勝利と出会いなのです
現在、サヴァルマーナは全軍を率いて逃げていた。
目指すはウイングと約束した伏兵の陣がある崖に挟まれた道である。
ジャック・オー・ランタン、いや、ウイングは精霊武装を解いてサヴァルマーナに背負われていた。
サヴァルマーナは爆発のあった森の中に様子見に来た。
そこで、ジャック・オー・ランタンを見つけ、そこから現れた焔の精霊を見て、それがウイングだと気付いたのだ。
おそらくは気が急いて、自分を助ける為に無茶をしたのだろうと見ていた。
そして、精霊に語りかけた。
この魂の器を助けたい。敵意はない。と。
理解してくれたのか、精霊たちは武装を解いて消えた。
ウイングは目を開いているものの、意識が何処かをさ迷っているように虚ろだった。
肩を揺さぶり、声を掛けた時に一時的に意識が戻った。
「サヴァル兄様……に、逃げて下さい!」
「ウイング、大丈夫か?
何があった?」
サヴァルマーナはジャック・オー・ランタンがウイングだったことをわざわざ確認するつもりはない。
父、エリュセイグドがシンパシーを感じていたのは、ウイングだったからか……と納得したに留める。
それに、今はそれどころではない。
「僕は……僕は……」
そう言ったあと黙りこみ、ぶるぶると身体を震わせて瞳の焦点が合わなくなり、サヴァルマーナの声に反応を返さなくなった。
敵は続々と集まってくる中、サヴァルマーナは慌ててウイングを担ぐと、魔法を連発しながら自陣まで退いた。
そして、ゴブリンたちが決死の覚悟で優勢に戦いを進めている間だけ待つと、数に圧しきられる直前に陣を捨てて、撤退を指示した。
サヴァルマーナは風の戦術魔法で一瞬だけ敵の進軍を止めると、ゴブリンたちはそれを合図にしたかのように、一斉に逃げ出した。
それは、一瞬の隙間ができたことでゴブリンたちの緊張の糸が、ぷっつりと切れたかのようだった。
それほどに真に迫った芝居だった。
有志の中から選ばれたゴブリンたちは、わざと逃げ遅れる。
ここを死地と定めている、殿を任された者たちだ。
敵わないまでも、腰の戦槌を振り回して、一矢報いるべく突撃していく。
武器に魔法を纏わせ、魔導兵器の間接を狙う。
巨剣に吹き飛ばされ、足蹴にされて、掴み上げられ、捻り潰される。
それに小さく「すまない……」と呟いてサヴァルマーナも逃げた。
ウイングはサヴァルマーナに背負われたまま、未だ虚空を見つめるだけだ。
「僕が……殺したです……僕が……人間を……」
時折、紡がれる言葉がサヴァルマーナの背中に当たる。
サヴァルマーナは逃げ遅れるゴブリンたちのフォローを魔法でしながら、聞くとはなしに聞いていた。
すでに状況は追撃戦になっており、遅れていた人間側の歩兵たちが小回りを生かして森の中を進撃してくる。
しかし、練度の高い『戦槌戦士団』は生まれこそ人間に劣るゴブリンでも、歩兵程度はものともしない。
それが、例え鎧を脱ぎ捨て、戦槌ひとつで戦うことになろうともだ。
だが、歩兵に足留めをくらい、追い付いてきた魔導兵器が現れると、途端に形勢逆転してしまう。
すぐさま逃げに掛かるゴブリンたち。
アドモンド・フジツキ負傷のため、代わりに『ハスタ王国軍』の指揮を取るゲンサイ・タカジョウは魔導兵器『カテン・壊』を駆りながら、高揚感に包まれていた。
敵は弱い。アドモンドから「深追い厳禁」との命令が来ていたが、従うつもりは毛頭ない。
ここで戦功を立てておけば、アドモンドを引きずり下ろして自分が将軍になることも夢ではない。
アドモンドは自分の負傷を、敵が強かったからということにしておきたいようだが、王国謹製の魔導兵器を前にすればドラゴンすら逃げ出すというものだ。
しかも、アドモンドは魔導兵器にばかり目をやって、歩兵の消耗をすぐに避けようとする癖がある。
本来、戦とは何を殺し、何を殺させるかというものだ。
最高戦力の消耗は避けるべきで、換えの効く歩兵などから消耗させるべきなのだ。
そう信じているゲンサイ・タカジョウは歩兵たちを分散先行させる。
魔導兵器は集中させて突撃だ。
木々をなぎ倒し、岩を蹴散らし、一点突破を狙う。
だが、森の中の小道を突き進むには魔導兵器は巨体すぎる。
戦力を集中したことによって、突破力に優れるものの機動力は失われ、敵に迫る頃には蜘蛛の子を散らすように本隊が逃げ出した後だ。
ほんの少数の逃げ遅れたゴブリンを数十、数百倍という魔導兵器で蹂躙する。
歩兵たちはゴブリンの足留め役だが、散開させているために各個撃破されてしまう。
だが、ゲンサイ・タカジョウは目前にいるゴブリンを蹂躙することに満足を覚えて、全体が見えていないのだ。
森が薄れて、断崖に囲まれた道に出る。
ゴブリンたちは充分に目視で捉えられるほどの距離だ。
ここだ!とゲンサイ・タカジョウは直感する。
「歩兵は下がれ!魔導兵器の突破力を見せてやる!
