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京都・白川町商店街の魔女   作者: 高瀬 八鳳


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10/23

第10話 have to でなく wanna be で

 井戸端会議に30分ほど参加した後に、私はお店へと向かった。

 ドアを開けると、魔女さんは店内の掃除の最中だった。


「ミサキちゃん、ごめん。30分後にご予約入ってん。せっかく来てもろたのに、ごめんな」


「わかりました。今日は失礼しますね。あ、何かお手伝いできる事ありますか?」


「ほな、本阪さんとこで、サイダー3本買ってきてもらっていい? このエコバッグもってって。お財布なかに入ってるし」


「わかりました。行ってきます」


 数軒離れたところにある、食料品店へと入った。

 入口には、笹が飾ってある。


「こんにちは」


「こんにちは。魔女のお弟子さんやん。今日はどないしたん?」


「魔女さんのお使いで来ました」


 店主の本阪さんは、眼鏡をかけたダンディーなおじ様だ。

 私はいつものように、ひんやり冷たい冷気が漂う奥の冷蔵棚から、京都産のサイダーを3本とった。


「魔女さん、サイダー好きやなあ」


「お客様に好評みたいです。このサイダー、美味しくて私も好きです」


「それは嬉しいなあ。いつもおおきにね。あ、そや。これ何枚か渡しておくし、魔女さんと一緒に書いて、どっかの笹につっといて」


 短冊をがばっと手渡された。10枚くらいありそうだ。


「あ、ありがとうございます」


 お店に帰り、魔女さんにサイダーと短冊を渡す。

 帰ろうとすると、お客様にもらったからおすそわけ、と台湾土産のお菓子を手渡しされた。


「五感の磨き方、思いついた?」と言われて「考えてはいるのですが」と答える。


「まずは、頭で考えるのやめて、自分の欲を思い出すのよ。have to でなく、wanna be で 。 やるべき事ではなく、やりたい事、なりたい姿、欲しいもの、魂が求めるものが何かをみるの。自分の内にダイブして探してみて」


