原初の巨獣なのです
「なんだ、ありゃ……!」
魔王が絶句して空を見上げる。
つられてジャック・オー・ランタンも同じ方向を見る。
遠近感が狂うほどの巨獣。
八本の蛇の頭が空を割るように伸びていく。
「もしかして、多頭竜か?
しかも、あの大きさは……。
やべえ……おい、お前ら要塞まで戻れ!
それで全員逃げるように伝えろ!」
魔王の言葉に、呆然と空を見上げていたゴブリン兵たちが我に返る。
同時に、魔物に交じって一斉に逃げ出す。
ウイングの思念を感じとった風の精霊ジーンが、ジャック・オー・ランタンの身体を空中に持ち上げる。
ウイングは焦りを通り越して、何かを感じていた。
自分が起こした事態ならば、責任を取るのも自分だという想い。
同時に、何かを守る戦いに頭の奥が、じんと痺れる。血がざわつく。魂が震える。
それが魔王族の血からきているのか、魂の奥底の何かが疼いているからなのか、ウイングには分からなかった。
前世で失った、守るべき者、家族や友人(前世では友人と呼べる者はいなかったが)そんな愛情を注ぎ、注がれる相手を見つけたことが大きいのかも知れない。
戦術級魔法がどの程度ダメージを与えられるのか分からないが、適わなくても立ち向かわねばならない。
せめて、少しでも足止めをして、皆が逃げる時間だけでも稼がなければ、と思う。
魔王も竜の被膜の翼を開いて空へと浮かび上がってくる。
「おい!まだ魔法使えるだろ!
俺の援護、頼めるか?」
ジャック・オー・ランタンはその言葉に頷く。
しかし、内心の葛藤は計り知れない。
「たぶん、ありゃ原初の魔物の生き残りだな……でかい魔法の連発で五月蝿くて起きたか……。
だが、要塞には息子を置いてきてるんでな。
きっちり仕留めさせて貰うぜ!」
魔王が不敵に笑う。
その息子の魂がすぐ隣に浮かんでいるとは露ほども思っていないのだろう。
その目は死を覚悟した目だ。
隣の息子としては、死など覚悟して欲しくないものだ。
憤りが激しい。
それとは別に、『原初の魔物』について考える。
レンバート先生によれば、ソレは最初に天の恵みを喰った魔物たちを指す。
『原初の魔物』には魔法が意味を成さない。
魔法とはマナや精霊が糧を使って生み出す現象だ。
その現象は『原初の魔物』を傷付けられる。
しかし、殺せないのだ。
マナや精霊を喰らうことができた『原初の魔物』は神が生み出した、『知性あるもの』の糧として生まれた。
『知性あるもの』は『原初の魔物』を糧とし、『原初の魔物』は『天の恵み』を糧とし、『天の恵み』は『知性あるもの』から糧を得る。
そうして、神が何を望んだのか……一説には、神が並び立つ者を欲したため、そのサイクルの中で『知性あるもの』から生まれる『神』を望んだと言われる。
だが、神は『原初の魔物』を『知性あるもの』の糧として生み出した時に、失敗を犯した。
『原初の魔物』は『知性あるもの』を支える糧として、何でも喰らう力を与えられた故に『知性あるもの』すら喰ったのだ。
『原初の魔物』は『知性あるもの』が持つ魂の器を得てしまう。
これによって、神に至る権利と不滅の力を得てしまったのだ。
魂の器を得た『原初の魔物』は魔法の現象すら喰らい、輪廻の輪の外にいるため、肉体を失っても浄化を受けず、その場で転生を果たす。
生まれ変わっても同じものが生まれる。
神はこれを良しとせず、一部の『知性あるもの』に神力を与えた。
それは魂の器を得た『原初の魔物』すら滅する力だ。
そうして神は新たに『人間』を作り出したというが、それは別の話だ。
ジャック・オー・ランタンはジーンが飛行にかかりきりな以上、喋れない。
なんとかならないかな?と精霊たちに相談しようとした時には、魔王はすでに前に向かって飛んでいる。
「任せたぞ!」
魔王は何も考えず、真っ直ぐに飛ぶ。
黒い巨大な柱が落ちてくる。
赤いあぎとを開いて、起きたばかりの小腹を満たそうとでも言うかのように。
マズい!父が!
危険を感じ取ったジャック・オー・ランタンが火弾万撃を撃ち込む。
黒い柱に一斉に放たれた、一万発の火弾がその圧力で赤いアギトを開く口を閉じさせる。
赤い鬼灯のような瞳が、はたとジャック・オー・ランタンを見据える。
その間隙を使い魔王が一直線に進みながら呪文を唱え始める。
「大地に眠るマナよ集え!
集い来たりて、我が身を貫きの剣となせ!」
言って、魔王は自らの頭に手をやると、自身の角の一本に手を掛ける。
ジャック・オー・ランタンは魔王を追うように進みながら、水の精霊アンディの囁きに耳を貸す。
「主よ、俺に糧をくれ!
