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 運ばれた先は、湖の一角にある仕分け場と呼ばれる場所だ。

 そこには、網からぶちまけられたばかりの、手のひらサイズの二枚貝が山のように積み上がっていた。

 貝殻は淡い真珠色をしているが、表面にはべっとりと、まだ湖の泥と藻が付着していた。

「ルシエラ。このマダラハナガイを三つに仕分けてっ! 殻が割れているのは肥料用、泥がひどいのは洗浄用、そして……このエメラルド色に光る紋章がついているのが、食用」

「……これを? 私が? 手作業で?」

「当たり前でしょ。機械なんてないんだから。ほら、これを使って」

 ヒアサに手渡されたのは、無骨な金属製のヘラだった。

 ルシエラは嫌そうに指先で貝を一つ摘み上げる。……ヌルッとしている。

「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、これ動いたわよ! 貝の分際で私に反抗するなんてっ!」

「生きてるんだから当然でしょ。ほら、もたもたしてると夕飯食べれないって」

「分かったわよっ! ……見てなさい。こんなの、お菓子のデコレーションを仕分けるのと大差ないわ!」

 ルシエラは意を決して、貝の山にヘラを突っ込んだ。

 ガリッ、ヌルッ。

 貝殻同士が擦れ合う不快な音。爪の間に入り込む泥。そして、鼻を突く強烈な磯の香り――。

 かつてルシエラが扱っていた素材といえば、最高級のバニラビーンズや、磨き上げられたような果実、そして雪のように白い粉砂糖だった。

 それがいまや、泥まみれの二枚貝だ。

 だが、鉄の国の無機質さに比べれば、生の躍動はこれでもかという程感じられる。

「これは肥料……こっちは洗浄……あ、これはエメラルドだから、食用ね」

 最初の数個は慎重にやっていたルシエラだったが、次第に作業着の袖を捲り上げ、無我夢中で貝を投げ分け始めた。

 泥が頬に跳ねる。しかし、それを拭う余裕もない。

 ふと、ルシエラはあることに気づいた。

「ねえ、ヒアサ。このエメラルドの紋章がある貝……他のと何が違うの? 匂いが……少し、違うような気がするけれど」

 ヒアサは、ルシエラの頭の上で羽を休めて感心したように頷いた。

「お、気づいた? 案外、鼻はバカじゃないんだね。その貝はね、湖底の甘い藻を食べて育つんの。だから、身に独特の甘みとコクが凝縮される。……まあ、アンタたちの国の甘いとは、全然種類が違うもんだろうけど…」

「甘い……藻?」

 ルシエラは、手の中にある泥まみれの貝をじっと見つめた。

 見た目は不格好で、泥臭くて、手触りも最悪。

 けれど、この中には、この過酷な湖で生き抜くための旨味が詰まっているというのか。

「ふーん……そう。これが、この国の甘さなのね」

 ルシエラの目の色が変わる。

 ただの労働だと思っていた作業が、次第に未知の味への探索に変わっていく。

 カゴが一杯になる頃には、ルシエラの作業着は泥と水でドロドロになっていたが、その表情には、追放されて以来初めての、奇妙な高揚感が宿っていた。

「終わったわよ! キレイに三等分、完璧に仕分けたわ!」

「へえ、やるじゃんっ! すごいなルシエラはっ! それじゃあ次は……」

 ヒアサが不敵に笑い、近くにあった樽を指し示した。

「そこのハナハネオウたちでも捌いてもらおうかなっ」

「これを……捌くの?」

「そう。エラと内臓をパパッと取って、塩漬けの準備をしてちょうだい。あ、トゲには毒があるから気をつけてね」

 ルシエラは一瞬、引きつった笑みを浮かべた。

 最高級の製菓ナイフで、完熟した桃の皮を剥くのとはわけが違う。相手は生臭く、ぬめり、あろうことか毒のトゲまで装備しているのだ。

「面白いじゃない、いいわ。やってあげる。要は、素材の不可食部を取り除けばいいんでしょ?」

「そうそうっ! ルシエラは物わかりがはやいっ!」

 ルシエラの中にあるキャンディー王国令嬢としての矜持――素材を完璧に整えるという本能が、メラメラと燃え盛っていく。


 一閃――。

 流木のまな板にハナハネウオの頭を押さえ込み、包丁の先をエラ蓋に差し込み、迷いなく一回転させる。

 そうして、腹を裂き、内臓を一息に掻き出す。

 ルシエラの包丁捌きに、一切の躊躇いはない。

「次はトゲね。……ここをこうして、関節ごと断つ!」

 ガリッ、と小気味よい音が響く。

 毒のある背びれが、ミリ単位の狂いもなく切り落とされた。

 作業着はすっかり返り血と鱗でさらに汚れていくが、ルシエラの包丁は、まるで繊細な飴細工を作っているかのように優雅で、それでいて容赦がなかった。

「ちょっと、見てよ。あの新入り……」

「嘘? ハナハネウオをあんなスピードで……」

「すげえっ! あんなキレイな捌き初めてみたっ!!」

 気づけば、周囲で作業していた他の妖精たちが手を止め、輪になってルシエラを見つめていた。

 妖精たちの目には、驚愕と、そして隠しきれない敬意が浮かんでいる。

「エラは血を残さず、内臓は潰さない。……そうすれば、腐敗が遅れて身に雑味が回らない。当然の処置よ」

 ルシエラは息も切らさず、次から次へと魚を切り身に変えていく。そ

 の手際は、もはや労働というよりは、一つの完成された儀式のようだった。

「ルシエラ……本当にただのお菓子職人だったの?」

 ヒアサが呆気にとられたように呟く。

「まあ失礼ね。スイーツランド一の腕を持つ私が、魚如きで料理の腕を落とすわけないでしょう。一流の職人は、どんな素材相手でも最高の状態を引き出すものよ。……さあ、これで全部? まだあるなら持ってきなさい。この湖の味、全部丸裸にしてあげるわ! ほほほっ!!」

 ルシエラは高らかに微笑んだ。

 その顔は、鉄の国にいた頃のどの瞬間よりも、生命力に満ち溢れて輝いていた。

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