「自分の内にダイブ……。自分の内に、ダイブ……?」


「そうそう、ザブンで、ブクブクで、シーンってなるまで、潜ってみて。ほな、また。サイダーのおつかい、おおきにね。あ、短冊、渡しとくし書いてもってきてね」


 そう言って、渡した短冊を2枚、またもらってしまった。


 魔女さんの謎の言葉に慣れたつもりでいたけど、またあらたな難しい課題をもらった。


 自分の内にダイブして、ザブンで、ブクブクで、シーンて。どういう事なん? 難しすぎる……。


 魔女さんの言葉を反芻しながら、近くのお寺に足を運ぶことを思いついた。

 多分、こういう時は、いつもと違う行動が高確率でヒントにつながる気がする。


 蝉の声があちこちから聞こえて、夏本番が近づいているんだと感じる。


 15分ほど緩やかな坂道を上がると、大きな木製の門が見えてきた。

 確か、有名な門で、国の文化財とかだったような気がする。もう少し、歴史も勉強しないと、と思った。

 暑いせいか、時間の関係か、観光客はそう多くない。


 でも、今日はなかまで見なくてもいいかな。この大きな迫力のある木の門を見れただけで、満足した。っていうか、ここまで来るだけで、思ったより疲れた……。


 運動もしないと、私、体力なさ過ぎてやばいかも。

 もっていたペットボトルの水を全部飲み干すほど、体が水分を欲した。


 京都の夏、本当に暑い。でも、なんだか、この暑さが気持ちいい。


 とりあえず帰って、魔女さんにもらったお菓子を食べて、have to と、wanna be とザブン、ブクブク、シーンについて考えよう。


 3階建てのこじんまりしたアパート。オートロックではないが、見た目は小綺麗だと思う。

 8年間住んでいる、1DKの私の部屋。


 ごくごくと水を飲んだ後、すぐにシャワーを浴びてベッドに寝転んだ。


 エアコンの涼しさと、体のだるさと、部屋に差し込む明るい陽射し。 


 なんだか、今この瞬間が、幸せってやつなんじゃないの?って思った。

 このまま、気持ちよく眠れそうな気がする。


「……やる事、先にしなくちゃ。have to と wanna be で、五感を磨く方法を考えよう!」


 声に出して、起き上がる。

 机の上に出しっぱなしのペンを手に、ノートに向き合った。


『五感を磨く。have to でなく、wanna be で。つまり、やらなくてはならない義務感でなく、やりたい事、心が望む事をする。心の中にダイブして、望みを探す。ザブン、ブクブクと潜って潜って、シーンとする海底まで潜ると、そこに望みが眠っている』


 そこまで書いて、手を止める。


 今、めちゃやらなきゃ!って義務感でやってるよね、私。


 っていうか、自分の内にダイブって、いったいどうやるの?

 シーンとなるまで潜ったら、海の底があるだけじゃないの?

 やりたい事を見つけることが、五感を磨く事になるの?


 頭の中がモヤモヤで充満して、私は再びベッドに寝転がった。


 ……わかんない……。今回の言葉は、本当に難し過ぎる。


 なんかの呪文みたい……。


 ザブン、ブクブク、シーン。

 ザブン、ブクブク、シーン。


 何度もつぶやいていたら、なんだか可笑しくなってきた。


 本当に、魔法の呪文みたいだ。


 そうか……。そうかも。


 真面目に考え過ぎなくて、いいのかもしれない。 

 理屈じゃないんだ、きっと。


 魔女さんにとっては、ザブン、ブクブク、シーンだけど、私は違う潜り方なのかもしれない。


 私は、どうやって潜るのかな?


 そもそも、自分で潜る必要あるのかな?

  亀に連れていってもらえば早そうだし。


 あ、亀だと、海底もシーンじゃなくて、乙姫様とか宴会とか、宝物とかでにぎやかそう。あんまり、ちゃんと話は覚えてないけど。


 亀につかまってスイーって潜って、パァーって竜宮城が見えてきて、乙姫様達のお出迎えにうわ〜!って驚く。


 スイーで、パァーで、うわ~!


 あ、これ、書かないと忘れちゃう。


 私は慌てて起き上がり、ノートに書きとめる。


『亀につかまり、スイーっ、パァーっと輝く竜宮城、皆のお出迎えに嬉しくてうわ〜ってなる! 五感は、ワクワクした時に感じやすいのかも。イメージする。やりたい事をすると、楽しくなる。美味しい。良い匂い。あたたかい。シェアする』


 書いたものを、何度も読み返す。


 スイーで、パァーで、うわ~。

 楽しい、美味しい、シェア。


 これが、私のダイブなんだ。


 そう思ったら、言いようのない嬉しさと感動が込み上げてきた。



 私の、ダイブ。


 私だけの、ダイブ方法。

 私は、自分で見つけることができたんだ。


 泣きそうなくらい、喜びの熱いエネルギーが体中を満たすのを感じた。


 目を閉じると、すぐにイメージできる。


 海底の竜宮城は太陽の光が届いて、キラキラと水と共に揺らめく。

 亀や乙姫様や魚たちが、みんな笑っている。

 喜びとこれから起こる『何か』への期待感が、私を包み込む。


 この日、私は wanna be を探す手段を手に入れたのだ。


 私は勢い込んで、もらったお菓子を口に入れながら、短冊にペンを走らせた。


『スイーで、パァーで、うわ~☆ 楽しい、美味しいをみんなでシェアしてハッピーになる!!』


 そして、もう一枚には、こう書いた。


『白川町商店街の魔女の弟子、ここに在り』


 なんか、楽しい。


 口の中に広がる甘さと、湧きあがる高揚感にひたりながら。

 しばらくの間、自分が書いた短冊をじっと眺めた。


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