初めての衝動なのです
金属を引き裂くような甲高い音と共にそれは『ハスタ王国』軍一万の真っ只中に落ちてきた。
あまりの衝撃に地面は捲れ上がったように土煙を巻き上げる。
「「何事だ!」」
サヴァルマーナとアドモンド・フジツキ。
雌雄を決するべく機を窺っていた二つの軍の将は同時に声を挙げていた。
素早く動いたのは混乱激しい『ハスタ王国』軍のアドモンドだ。
今の爆発、そうとしか認識できない事象によってこれから攻め掛かるゴブリン軍はこちらの動向に気付いただろうとみて、迅速を尊ぶことに決めた。
「散開して、各員三騎突撃!
歩兵は置いていけ!」
三騎突撃は魔導兵器三騎を一組として、三角錐のように突撃する用兵である。
『ハスタ王国』軍一万といっても、一万騎の魔導兵器がある訳ではない。
魔導兵器は実質三千、他は歩兵であり、整備兵だ。
それも、魔導兵器の損耗は一割ほどだが歩兵はこれまでの戦闘で二割以上と損耗が激しい。
だが、『ハスタ王国』軍はその戦闘力のほぼ全てが魔導兵器に集約されている。
補給と整備に時間を割いた以上、戦闘力は万全といっても過言ではない。
「二騎ついてこい!」
アドモンドは自軍の状況を直接確かめるべく爆心地へと向かった。
一方、サヴァルマーナの陣は慌ただしくはあるものの、襲撃は予測済み、準備は整えてある。
「敵に遠距離からの魔法攻撃はない!
冷静に対処するんだ!
落とし穴に誘い込んで分断、各個撃破していけ!」
サヴァルマーナが魔法攻撃はないと断言したのは、敵の動きを見極めたからだった。
魔法を魔導兵器は使えない。理由は単純で、魔法力となる糧は魔導兵器の動力として使っているからだ。それに単純に殴る方が威力が高い。遠距離で使うのは大弓などの物理的な攻撃だ。
だが、その素振りもなく、ひたすら突進力を発揮して突っ込んでくるように見える。
加えて、歩兵が出遅れている。
サヴァルマーナの陣では、この日のために落とし穴を用意してある。
土魔法を駆使したかなり深い穴だ。
だが、いかにサヴァルマーナが居たとしても敵の襲来に備えつつ深さのある落とし穴を作るのは容易ではない。
精巧なカモフラージュができる余裕もなく、結果として落とし穴に誘い込むには、腕が必要になる。
ゴブリンたちは、鎧を脱ぎ捨て、腰に戦槌、両手に泥団子という装備だ。
敵の攻撃を極力身軽にした装備でかわしつつ、目を奪う。
魔導兵器の顔にある目が、そのまま操縦者の目と連動しているのは、解析済みだ。
そして、落とし穴へと誘導する。名実共に命懸けの作戦だ。
これは現代ならば戦車に潜り込んで直接地雷を取り付けるより困難だろう。
ゴブリンたちは威勢よく雄叫びを挙げるが、その目は死を覚悟したそれだった。
だが、同時にその困難もやり遂げてみせるという強い決意も見てとれる。
そうして、ゴブリンたちが魔導兵器を睨み付けていた時、『ハスタ王国』軍が潜んでいた森の中でそれは始まった。
「兄様のために数を減らしておくです!」
もうもうと土埃が立ち込める中、一発の弾頭となって敵陣の真っ只中に突っ込んだジャック・オー・ランタンは、無傷でそこに立っていた。
波動の精霊ラッシュがウイングの脳裏に思念で敵の位置を知らせてくる。
それはソナーのように、見えるというより感じる感覚だった。
ぼんやりと相手と自分の位置関係が分かるのだ。
火弾万撃!
感じ取った敵の位置に向けて、ジャックの周囲に万の炎が生まれては飛んでいく。
小さな相手はほぼ一撃、大きな相手は手強いらしく数発程度なら、普通に動くようだと感じたので無作為に三十発もぶつけたら動かなくなる。
ウイングの魂の器は極大と言っても差し支えない。
戦略級魔法に匹敵する戦術級魔法を放ったところで、自身の糧が減ったような感覚はない。
加減も躊躇もなく、連射機能つきのイージーモード、シューティングゲーム気分で魔法を放つ。
周囲の敵は自分の後ろに向かって流れていく。
恐らく、サヴァルマーナの陣に向かっているのだろう。
大きな相手が、魔導兵器と呼ばれるサヴァル兄様すら尻込みさせる魔導兵装の固まりだろうとみて、大きな相手を集中して狙っていく。
撃ち漏らしはなるべく避けたかったが、それでも撃ち漏らしは出てくる。
数が多い上に木立に囲まれているので射線が通らないところが結構あるのだ。
それでも火弾で無理矢理、射線を通すことはできるが、時間が掛かる。
その間に、他の敵がサヴァルマーナの陣に流れていってしまう。
多少、ムキになっていたのだろう。
久しぶりに全力を使えることで、初めての戦争で、周囲に巻き込む味方がいないことで、油断していた。
背後から迫るアドモンドに気付かなかったのだ。
横薙ぎに振るわれた巨剣の一撃。
ジャックモードの防御を抜けて、衝撃がウイングに伝わり、十ミョーン跳んで、十ミョーン転がった。
「がはっ……!」
負ったダメージは少し休めば回復する程度だが、痛みは感じる。
恐らく、衝撃は骨まで伝わり、複雑骨折くらいはしているだろう。
今まで修行に修行を重ねて、痛みがあっても動けるようにしてきたが、実戦と修行では大きく違う。
知恵なき魔物を相手にした時とも違う。
「くそっ!斬れなかったか!
