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「怖気付いてる暇なんてないわ。魔女たちの気配は、ただの敵意じゃない……飢えに飢え抜いた、究極の食い意地があるわ」

「だからこそ警戒するべきだろう。飢えた獣ほど怖いものはないんだ…」

 ホルスターからエリオットがナイフを取り出した。

「…」

 魔女たちが一斉に、カサカサと不気味な音を立てて動き出した。

「……ギィ……甘イ……匂イ……」

「……イイエ……コレハ……甘クナイ……」

「……知ラナイ……香リ……清イ……香リ…ダ…」

 魔女たちは互いに顔を寄せ合い、ひび割れた声でヒソヒソと囁き合う。その姿は、まるで枯れ果てた森の中で、唯一残った緑の芽を見つけた獣のようだった。

 魔女たちの視線は抹茶の筒に釘付けだ。

 キャンディー王国の暴力的な甘さとは全く質の違う、この気高く深い香りに、魔女たちの魂がざわついているのが直感的にも分かる。

「これが欲しい? なら案内しなさい。等価交換。報酬よ。あなたたちの女王様のところへ。そうしたらこの香りが何なのか、本当の満足が何なのか、教えてあげる」

 まるで幼い子どもに言い聞かせるように、ルシエラの言葉は柔らかかった。

 魔女の一人がゆっくりと指を差し出した。

 爪は長く、黒く変色しているが、その震える指先は北にそびえる歪な氷菓の城を指している。

「…ナラバ…来イ…」

「……ガ……待ッテイル……」

 魔女たちは、踊るような、それでいてどこか儀式的な足取りで歩き出した。

 灰色のシロップが流れる川に沿って、影のように滑っていく魔女たち。

 囁き声が風に乗って、まるで不協和音の讃美歌のようにルシエラたちの鼓膜を震わせていく。

「エリオット。ちゃんと着いて来なさいよ」

「分かってるさ」

 エリオットは警戒を解かずに後を追う。

 城に近づくにつれ、空気はさらに冷え込み、周囲の岩石はもはやスポンジではなく、凍てついた飴のように鋭く尖り始めた。

「歓迎会にしては、ちょっと冷え込みが厳しすぎるんじゃないかしら?」

 ルシエラは皮肉を飛ばしながらも、真っ直ぐに前を見据えた。

 魔女たちの囁き声は、いつしか「……甘サ……奪ワレタ……光……」「……真実……」という不穏な言葉を繰り返し始め、二人を城の巨大な、黒いチョコレートの溶岩で固められたような門へと誘っていく。

 一歩進むごとに、かつてのキャンディー王国で感じたトレンシュワの匂いが、もっと濃く、もっと純粋な悪意として漂ってくる。

「……ココダ……」

 城の門をくぐり抜けた瞬間、ルシエラは立ち止まり、そのあまりの不快さに鼻を覆った。

「……っ、何これ。酷い匂い……!」

 それまでの枯れ果てた灰色の景色が嘘のように、城の周囲だけは異常なほどの色彩と甘さに満ちていた。

 庭園には毒々しいまでに鮮やかなピンクの綿菓子が茂り、噴水からはどろりとした極彩色のシロップが絶え間なく湧き出している。

 だが、それは純粋な甘さではない。

 キャンディー王国から強引に引き剥がされ、無理やりこの冷たい土地に植え付けられた、奪われた甘さだ。

「……そういうことね。トレンシュワを依代にした魔女が、向こうから甘さの根源をこっちに流し込んでいるのね」

「胸焼けしそうな空気だな…」

 エリオットが忌々しそうに、足元のベタつくキャラメル色の芝生を蹴った。

「品質が落ちていた理由が分かったわ」

 見上げれば、氷菓の城の壁面には、キャンディー王国の王宮から奪われたであろう宝石のような砂糖細工が、無造作に、そして歪に埋め込まれている。

 それはまるで、美しかった誰かの宝物を奪い取って、自分のボロ屋を飾り立てた盗賊の巣窟のようだった。

「コレハ……甘イ……甘イゾ……」

「モット……寄越セ……」

 案内していた魔女たちが、狂ったようにその甘い空気を吸い込み、壁に張り付いた砂糖を指でこそげ取っては貪り食っている。

「全く品がない魔女たちね……」

 ルシエラの呟きと共に城の奥底から、王宮厨房で聞いたあの不協和音の笑い声が地響きのように響いてきた。

 その声は、トレンシュワのものよりもさらに重く、氷の刃のように冷酷だった。

『甘さに溺れ、真実を忘れたキャンディー王国の者め…なんの用だ』

 広間の奥に鎮座していたのは、氷の飴で編まれた玉座に座る、巨大な影。

 魔女の国の女王――シューガッタ。

 シューガッタの肌は枯れ果てたバニラビーンズのように黒く、瞳は煮詰まりすぎたカラメルのように昏い赤色を放っていた。

「……よくもこの地に足を踏み入れたものだ。我らから光を奪い、偽りの黄金時代を築いた強欲者の末裔が、今さら何の用だ」

 シューガッタの威圧感に、ルシエラは臆することもなく、一歩前に踏み出していた。

「……キャンディー王国の元貴族、ルシエラ・フォン・グランシェールです。シューガッタ女王陛下。まずは、歴史の中で私たちの先祖があなたたちから甘さという名の誇りを奪い、この地を凍えさせたこと……この国の惨状を目の当たりにした一人のスイーツを愛する者として、心からお詫び申し上げます」

「お嬢さん……?」

 ルシエラは先ず深々と女王へ頭を下げ、謝罪の言葉を口にしていた。

「……なに、謝罪だと?」

 エリオットもシューガッタも虚を突かれたように、ルシエラを見つめた。

 シューガッタの眉は不機嫌そうにつり上がる。

「ええ。今の我が国は、奪った甘さに酔いしれ、その報いを受けるように内側から腐り始めています。トレンシュワという器を使い、貴女が復讐を果たそうとしていることも理解しました。ですが……」

 ルシエラは顔を上げ、女王の瞳を真っ直ぐに見据えた。


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