2.『君の居た音』
幼馴染で仲のいいワタシとクロト。それが、皆の認識だった。
でも、ワタシとクロトはみんなが思っているよりずぅっと、深い所で結ばれている。
「ねえクロト、ほっぺにちゅーをしてもいい?」
保育園でもそうやって、永遠に一緒に居て。
一生二人で愛し合う仲なんだと確信していた。
ただ、そんなワタシ達をずっと見ていたのはクロトの双子の妹、クレア。
気が弱く、おどおどしているせいかワタシは彼女のことをよく覚えていない。
ワタシ自身、あの子にはあまり興味がなかったから。
だけれど、小学三年生になった時に彼女は死んだそう。
死因は事故。その日から少しクロトは変わった。
「マール。こっちに来て、俺に愛を囁いてくれよ。」
彼女はあまり、自分からそういうことを言う人じゃなかった。
きっと、双子が死んでしまったから気持ちが憔悴し、どこか変になっているんだ。
ワタシは自分にそう言い聞かせた。
「ねえクロト。ワタシのこと、好き?」
小学5年生の頃、ワタシはクロトにそう聞いた。
クロトの言葉はあの日を境にどこか演技じみていて、ワタシはあまり心から信じることはできなかった。
「嗚呼、好きさ。愛してるよ。マール。」
笑顔でクロトはそういうけれど、ナニカ違う。
中学生になってもその違和感がずーっと慣れない。
そんな気持ちは中学三年になっても拭えていなかった。
そして、ワタシが久々に一人で下校していればマントでほとんどの体、顔を隠した人に声をかけられる。
「貴方、ずっと迷ってるんですね。愛したヒト相手に。いい物をあげます、素敵なものですよ。」
そう言って、その人は一つのリップをワタシに渡す。
真紅で、綺麗な色のリップだった。
「迷ってる相手にこれをつけて。そして、貴方の思いをぶつけてみてください。きっと全て上手くいきますよ。」
マントの中で確認できるのは白髪であること、紫の目をしていたことだけだった。
何者か、このリップが安全かどうかもわからない。だけど、なんとなくあの人を信じようと思った。
「ねぇクロト。アンタの唇にコレを塗ってみても良い?」
物は試しだ。ワタシはクロトにこの紅を塗った。
塗って、そして。思いを吐露する。
「ワタシを心から永遠に、死んでも好きで居て。愛していて。ずっと、ずっと、一緒に居て。」
言った後は早くて、そこからのクロトの言葉は演技じみているとは不思議と感じなかった。
演技じみていない素の言葉で、ワタシに愛を囁いてくれた。
「コレ、すごいのねえ…」
家でリップを持ちながらそう呟く。
この時点で、きっと捨てておけばよかった。
いや、まず使った事自体が過ちだったのかもしれない。
ワタシは事あるごとにこの紅をクロトに塗っては思いをぶつけた。
「もっともっと、ワタシを愛の言葉で埋めてしまって。」
「アンタはワタシがいないと生きていけない。そうじゃないと嫌。」
「ワタシとアンタ。ずーっと愛し合いましょう?」
狂った願いの数々は、ワタシを正常なものでは無くしていく。
クロトに紅を塗る時はワタシも紅を塗っていたから。だからワタシもクロトとおんなじようにおかしくなったのかもしれない。
ワタシは二回目ぐらいでこれは洗脳の類だと気づいていたのに、自分にも、クロトにも紅を塗ることをやめなかった。
だってそうでしょう?洗脳なんて物語の中だけで、あるはずないのよ。
だけど、回数を重ねるごとに『洗脳』という真実味はどんどん増していった。
麻薬より体に悪く、心にいいクスリ。
このリップはきっとそんな代物。
実際、ワタシの心は満たされていたけれど、中毒性は異常だった。
もう一度、もう一度。そう思い使えば使うほど破綻していく。
昔の純粋で、純白なものじゃなくなっていく。
「踊りましょう?昔みたいに。」
ヒラヒラ、くるくる。
ワタシ、ダンスを習っているからとっても綺麗に踊れるようになったのよ。
赤い色の靴はワタシのお気に入り。
素敵でしょ?
現実逃避にしかならないソレを続けては紅に溺れる。
とうにワタシは、廃人のようなモノだったのかもしれない。
動ける廃人なんて、滑稽かもしれないけれど。
「…ワタシ、は。」
_一体何がしたかったのかしら。
そう思えば止まらなくなってしまって。
自分で自分を抑制できなくなったことを自覚したが最後に、ワタシはクロトから離れようとした。
放課後の遊びに適当な理由をつけて。登下校を別にして。でも、それをクロトが許してくれるかは別だった。
「...最近避けてるだろ。俺の事、嫌いになったのか。」
避ければ避けるほど、クロトはワタシに近づいてくる。
違う。こんなのクロトじゃない。クロトはもっと他人を尊重できたし、何より、ワタシが少し離れてもワタシに愛されているという自信があって、何も言ってこなかった。
いつから変わったの...?
違う、変えたのは紛れもない、ワタシ。
きっと、リップで嘘を重ねすぎたのよ。重ねすぎた嘘が、かっこよくて、強くて、綺麗で純白で無垢で愛らしく素晴らしく神聖な彼女を歪めてしまった。
「―ごめんなさい。」
1人自室に篭って呟く。
けれど、それであの頃のワタシたちが帰ってくることはない。
1度黒を足してしまったなら、どれだけ白を増やそうが、どこかその色は濁って見えるのと同じこと。
そして、疲れたワタシの脳みそは禁忌を犯す。
「ねえクロト。ワタシを、殺して。」
自分とクロトに紅を塗りたくってから、ワタシはそういう。
その後の時間は、幸せだった。
クロトは、ワタシの胸を包丁で切った。
ワタシは、この世に別れを告げた。
クロトは、ワタシの割れた胸から未だ必死にドクンドクンと動く真っ赤な果実を取り出して、口いっぱいに頬張った。
ワタシは、クロトに食べられた。
きっとこれでよかったの。ワタシは彼女が生きていたら、彼女はワタシが生きていたら、ステップを踏み外すように人生という舞台の上で足を滑らせるから。




