戦争なのです
ウイング一行は九層の南西目指して進む。
魚人の叩く太鼓に合わせて進むが、その足取りは纏まりがあるとは言えない。
各階層は大地から地上に伸びる塔によって繋がっている。
塔のある場所は階層によってまちまちだが、九層の場合、北東、北西、南東、南西の端、壁に添って建っている。
緊急時、少人数だけが移動できる次元回廊と呼ばれる転移魔法陣もあるのだが、それは軍の移動には向かないのでここでは割愛する。
魔王城から近いのは北西にある塔だが、何故南西の塔を目指すかと言えば、トノルジンバの領地があるからなのだ。
トノルジンバは一足早く領地に戻り、自軍を纏めている。
ウイング一行は、トノルジンバの領地で合流、そこから一番近いのが南西の塔なのだ。
食糧などが不足しているウイング一行は、そこで補給を受けることになる。
「よくぞお出でくださいました、ウイング様」
両手を挙げて歓迎するトノルジンバは腰にある魔剣『サブナク』がカタカタと震えるのを嬉しく感じながら、ウイング一行が陣を張る広場を訪れる。
トノルジンバはこの日の為にコレクションした魔剣、妖刀の類の半分以上を売り払って、食糧と武器、鎧などを用意したのだ。
『剣伯爵』の異名をとるトノルジンバのコレクションは尋常ではない。
その半分以上を売り払った代価は、戦時ということと相まって莫大な資産を生んだ。
そうして得た資産で買い求めたのは、全員分の装備一式と大量の食糧だ。
トノルジンバはコレクターなので、こだわりが凄い。
全員が揃いの空色の鎧に身を包み、一堂に会した姿は圧巻だった。
「本来なら、全員の鎧にウイング様の軍を示すよう『剣に翼馬』の紋様を刻みたかったのですが、半分程しか間に合わず、申し訳ございません」
ほんの数マワリで半分の鎧に紋様を刻みこむために幾ら掛かったのかを考えると、ウイングとしては苦笑するしかないのだが、領民総出で内職したそうなので、実際にはそれほど金銭は掛かっていないらしい。
「は、ははっ……さすがは『剣伯爵』殿。
練度の低い兵でも、こうして装備を整えて見ると壮観で、心なしか足並みも揃ってきたように見えますな」
ワルトメルガが称賛する。
確かに同じ鎧を装備したことで、全体に一体感が生まれたように見える。
それは、ウイングの軍に所属する誰もが感じたことなのだろう。
制服を着ることによる連帯感と似ている。
ウイングは総数約四百五十名の軍となって進む。
途中、ウイングの中二病が発症して「僕たちは『蒼翼騎士団』と名乗るのです!」と興奮交じりに言い出したが、肝心の騎竜は五十騎程度なので、騎士と言うには締まらない話だった。
そうして、『蒼翼騎士団』が一層目指して行軍している頃、その一層ではサヴァルマーナが孤軍奮闘していた。
サヴァルマーナに率いられた『戦槌戦士団』は精強だったが、それでも地上軍と正面からぶつかることができる程の軍勢ではない。
他の魔王候補の中でも、サヴァルマーナの弟妹たちはまだ多少なりとも連携、というより足を引っ張らない程度の動きを見せていたが、魔性族から出た候補者であるテセラスタの軍と、二層夜魔族出身のロゼステリアの軍は、あからさまに足を引っ張ってくる。
サヴァルマーナの軍と死魂族の軍が地上軍の一陣を攻めている最中、敵の一軍とぶつかったテセラスタ軍がその一軍を引き連れたまま、死魂族の軍に逃げ込んだ時はあわや全滅かという憂き目にあったりもした。