回り込んで退路を塞げ!」
アドモンドが拡声器で命令すると同時に、後ろにいた量産型魔導兵器『カテン』を操る二人の部下がジャックの後ろに回り込む。
アドモンドの操る『ライジン』はジャックに向けて、大きく前進、そのまま大上段から剣を降り下ろす。
危険を感じて、ジャックは腕を使って転がる。
同時に魔法の火弾で弾幕を張るが、すぐさま『ライジン』は腕を十字受けの形にして、一歩後退。弾幕を避けてしまう。
数発当たった火弾も装甲の厚い部分では効果がなく、弾かれてしまう。
痛みを堪えて、薄れてきた土煙の中、ハッキリと相手を視認するウイングは、ロボットなのです!とやけに冷静な頭で前世の記憶を引っ張り出していた。
興奮がウイングを包み込む。
いつもの癖でファンタジー成分を満喫しようと凝視する。
相手にも奇異な行動に映ったのか、こちらの行動を窺うように動きが止まる。
『ライジン』は暗雲の中に光る稲妻の如く、黒いベースカラーの所々に黄金色が煌めいている。
「かぼちゃ頭め、何を企んでやがる……」
緊張に身を固くしないよう、ゆっくりと剣を水平に構えていくアドモンド。
対するジャックは身体の力は抜けきり、顔だけを前につき出した格好をしている。
笑った表情のかぼちゃが何を考えているのか分からないのが、何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。
後ろにいた赤と橙と黄色のカラーリングを施された部下の乗る『カテン』には、何故アドモンドが動きを止めたのか分からない。
離れて並ぶもう一騎と頷きを交わすと、剣を上段に構えて突進する。
ラッシュから焦るような思念が送られてくる。
おお、肩の突起とかロマンなのです!と考えていたウイングの脳裏にラッシュのソナーが捉えた背後の動きが割り込む。
慌ててジャックの身体が横に跳ぶ。
「くそっ!背中に眼でもついてるのかっ!」
『カテン』の一騎目の攻撃をかわすと、すぐ二騎目が回り込むように追撃してくる。
「危ないのです!ついロマンに目を奪われたのです。
ラッシュに感謝なのです!」
二騎目の下から掬い上げるような一撃を手にした大鎌で受け、その勢いに乗るように軽く後ろに跳ぶ。
普通の剣なら焔の精霊サアラが転じた精霊武装である大鎌で受けた時点で融解してしまうはずだが、魔導兵器用に拵えられた巨剣は厚みと重量で叩き潰す剣なのが幸いしたのか、多少刃が潰れる程度で、剣自体が壊れるようなことはなかった。
「化け物めっ!」
『ライジン』の直撃を受け、後方からの攻撃をかわし、さらに今、『カテン』の渾身の攻撃を受けてその剣を危うく使い物にならなくされるところだったのに驚いて、部下が毒づく。
「反撃するです!」
ジャックはそれだけ口に出して、あとは思念でジーンに加速を伝える。
ウイングの複雑骨折が治るには、もうしばらくの時が必要だったが、そうも言っていられない。
かぼちゃ頭が大鎌を構え直したのを見て、アドモンドが前に出ながら部下たちに警告を発する。
「下がれ!何か仕掛けてくるぞ!」
部下たちが体勢を整える隙に、ジャックはその場から掻き消える。
そのように部下たちには見えたのだ。
実際には、ジャックが高速で右に移動、一気に突っ込んだだけだが、速すぎて見えていないのだ。
ドンッ!と音がして一番近くにいた『カテン』の首が飛ぶ。
「うわっ!目をやられました!」
部下が報告するが、その声は外に届いていない。
魔導兵器は構造上、人間を模して作られているが、頭部にあるのは各種センサーとスピーカーの役割をする部分のみである。
人間は腹と太股の辺りに入っていることになる。
