さよなら要塞なのです
暗闇からぼんやりと光が指してくる。
一筋の光だ。
その光がだんだんと強く太くなると人影が見えてくる。
「ち……ち……?」
目の前の人物が泣きそうな顔で微笑む。
「ウイング!
分かるか、父さんだぞ!」
ウイングのぼやけた頭にようやく意識が上ってくる。
「父っ!」
身体を起こして、しっかりと父を見る。
父が無事だったと知って、安堵の吐息が漏れる。
父がウイングを抱き締める。
ウイングはそれを多少窮屈に感じながら、それでも父の無事が嬉しくて両腕を父の身体に回す。
何だか違和感がある。
そう感じたウイングは、違和感を探して左手を動かす。
「ち、父っ……」
「うん?……ああ」
身体を離した父には右腕が無い。
痛々しい包帯が巻かれている。
さらに右の角もなくなっていた。
「これ……」
「ああ、どうってことない。
名誉の負傷ってやつだ!」
言って父は、ニカッと笑ってみせる。
「それよりも、怖かったか?」
ウイングは父を失うことが怖かったので、素直に首肯する。
「そうか、まあ気絶するくらいだしな……」
どうやら、ウイングは気絶していたところを発見されたということになっているらしい。
そこで、はたと考える。
何故、自分は生きているのだろう?
しかも、いつのまにか元の身体に戻っている。
精霊たちはどうなっただろう?
思念で、みんな無事?と聞いてみる。
四体の実体のない精霊が現れる。
焔の精霊サアラ、水の精霊アンディ、大地の精霊アース、光の精霊ラッシュ。
あれ?ジーンは?
不安な思念の声で聞く。
それに答えるのも思念の声だ。
思念でやりとりをする分には、父に聞かれて困るということもない。
「ジーンは死にました」
え……?
「アンディ、たちの悪い冗談はやめなさい!
面白くもない。
我が主様、ジーンはお役に立てなかったことを恥じて、思念を読みとる修行をすると申しておりました」
「それは主に言わないでくれって、ジーンが……」
「黙りなさい、アンディ。
我が主様はお優しいお方。要らぬご心配をお掛けする方が悪いのです!」
ど、どういうこと?と混乱まじりにウイングが問う。
少し反省したような顔でアンディが弁明する。
「ジーンがですね。
最後、蛇の頭に主がぶつかったのは、自分のせいだと申しまして……もっと主の思念通り、思うままに飛ばすことができれば、あんなやられ方をするはずがない、と泣くんですよ。
それは俺らも力不足に反省が必要なんですが……とにかく、もっと強くならないと主に合わせる顔がない。
自分は死んだとでも言っておいてくれ、と言われたものですから……」
ウイングは、そんなことない、みんなとても頑張ってくれたよ!と励ますが、精霊たちの顔は晴れない。
それを見てウイングは気付く。おそらくはこの場でどんな言葉を掛けようとも精霊たちの元気を取り戻すことは叶わないだろうと思う。
精霊たちは自身の力不足から招いた結果を嘆いているのであって、過程を褒めても意味がないからだ。
結果、ジャック・オー・ランタンは粉々になったのだから。
しかし、だからといって、ウイングが力を与えて済む話でもない。
代償もなしに力を与える怖さは今回のことで良く分かった。
またどこかで眠る巨獸でも起こしたら、そして自分の知らないところで被害が出たら、そう思うと恐ろしくなる。
とにかく、力を濫用する訳にはいかない、とウイングが考えていると、サアラが、おずおずといった雰囲気で話し掛けてくる。
「あの、少し宜しいでしょうか、我が主様……?」
ウイングはそちらに意識を向ける。
「今回の原初の魔物のこと、我が主様はご自分のせいだとお考えになっておられるのでしょうか……?」
ウイングはかなり暗い顔をして、うん……と答える。
すると、ウイングに寄り添って優しく頭を撫でてくれていた父が、それに気付いて声を掛けてくる。
「どうした、ウイング?