さすがにその時は、他の弟妹魔王候補たちも慌てて参戦して、事なきを得たが、一時はサヴァルマーナも死を覚悟したほどだった。
ここで彼我の戦力を比較してみる。
地上軍は主に五つの陣営に分かれている。
北東にある巨大な塔、最初に魔族を地下へと誘う為に神が造ったと言われる『煉獄の塔』。
ここは千年の昔から人間の支配地となっており、その防御は磐石と言ってよい。
『煉獄の塔』は各国から選りすぐりの精鋭が派遣され、その精鋭たちはあくまでも『煉獄の塔』の防御に徹している。
攻め込まなければ、彼らから攻撃を受けることもないので基本的に不可侵であるといえる。
そして、『煉獄の塔』を起点として一層への侵攻を開始したのが地上界中原の覇者『バウルード帝国』とそれに呼応した『デルズランド共和国』である。
『バウルード帝国』は精強さもさることながら、数が多い。
今回の一層攻略戦に動員したのは十万とも、十二万とも言われる。
『デルズランド共和国』は約三万人を動員している。
数は『バウルード帝国』に劣るが、全員が魔導兵装を所持した一騎当千の兵ばかりだ。
そして、今回新たに人間側に攻略されてしまったのが東側にあった『黄泉の塔』である。
『黄泉の塔』からは魔法大国である『シュライク王国』と、その同盟国で小国ながらも魔導兵器によってその力を見せる『ハスタ王国』が攻め寄せて来ていた。
魔導兵器は身長五ミョーン(メートル)はある乗り込み型ゴーレムで、その力は魔龍族の竜王たちに匹敵する脅威度がある。
『シュライク王国』は五万、『ハスタ王国』が一万の動員である。
対する魔族側と言えば、生きた死者が十五万、魂なき者五万、魔王候補者が各三千~一万といったところだ。
数で言えば、魔族側有利に見えるが、生きた死者の大部分は動く死者や動く骨が大部分で、彼らは戦闘要員というより生産者に過ぎない。
動きも遅く、火に弱いので所詮は足止め程度にしか使えない。
魔王候補者たちが例え三千でも兵を連れていくのにはそれなりに意味があるのだ。
そして、魔族側にも利点はある。
一層は地上に比べてマナが薄い。下に潜れば潜るほどマナが薄くなるので八層などに比べれば格段に濃い方なのだが、人間にしてみれば魔法力の源、糧の回復が大変下がってしまう。
さらに、地上と地下では同じ魔法でも威力が落ちる。これもマナが薄いことが関係している。
魔族側からしてみれば、天の恵みに溢れた地上に暮らす人間たちと違い、自分たちは『魂の粗食』に慣れているということになるのだが、人間側はこと魔法に関しては勝手が違うということになり、始めて地下に赴いた新参兵などは魔法の使いすぎで魂を磨り減らす者も少なくない。
魔導兵装や魔導兵器などは地上で糧、魔法力を充填して来ているが、使いきってしまえば地下に赴いた兵たちが直接、糧を補充しなければならない。
だが、回復力が低い地下では恒常的に起動できる訳ではなく、限定的にしか使えない。
つまり、長期戦は人間側にとって不利に働くのだ。
それでも人間が地下の大地を求めるのは、欲望のためだ。
より広大な領地を、奴隷を、地の恵みを……。
また魔族たちも地上を欲している。
争いはどうあっても起きるものなのだ。
人間側は短期決戦を望み、魔族側は長期戦に持ち込もうとしている。
