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京都・白川町商店街の魔女   作者: 高瀬 八鳳


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第9話 井戸端会議

 白川清掃からしばらくして、私はうちから包丁を厳重に包んで商店街へと向かった。


 商店街のあちこちに、いつの間にか笹が飾られている。

 短冊は、まだそんなに吊るされていない。


 短冊を書いたのは、こどもの時以来だ。後で、私も書かせてもらおうと思った。


 まずは、岩真さんのところで、包丁を研いでピカピカにしてもらう。

 そう思うと、なんだかスキップしたい気分になる。


 魔女さんのお店に行くより先に、岩真さんのお店に到着すると、お店の前にはいつものメンバーが集まっていた。


 濃紺の作務衣の岩真さん、白いTシャツに下駄を履いたひいるさん、チノパンツのなつこさんは何か書類を持っていて、そして川掃除で色々指示をしていたポロシャツを着たおじいさんもいた。 


 みんな汗をかきながら、通路で話をしている。


「あ、ミサキさん、こんにちは」


「こんにちは。……お話し中にお邪魔してすいません」


「全然、お邪魔ちゃうよ。ただ、井戸端会議してただけやし」


 なつこさんと、ひいるさんが声をかけてくれた。


「川掃除にきてくれてた人やなあ、お疲れさん。最近ちょいちょい見るけど、あんたは何してんにゃ?」


 おじいさんが、私に話しかけてきた。

 70歳位だろうか。 中肉中背で少し日に焼けた、ちょっと強面に見える気もする。


 真面目な顔で私をじっと見るので、少し緊張した。


「辻山さん、そんな真顔で問い詰めたら、怖がられるで」


「真顔で何が悪い。わしは元々こんな顔や」


「辻山さん、こちらはミサキちゃん。翔子さんのお店で、3ヶ月限定で弟子修行したはるの」


「翔子さんいうたら、あの魔女か。修行って何してるんや。薬草煮込むんか?」


「それ、既に僕が質問したし。何にも煮込んだりはせえへんそうですよ」


「そうか、ほんで、あんたは何で黙ってるんや。ちゃんと会話に入ってきたらええで」


 みんなのテンポについていけずアワアワしている私を、そのおじいさん、辻山さんがちゃんと誘導してくれた。


「あの、なつこさんのご紹介の通り、翔子さんのお店でお世話になっている宮谷海早紀(みやたに・みさき)です。宜しくお願いします」


「辻山です。よろしく」


 最初は緊張したけど、岩真さん、なつこさんもひいるさんも、辻山さんと軽口をたたいている姿を見て、すごいなあと感じた。


 上手く言えないけど、年齢とか関係なく、みんなが川掃除でつながっている、そんな世界があったんだという驚きと感動。


 なんとなく私も気が楽になって、素直に気持ちを口に出していた。


「実は私、8年程この商店街の存在に気づいてなくって……。入口の前の道はよく通ってたのですが」


 岩真さんが嬉しそうに同意してくれた。


「それ、僕もやもん。高校生の時、毎日三条通を通ってたけど、全然気いつかへんかった。入口わかりにくいもんなあ? 店の場所を探す時に、初めてこの場所に気ぃついてん」


「確かにね。まあ、そこが、謎めいてていいんだけどね。うちに泊まりに来るお客さん、特に海外の方には、大好評ですよ」


 ひいるさんの言葉に、なつこさんが続く。


「最近は、入口に大きめの提灯つけてもらったりしたんやけどね。でも、普通に歩いてると、目線に入らへんから……」


 私はこういう話を聞くのは初めてだったので、興味深く思った。

 なつこさんが熱く語りだした。


「ここね、昔はスリがでたくらい、お客様で混んでたんだって。私も知らないけどね。辻山さんはご存じですか?」


「わしはもう少し上の方(北の方)に住んでたさかいな。こっちには30年位前に引っ越してきたし、最盛期の頃は知らんなあ」


「そうでしたか。時代がかわって、スーパーがあちこちにできて、商店街の在り方も変わってきた。今も、イベントの時はたくさん人がきてくれる。でも、いつもスーパーに行く方も多い。私はここが好きだから。もっとたくさんのお客様にいらしてほしい。特別な時にだけ来る所じゃなく、普段使いの場所に。日常に含まれた空間となってほしい、そう思ってるんです」


 なつこさんが真剣に語る。

 本当に商店街が好きなんだなぁと、私にもその熱が感じられた。


「そやけど、昔は肉屋も魚屋もみなあったけど、今はここに来たって全部そろわんやろ」


「全部そろうという目的じゃなく、お気に入りのお店のある場所を目当てに来てもらうのもありですよね。ひいるさんとこには海外からもお客様がくるし、その方が商店街でご飯食べたり、お菓子買ったりしてファンになってもらえれば、またそこからご縁がつながるし」


「ここにしかない、という魅力的なもんが必要やな」


 なつこさんの熱い表情、そしてみんなの真剣な様子を見て、あらためてこの商店街の特別さに気がついた。


 ここには、他にない人とのつながりや、寂れていて淋しいような、でも懐かしいような、不思議な空気感を感じる。


 こんな場所、今までみたことなかった。

 そんな事を考えていると、ひいるさんの奥さんと小学生の娘さんがやって来た。  


 何度か顔を見たことのあるマダム達にも、ご挨拶する。

 日々、どんどん顔見知りが増えていく。


「ミサキさんはそれ、何もってるの?」


 ひいるさんの娘さんが、私のぐるぐる巻きの包丁を不思議そうに見ていた。

 ちょっと頑丈に包み過ぎたのかもしれない……。 


「これ、私の包丁なんです。岩真さんに研いでいただきたくて」


「そうなんや、おおきに。ほな、お預かりします」


 そうして、包丁を岩真さんに渡そうとすると、別の声がした。


「お、なんや岩真、またサボっとんか? ちゃんと仕事せえや」


 商店街の理事長さん。辻山さんよりは年下のおじさまだ。

 ニヤニヤと笑いながら、岩真さんを見ている。


「ええ~? いつも仕事してますよ」


「なんや、いっつも店の前でこうやって喋ってるやんけ。暑い中、ご苦労なことや」


「確かに。わしも岩真と会う時は、いつも表で誰かと話しとるな」


「なんで、二人がかりで……」


 理事長さんと辻山さんは、めっちゃ笑顔だ。


「ほんまに。私も、いっつも岩真さんとひいるさんが話してる時に、出くわす気がする」


 なつこさんも同意すると、今度はひいるさんが答えた。


「ちょっと、僕までサボってるみたいに言わんといてくださいよ」


 みんなの楽しそうな笑顔に、なんだか胸がちょっと苦しくなった。


 嬉しいような、切ないような。

 ずっと続いてほしいな、この場所。


 そう思いながら、私は自分の包丁を、そっと岩真さんへと手渡した。


「岩真は、こうしてさぼってばっかりおるけど、腕は確かや。安心したらええで」


「そうそう、岩真さんは、けっこうその道では有名人なのよ、ミサキちゃん」


 辻山さんとなつこさんの言葉に「ええ~、それって誉め言葉なん?」と苦笑いしながら、包丁を受け取ってくれた。


「よろしくお願いします」


「はい、確かにお預かりします」


 そう言って、岩真さんはぐるぐる巻きの包丁を見て、静かに微笑んだ。

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