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 大歓声の中で幕を閉じたルシエラの捌きである。

 そうして、夕食の時間になると、宿場の大きな萼のテーブルには色とりどりの料理が並べられていた。

 主役は、もちろんルシエラが見事に仕分けたマダラハナガイの酒蒸しと、鮮やかな手捌きで下ろしたハナハネウオの刺身だ。

 ルシエラの周囲には、神業を目の当たりにした妖精たちが、興奮冷めやらぬ様子で飛び回っている。

 エリオットは少し離れた場所で、ヒアサと共に晩酌をしていた。

「さてと、先ずは……」

 ルシエラが最初に手を付けたのは、エメラルドの紋章が輝くマダラハナガイだ。

 開いた殻の中からは、ぷっくりと太った透明色の身を口に放り込んだ。

「……っ!?」

 噛んだ瞬間、ルシエラの脳内に未知の衝撃が走る。

 まず感じるのは厚みのある身の弾力だった。

 筋肉質で、歯を押し返してくるようなぷりっとした力強い反発が襲い来る。

 負けじと噛み締めると、表面のヌメリとはまた違う、身そのものが溶け出すような滑らかさが溢れだした。

 噛むたびに中から濃厚なエキスが溢れ出してきているような、舌の上でとろ〜りと絡みついてくる。

 そうして、深く噛み締めて、ごくんっと嚥下すれば、口の中で繊維がほろりと解けるような感覚が残る。

「……何かしら、この多層的な風味は。最初は、清涼感のある湖の水の香りが鼻を抜けるけれど、その直後に押し寄せてくる圧倒的な甘みの暴力。でも私の知っている甘さじゃない……。食感はそうね、生マシュマロにジャムを閉じ込めたような感じかしら。柔らかいだけじゃない、芯のある贅沢な歯触りね。余韻は……そうね、じっくりと煮詰めたキャラメルのようなコクに、ラクダのミルクを溶かし込んだような深いわ……。あの泥臭い藻から、どうしてこんなに気高い味が生まれるのかしら?」

「ルシエラが何言っているのか分からないけど、気に入ったらどんどん食べなっ」

 ヒアサが誇らしげに胸を張る。

 ルシエラは殻に残った汁まで飲み干すと、ふっと息をついた。

 次にルシエラが指を伸ばしたのは、自ら捌いたハナハネウオだ。

 毒針に守られていた身は、驚くほど透き通り、淡いピンク色に輝いている。

「次はこれね。私の技術がどこまでこの素材を活かせたか……確かめさせてもらうわ」

 一切れを口に運ぶ。

 舌に乗せた瞬間は、ひんやりとして淡白だ。

 しかし、一噛み、二噛みと進むごとに、ルシエラの表情が驚きに染まっていく。

「信じられない。あんなに魚が、口の中で雪のように解けていくわ……。細胞が一つも壊れていないから、旨味が逃げずに中に閉じ込められている。淡白なのに力強い、脂の甘み。そしてこの、コリッとした小気味よい歯ごたえ。……なるほど、これが活きが良いということなのね。煮詰めたジャムや、温度管理されたクリームにはない、生命そのものを食べているような躍動感があるわ」

「ルシエラ、あんたすげーよ! こんなに美味いハナハネウオ、初めて食べた!」

「この切り口の滑らかさ、見てよ。舌触りが全然違う!」

 妖精たちが口々に称賛を送り、ルシエラの皿に次々と新しい貝や魚が盛られていく。

 かつてスイーツランドで浴びていた、形式ばった儀礼的な拍手ではない。

 それは、同じ素材と向き合い、同じ汗を流した仲間からの、魂からの敬意だった。

「ふん……。当然よ、誰が捌いたと思っているの? 私を誰だと思っているのかしら」

 ルシエラは高飛車に言い放ったが、その頬は、ほんのりと赤らんでいた。

「ねえ、ルシエラってば、スイーツランドの人間なんだろ?」

 一人の妖精が、ハナハネウオの身を頬張りながら身を乗り出した。

「ええ、そうよ」

 誇らしげに語るルシエラの言葉に、妖精たちは「やっぱり!」と顔を見合わせた。しかし、その後に続いた言葉は、ルシエラの心臓を微かに波立たせるものだった。

「スイーツランドかぁ……。じゃあ魔女の国の噂は知ってる?」

 ルシエラの手が止まった。

「魔女の国?」

 旅立つ前に、ほんのちょぴりだけ聞いた名前だ。

「それがどうかしたの?」

 ルシエラの視線はエリオットに向けられていた。地理のことなら彼が一番理解している。


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