18
運ばれた先は、湖の一角にある仕分け場と呼ばれる場所だ。
そこには、網からぶちまけられたばかりの、手のひらサイズの二枚貝が山のように積み上がっていた。
貝殻は淡い真珠色をしているが、表面にはべっとりと、まだ湖の泥と藻が付着していた。
「ルシエラ。このマダラハナガイを三つに仕分けてっ! 殻が割れているのは肥料用、泥がひどいのは洗浄用、そして……このエメラルド色に光る紋章がついているのが、食用」
「……これを? 私が? 手作業で?」
「当たり前でしょ。機械なんてないんだから。ほら、これを使って」
ヒアサに手渡されたのは、無骨な金属製のヘラだった。
ルシエラは嫌そうに指先で貝を一つ摘み上げる。……ヌルッとしている。
「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、これ動いたわよ! 貝の分際で私に反抗するなんてっ!」
「生きてるんだから当然でしょ。ほら、もたもたしてると夕飯食べれないって」
「分かったわよっ! ……見てなさい。こんなの、お菓子のデコレーションを仕分けるのと大差ないわ!」
ルシエラは意を決して、貝の山にヘラを突っ込んだ。
ガリッ、ヌルッ。
貝殻同士が擦れ合う不快な音。爪の間に入り込む泥。そして、鼻を突く強烈な磯の香り――。
かつてルシエラが扱っていた素材といえば、最高級のバニラビーンズや、磨き上げられたような果実、そして雪のように白い粉砂糖だった。
それがいまや、泥まみれの二枚貝だ。
だが、鉄の国の無機質さに比べれば、生の躍動はこれでもかという程感じられる。
「これは肥料……こっちは洗浄……あ、これはエメラルドだから、食用ね」
最初の数個は慎重にやっていたルシエラだったが、次第に作業着の袖を捲り上げ、無我夢中で貝を投げ分け始めた。
泥が頬に跳ねる。しかし、それを拭う余裕もない。
ふと、ルシエラはあることに気づいた。
「ねえ、ヒアサ。このエメラルドの紋章がある貝……他のと何が違うの? 匂いが……少し、違うような気がするけれど」
ヒアサは、ルシエラの頭の上で羽を休めて感心したように頷いた。
「お、気づいた? 案外、鼻はバカじゃないんだね。その貝はね、湖底の甘い藻を食べて育つんの。だから、身に独特の甘みとコクが凝縮される。……まあ、アンタたちの国の甘いとは、全然種類が違うもんだろうけど…」
「甘い……藻?」
ルシエラは、手の中にある泥まみれの貝をじっと見つめた。
見た目は不格好で、泥臭くて、手触りも最悪。
けれど、この中には、この過酷な湖で生き抜くための旨味が詰まっているというのか。
「ふーん……そう。これが、この国の甘さなのね」
ルシエラの目の色が変わる。
ただの労働だと思っていた作業が、次第に未知の味への探索に変わっていく。
カゴが一杯になる頃には、ルシエラの作業着は泥と水でドロドロになっていたが、その表情には、追放されて以来初めての、奇妙な高揚感が宿っていた。
「終わったわよ! キレイに三等分、完璧に仕分けたわ!」
「へえ、やるじゃんっ! すごいなルシエラはっ! それじゃあ次は……」
ヒアサが不敵に笑い、近くにあった樽を指し示した。
「そこのハナハネオウたちでも捌いてもらおうかなっ」
「これを……捌くの?」
「そう。エラと内臓をパパッと取って、塩漬けの準備をしてちょうだい。あ、トゲには毒があるから気をつけてね」
ルシエラは一瞬、引きつった笑みを浮かべた。
最高級の製菓ナイフで、完熟した桃の皮を剥くのとはわけが違う。相手は生臭く、ぬめり、あろうことか毒のトゲまで装備しているのだ。
「面白いじゃない、いいわ。やってあげる。要は、素材の不可食部を取り除けばいいんでしょ?」
「そうそうっ! ルシエラは物わかりがはやいっ!」
ルシエラの中にあるキャンディー王国令嬢としての矜持――素材を完璧に整えるという本能が、メラメラと燃え盛っていく。
一閃――。
流木のまな板にハナハネウオの頭を押さえ込み、包丁の先をエラ蓋に差し込み、迷いなく一回転させる。
そうして、腹を裂き、内臓を一息に掻き出す。
ルシエラの包丁捌きに、一切の躊躇いはない。
「次はトゲね。……ここをこうして、関節ごと断つ!」
ガリッ、と小気味よい音が響く。
毒のある背びれが、ミリ単位の狂いもなく切り落とされた。
作業着はすっかり返り血と鱗でさらに汚れていくが、ルシエラの包丁は、まるで繊細な飴細工を作っているかのように優雅で、それでいて容赦がなかった。
「ちょっと、見てよ。あの新入り……」
「嘘? ハナハネウオをあんなスピードで……」
「すげえっ! あんなキレイな捌き初めてみたっ!!」
気づけば、周囲で作業していた他の妖精たちが手を止め、輪になってルシエラを見つめていた。
妖精たちの目には、驚愕と、そして隠しきれない敬意が浮かんでいる。
「エラは血を残さず、内臓は潰さない。……そうすれば、腐敗が遅れて身に雑味が回らない。当然の処置よ」
ルシエラは息も切らさず、次から次へと魚を切り身に変えていく。そ
の手際は、もはや労働というよりは、一つの完成された儀式のようだった。
「ルシエラ……本当にただのお菓子職人だったの?」
ヒアサが呆気にとられたように呟く。
「まあ失礼ね。スイーツランド一の腕を持つ私が、魚如きで料理の腕を落とすわけないでしょう。一流の職人は、どんな素材相手でも最高の状態を引き出すものよ。……さあ、これで全部? まだあるなら持ってきなさい。この湖の味、全部丸裸にしてあげるわ! ほほほっ!!」
ルシエラは高らかに微笑んだ。
その顔は、鉄の国にいた頃のどの瞬間よりも、生命力に満ち溢れて輝いていた。