全隊、速度を上げよ!蹂躙してやれ!」
魔導兵器を操る者たちが自機に魔法力を一気に注ぎ込む。
唸りを上げて、魔導兵器の脚が回る。
最後尾のゴブリンに魔導兵器が喰らいつく、その瞬間、一番槍を狙った『カテン』が身長の数倍はある大岩に押し潰された。
同時に崖の上から鬨の声が上がる。
「なっ……伏兵だとぅ!」
突破力を大岩で塞がれた魔導兵器たちは前にいる魔導兵器にぶつかり大渋滞になる。
「下がれ!後退しろっ!」
間を置かずにゲンサイ・タカジョウの指示が飛ぶが、一度最大加速した魔導兵器は簡単には止まれない。
最後尾の魔導兵器がギリギリで衝突を回避して、回れ右をするが、その頭上からまたも大岩が降ってきて、哀れな魔導兵器を下敷きにした。
混乱の坩堝と化した崖道の上から、通常の戦闘魔法程度では効果が薄いと、戦術級の魔法が落ちてくる。
または油が投げ入れられ、中の人間を蒸し焼きにしようと火が放たれる。
大岩の隙間をどうにか抜け出した者は這う這うの態で逃げてゆく。
『戦槌戦士団』と『蒼翼騎士団』の完勝だった。
その少し前。崖道まできたサヴァルマーナはウイングを背負ったまま崖上の陣まで飛ぶ。
それを迎え入れたトノルジンバは、ウイングの状態に驚いた。
目は虚ろで、身体は脱力しきっており、何やらうわ言を繰り返し呟いているのだ。
「ウイングは私に任せて、奇襲の号令を!」
言われて、ハッとしたようにトノルジンバが奇襲の合図を下す。
それを見て、サヴァルマーナはさっそくウイングを看ることにする。
「闇のマナよ。集いて彼の者に平穏をもたらせ。
深き平穏」
サヴァルマーナの精神鎮静魔法でひと時だけウイングが正気を取り戻す。
「サヴァル兄様……」
気付いたウイングは、サヴァルマーナをキョトンとした瞳で見つめる。だが、正気を取り戻したのも束の間、自身の愚行を振り返って次第にまた瞳に暗雲が立ちこめ始める。
そこにサヴァルマーナが、ウイングの肩を揺さぶりながら強く言葉を放つ。
「ウイング!ウイング!
……いいか、お前が敵を殺すことに抵抗があるなら、殺すな。
お前には、それだけの力がある!」
その言葉に驚いたのかウイングはしっかりとサヴァルマーナを見た。
「……兄、様?」
「だが、迷うな!
迷いは味方を、お前を殺す」
「……」
ウイングは言葉を吟味するように、視線をさ迷わせていたが答えられない。
「お前の命は、お前一人の物じゃない。
お前が迷えば、お前を信じてついてきた将兵を殺すことになる。
お前の優しさは大事なものを守るために使うんだ!」
「大事なものを守るため……」
「ああ……」
ウイングはそれで自分が重大な勘違いをしていることに気付いた。
ここは自分が生きていく世界なのだ。
前世の倫理観は通用しない。いや、前世だって目の前の理不尽には自分の力で対処するしかないのだ。
正当防衛という言葉が頭を過る。
平和なはずの前世にも、人を殺すことも仕方がないという法があったのだ。
どちらかと言えば、ウイングが感じていたのは忌避する感覚だったのだろう。
前世において、自分というものが成立する前に、両親、祖父母の死を看取ってきたからこそのものだ。
その時、終わりを迎えようとした。いや、おそらくは終わっていたのだ。
だが、転生という形で、新しい愛情に包まれて『生きる』ということを拾ったはずなのに、また捨てようとした。
それは愛情の否定だ。
父、母、兄、姉、近しい者たち、愛情を注いでくれた者たちの否定に他ならない。
ウイングはもう一度、考える。
現実を現実として捉えていなかった。
戦争の中、ゲームのような感覚で敵を撃った。
大事なものを守るためなら、ウイングはまた殺さなければならない時が来るだろうと思う。
だが、それは決して軽く捉えてはいけないものなのだ。
その上で、それは無視して通る訳にも行かないことだ。
そして、今の家族、部下、守るべき者の顔が浮かんでくる。
前世では守れなかったが、今世では守る力がある。
殺さなくていいのなら殺したくはない。それでも、守るために殺さなければならないのなら……そう思った。
今、ようやく前世の魂『翼』と『ウイング』は正しくひとつになったのだった。
ウイングの瞳に生気が戻る。
「サヴァル兄様。心配かけて、ごめんなさい……。
もう、大丈夫なのです」
サヴァルマーナの心配の声に頷きで返すと、ウイングは辺りの状況を見る。
どうやら、兄に連れられて『蒼翼騎士団』の陣まで来ているらしいと分かる。
少し離れたところでトノルジンバが指揮している姿が見える。
すると、ちょうど伝令として来ていた羽妖精のトルミンがウイングのところにやってくる。
「ウイング様~。そろそろこちらの魔法力が限界です~」
「殲滅率はどうなんです?」
「えっと、ワルトメルガ様の指示で逃げ道は塞いでいないので、四割逃げて、二割は推定、せんめつ?