何か心配事か?」
ウイングはそれに居心地悪いものを感じながら、
「あの大きい魔物のことを考えてました」
と、答える。
嘘ではないが父をはぐらかす言葉だ。
だが、父から返る言葉は意外にもウイングの心が軽くなるものだった。
「あれは『原初の魔物』と言って、神力じゃないと倒せない魔物なんだ。
普段、滅多なことがなきゃ出てこないんだが、今年のシゲリの季節(夏)は魔物の数が多かったせいで、ワルトメルガたちと俺がデカい魔法を連発してしまったからな……あのオレンジ頭みたいに戦闘級魔法からの派生戦術級魔法を使っていれば良かったんだが、ついあそこに『原初の魔物』が封じられていることを失念して、普通の戦術級魔法を使ってしまった。
それで、ひとつのマナに魔法力を与えすぎてしまったんだ。
『原初の魔物』は成長したマナがたくさんあると、それに反応して起きてしまうことがあるんだよ。餌を求めてな」
「派生戦術級魔法?」
聞いたことのない言葉にウイングが質問する。
「ああ、まだそこまでは習ってないのか。
魔法にはその大きさによって、戦略、戦術、戦闘、生活の四つの区分けがあるのは知っているか?」
「少しだけ……」
ウイングは聞いたことがあるかも、といった顔をして答える。
「そうか、まあ細かいことは置いておいて、とにかくその大きさで四つに分けられているんだ。
そして、それは同時にひと粒のマナに与える魔法力の違いでもあるんだ。
マナってのは、見える奴に言わせると光の粒みたいなもんらしい。
そして、ひとつの魔法に使う魔法力はひと粒のマナに与えられる。
それは魔法の大小に関わらず基本原則なんだ」
ウイングはレンバート先生に聞き、実際に見ているので分かりきった話だったが、素直に頷いておく。
「そして、大量の魔法力を得たマナは自我を持つ精霊に進化するって言われてる。
つまり、戦術級魔法が連発されたりすると、その場所は精霊が生まれ易くなるんだ。
マナも集まり易くなるとも言われているしな。
だから『原初の魔物』が起きてしまった。
だが、派生戦術級魔法ってのは戦闘級魔法の上位互換とも言える魔法で、戦闘級魔法を千発とか一万発集めた魔法なんだ。
威力は純粋な戦術級魔法には劣るが、その分たくさんのマナを使う。
千発なら千粒のマナに魔法力を分け与えることで精霊の発生を抑えることができる。
あのオレンジ頭はそのことを知っていたのかもな……」
ウイングは何とも言えない。
ただサアラが意図的にあの火弾万撃の魔法を選んでいた可能性はある。
すると、普段なら空気を読んで黙っているはずのサアラが口を挟んでくる。
「我が主様、今、悪戯の宝石の説明にあった通りで御座います」
どういうこと?とウイングは思念で聞く。
「つまり、この地で大量の糧が使われたことにより、我ら精霊が生み出されたことによるマナの集中化が緩和され、『原初の魔物』が起きてしまった原因が我が主様のせいではないことが証明されました。
全ては良い方向に向かっております。
我が主様が責任を感じる必要は御座いませんということが言いたかったのですが……ご理解頂けましたでしょうか?」
そ、そうなの?といまいち理解が及んでいないウイングだったが、よくよく考えると精霊を生み出すリスクの解決策が見つかりそうだと思い至り、少しだけ安堵した。
精霊を生み出せば、どこかのマナがその恩恵に預かろうと寄ってくる。
これが集中化なのだろう。
結果、マナの枯渇する土地が生まれ、その地の魔物が糧を求めて活発化する。
これがバランスを崩すということだと当たりを付ける。
でも、マナや精霊を『原初の魔物』が食べるのは分かるが普通の魔物も食べるのだろうか?
そこはもう少し調べる必要がありそうだと思う。
もし、予想が正しいのなら、その地に行って、糧を魔法を使うという形でバラまけば、またその地にマナが帰ってくる。
だが、どこのマナが枯渇するのか分からないのではその方法は使えないと気付いた。
何か方法はないだろうかと考えるが良案が浮かばない。
そんな時、部屋の扉が開く。
ワルトメルガと極北旅団の武将たちだ。
武将たちは板に載せたバラバラの土くれを運んでいる。
「少しよろしいですか、魔王様」
「どうした?」
「例のオレンジ頭と思われる遺体が集め終わりましたので、お持ちしました。
それと精霊武装は消えていました」
そうワルトメルガが報告して、武将たちが板を室内に運び込む。
途中、もたついたのか板の土くれが、ゴロリと動いて金剛羅漢の首がこちらを向く。
ふと、ウイングが横に並んだアースを見ると、アースは手を口元にやって、あわあわしていた。
ウイングは精霊たちを信頼している。
自分の痕跡はないと確信している。
魔王は立ち上がって板の置かれた場所まで行くと、検分を始める。
その手つきは優しいものだった。
「どういう意図があって、手を貸してくれたのかは分からないが、お前のおかげで助かった。
礼を言っとくよ……」
「やはり、城兵でも極北旅団兵でもないようです」
ワルトメルガが調べてきたことを報告する。
「そうか……」