首無しの『カテン』は、中段に構えて気配を探るように防御行動を取る。
「まだ動くですか……」
ジャックはそれを見ながら、次の相手に向かう。
狙うはもう一騎の『カテン』だ。
直線では向かわず、フェイントを織り交ぜながら足を狙う。
地を這うような下からの攻撃なら、巨体では対処できないだろうと踏んだのだ。
だが、魔導兵器は元々、人間大の大きさの相手も考慮されている。
自重を支える都合もあるため、足回りは特に装甲が厚い。
しかし、それもジャックの攻撃力の前では大した障害にならない。
今!と『カテン』の隙を見つけたジャックは大鎌を振るわんとする。
そこに、待ったを掛けるように『ライジン』の剣が振るわれる。
ギャリンッ!と金属同士が擦れるような音がして、弾かれるようにジャックと『ライジン』の巨剣が離れる。
「ちっ!刃が潰れただろうがッ!」
「邪魔するなら、そっちからです!」
『ライジン』が剣に構わず袈裟斬りに叩き伏せようとする。
そのラインに沿うようにジャックが大鎌を逆袈裟に突っ込みながら振るい横を抜ける。
瞬間、僅かに『ライジン』が身を引いた。
お互いに相手を求めるように振り返る。
傾いだのは『ライジン』だった。
アドモンドは大きく切り裂かれた腹の装甲の中、顎から左目にかけて大きな裂傷を負っていた。
だが、右目には炎が宿ったかのように、爛々とした眼があった。
それは『人間』だった。
ウイングは転生してからというもの、順調にこの世界に順応してきたと言える。
違う種族、違う食事、違う生活……戦えると思っていた。
知性なき魔物は散々殺してきた。
それすらも順応できた。
だが、『人間』なのだ。
相手は『人間』だと理解していたはずだった。
見るまでは平気だ……と、そう思っていた。
「う、うあ……あああああああああぁぁぁっ……!」
それはウイング自身が見ないようにしてきた感情。
前世からの感傷と言ってしまえばそれまでだが、人間と魔族の狭間で生きてきた魂の断裂と言ってもいい張り裂けるような何かだった。
ジャックは走り出した。
方向も分からず、逃げるように走った。
「逃がさねえぞ……かぼちゃ頭ああぁぁッ!」
アドモンドの魔導兵器を通さない肉声がジャックに追い付く。
ウイングは頭を振って走る。
途中、焼け焦げた『人間』が死んでいた。
穴だらけになった魔導兵器の中、腹に穴を開けた『人間』が死んでいた。
それらは全て自分が為したことだった。
ウイングは眼を瞑って走る。
後ろから重い足音が近付いてくる。
糧を使うことすら忘れ、加速のない状態で走る。
すぐに追い付かれる。
無防備な背中に『ライジン』の巨剣が叩き込まれる。
「うおおっりゃぁぁっ!」
「がっ……」
また飛ばされた。
先程の傷が再生しきる前に喰らったダメージは、ウイングが魔王族という身体を持っていなければ致命的だっただろう。
大地の精霊アースのプロテクターがかなりの衝撃を吸収していたが、それでも吸収しきれなかったエネルギーが身体の内を暴れまわる。
苦しみと痛みにのたうちまわる。
今まで殺してきたのは『人間』なのだ。
数を減らす?それは『人間』を殺すという意味だ。
感情がグチャグチャになって、まとまらない。
身体中の痛みから来る熱が、感情の熱と合わさって、どうしたらいいのか分からない。
理解していたつもりだったのだ。
自分は人間ではなくなった。違う種族で、襲ってくるから抗っただけの話で、何も悪いことではない。
ただ、前世で死んだ家族の顔が次々に浮かんでは消える。
「ぬおおぉぉぉっ……!
死ねえッ!」
アドモンドの『ライジン』が巨剣を振り上げる。
おのれ、人間風情がっ!