足止めにしかならなくとも、動く死者や動く骨は普通の攻撃でなんとかできる訳ではない。
もちろん、弱点を攻めればいいだけの話だが、動きまわる相手の弱点を正確に突くのは容易ではない。
魔族側は数を減らしながらも、長期戦に持ち込むことには成功している状況だった。
ネムリ(冬)の季節の終わり頃、『ハスタ王国』の将軍、アドモンド・フジツキは『黄泉の塔』を見上げながら、思案顔で髭をしごく。
「魔導兵器の回復がなんとかなりゃあな……」
「ライジンの魔導結晶の回復、終了しました」
整備兵がやって来てアドモンドに告げる。
おう!と応えて、アドモンドは鎧武者をずんぐりと太らせたような姿の自身の愛機『ライジン』を着込む作業に入る。
魔導兵器は、簡単に言うと動力甲冑である。
着る者の力を数倍から数十倍にする。
魔導結晶はまだ自我すら発生していないマナを特殊な鉱物に魔法陣でくくったもので、簡単な幾つかの命令を魔法力を与えることでこなすことができる。
魔導兵器の場合、命令は簡潔でそれは模倣である。
だが、簡単な機構だからといってどこの国でも作れる訳ではない。
秘密はマナをくくる魔法陣にある。
個々の魔導結晶が出す力の配分が違うのだ。
魔導兵器はずんぐりとした体型をしている。それは自重を支え、充分なパワーを出すためだが、装着者とまったく同じ力の配分では、思うような動きは取れない。
そのため微妙な力の配分が必要になるのだ。
その力の配分を完成させたからこそ『ハスタ王国』は魔導兵器を実戦投入できるのだ。
この魔導結晶に似て非なる物に魔導石がある。
魔剣に使われるのは魔導陣でくくった高位のマナを宝石に封じた魔導石だ。
その差は命令に対する自由度の高さと、その威力にある。
だが、魔導結晶は束ねることで魔導石を超える威力を持たせることもできる。
魔導結晶に使われるマナに自我がないからこそできる裏技のようなものだ。
その技術の証が魔導兵器だと言える。
アドモンドは愛機『ライジン』を着込むと、二度、三度とその動きを確かめる。
慣れ親しんだ、信頼に足る動きだ。
この二十マワリ(日)ほど、『黄泉の塔』の守りを『シュライク王国』に任せて、ひたすら回復に努めてきた。
それは、今日のためだ。
アドモンドは巨大な剣を振り上げて、全軍に告げる。
「野郎ども!準備はいいか!
今日こそあの忌々しいゴブリンの援軍を叩き潰す日だ!
これ以上、奴らの好きにはさせねえ!
行くぞ!」
「「応!!」」
ライジンの声に応えて、同じように魔導兵器を着込んだ兵たちが声を挙げる。
このところ、サヴァルマーナ率いるゴブリンの援軍が来てからというもの、人間側は押され気味だ。
たかがゴブリンと侮っていたら、奇襲、奇策に散々煮え湯を飲まされてきた。
だが、『シュライク王国』と連携を取ることで、魔導兵器を温存、回復を済ませて一挙に殲滅してやると意気込みが激しい。
一方その頃、サヴァルマーナの敷く陣では、ようやく一層まで来たウイングがトノルジンバとワルトメルガを伴って挨拶に来ていた。
「サヴァル兄様!」
「ウイング!来たのか!」
「はい、お待たせしたのです」
ウイングが頭を下げる。だが、サヴァルマーナは手を添えてウイングの身体を起こさせると、必要ないという風に頭を振った。
それから、トノルジンバとワルトメルガを見て微笑を浮かべる。
「伯爵。それにワルトメルガ殿まで……。