俺の魔法ならサアラより上手くやれる!」
「我が主様、アンディの魔法は遠距離では使えません。
近づく必要が御座いますが、如何されますか?」
アンディの対抗意識を何でもないように受け流して、サアラが告げる。
わかった!アンディに任せるよ!とウイングの思念が応える。
「細かい動きとか無理だからー、やるなら一発で決めてよねー」
ジーンが念を押してくる。
アンディなら大丈夫!ジーン、お願い!『原初の魔物』の近くに!と覚悟を決めた思念を飛ばす。
ジャック・オー・ランタンは斜めに上昇を始める。
黒い柱は、ジャック・オー・ランタンを警戒したのか、赤いアギトをそちらに向けて叫ぶ。
「ギョアアアアアッ!」
その叫びにウイングは見る。
嫌がる光の粒が、無理やり従わせられて、魔法の糧を与えられ冷気を放出する。
「くっ、おのれ!」
鎧化したサアラが呻きながら、白熱化していく。
「くそっ!主、このままじゃ魔法を使っても喰われちまう!」
アンディが叫ぶ。
分かってる!とウイングの思念が応えて、ジーンに指示を飛ばす。
ジーンは指示に応えて、角度を少しだけ変える。
それが今のジーンの精一杯なのだ。
ギリギリで赤いアギトの外に抜ける軌跡。
そこを目指して飛ぶ。
鬼灯の目が光る。
冷静に見極めた多頭竜の十六の瞳が、笑ったように歪んだ。
多頭竜にしてみれば、ほんの少し、目一杯に開けた口を少しだけ頑張って大きく開ければ済むこと。牙が掛かれば、呑み込むだけの話だ。
アギトがさらに開く。
ジャック・オー・ランタンの身体が動く。
牙に大鎌を打ち込む。
遠心力で身体がアギトの外に流れる。
サアラはウイングの意を悟り、大鎌にしていた身体を鎧に吸収する。
投げ出されるような格好でジャック・オー・ランタンが両手を多頭竜の首に向ける。
今っ!と思念がアンディに飛ぶ。
両手から生まれた魔法陣は多頭竜の首の太さよりもデカい。
戦術級を超えた、戦略級の魔法陣だ。
水刃津波と呼ばれることになるその魔法は、八方向に発生した超高圧水流の巨大な刃が魔法陣から飛ぶ。
最大有効射程は二百ミョーン(二百メートル)だが、威力を減じながら十数グミョーン(十数キロメートル)は飛ぶ。
そして、多頭竜の首を最大有効射程に捉えた八枚の水刃は、その頭ごと粉砕、空へと消えていく。
多頭竜に残された十四の瞳が脅威を感じ取り、黒い柱が二本、忌々しい魔法を放った白熱する餌へと向かった。
「我は暁の星の加護を得し、魔を統べる者。
悪戯の宝石なり。
ここに我が神力の証を使い、滅殺の刃を生まん!」
魔王は自分の角を力任せに折りとる。
折られた角が光を放ち、魔王を包み込むようにいくつもの魔法陣が生まれる。
多頭竜の残った十の瞳が、神力の光を見る。
アレは危険だと本能で悟った多頭竜は残る七つの首、全てをそちらに向ける。
自身に向けられた二本の首に対峙するべく身構えていたジャック・オー・ランタンだが、強い光にそちらを見やる。
黄色い大地のマナに包まれた父はただ真っ直ぐに『原初の魔物』の胴体へと向かっている。
五つの首がそれぞれの方向から父を仕留めようと蠢く、頭上を過ぎった影は、後ろから父を狙う自分が引きつけたはずの二本の首だ。
ジャック・オー・ランタンは魔王に向かって飛ぶ。
上に向けて火弾万撃を五発。
少しだけ二本の首の軌道を逸らすことに成功する。
さらに残った五本の首にそれぞれ一発、少しずらしてもう一発ずつ。
最初の一発で怯んだのは二本の首、残り三本は一万発の火弾を喰らう。
しかし、すぐ次の火弾で残った三本の首も怯ませることに成功する。
計十五発の戦術級魔法。
ウイングの魂の器には、レンバート先生が言うことが本当なら、地下九層に満ちる天の恵みと同じか、それ以上の魔法力が内包されている。
事実、未だに糧が減った気がしない。
まだイケる!と考えて、アンディに、いくよ!と指示を出す。
「御意!」
とアンディから返事が返る。
一方、要塞側から全員の退却を指示しながら、事の推移を見守るワルトメルガは、目を剥いていた。
「何者だ、あの桁外れの魔法力……ありえん……」
そして、一際強い魔王の輝きを見る。
それを見た魔王族であるワルトメルガは、すぐに答えを見いだす。
「エリュセイグド様……神力を使われるのか。
くっ、この身に宿る魂の器がもっと強大であれば、今すぐにも馳せ参じられるものを……」