散開していた歩兵が回り込んできてるみたいで、斜面を登ってきてるみたいです~。
そろそろ逃げますかね~?」
「降服勧告をするです!一度、全員攻撃を止めるです」
「じゃあ、ワルトメルガ様に伝えてきま~す」
そう言って、トルミンは羽に力を入れて舞い上がろうとする。
だが、陣の形成から今まで、多少の休みは入れているのだろうが、連続して飛び続けているのだろう、動きがぎこちなくなってきている。
「トルミン、少し手伝うです」
「はい?」
「マナよ、集いて風となせ、風よ、彼の者の助力となせ、
『気流操作』」
ウイングの自作魔法によって、トルミンを風が包む。
「これで暫くは、楽に移動できるはずです」
トルミンが軽く羽をはためかせると、風が身体を押してくれる。
それは、普段の五倍から十倍もの力になってトルミンに推進力を与えてくれる。
「わっ、わっ、すごい楽になりました~!
こんな魔法あるんですね~」
「僕の自作魔法なのです!」
ウイングはドヤ顔をしてみせる。
トルミンは「こんな使い方もあるんですね~」と、ひとしきり感心すると「では!」と上昇気流に乗ったように、一息で飛んでいった。
ウイングはこちらの陣を指示しているトノルジンバに命じて、攻撃中止を命じさせる。
それから、崖っぷちまで行くと少し長めの呪文を唱える。
「マナよ、集いて敵を牽き潰す巨岩となせ。
我が魂より糧を得て、我が願いを叶えたまえ!
巨岩墜撃」
すると、断崖の間の道を塞ぐように、道沿いを綺麗に塞ぐような一枚のパズルピースが空中に浮かぶ。
万里の長城を数区画合わせたような一枚岩だ。
これが落ちれば、道は消え失せ、下にあるものなど全てぺしゃんこになるだろうと思わせる。
それから、ウイングはまるで巨岩を片手で支えているという風に片手を上げる。
同時に、それまで雨のように降り注いでいた攻撃が一斉に止む。
必死に味方であるはずの『カテン』たちを押し退け、崖道から抜け出ようとしていた、ゲンサイ・タカジョウは降りやんだ攻撃に、何事かと思い崖を見上げた。
それは他の『カテン』たちも同じで全員が一斉に見上げていた。
擬似太陽の光を遮るように現れたソレは『ハスタ王国軍』最精鋭、魔導兵器部隊およそ千騎の真上に暗い影を落とした。
「聞くのです!
降服するのならば、命だけは助けてやってもいいのです!
速やかに兵器から降りて、両手を挙げて道から出るのです!」
『カテン』たちが動きを止めた隙を見計らって、ウイングは降服勧告を伝えた。
だが、勇猛なる一騎の『カテン』が、手にしていた巨大な剣を上空の岩に投げようとして叫ぶ。
それは、味方を鼓舞する声だ。
「あれだけ巨大な構成物など、中身は無いに等しい!