感謝致します」
サヴァルマーナは礼を尽くして二人に頭を下げる。
二人も堅苦しい挨拶は抜きとにこやかな微笑で応じる。
そして、ワルトメルガは早速に実務に入る。
「五百そこそこの軍ではありますが、極北旅団式の調練を施しながら来ました。
あと十五マワリ(日)もあれば、倍、いや三倍の敵を押し返せる程度には鍛えてみせる所存ですが、現在の戦況をお伺いさせて頂いてよろしいですかな?」
「そうですね。我ら魔王候補者たちはお互いに利害があるので、連携が取れないのがお恥ずかしい話ですが、現在はこのようになっています」
そう言ってサヴァルマーナは地図上に軍を示す駒を置いていく。
中央、一層の首都の辺りに東北東を睨むように死魂族の本隊を置き、そこから北と東に他の魔王候補者たちの軍を置いていく。
それから北東と東の先に、死魂族の別動隊、サヴァルマーナの軍を置く。
北東、『煉獄の塔』の近くに『煉獄の塔防衛隊』、中央に近付くように『バウルード帝国』、北西に『デルズランド共和国』。
東、『黄泉の塔』の左右に『シュライク王国』、『ハスタ王国』の駒を置く。
ワルトメルガはそれを見て考えながら、言葉を紡ぐ。
「北西に突出している敵の規模はどれほどか分かりますかな?」
「これは『デルズランド共和国』の魔導兵装隊で、数は五万は下らないと報告が来ている」
「五万ですか……」
トノルジンバが数の多さに目を丸くしていた。
「地形的にも森や丘陵が多く、魔王候補者たちで囲めば分断、各個撃破しやすいように見えますが?」
「進言はしましたが、聞き入れられませんでした。
候補者たちの軍は殆どが借り物の軍隊ですから……。
今はどうにか持ち場を決めて、そこの防衛に当たっていますが、連携はできないと思った方がいいでしょう」
サヴァルマーナが残念そうに言う。
「そうですか……うーむ……」
言ってワルトメルガは考え込んでしまう。
サヴァルマーナはさらに難しい顔をしている。
「わたしとしては、この一マワリ、二マワリで敵に大きな動きがあるのではないかと睨んでいます」
「それは……?」
ワルトメルガに促されて、サヴァルマーナが続ける。
「『黄泉の塔』からの進軍が途絶えて、守りに徹するようになって二十マワリは経つ。
こちらには魔法兵を中心にした『シュライク王国軍』と魔導兵器と呼ばれる甲冑型ゴーレムが配備されている『ハスタ王国軍』がいるのだが、恐らく今回の戦で最大の脅威度を誇る『ハスタ王国軍』の動きが途絶えている。
これは嵐の前の静けさではないかと予測している」
「魔導兵器って何ですか?」
「簡単に言えば、人間を巨人にする魔導兵装だ。
力だけなら竜王たちにも劣らぬほどだ」
ウイングの問いにサヴァルマーナが答える。
だが、六層をほぼ素通りしてきてしまったウイングにはあまり実感が湧かない。
「わたしでも、三騎に一度に掛かられれば危ない」
サヴァルマーナは剣技にも魔法にも優れ、魔王としての膂力もある。それはウイングも充分に理解している。
そのサヴァルマーナが危険を感じる相手となると余程の相手なのだろう。
「それなら、僕たちはサヴァル兄様と合流することにします!」
ウイングは勢い込んでそう宣言する。
サヴァルマーナは予測済みだったのだろう。
完全な否定ではないが、善後策を提案する。
「気持ちは有り難いが、ウイングの軍は中央の本陣だろう?
