからも、ウイングを責めようとは思わなかった。
ただ、使えるか使えないか、それだけがソーバルディーにとって重要だったからだ。
「それで?罪滅ぼしに『黄泉の搭』奪還に力を貸してくれるのか?」
「それは……できないです」
「なんだ、そのために長々と懺悔の言葉を連ねたんじゃねえのか……」
「僕の罪滅ぼしに仲間の命を使う訳にはいかないです。
ただ、協力できるかはちゃんと考えてから答えるです」
それを聞いて、ソーバルディーは立ち上がった。
それから、テントから出ようとして言う。
「『黄泉の搭』の地上軍を壊滅近くまで追いこんだって聞いたから、期待したんだがな……。
まあ、いい。
詳細は後で届けさせる。
しっかり考えてくれ」
魔王候補の筆頭であるサヴァルマーナに助力を頼むために、そのサヴァルマーナが可愛がっている末の弟から説得しようとしていたソーバルディーの策は、残念ながら初手から失敗だといえる。
ソーバルディーはレンバートと違って頭を使うのは苦手だ。
だが、『黄泉の搭』の守り手として、これでも無い知恵を振り絞ったつもりだったが、まだ子供とは言えウイングは魔王候補者で、一軍を率いる将だったと言える。
罪悪感を利用しようとしたが、さすがに簡単には決められないということなのだろう。
ソーバルディーは部下から知恵を借りることにして、テントを後にした。
翌日、ウイングはソーバルディーから提案される作戦に対して、ワルトメルガ、トノルジンバ、その他主だった面々と会議をしなければならなかった。
一層にも魔物はいる。腐肉を喰らう牡牛ほどもある黒犬、暴走したマナの成れの果て光玉、影に潜み近づく者を襲う異形の魔物などだ。
ソーバルディーから提案されたのは、その魔物たちの習性を利用して『黄泉の搭』を占拠する人間たちを襲わせ、その隙を突くというものだ。
魔物に詳しい面々から成功する確率を聞いたり、現地の識者を集めて話を聞いたり、人間側の戦力の分析、正面からぶつかった時の損害率、地形の調査、参戦すべきか否か、侃々諤々(かんかんがくがく)とお互いの考察を語り合う。
戦力は足りていない。魔物を利用してどの程度戦力差を埋められるのか、他に策はないのか、どうしたら他の魔王候補者と協力できるのか、考えることは山積みだった。
とりあえず、サヴァルマーナの『戦槌戦士団』はどう考えているのかを聞くため、代表してウイングがサヴァルマーナに宛がわれたテントを訪ねることになる。
「……ということで、サヴァル兄様の意見を聞きにきたのです」
ひととおりの説明をしてから、ウイングはサヴァルマーナに水を向ける。
サヴァルマーナは難しい顔で聞いていたが、少し困ったような表情でウイングを見た。
「我が『戦槌戦士団』は装備が整い次第、西方に向けて進軍しようかと考えているんだ。
あちらはテセラスタ殿の『皇竜騎士団』の奮戦によってかろうじて抑えているとはいえ、じりじりと押されている状況だと聞く。
『黄泉の塔』周辺は暫く大人しくなるだろうから、今のうちに全体の戦況を把握しておきたくてね……」
『皇竜騎士団』はテセラスタの始祖である魔王アスタローテによって創設された騎士団である。
アスタローテの時代の魔王軍の中核を成す組織であり、魔王の代替わりによって、七層に拠点を移したが勇猛さを今に伝える歴史ある騎士団だ。
その構成員はアスタローテに連なる魔性族が中心で、練度も高い。
今回の魔王候補者派遣には一万の軍勢で参加していることから、テセラスタへの期待度の程が分かるというものだった。
ウイングとしても思うところはあるものの、国難という危機にあっては、放っておけばいいと断じる訳にもいかない。
それはサヴァルマーナも同様だろう。
「では、僕もそちらに向かう方がいいでしょうか?」
ウイングはソーバルディーと共闘の約束をした訳ではない。
全体を考えれば、西方に強敵が集まる現在、東方が大人しくなるだろう今のうちに西方を叩くべきというのは納得のいく話であった。
だが、サヴァルマーナはそれを否定する。
「いや、ウイングはこちらに残って欲しい。
わたしはね、お前が居てくれるからこそ、今、動けると考えている。
『黄泉の塔』を守る『シュライク王国』は魔法兵を中心とした約五万、『ハスタ王国』の魔導兵器も残存兵力をかき集めれば五百から千にはなる。
この本陣にある兵力十万と北東に置いてある四万の別動隊、だが、そのほとんどは生産職だ。
しかも、『シュライク王国』の魔法兵と、生きた死者は相性が悪すぎる。
つまり、戦力的に見れば数で勝っていても、贔屓目に見たところで五分かそれ以下だろう……だが、ウイング、お前がいれば変わる。
全面衝突は危険すぎるから奨めないが、遊撃隊による奇襲や夜戦によって相手を疲弊させれば、充分に戦線を持ちこたえられると見ている」
「おお、ゲリラ戦!」
ウイングはサヴァルマーナの言葉によって引き出された前世知識で、つい答えてしまう。
「ん?ゲリラ?」
「あ、いえ、なんでもないです……つまり、一気に『黄泉の塔』を奪還するよりも、先に下地を整えるべきってことですね?」
「ああ、決戦の時はそう遠い未来ではないと見ている。
その為にやるべきことをやっておいて欲しいんだ」
「分かったです!ソーバルディーともその方向で話をするです」
「ああ」
サヴァルマーナはウイングの成長を好ましく見て、頷いた。