結晶鷲を防ぐべく、他の魔法使いたちと合同で十回以上の戦術級魔法を発動させたワルトメルガは、血を吐いて倒れていないだけで、既に魔法力はほぼ使いきっている。
要塞内の指示が必要なので、この場を離れる訳にもいかない。
ワルトメルガにできるのは、唇を噛み締めて少しでも多くの兵を逃がすことだけだ。
謎のオレンジ頭が味方として働いているようなので、それに託すしかない。
そのオレンジ頭は、また巨大な魔法陣を作る。
魔王の背後から、水刃津波を放つ。
八枚の水刃の隙間が魔王を抜けるように放たれたソレは、魔王が進むべき道を作る。
魔王を正面から呑み込もうとした一本の首は、距離があるため粉砕とはいかなかったが、弾く程度の威力は残していたらしい。
魔王は愚直に真っ直ぐを貫く。
その後ろをジャック・オー・ランタンが追うように飛ぶ。
その少し上には軌道を戻した二本の首が魔王を捉えようと追う。
一万発の火弾と八枚の水刃が交互に放たれ、直上の首が粉砕され、もう一本の首はまた軌道を逸らされる。
横合いから伸びる首も、次々に放たれる魔法に晒される度に弾かれたり、落ちたりしている。
多頭竜は焦りを感じていた。
あの大地のマナに包まれた力は危険だが、後ろから放たれる魔法で近づけない。
多頭竜は身体が大きくなり過ぎて、足の動きは鈍重に過ぎる。
残る首は五本。
全てを喰らう口の中に入れてさえしまえば、神力も恐れる物ではない。
肉体は捨ててもいい。
核たる魂の器さえ無事ならば、復活する。
本能がそう判断する。
魔王に後ろから迫る首は、粉砕されることを前提に、魔法を放つ餌、いや、敵にぶつける。
今からアギトを向けるのは、どうせ間に合わない。
ジャック・オー・ランタンは真上から振り下ろされる首に、水刃津波をぶつける。
首を分断したことで落ちる頭が目の前に迫る。
避ける選択肢がないジャック・オー・ランタンは火弾万撃をぶつけて弾くしかない。
氷熊の時と同じ過ちを繰り返す訳にはいかないのだ。
角度をつけて放たれた火弾は落ちる蛇の頭を横にずらす。
だが、その隙を狙ったように、残る三本の首が邪魔なジャック・オー・ランタンを打ち落とそうと伸び上がり、三方から迫る。
それは魔王に向けてのようなひと呑みにするための点の攻撃ではなく、邪魔者を振り払う線の攻撃だ。
多頭竜が選んだ、三頭を犠牲にしても良しとする本能の攻撃。
そして、最後の一本は魔王に向けて口を開けられている。
魔王は雄叫びを上げて、呪文を完成させる。
「ウオオオオォォォッ!
滅神剣!!!」
魔王が突き出した、神力の角を握る腕に大地のマナが集約し、腕ごと金剛石へと変換させていく。
現れるのは自身の身長の倍はあろうかという紫電纏いし金剛の巨剣。
だが、その巨剣が多頭竜の身体に突き入れられるより早く、赤いアギトが左方より迫る。
父っ!ウイングの思念が、自分の身よりも父に迫る首を落とすことを優先させる。
放たれる水刃。
同時にジャック・オー・ランタンは鞭のように振るわれた巨大な柱に叩かれ落ちる。
多頭竜にとって幸運だったのは、犠牲にするつもりで三頭を鞭のように放った内の一本目がジャック・オー・ランタンを捉え、見事邪魔者を粉微塵に打ち砕いたこと。
逆に不運だったのは、魔王を呑み込むべく放った首が、水刃によって粉砕され、その身に神力の剣を受けてしまったことだ。
鋼鉄よりも硬いはずの皮膚は易々と切り裂かれ、肉を貫き、心の臓まで到達する。
神力は紫電となって体内を駆け巡り、今まで数十万、数百万という『知性あるもの』から集めた歪な魂の器の集合体が砕ける。
「ギョアアアアアァァァァァァァァァ……っ」
断末魔の叫びを上げて、多頭竜が倒れる。
暫くして、多頭竜の腹を切り裂いて、魔王が現れる。
高々と掲げられた右腕が変じた金剛の剣は、一度ひび割れる音がしたかと思うと、粉々に砕け散った。
多頭竜の血に塗れた魔王は、失った右腕を確かめるように左手で傷口に触れると、勝利を確信したのか、下を向いたまま口の端を持ち上げ、そのまま崩れ落ちた。
ストックがなくなってしまいました。
次からは少し時間がかかってしまうかもしれないです。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
三日に一度くらいの更新頻度でいく予定です。