臆するな!今、正体を暴いてくれる!」
そして、巨大な剣が飛ぶ。
ザクリッ!正体見たり、と剣が突き刺さるかと思いきや、キンッ!これ以上ないという程に中身が詰まった硬質の音が響く。
竜もかくや、と言わんばかりの膂力で放たれたはずの巨大な剣は、巨岩から砂粒ひとつ落とすことも敵わずに跳ね返った。
「ひっ……」
誰かが悲鳴を呑み込む。
ゲンサイ・タカジョウは慌てて着装解除の動作を取ろうとするが、恐怖のあまり、ひしめく味方が近いことも相まってうまくいかない。
魔導兵器は搭乗者の動きをそのままトレースする性質上、ボタンやレバーなどがない。一定の動作によって、自動的に搭乗者が開放されるような機構になっているのだ。
だが、魔導兵器は『ハスタ王国』の中でも最高機密だ。
それをここにいる兵士たちは全員が知っている。
「我々は屈しない!」
「そうだ!止めたくば殺すことだ!」
「何があろうと、貴様らを殺し尽くしてやるっ!」
「「「おおぉぉおおっ!」」」
『ハスタ王国軍』は一斉に前方の岩塊を打ち砕いて前進しようと押し寄せる。
ゲンサイ・タカジョウの「やめろ!降服して機を伺うのだ!」という声は、兵士たちの怒号に掻き消された。
ウイングは覚悟を決めるしかなかった。
「無理をするな、ウイング。
殺したくないのなら、逃げていいのだ。
もう、充分に戦果は稼いだ。このまま九層に戻っても問題ない程のものだ」
サヴァルマーナがウイングに優しく語りかける。
確かに、この場で魔導兵器を全滅させずとも、既に魔導兵器の三分の一以上を失った『ハスタ王国軍』は実質的に全滅扱いだろう。
今までにこれ程の大打撃を与えた魔王候補者などいないのだ。
ここにいる全員を逃がしたところで、軍としての体裁はもはや保てず、士気は下がるだけで、領土を切り取ろうという気概など雲散霧消するに違いない。
だが、ウイングは覚悟を決めなければならないと、自分に言い聞かせる。
自分の意志で相手を殺すのだ。未だに忌避する感情は拭えそうになかったが、そうしなければ守りたいものを守れないのだと、この世界ではそれが必要なことなのだと言い聞かせる。
まだ、兄の言う殺さずに守るなんてことはできそうになかった。
だから、殺す。
そうして、ウイングはマナに魔法の開放を求めた。
ソレはゆっくりと落ちていく。
まるで誂えたように崖道を埋める巨大な岩だ。
最大で長さ二百五十ミョーン(m)、幅は五十~三十ミョーン、高さは百~百二十ミョーンほどはある。
道沿いにうねっている。
拡声器越しの人間たちの、悲鳴とも、雄叫びともつかない声が聞こえていたが、落ちきった時にその声も聞こえなくなる。
ただ、断末魔のように固い殻が割れるような、金属がひしゃげるような音が響いた。
それから、場を静寂が支配した。
一般の兵士に交じって、その様子を見ていたゴバニアンは、ポツリと呟く。
「勝った……のか……」
あちらこちらで似たような声が、ポツポツと呟かれると、やがてそれは大歓声になっていった。
完全なる勝利だった。
鳴り止まぬ歓声の中、サヴァルマーナはウイングの青い顔を見て、そっと抱き締めた。
ウイングは何も言わず、ただ自分のしたことを噛み締めるのみだった。
三マワリ(日)後、サヴァルマーナたち『戦槌戦士団』とウイングたち『蒼翼騎士団』は間借りしている死魂族の本陣へと凱旋した。
道中、ウイングが整備した道を見たサヴァルマーナが、ウイングにこっそりと小言を聞かせるというようなこともあったが、概ね問題なく帰還した。
ゆっくりとした行軍だったこともあって、『ハスタ王国軍』に大勝利を収めたという情報はすでに死魂族の知るところとなっており、諸手を挙げての大歓迎となった。
凱旋した日の夜。
ウイングのテントを訪れる者があった。
「元『黄泉の塔』守備隊長。ソーバルディー・エリアス・バウストルだ。失礼する」
そう言って入ってきた相手を見て、ウイングは驚きに目を見張った。
「レンバート先生!?」
ソーバルディーと名乗る青紫の鎧に身を包む死魂族の武人、その顔は今は亡きウイングの家庭教師、レンバート先生に瓜二つだった。
ソーバルディーはその言葉に少々機嫌を損ねたような顔をするが、表情を直ぐに戻すと一礼して挨拶する。
「レンバートは、俺の兄だ。
だが、今日は『黄泉の塔』の元守備隊長として会いに来た」
「あ、す、すいませんなのです……」
畏まるウイングにソーバルディーはひとつ頷くと、本題に入る。
「ウイング・エリュセイグド・ヴォラウディーグ・サタンロード・ルーシュフエル殿……」
「ウイングでいいです」
「では、ウイング殿。
貴方とサヴァルマーナ殿には礼を言いたい。
不甲斐ない俺に代わって『ハスタ王国軍』を撃ち破っていただき、誠にありがたく思う」
「あ、い、いえ」
「こんなことを言うのは業腹だが、どうか我らの『黄泉の塔』奪還作戦に手を貸して戴きたい」




