3.『幻想の音』
ずっと、見ていた。
双子の姉、クロトとその幼馴染のマールを。
一番の特等席と言ってもいい場所から。
「クロト、クロト!ぎゅーってさせて?」
「んー…いいよ。ほら、思いっきりだきついてこい」
保育園の頃からずーっと、見ていた。
羨ましくてたまらなかった。
私にはマールみたいなヒトいないのに、どうしてクロトだけ。
そんな思いはあの二人を見る度に増していく。
汚い思いが増長していく。
「ねえクロト」
小学三年生になろうとも二人は変わらなくて、そんな思いに耐えかねて、私はクロトに声を掛ける。
「どうしたんだ、クレア。」
クロトは笑顔でそういう。
ヒトがどんな思いを持っているのかなにも知らずに。
「ねえ、お互いがお互いになりきって遊びたい。入れ替わりごっこしようよ。」
いつかみたアニメでやっていた。
双子はよく似ているから入れ替わり、なんて馬鹿げたことをするらしい。
ただ、そんなことも今の私にとって好都合だった。
「いいぜ〜俺がクレアになりきって、お前が俺になりきるんだよな。楽しそうだ!」
そういうクロトの笑顔は真っ白で、私みたいに汚れてなかった。
私達は、お互いの特徴を真似して。
つけてるものも全部相手とそっくり同じ。
「…おんなじ顔。」
「そりゃ俺達は双子だしな。」
「ならきっと、どっちかが死んでも見分けつかないと思わない?」
「なんだよ、物騒だなあ」
クロトは失笑しながらそう言って、ベランダに出た。
「でも、死ぬったってこーんな高いところから落ちない限りは大丈夫だって!」
私達の家は、マンションの8階だった。
「じゃあ、落ちてよ。」
その言葉を最後に、私はクロトを落とそうとする。
「ちょっ、おいっまって、まって!」
振りほどこうとする手を押しのけて、グイ、グイと何度も引っ叩きながらベランダから落としにかかる。
火事場の馬鹿力…みたいなものだろうか。その時だけはいつもの何倍も強くなったかのようにあっさり落とせてしまう。
私は、クロトが完全におちて、下の方で紅が飛び散ったことを確認してから大慌てのフリでお母さんの下へ行く。
「お母さん!!!クレアが、ベランダから落ちちまった!なあ、大丈夫なのか!?お母さん!」
子役じゃないから涙は出せない。
だけれどお母さんを動かすにはその情報で十分だった。
死んだのは『クレア』。
生き残ったクロト。
そうして入れ替わりは成り代わりになる。
「なあ、マール。俺に好きって、愛を囁いてくれよ。」
クロトのフリでマールとずっと一緒に居れる。
ボロが出ようが、心が不安定だからと言えてしまう。
とても、好都合のシナリオ。
成り代わりはバレることなく続いてく。
おつかいを頼まれた帰り、マントで目以外見えない人に出会った。
不気味だと感じ、少し避けようとすると呼び止められる。
「貴方、大嘘つきなんですね。素敵な物をあげましょう。
ずっと、持っているに越したことはありませんよ。さあ、ほら!」
半強制的に、物を押し付けられてそそくさと立ち去ろうとするソイツに私は声をかける。
「お前一体誰なんだよ」
振り向いた時に見えた顔は、とても若く美しい女性だった。
「私?私は貴方を憎んでいるんです。だから壊したいんです。今渡した物で未来は変わりました。捨てても遅い。
...なんてね、嘘ですよ嘘。私は素敵な未来の味方です。」
言いたい放題言ったらその女は去ってしまう。
それにしても、素敵な未来って誰にとってなんだろうか。そう思いながらも丁寧に梱包された箱を開けると、中から包丁が出てきた。
なんとキッチリカバー付きだ。
「にこれをどう使えっていうのさ…」
私はとりあえず持って帰るだけ持って帰って、自室に置いていた。
使うことなんてきっとないだろうと。
そして、私はその包丁のことなんてさっさと忘れてマールとの日々をただ楽しく過ごしていた。
マールのことを永遠に好きでなければいけないから。
ずっとふたりで愛し続けなければいけないから。
成り代わりの代償というべきか、私の最後はバチが当たったかのような悲惨なことになった。
グチュ、ブチブチ!と生々しい音がする。
だって、私はマールの胸を割いて、中から美味しい果実を取り出そうとしている最中だから。
いつの間にか手に持っていた包丁は、あの日あの変な女に貰ったものだった、が。今はどうでもいい。
「そ、う。そ、れで…いい、の。」
痛みに悶絶しながらも、マールはそうやって言葉をひねり出す。
私は頭がぼーっとした感覚でただただマールの心臓を貪る。
気づくと包丁は手の内から消えていて、マールを殺した確固たる証拠は消えた。
警察官はどれだけ私の体を弄ろうが、他の場所を探そうが、刃物が出てこず誰にマールが殺されたのかわからないまま事件を終わった。
私もなぜ包丁が消えたのか原理はわからない。覚えてもいないけど、でも。
今はそれより大事なことがある。
「ふっ...ふふっ、あはははははははははははははははははは!!!」
「嗚呼、可笑しい...こんなに簡単に成り代われるだなんて!誰も気づかない!馬鹿ばーっかり!」
とても頭が冴え渡っている。そう、私は初めからマールなんてどうでもよかった。
マールに依存はしてたけど、それはクロトだけ持っていることに対する執着と劣等感で、別に誰でもよかった。
この劣等感を描き消せるなら。
「...私、やっぱり要らなかったじゃない。」
『クレア』なんていなくたって誰も困らない。誰も気にしない。
そう言われたような気がして。
さっき死んだはずの劣等感は、別の場所からまた芽を出した。




