第七話「大気圏」
海面を突き破った瞬間、アイコは叫んだ。
「空!!」
七月の空だった。青かった。雲があった。太陽があった。三時間ぶりの空だった。
「生きてる!!」
「生きてた」ケンジが言った。「ずっと生きてたけど」
「うるさい!感動してるの!」
でも感動している暇はなかった。
海面から白鳥機関の機体が次々と飛び出してきた。十機。十五機。空中でも追ってくる。
「マリアさん宇宙に行くってどういうこと!?」
『この機体は大気圏離脱能力を持っています』
「日本語で言って!」
『空を突き抜けて宇宙に行けます』
「それは日本語だけど意味が分からない!」
『今から実演します。シートベルトを締めてください』
「シートベルトなんてあった!?」
『左側のレバーを引いてください』
アイコが引いた。シートから拘束ベルトが出てきて体を固定した。
「ケンジ!」
「もうやった」
「早い」
「理系だから」
機体が変形し始めた。さっきとは違う変形だった。腕が収納された。脚が折り畳まれた。全体が流線型になっていく。
「なんか——ロケットみたいになってる」
『その通りです』
「本物のロケット!?」
『本物のロケットです』
「私たち宇宙に行くの!?」
『行きます』
「待って待って待って——」
『三』
「え」
『二』
「ちょっと」
『一』
「——っっっっ!!!!」
推進器が全開になった。
Gがかかった。シートに押しつけられた。顔が歪んだ。景色が下に流れていく。海が小さくなっていく。雲を突き抜けた。空が暗くなっていく。青から紺へ。紺から黒へ。
そして——
星が、あった。
無重力になったとき、アイコは泣いていた。
怖くて泣いていたのか、きれいで泣いていたのか、自分でも分からなかった。
「……泣いてる?」
ケンジが横から言った。
「泣いてない」
「泣いてる」
「泣いてない!目から水が出てるだけ!」
「それを泣いてるって言う」
アイコは袖で目を拭いた。モニターを見た。
地球があった。
青かった。丸かった。雲が渦を巻いていた。日本列島が小さく見えた。
「……きれい」
「きれいだね」
二人はしばらく黙って地球を見ていた。
マリアの声がした。
『目標の宇宙ステーションまで、あと四十分です』
「宇宙ステーション?」
『白鳥機関が運営する民間ステーションです。コードの二つ目がそこにあります』
「白鳥機関って宇宙にまで施設持ってるの?」
『大きな組織です』
「どのくらい大きいの」
『世界に百四十二の拠点を持っています』
「百四十二!?」
「でかい」ケンジが言った。「国家レベルだ」
「そんな組織と戦ってるの私たち」
「戦ってるね」
「中学生が」
「中学生が」
二人は顔を見合わせた。
アイコは笑った。笑うしかなかった。ケンジも少し笑った。
「マリアさん」
『はい』
「ステーションの守りは」
『ここが一番堅いです』
「どのくらい」
『機体が五十機。人員が三百名。宇宙空間なので逃げ場がありません』
「最悪じゃん」
『はい』
「でも行くしかない」
『はい』
「作戦は?」
『今考えています』
「考えてから言って」
『今から一緒に考えましょう』
「それを作戦って言わない!」
ケンジがパネルを操作した。ステーションの構造図らしきものが出てきた。
「どこから取ってきたの」
「グラハムさんがくれた箱の中に入ってた」
「見てたの?」
「移動中に」
「早い」
「理系だから」
アイコは構造図を見た。ステーションは大きかった。円盤型。中央に居住区。外縁に格納庫。格納庫に五十機の機体。
「……正面から行ったら終わりだ」
「裏側に搬入口がある」とケンジが指差した。「ここは無人のはずだ。グラハムさんのメモにそう書いてある」
「信用できる?」
「海底基地の情報は正しかった」
「確かに」
『私も同じルートを提案しようとしていました』とマリアが言った。
「じゃあそこから入る。ケンジ、中の構造は分かる?」
「大体」
「コードのある場所は」
「中央の管理室。たぶん」
「たぶんって何よ」
「グラハムさんのメモがそこで終わってる」
「……そこから先は現地調達ってこと」
「そういうこと」
アイコは深呼吸した。
地球が窓の外にあった。遠かった。お母さんが、あの青い星のどこかの海底で眠っていた。
「行こう」
「うん」
「怖い?」
「怖い。でも」
「でも?」
ケンジが珍しく、少し間を置いた。
「君と一緒なら、たぶんなんとかなる気がする」
アイコは固まった。三秒。
「……それ、褒めてる?」
「褒めてる」
「さえないくせに急にそういうこと言わないで」
「さえないは余計だ」
「事実だから」
ケンジが少し笑った。
アイコも笑った。
機体はステーションに向かって進んでいた。
宇宙空間を。星の中を。
二つ目のコードを取りに。
つづく




