第10話 have to でなく wanna be で
井戸端会議に30分ほど参加した後に、私はお店へと向かった。
ドアを開けると、魔女さんは店内の掃除の最中だった。
「ミサキちゃん、ごめん。30分後にご予約入ってん。せっかく来てもろたのに、ごめんな」
「わかりました。今日は失礼しますね。あ、何かお手伝いできる事ありますか?」
「ほな、本阪さんとこで、サイダー3本買ってきてもらっていい? このエコバッグもってって。お財布なかに入ってるし」
「わかりました。行ってきます」
数軒離れたところにある、食料品店へと入った。
入口には、笹が飾ってある。
「こんにちは」
「こんにちは。魔女のお弟子さんやん。今日はどないしたん?」
「魔女さんのお使いで来ました」
店主の本阪さんは、眼鏡をかけたダンディーなおじ様だ。
私はいつものように、ひんやり冷たい冷気が漂う奥の冷蔵棚から、京都産のサイダーを3本とった。
「魔女さん、サイダー好きやなあ」
「お客様に好評みたいです。このサイダー、美味しくて私も好きです」
「それは嬉しいなあ。いつもおおきにね。あ、そや。これ何枚か渡しておくし、魔女さんと一緒に書いて、どっかの笹につっといて」
短冊をがばっと手渡された。10枚くらいありそうだ。
「あ、ありがとうございます」
お店に帰り、魔女さんにサイダーと短冊を渡す。
帰ろうとすると、お客様にもらったからおすそわけ、と台湾土産のお菓子を手渡しされた。
「五感の磨き方、思いついた?」と言われて「考えてはいるのですが」と答える。
「まずは、頭で考えるのやめて、自分の欲を思い出すのよ。have to でなく、wanna be で 。 やるべき事ではなく、やりたい事、なりたい姿、欲しいもの、魂が求めるものが何かをみるの。自分の内にダイブして探してみて」
「自分の内にダイブ……。自分の内に、ダイブ……?」
「そうそう、ザブンで、ブクブクで、シーンってなるまで、潜ってみて。ほな、また。サイダーのおつかい、おおきにね。あ、短冊、渡しとくし書いてもってきてね」
そう言って、渡した短冊を2枚、またもらってしまった。
魔女さんの謎の言葉に慣れたつもりでいたけど、またあらたな難しい課題をもらった。
自分の内にダイブして、ザブンで、ブクブクで、シーンて。どういう事なん? 難しすぎる……。
魔女さんの言葉を反芻しながら、近くのお寺に足を運ぶことを思いついた。
多分、こういう時は、いつもと違う行動が高確率でヒントにつながる気がする。
蝉の声があちこちから聞こえて、夏本番が近づいているんだと感じる。
15分ほど緩やかな坂道を上がると、大きな木製の門が見えてきた。
確か、有名な門で、国の文化財とかだったような気がする。もう少し、歴史も勉強しないと、と思った。
暑いせいか、時間の関係か、観光客はそう多くない。
でも、今日はなかまで見なくてもいいかな。この大きな迫力のある木の門を見れただけで、満足した。っていうか、ここまで来るだけで、思ったより疲れた……。
運動もしないと、私、体力なさ過ぎてやばいかも。
もっていたペットボトルの水を全部飲み干すほど、体が水分を欲した。
京都の夏、本当に暑い。でも、なんだか、この暑さが気持ちいい。
とりあえず帰って、魔女さんにもらったお菓子を食べて、have to と、wanna be とザブン、ブクブク、シーンについて考えよう。
3階建てのこじんまりしたアパート。オートロックではないが、見た目は小綺麗だと思う。
8年間住んでいる、1DKの私の部屋。
ごくごくと水を飲んだ後、すぐにシャワーを浴びてベッドに寝転んだ。
エアコンの涼しさと、体のだるさと、部屋に差し込む明るい陽射し。
なんだか、今この瞬間が、幸せってやつなんじゃないの?って思った。
このまま、気持ちよく眠れそうな気がする。
「……やる事、先にしなくちゃ。have to と wanna be で、五感を磨く方法を考えよう!」
声に出して、起き上がる。
机の上に出しっぱなしのペンを手に、ノートに向き合った。
『五感を磨く。have to でなく、wanna be で。つまり、やらなくてはならない義務感でなく、やりたい事、心が望む事をする。心の中にダイブして、望みを探す。ザブン、ブクブクと潜って潜って、シーンとする海底まで潜ると、そこに望みが眠っている』
そこまで書いて、手を止める。
今、めちゃやらなきゃ!って義務感でやってるよね、私。
っていうか、自分の内にダイブって、いったいどうやるの?
シーンとなるまで潜ったら、海の底があるだけじゃないの?
やりたい事を見つけることが、五感を磨く事になるの?
頭の中がモヤモヤで充満して、私は再びベッドに寝転がった。
……わかんない……。今回の言葉は、本当に難し過ぎる。
なんかの呪文みたい……。
ザブン、ブクブク、シーン。
ザブン、ブクブク、シーン。
何度もつぶやいていたら、なんだか可笑しくなってきた。
本当に、魔法の呪文みたいだ。
そうか……。そうかも。
真面目に考え過ぎなくて、いいのかもしれない。
理屈じゃないんだ、きっと。
魔女さんにとっては、ザブン、ブクブク、シーンだけど、私は違う潜り方なのかもしれない。
私は、どうやって潜るのかな?
そもそも、自分で潜る必要あるのかな?
亀に連れていってもらえば早そうだし。
あ、亀だと、海底もシーンじゃなくて、乙姫様とか宴会とか、宝物とかでにぎやかそう。あんまり、ちゃんと話は覚えてないけど。
亀につかまってスイーって潜って、パァーって竜宮城が見えてきて、乙姫様達のお出迎えにうわ〜!って驚く。
スイーで、パァーで、うわ~!
あ、これ、書かないと忘れちゃう。
私は慌てて起き上がり、ノートに書きとめる。
『亀につかまり、スイーっ、パァーっと輝く竜宮城、皆のお出迎えに嬉しくてうわ〜ってなる! 五感は、ワクワクした時に感じやすいのかも。イメージする。やりたい事をすると、楽しくなる。美味しい。良い匂い。あたたかい。シェアする』
書いたものを、何度も読み返す。
スイーで、パァーで、うわ~。
楽しい、美味しい、シェア。
これが、私のダイブなんだ。
そう思ったら、言いようのない嬉しさと感動が込み上げてきた。
私の、ダイブ。
私だけの、ダイブ方法。
私は、自分で見つけることができたんだ。
泣きそうなくらい、喜びの熱いエネルギーが体中を満たすのを感じた。
目を閉じると、すぐにイメージできる。
海底の竜宮城は太陽の光が届いて、キラキラと水と共に揺らめく。
亀や乙姫様や魚たちが、みんな笑っている。
喜びとこれから起こる『何か』への期待感が、私を包み込む。
この日、私は wanna be を探す手段を手に入れたのだ。
私は勢い込んで、もらったお菓子を口に入れながら、短冊にペンを走らせた。
『スイーで、パァーで、うわ~☆ 楽しい、美味しいをみんなでシェアしてハッピーになる!!』
そして、もう一枚には、こう書いた。
『白川町商店街の魔女の弟子、ここに在り』
なんか、楽しい。
口の中に広がる甘さと、湧きあがる高揚感にひたりながら。
しばらくの間、自分が書いた短冊をじっと眺めた。