どれだけ急いでも三マワリは掛かる。
それならば、ここから一マワリほど後方に崖に囲まれた一本道がある。
私がギリギリまで敵を引き付けてそちらに誘導するから、そこに伏せていて欲しい。成功すれば相手に与える被害は甚大なものになる……」
「なるほど!相手はこちらが連携して伏兵を置くなど出来ないだろうと見ているでしょうから、成功の目は高そうですな」
トノルジンバが追随するのに、サヴァルマーナは首肯して見せる。
「でも、それだとサヴァル兄様が危険じゃないですか?」
ウイングは実際には知らないが、前世で読んだ歴史小説、これは祖父の愛読書でたまに借りて読んでいた記憶が残っていたからだが、撤退戦がいかに難しいかということが書かれていたので、それを懸念したのだ。
だが、サヴァルマーナはそういう意図を汲んだ上で答える。
「ここまで我らは逃げ戦を重ねてきた。ようやく一矢報いてやれると思えば、気合いが違う。
これは勝つための撤退だ。大丈夫!任せてくれ!」
自信に満ち溢れた笑顔に、ウイングは頷くしかない。
「なら、急いで準備するです!」
ウイングは慌てたように踵を返す。
やる気満々といった体でウイングにトノルジンバが続く。
それに、ワルトメルガが続こうとすると、それをサヴァルマーナが呼び止める。
「ワルトメルガ殿」
ワルトメルガは立ち止まる。
「崖の周囲は深い木立が覆っている。どちらにせよ、本陣を目指すならそこを通るしかない。引き際は貴方の判断で頼む……」
その言葉から、ワルトメルガはサヴァルマーナが死ぬ気なのではないかと読む。
どちらにせよ……それは、上手く誘い込むにせよ、負けて敵が進軍するにせよという意味だ。
サヴァルマーナの軍と連携が取れなければ、伏兵による奇襲が成功するのは、恐らく一度限りだろう。
その時、サヴァルマーナが居なければウイングは冷徹な判断は下せないだろうという危惧なのだ。
ワルトメルガはそっと目を伏せる。
「かしこまりました……」
それだけ言って、ワルトメルガはウイングの後を追った。
騎竜に乗って戻るのかと思いきや、ウイングは自身の漆黒の翼を拡げる。
「先に戻って、皆を連れてくるです!
後は頼むです!」
「おお、かしこまりまして御座います」
トノルジンバが二騎の手綱を握って答える。
ウイングは満足そうに頷くと、一息に飛んだ。
敵に発見されるのを恐れて低空飛行するのではなく、高度を取って風に乗るスピード重視の飛び方だった。
それをトノルジンバは眩しそうに見つめる。
戦地にあってその豪胆な飛び様は、トノルジンバには好ましく映ったのだった。
ウイングは風の精霊ジーンに命じて、一気に加速する。
途中、自軍が辿るであろう経路を見てまわり、土の精霊アースに命じて、ほぼ直線の緩やかな下り坂になった道を敷設していく。
そうして、ほんの三キザミ(時間)ほどで本陣まで戻ってしまう。
それからワルトメルガの部下たち、今では蒼翼騎士団の幹部たちを呼び集めて全軍に出立を伝える。
丁度、教練の最中だったらしく、全軍が準備を整えるのに三十カケ(分)、これはまともな軍事教練を受けていない民兵や落ちこぼれたちにしては頑張った方だろう。
「僕たちは、これからサヴァル兄様の軍と連携して一マワリ半ほど先の崖の上に伏兵します。
兄様たちが敵を引き付けてくれますが、長くはもたないはずです。
今の僕たちに求められているのは如何に早く潜伏場所に辿り着いて、準備ができるかということです。
全軍、出立なのです!」
ウイングの掛け声で全軍が動き出す。
死魂族の本陣を出て、崖を目指す。
目を見張ったのは騎竜に乗った幹部たちだ。
暫く進むと少し大きめの丘が見えてくる。
ウイングはそこを登るように指示を出す。本来ならば丘を回り込んで森の間道に出るはずだと、偵察して知っていた。
いくら急ぐからといって、直線だからと丘を登るのでは無駄に体力を使ってしまう。
幹部同士で目配せして、ウイングを諌めようと決断を下す前に血気盛んな青年兵の一部が一気に駆け上がっていく。
ゴバニアンを筆頭にした民兵組だ。