「それと、もうひとつ。
ウチの武器庫番がその者を見掛けたと証言しております。
城兵の魂なき人間だと言っていたそうです。
それから、道を知らないようだったので外への行き方を教えてやったと……」
「……なるほどな。
死ぬと土くれになる人間か、聞いたこともないな……。
どういう理由によるのかは分からないが、正体を隠したい、ということか。
ならば憑依能力か何かを使っていて、生きている可能性もあるな。
精霊武装といい、戦略級魔法の連続使用といい、並の者ではないな。
だが、とりあえず動きを見る限り、敵対している訳でもなさそうだ。
よし……この件は俺が預かる。いいな!」
魔王がそう宣言する。
魔王が言うことに誰も異議を唱えることはない。
下がれ、と伝えると全員が退出する。
その際、武将のひとり『ブラーガス』と呼ばれていた多腕の魔性族が、じっと虚空を睨みつけていたが、誰も気付くことはなかった。
ウイングは父に言いたい言葉があったが、言い出せずにいた。
ちゃんと言おうと思った時には、父から「少し休んでいなさい」と言われて、父は部屋を出ていってしまった。
それから数日間、父の魔法力が回復するまでウイングは要塞で過ごした。
原初の魔物が倒されたことによって、他の魔物たちも落ち着きを取り戻したのか、その後は魔物の活性化も散発的なものになり、極北旅団だけで対処している。
城兵は要塞内に原初の魔物の死骸を運び込む作業に従事していた。
肉は兵士たちや避難している村人の糧になり、それ以外は素材として使われるらしい。
ウイングも肉を食べてみたが、なかなかに美味だった。
そして、その数日の間に父の右腕は生えた。
魔法力が回復したことで、魔王族の超再生が発動したらしい。
しかし、父が自ら折った右角は、折れたままだった。
神力を宿した角は魔法力が回復しても治らないらしい。
ワルトメルガが悔しそうに、「代われるものなら、この角を折りとるものを……」と呟いているのを聞いて、ウイングも同じ想いだった。
父は魔法力の回復を待つ間も精力的に活動していた。
ツルグ村を始め、近隣の村々を周り復興支援を手配したり、極北旅団の警備体勢を見直したりと忙しそうにしていた。
ウイングも父の後について、村々の復興を手伝った。
魔王族の膂力やわざと長々と呪文を唱えるようにしている魔法も村人たちからすれば、とても重宝するようで、たくさんの感謝の言葉をもらった。
極北旅団の面々とも共に汗水流して働いた結果、随分と打ち解けた。
特にワルトメルガは遠い親戚ということもあり、随分と良くしてもらった。
一度、夜中に多頭竜の牙を削って武器を作っているワルトメルガを見掛けたので、熱心に見ていたら、丁寧に作り方を指導してくれた上、出来上がったら贈ると言ってくれた。
やけに充実した数日で、父とちゃんと会話する機会を逃がした数日を過ごした。
そして、父の腕が再生したのと、復興の目処が立ったので、帰ることになった。
父がウイングを抱いて空へと上がる。
ウイングは全力で手を振っていた。
「魔王様ー!ウイング様ー!
是非、また遊びにいらして下さいねー!」
ワルトメルガたちも手を振っていた。
「ありがとうです!
さよならです!」
「行くぞ」
「はい!」
父の翼が一度はためくと、一気に高度を取る。
それから、魔王城目指して飛んだ。
「父!」
ウイングは今まで言えなかった言葉を言おうとした。
父は少しスピードを落とす。
「あの……僕の……わがままで、その、ごめんなさい」
「ウイング。
お前のおかげで何人助かったと思う?」
ウイングは父の嬉しそうな声に、父を見上げる。
すると、少し申し訳なさそうな声で父が続ける。
「お父さんはな、お父さんの前に王様なんだ……分かるか?」
「……はい」
父は魔を統べる者として生きている。
その重責は親子の絆より重いという話なのだと理解できる。
「だから……お前のわがままを聞いて、異変にいち早く気付けて、本当に良かったと思う。
でも、ツルグ要塞に行くまではお父さんだったのに、要塞に着いてからは王様になっちまったんだ。
だから、お前にも迷惑かけた。
せっかくかっこいいところを見せてやろうと思ったのに、お父さんのかっこいいところ見せてやれなくて、すまなかったな……」
ウイングは泣きそうだった。
一生懸命に首を横に振って否定した。
「父は、かっこよかったです!
本当に、本当に、かっこよかったです……」
父は「そっか……」と少し誇らしげな顔をした。
それから、スピードを上げた。
堪えきれなくなって、ウイングは謝りながら泣いた。
大声で、大事な角を折らせてしまってごめんなさい、大怪我するような所に連れて行ってと頼んでごめんなさい、と何度も泣いた。
父はその声と涙が風に流れて消えてしまうようにスピードをさらに上げた。
ウイングはそれが父からの、魔王の息子が泣くものじゃないというメッセージだと、分かった。
同時に、今飛んでいる間だけはそれを許してくれているのだということも。
そうして、親子は魔王城へと帰るのだった。