そこに立ち塞がったのは、焔の精霊サアラだ。
「くっ!精霊かッ!」
サアラが翳した手から炎の蛇が唸りを上げて飛び出す。
それは膨れ上がり渦巻いてアドモンドへと迫る。
アドモンドは咄嗟に魔導兵器の腕で、身を曝している腹の傷を庇う。
熱が顔を炙る。魔導兵器の腕が圧力に押され変形していく、。
アドモンドの脳裏を諦めが掠めた時、唐突に魔導兵器の向きが変わり、突き飛ばされた。
追い付いた部下の『カテン』が後ろから体を入れ換えるようにして、アドモンドを庇ったのだ。
サアラの放った炎の蛇は戦略級に分類されるほどの威力だったが、『カテン』の装甲を全て削って斜め上空に飛び、擬似的に作られた空を削って消えた。
削られた空は、岩肌をぼろぼろと溢したが、しばらくして元の空の色を取り戻した。
アドモンドは突き飛ばされた衝撃で頭を打ったのだろう。
意識がゆっくりと遠退いていった。
最後に見たのは、上半身の前面装甲の一部だけを辛うじて人型に残した状態の『カテン』だった。
尻、背中、後頭部と炎の蛇が撫でた部分は完全に消失していた。操縦席ももちろん撫でられた部分に入っていた。
アドモンドは遠退く意識の端で部下の死を知った。
アドモンドが意識を取り戻したのは『黄泉の塔』正面に設けられた『ハスタ王国』陣地の中だった。
「フジツキ様、お目覚めになられて良かった……」
「俺は……?」
「行軍中に魔王と交戦、魔王を退かせて自身は意識を失われたのです。
ですがお喜び下さい。敵は現在、陣地を捨てて敗走中、お味方の大勝利です!」
「魔王!?
あのかぼちゃ頭が、魔王……」
簡易ベッドの上でアドモンドは記憶を反芻する。
確か、今の魔王は藍色の髪に二本角のエリュセイグドとかいう奴だったはず。背も高く偉丈夫だと情報にあったはずだが……。
あのかぼちゃ頭はせいぜい青年、魔王族は人間と大差ない大きさだと聞くから、情報と齟齬があるように感じる。
「かぼちゃ頭?いえ、藍色の髪に二本角、立派な鎧に身を包む偉丈夫だと報告にありましたが?」
アドモンドが意識を失った後、ウイングが何かしたのだろうと当たりをつけたサヴァルマーナが、急行。
動かないジャックオーランタンを見つけて、自陣へと連れ帰ったのはアドモンドには分からない。
「どういうことだ?」
アドモンドが聞くが、衛生兵の話では、かぼちゃ頭は精霊兵器とでも言う敵方の新兵器だと言われているらしい。
だが、それも一度限りで、次弾はなく、現在は追撃戦になっているという話だった。
だが、アドモンドにすればアレが自律行動をしていたのが事実だ。
今はダメージを負って動けないだけかもしれないが、再び動けるようになれば、全滅させられてもおかしくない。
精霊が付いていたことを考えれば、恐らくまだ死んでいないだろう。
精霊武装が死んだ主人を守るために魔法を使うなど聞いたことがない。
魂を喪えば、精霊は糧を得ることができない。当然の話だと考える。
ならば、魔王が現れたというのはどういうことだろうか?
あのゴブリンの部隊を率いる者が魔王なのだろうか?
だが、魔王がわざわざゴブリンを率いて前線まで出てくるだろうか?
それは無いだろう。
今まで人類領域に残されている伝承では、魔王は魔王城に居ると相場が決まっている。
だとしたら、魔王に似た者がゴブリンを率いているのだろうか?
「この戦で一層を手中に治められれば、ようやく家族の元に帰れます。
ですが、まだ先は長そうですね。
フジツキ様は療養のために次の輸送隊と共に本国に戻ることとなりますので、よろしければ手紙をお願いしたいのですが?」
衛生兵が気軽に手紙を頼んでくる。
大怪我や病気など、将校クラスが本国に戻ることはままある。
そんなときは一般兵の手紙を請け負うのが通例になっている。
一般兵は戦が終わるまで、帰ることはできないので当たり前のことなのだ。
「あ、ああ……」
アドモンドはそれに気前よく答えながらも、意識は別の場所に向いている。
まてよ、と思い付く。
家族。魔王の近親者がゴブリンの精鋭を率いているということがあるのだろうか?
ミノリの季節くらいから、敵方に援軍が現れたという話はよく聞く、実際に自分の目でも、死魂族以外の部隊をいくつか見て戦ったこともある。
装備で凌駕しているため、負けはしなかったが全て手強い相手ばかりだった。
おかげで予定していた侵略地図も思うように広がってはいない。
それは、魔王に近しい者、魔王本人はないとしても側近や近親者という可能性は充分にありうる。
ならば衛生兵の報告にあった魔王が現れたという話も、あながち間違いではない。
アドモンドは緊張の面持ちで衛生兵に告げる。
「それは全軍に通達済みか?」
「いえ、まだ通達までは……」
「ならば、急いで通達を。
敵に魔王の近親者か、側近が混じっている可能性が高い。
充分に慎重に行動するようにと」
はっ。と衛生兵が答えて去っていく。
今は敵が敗走中だというのに、追撃の勢いを殺すのは得策ではない。
だが、相手に魔王クラスの者がいるなら慎重にならざるを得ない。
アドモンドはこの戦に奇妙な薄気味悪さを覚えるのだった。
はっ。と衛生兵が答えて去っていく。
アドモンドは今回の派兵に嫌な胸騒ぎを拭えなかった。