幹部のアーダーがウイングに声を掛けるが、ウイングは「大丈夫です!」と意に介さない。
やれやれと思いながら、初陣で気が立っているのだろうと予測して、無理に今、ウイングを止めるべきではないか、と兵の
損耗に目を瞑ることにした途端、丘の上から真っ直ぐ、目的地の方向に新しい道が出来ていた。
「なんだ……これは……」
「前の偵察時には無かったぞ……」
「おお、これは行ける!」
「ウイングの兄さんのピンチだ!駆け付けて助けてやろうぜ!」
幹部たち騎竜組が驚きに絶句するのと対照的に、民兵組の意気は上がっていた。
ゴバニアンやシメオーヌは駈け足にも関わらず、軽口を叩くほどだ。
こうして、ウイングたちは本来ならば二マワリは掛かる道程を夜を徹しての強行軍で、一マワリで辿り着いてしまった。
サヴァルマーナの陣から向かう、ワルトメルガ、トノルジンバと一キザミも違わない。
「なっ……なぜこんなにも早く……」
「そんなことより、早く陣を敷いて皆を休ませておいて欲しいです」
ワルトメルガの問いをそれとなくはぐらかして、ウイングは次の指示を出す。
「僕はサヴァル兄様にこの事を伝えてくるです!」
「いや、ウイング様はお休み下さい。
伝令ならば羽妖精で充分ですゆえ」
トノルジンバがそう諌めるがウイングはまともに取り合わず、翼を拡げる。
「羽妖精のトルミンは長距離飛行には向いてないです。
崖の左右に兵を配置して、それの連携に役立てるといいです」
羽妖精という珍しい種族にさっそく興味を示し、名前と特性を覚えたウイングはそう指示を出して、飛び立ってしまった。
「なるほど……確かに両側に兵を配置した方が死角をなくし、包囲しやすいですな」
ワルトメルガが感心したように言う。
「ワルトメルガ殿、ウイング様をお諌めするのは貴方のお役目では?」
「まあ、何事も経験してみなければ分からないことと言うのは多いものです。
我らの役目はダメだと言うことよりも、やらせてみて、何がダメだったのかを考えていただく切っ掛けを作ることだと心得ておりますゆえ」
その言葉にトノルジンバは怒りを押さえつけた声で答える。
「そもそも、負けてしまえば考える暇もなくなるのですがね……」
ワルトメルガはさも当然だという顔で笑う。
「ですから、考えていただくためにも、この戦に負けることは許されませんな……」
トノルジンバは呆れを通り越して深くため息を吐く。
そんなトノルジンバをワルトメルガは笑みを浮かべて促す。
「さ、我らは我らの役目を果たすとしましょう!」
「やれやれ……」
二人は指示を出し始めるのだった。
一方、ウイングは高く舞い上がってから、水の精霊アンディと波動の精霊ラッシュによる複合魔法『望遠鏡』を発動させて、遠くサヴァルマーナの陣を見る。
既にサヴァルマーナの予想通り、すぐ近くまで敵軍が迫ってきているのが分かる。
木々に身を隠しながら行軍する巨大な鎧武者たちは、近くの歩兵と比べて三倍はありそうだ。
これが背の低いゴブリンと比べれば五倍にはなるだろう。
サヴァルマーナはなるべく引き付けると約束していたが、相手は数も多い、ウイングはどう戦うのか想像もつかない。
「サアラ、ここから魔法は届くですか?」
焔の精霊サアラに問う。
今のわたくしの力では……と否定の思念が飛んでくる。
ウイングは頷くと、前方を見据えて叫ぶ。
「ジャックモード!」
直ぐ様、大地の精霊アースがウイングの身体を包むように精霊武装となる鎧を展開、さらにその上から焔の精霊サアラが精霊武装となって、マグマのかぼちゃ頭と黒いマント、死神の鎌を形作る。
ジャック・オー・ランタンの誕生である。
『望遠鏡』も『ジャックモード』も既にウイング独自の魔法と言っていいほどに洗練されてきている。
別に叫ぶ必要がなくとも、つい叫んでしまうのは、前世の業というものだろう。
ジーン、制動無視、全速力です!と思念で頼むと同時にジャックはマントをたなびかせて飛ぶ。
それは一発の砲弾。
敵、『ハスタ王国軍』一万に向けて放たれた、始まりを告げる開戦の狼煙となったのである。




